内乱の真実
連れ去りなのか保護なのか、とにかく館の中に連れて来られたディアーナ。
夫・グレイアムは倉庫に押し込めと命じていたが、倉庫ではなく館の奥の方にある客室に案内された。
ここなら戦火が直接飛んでくることはない。
館に火がついたとしても余裕をもって逃げられるだろう。
捕虜どころか客としてのあつかいだった。
「あぶねーからチョロチョロすんなよ」
ここまで案内してくれた男はそう言うと背を向け、さっさと戦場に戻ろうとする。
『緋炎』の氏族にありがちな下品で野蛮だが人情味がある、そんな男の背中にディアーナは声をかける。
「あの、夫は、グレイアムは、ここでどんな事をしていたんですか?」
男はちょっと悲しそうな顔を見せて、ひと言だけ返した。
「あの人のこたぁ忘れたほうがいい。もうあんたの知っている人じゃねえと思うよ」
男は戦場へ駆けてゆく。
孤独になったディアーナは床の上にくずれ落ちた。
自然と涙があふれてくる。
せっかく再会できたのに自分はなにもできない。
想像以上の無力さにただ涙するしかなかった。
自分はもしかして会いさえすれば何とかなるとでも思っていたのだろうか?
愛がすべてを解決してくれるとでも?
現実はただ邪魔者あつかいされただけだった。
どうしたらいいのだろう。
このままでは夫はあのベルティネという女の子に殺されてしまう。
あの子の強さは普通じゃない。
それに夫はケガをしている。
早くなんとかしないと。
「……そうだ!」
ディアーナは涙をふいて立ち上がる。
エイフェ様だ。
元・族長のエイフェ様ならなんとかしてくれるかもしれない。
だいたいエイフェ様があのベルティネに負けたといってもたった一回だけのこと。
もう一回やって勝てば『緋炎』の氏族は元の平和に戻るのではないか?
今こんなにケンカばかりのおかしな環境になっているのは、ようするにベルティネをみんなが信用していないからだ。
エイフェ様が族長として返り咲いてくれれば、ぜんぶ丸くおさまるような気がする。
「そうよ、それしかない!」
ちょうどいいことに、この館のどこかで静養中らしいのだ。
行こう。今すぐに。
ディアーナは部屋を飛び出した。
片っぱしからドアを開けていく。
奥側の部屋に案内されたのは幸運だった。
わりと簡単にその部屋を発見する。
……だが。
その部屋は異様な臭いにみちていた。
ディアーナだって妖精族のはしくれ。
狩りの現場でかいだことのある臭いだった。
死臭。
つまり死体の臭い。
「そ、そんな、ウソ……」
まさかそんな、と思いつつ遺体の顔を確認する。
だが間違いない。
元・族長エイフェはすでに亡くなっていた。それも死後数日は経過している。
しかしそれならそれで葬式を行うべきなのに、やるべきことをやらずに内乱なんて続けている。
ディアーナは夫とその仲間たちがやろうとしていることを、なんとなく察した。
ベルティネの勝利を確定させたくないのだ。
エイフェの死亡があきらかになれば皆の評価は『ベルティネこそ最強』ということで確定してしまう。
確定してしまえばベルティネが新族長ということで氏族全体の意志がまとまってしまう。
そんなことになったらエイフェの部下だったグレイアムたちは立場をうしなう。
今までは族長の部下だったから色々と勝手なこともできた。
なんでもない平凡な身分に落ちれば、きっと自分たちは復讐される。
なにせ神への生贄として仲間の妖精たちを次々と殺していた集団なのだ。
こんな様だからエイフェの死を発表できず、遺体もこうして放置されている。
あの小娘はまぐれで一回勝っただけ、次は分からない、という曖昧な状態を維持しておいて時間をかせぎ、ゴタゴタしているうちに自分たちでベルティネを殺し、族長の立場を継承する。
後継者を指名してから死んだ、などとウソもつくだろう。
夫たちは道徳も常識もねじ曲げて、自分たちの利益のために氏族全体を内乱状態にしている。
まとまるものをまとまらないように仕向けていたのは、自分の夫たちだった。
「なんて、ひどい……」
ディアーナは腐敗しかけた遺体の前でふたたび涙した。




