暗闇に浸《ひた》る
数日後。
意識を取り戻してからもエレオノーラは気絶と目覚めをくり返し、予断を許さぬ状態だった。
その間シャーロットは『蒼天』の妖精たちに混ざってエレオノーラの介護をし続けた。
なにぶん未経験の事だったので最初はかえって周囲の迷惑になることも多かった。
だが持ち前の明るさと積極性で存在感を発揮しつづけ、むしろ集団のリーダーみたいな立場になってエレオノーラの世話を行うようになっていった。
エリオットも妹といっしょに介護を始めていたのだが、こちらは族長の息子アレクスによって妨害されてしまう。
「お前には他にやる事があるだろう。
母がなんのためにあの姿をお前に見せたのか、その意味を考えろ」
アレクスは心底苦しそうな表情で視線をそらし、消え入りそうな声でつぶやく。
「私には継ぐことができぬ。魔力の質が戦いに向かんのだ。
だから……お前に託された」
こうして族長の部屋から追い出されたエリオットは、魔法の修行に励む以外になかったのである。
暗い穴倉にこもって日夜くり返される瞑想の日々。
娯楽も任務もなにもない、ただ静寂なだけの闇の中にいる。
そこには他のモノがなにも無い。
有るものはただ己の肉体と魂のみ。
まさに己の存在そのものと向き合う日々であった。
初めは居心地のよいポーズが決まらず姿勢の微調整をひたすらくり返す不毛な時間。
ちょうどよい姿勢が決まると、次はこれまでの人生や大切な人々との記憶が蘇ってきた。
それにも飽きると何もせずじっとしている事が苦痛でたまらなくなる。
そんなこんなで過ごしているうちにいつの間にか眠ってしまっていて、だが目覚めてもそこは暗闇の中。
自分が寝ているのか起きているのか、それすら分からなくなってくると、だんだん自分が本当に存在しているのかどうかすら怪しくなってくる。
自分は本当に存在しているのか。
そもそも『自分』とは何なのだろうか、意味や価値のあるものなのだろうか。
騎士道とか、忠義とか、正義とか、そんな他者が用意した思想に従って行動しているエリオット・ハミルトンという男に『自分』などというものが本当にあるのだろうか。
じょじょに狂気じみた思考に染まっていく自分を支えたのは意外にも、定期的に届けてもらえる水や食事と、あとは生理的にどうしても発生するトイレタイムだった。
わずかな時間だけ暗闇から出て日常に触れる。
つまらないはずのそんな瞬間が暗闇の狂気からエリオットを守ってくれた。
非日常と日常の境目を行ったり来たりしながら、エリオットはただ己の魂と向かい合いつづける――。
そして数日後。
今日が暗闇にこもって何日目なのか分からなくなってきた頃。
コンコン。
木戸をノックする音がする。
「エリオット、起きているか? アレクスが呼んでいるんだ」
リリスカの声だった。
エリオットはすぐ返事をしようとした。
口を開ける。だが声が出ない。
(あれ、声ってどうやって出すんだっけ!?)
驚いたことに声の出し方をド忘れしていた。
こんな事があるのか?
「ア、アー、アー」
どうにかそれだけ出す。
ガチャリと戸が開かれリリスカが入ってくる。
「アレクスがな、お前に渡したいものがあると……うわっ!?」
リリスカが部屋の様子を見て跳び上がらんばかりに驚いていた。
視線を左右に泳がせてうろたえている。
部屋の右にエリオットが座っていた。
そして左側にはエリーゼが座っていた。
アーアー声を出したのはエリーゼの方である。
「ど、どういう修行だこれ!?」
リリスカが驚いているのを見て、エリオットはようやく自分が魔法を使っていたのだと気づく。
「あ、ああそうか、だからうまく喋れなかったのか」
エリオットの気づきと同時にエリーゼの身体がサラサラと溶けて霧と化し、エリオットに吸収されていく。
今ここにいたエリーゼはエリオットの魔力が作り出した分身だった。
彼は無自覚のうちに作り出していたのである。
「修行はうまくいっているみたいだな」
「まだ未完成だけどね、よっと」
よろめきながらエリオットは立ち上がる。
すっかり運動不足だ。
「でもそれなりに出来ることは増えた気がするよ。
ドラゴンにはなれないけどね」
片目を閉じてウインクすると、リリスカはポッと顔を赤らめた。
「そ、それは良いことだ」




