ウィンターブルームの町
馬車に揺られておよそ三週間。
辺境の山すそに目的の町はあった。
ここは『ウィンターブルーム』。
人口300人ほどの小さな町だ。
緑豊かな土地ではあるがそれ以外にこれといった特徴はなく、しいて言えばそこに『貧しさ』が加えられる。
道をゆく人々の衣服はいずれもボロボロで、精気のない疲れた表情をしていた。
「ずいぶん寂れた感じの所ね」
馬車からのぞく街並みをながめて、『エリーゼ』はポツリとつぶやく。
「都市を離れればどこもこんなものですよ」
正面に座るオスカーはつまらなそうな、あるいはどこか虚しそうな表情で返事をする。
「この国には見直すべき問題点が多すぎるのです」
ムッと口をつぐみ眉間にしわを寄せた顔は、国家の未来を憂う騎士の表情であった。
「あらあらそんな怖い顔をしないで。今のあなたは私の付き人なのだから」
エリオットも騎士だ。
同僚として、オスカーの心情は察して余りある。
だが潜入捜査中にそんな顔をされていては困るのだ。
彼には「浮かれたお嬢様のお守りをする苦労人の付き人」でいてもらわなくてはならないのだから。
「む、そうですな」
オスカーは生真面目にそういうと、しかめっ面をしたまま左右の手で顔をマッサージしはじめた。
ぐにぐにぐにぐに……。
本気なのだか、ふざけているのだか、エリーゼは謎のマッサージを続ける彼をみて笑ってしまうのだった。
エリーゼは気ままな観光旅行を楽しんでいるお嬢様。
オスカーはエリーゼのわがままに付き合わされているあわれな付き人。
そしてもう一人被害者がいる。御者のデニスという中年男だ。
三人はそういう設定をよく使う。今回もその手でいく。
町で唯一の宿屋に馬車を止めた一行は、宿の手配をデニスにまかせ、つづいて疑惑の教会へ向かった。
ウィンターブルーム教会。町の名前をそのまま用いただけの名だ。
意外と新しい、立派な建物だった。
まだ建てられてから数年と経っていないだろう。こんな小さな町には似つかわしくない立派な教会だ。
建築費用は当然かなりの高額になったはずである。
――誰が、なんの目的で、こんな場所に、多額の資金を出したのだろう?
エリーゼたちは国家の諜報員なので、職業柄そういう点にばかり意識がむく。
こんな人口の少ない、そして観光地でもない場所に立派な教会をたてたところで、ろくに寄付金も集まるまい。
つまり大損するのが分かりきった上での建設計画だったということになってしまう。
だとすれば初めから金が目的ではないということになるが、ではなにが目的だというのか。
「ふぅん……まずは行ってみましょうかオスカー」
「はいお嬢様」
旅人が旅の安全を願って教会に寄付をするというのは、一般的に行われていることだ。
二人は無害な旅行者という体で堂々と教会内に入っていく。
外観だけではなく、内装もまた立派であった。
主の神像がまつられた祭壇などは煌びやかなステンドグラスによって彩られていて、ここだけなら大きな街の教会にだってひけをとらない。
「まあ、とっても素敵」
左右の手を胸の前で合わせ、あざとい感動のポーズをつくった。
瞳の奥に光をキラキラと輝かせ、花が咲いたような笑顔で神像を見上げている。
だが彼は男だ。
しかもたいして信心深くもない男だ。
上っ面は感動しているように見せかけているが、心の中でなにを考えているか知れたものではない……と、同僚のオスカーは考えていた。
そんな疑惑の眼差しの横で、エリーゼは神像に祈りを捧げている。
ステンドグラスの色鮮やかな光につつまれているその姿は、少なくとも外見上は天使のように美しかった。
だが騙されてはいけない。彼は身も心も男だ。
片方が祈りをささげているのにもう片方が突っ立っているというのもおかしな話なので、オスカーも手を組んで祈りを捧げる。
十秒にも満たない間、教会内は極彩色の光と静寂に包まれた。
だが、次の瞬間。
ガタン!
右側から大きな物音がして、静寂が破られた。
「あ、あ痛ててて……」
驚いて見れば修道服姿の少女が床に倒れている。
「きみ、何をしているんだ、大丈夫かい?」
「アッ、ハイ、どうも」
オスカーの手をかりて、まだ若いシスターは立ち上がった。
「まるで天使様のようにキレイな人がいて、ビックリしちゃって……」
「まあ」
エリーゼは上機嫌で若いシスターに近づいて行った。
「お上手ね」
至近距離で最高の笑顔をプレゼント。
シスターは顔をポーっと赤らめ、言葉を失ってしまう。
(これは脈ありだ。情報収集に役立ってもらおう)
心の中でほくそ笑むエリーゼ。
だがしかし、目の前のシスターから妙な香りがして、一瞬だけ表情をくもらせた。
(何だこの臭いは?)
その臭いはシスターの全身から漂っていた。
複数の香草などをブレンドしたお香の匂い。それに混じって得体のしれない変な臭いがする。
なんの臭いか判別できない。
だが一度か二度、これまで任務を重ねてきたうえで嗅いだことがあるような気がした。
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