まずい! もう一杯!
「……どうぞ」
エリオットは緊張しながら手製のスープを『白砂』の族長ガリウスに手渡した。
「うむ」
ガリウスは手渡された木製の椀をじっくりと観察しはじめた。
その様子を見て『黄金』の族長ゴルドが難癖をつける。
「おいおいやめとけ、毒を盛られたかもしれねえぞ」
そんな悪口を聞いて、ずっと無表情だったガリウスははじめて軽く笑った。
「我を殺せる毒があるというなら、一度飲んでみたいものだ」
木製のスプーンで具をすくい、ガリウスは食べてみた。
「……ふむ」
うまいともまずいとも言わず、ガリウスは肉だけすくってまた食べる。
(なに考えてるのか全然わからないなこの人)
彼がどう感じているのかさっぱり分からず、エリオットは不安になった。
無表情で口をモゴモゴと動かしつづけ、ゴクンと飲み込む。
次になにが起こるのかとガリウスの反応を見守っていると、彼はすぐ後ろに立っていた人物、ゴルドに椀を差し出す。
「お前も食ってみろ」
「えっ、お、俺はちょっと」
露骨に嫌がるゴルド。
しかしガリウスは引かず、無理にでも渡そうとする。
「我らはもっと人間を知る必要がある。
どうも話がちがうと言い出したのはお前のほうではないか」
「ちっ……」
心底嫌そうだったが、ゴルドは押しつけられた椀に鼻を近づける。
粗びき胡椒の刺激的な香りは彼にも有効だったようで、ブツブツ文句を言いながらも少しずつ食べ始めた。
同士が食べるのを見て納得したのか、ガリウスはエリオットに向きなおる。
「牛の肉を塩に漬けて、そして乾かしたといったか」
「は、はい」
「なぜそんな事をする? 肉と塩を鍋に入れれば良いだけではないのか?」
妖精たちは自然の恵み豊かな妖精郷で何百年もすごすので、『保存食』という考え方があまりない。
「目的は主に長期保存です。味も特徴的になりますが、本来の理由は食料が手に入りにくくなる冬を越すための技法なのです」
「……冬? 冬は、食料が手に入らない、のか? お前たち人間は?」
妖精郷の豊かさは破格である。
しかも人間と違って妖精たちは魔法まで使う。
だから人間のように冬籠りの準備をする、という概念がないようだった。
「はい、人口が多いのも理由の一つではありますが、人間界の冬は食べられるものが非常に手に入りにくくなります。
なので手に入りやすい秋のうちに食料をたくさん集めて、腐らないよう干したり塩や酢に漬けたりするのです。
……おかわりはいかがですか?」
「ん?」
最後に妙な一言が混ざったので、ガリウスは眉をひそめた。
エリオットの視線はガリウスの後ろに注がれている。
そこにはゴルドが空の器をもって立っていた。
「……ちっ」
舌打ちしながら器を差し出すゴルド。
口では文句しか言わないくせに気にいってしまったらしい。
「僕がこの妖精郷に来てまずおどろいたことは、圧倒的な自然の豊かさでした」
エリオットはおかわりのスープを注ぎながら話をつづける。
「気が遠くなるほどの昔から狩猟と採取だけをやり続けて食糧が不足しないなんて、僕の国でも近隣の国でもありえないことです。
もちろん人口が少ないということもあるんでしょうけど……どうぞゴルド様」
ゴルドはムスッとした表情で、しかし大人しくおかわりを受け取り食べることを再開する。
「この妖精郷に比べたら、僕たちの住むグレイスタン王国は砂漠か荒野みたいなものですね。
こんな風に人の手でなんとか誤魔化して生きているのがバカバカしくなってきます」
こんな風に、と言いながらエリオットは干し肉の残りをガリウスに差し出した。
ガリウスは素直に受け取り、しげしげと見つめる。
彼の知っている鳥獣の肉とはまるで違う。
干からびていてまるで木の皮みたいな物体だ。
「こんなものが食えるのか?」
「はい。ただ硬くてかなり塩分が強いので、ほんの少量をお試しください」
「…………グッ!?」
言われた通り少量を噛み千切ったガリウスは、干し肉のしょっぱさに顔をしかめた。
だが口の中でジンワリと広がる旨味を感じ、表情をおだやかに変える。
「こんなことをせねば人間は生きられぬと言うのか」
「はい。この肉も得られず餓死する者も多くいるのが現実です」
「それではまるで老いた獣ではないか」
老いた獣は狩りで獲物を捕まえることができず、やがて飢え死にする。
妖精族はたがいに助け合うので餓死することはない。
老いていないのに餓死者が出るのが人間社会だった。
「……」
ガリウスはエリオットの顔をじっと見つめた。
なにを考えているのか分からないが、きっと重要ななにかを考えている。
どう反応するのが正解なのかわからず直立して視線を受け止めることしかできないエリオット。
無言のまま少々の時が流れ、やがて耳障りな男の声が沈黙を破った。
「オイ人間! オイ!」
ゴルドだった。空の器をエリオットの鼻先に突きつけてくる。
「もう一杯」
……ずいぶん気にいってくれたらしい。




