表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装の達人 ~姫騎士エリオットの㊙報告書~  作者: 卯月
妖精郷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

175/282

まずい! もう一杯!

「……どうぞ」


 エリオットは緊張しながら手製のスープを『白砂』の族長ガリウスに手渡した。


「うむ」


 ガリウスは手渡された木製のわんをじっくりと観察しはじめた。

 その様子を見て『黄金』の族長ゴルドが難癖なんくせをつける。


「おいおいやめとけ、毒を盛られたかもしれねえぞ」


 そんな悪口を聞いて、ずっと無表情だったガリウスははじめて軽く笑った。


「我を殺せる毒があるというなら、一度飲んでみたいものだ」


 木製のスプーンで具をすくい、ガリウスは食べてみた。


「……ふむ」


 うまいともまずいとも言わず、ガリウスは肉だけすくってまた食べる。


(なに考えてるのか全然わからないなこの人)


 彼がどう感じているのかさっぱり分からず、エリオットは不安になった。

 無表情で口をモゴモゴと動かしつづけ、ゴクンと飲み込む。

 次になにが起こるのかとガリウスの反応を見守っていると、彼はすぐ後ろに立っていた人物、ゴルドにわんを差し出す。


「お前も食ってみろ」

「えっ、お、俺はちょっと」


 露骨に嫌がるゴルド。

 しかしガリウスは引かず、無理にでも渡そうとする。


「我らはもっと人間を知る必要がある。

 どうも話がちがうと言い出したのはお前のほうではないか」

「ちっ……」


 心底嫌そうだったが、ゴルドは押しつけられたわんに鼻を近づける。

 あらびき胡椒こしょうの刺激的な香りは彼にも有効だったようで、ブツブツ文句を言いながらも少しずつ食べ始めた。

 同士が食べるのを見て納得したのか、ガリウスはエリオットに向きなおる。


「牛の肉を塩に漬けて、そしてかわかしたといったか」

「は、はい」

「なぜそんな事をする? 肉と塩をなべに入れれば良いだけではないのか?」


 妖精たちは自然の恵み豊かな妖精郷で何百年もすごすので、『保存食』という考え方があまりない。


「目的はおもに長期保存です。味も特徴的になりますが、本来の理由は食料が手に入りにくくなる冬を越すための技法なのです」

「……冬? 冬は、食料が手に入らない、のか? お前たち人間は?」


 妖精郷の豊かさは破格である。

 しかも人間と違って妖精たちは魔法まで使う。

 だから人間のように冬籠ふゆごもりの準備をする、という概念がいねんがないようだった。


「はい、人口が多いのも理由の一つではありますが、人間界の冬は食べられるものが非常に手に入りにくくなります。

 なので手に入りやすい秋のうちに食料をたくさん集めて、くさらないよう干したり塩や酢に漬けたりするのです。

 ……おかわりはいかがですか?」

「ん?」


 最後に妙な一言が混ざったので、ガリウスはまゆをひそめた。

 エリオットの視線はガリウスの後ろにそそがれている。


 そこにはゴルドがからの器をもって立っていた。


「……ちっ」


 舌打ちしながら器を差し出すゴルド。

 口では文句しか言わないくせに気にいってしまったらしい。


「僕がこの妖精郷に来てまずおどろいたことは、圧倒的な自然の豊かさでした」


 エリオットはおかわりのスープをそそぎながら話をつづける。


「気が遠くなるほどの昔から狩猟しゅりょう採取さいしゅだけをやり続けて食糧が不足しないなんて、僕の国でも近隣の国でもありえないことです。

 もちろん人口が少ないということもあるんでしょうけど……どうぞゴルド様」


 ゴルドはムスッとした表情で、しかし大人しくおかわりを受け取り食べることを再開する。


「この妖精郷に比べたら、僕たちの住むグレイスタン王国は砂漠さばくか荒野みたいなものですね。

 こんな風に人の手でなんとか誤魔化して生きているのがバカバカしくなってきます」


 こんな風に、と言いながらエリオットは干し肉の残りをガリウスに差し出した。

 ガリウスは素直に受け取り、しげしげと見つめる。

 彼の知っている鳥獣の肉とはまるで違う。

 干からびていてまるで木の皮みたいな物体だ。


「こんなものが食えるのか?」

「はい。ただ硬くてかなり塩分が強いので、ほんの少量をお試しください」

「…………グッ!?」


 言われた通り少量を千切ちぎったガリウスは、干し肉のしょっぱさに顔をしかめた。

 だが口の中でジンワリと広がる旨味を感じ、表情をおだやかに変える。


「こんなことをせねば人間は生きられぬと言うのか」

「はい。この肉も得られず餓死がしする者も多くいるのが現実です」

「それではまるで老いた獣ではないか」


 老いた獣は狩りで獲物を捕まえることができず、やがてにする。

 妖精族はたがいに助け合うので餓死することはない。

 老いていないのに餓死者が出るのが人間社会だった。


「……」


 ガリウスはエリオットの顔をじっと見つめた。

 なにを考えているのか分からないが、きっと重要ななにかを考えている。

 どう反応するのが正解なのかわからず直立して視線を受け止めることしかできないエリオット。

 無言のまま少々の時が流れ、やがて耳障みみざわりな男の声が沈黙ちんもくを破った。


「オイ人間! オイ!」


 ゴルドだった。空の器をエリオットの鼻先に突きつけてくる。


「もう一杯」


 ……ずいぶん気にいってくれたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ