貴重な一年をもぎ取った
「……」
エリオットは膝をついたままの姿勢。
気絶したアドリアンをポカンと見つめ続けた。
彼は動かない。明らかに失神していた。
失神させたのは自分だ。
だが、実感がわかない。
頭突きすら届きそうなほどの接近戦に持ち込み、変身魔法でドレスを生み出し盾にする。
本当にひどい、苦しまぎれの奇策だった。
ドレスだったのは瞬間的に作れる物の中で一番大きいのがこれだったからとういうだけで、できればこんな物に頼りたくはなかった。
アドリアンのことは可能なかぎり全て調べつくしたし、自分のことは極力なにも伝えないようにしてきた。
おそらくアドリアンにとってこんなわけの分からない敵は人生初のことだろう。
この戦いはまさに王国騎士団情報部の戦いかただった。
戦いはよく知る者が勝ち、よく知らぬものが負ける。
剣術師範にならった言葉を思い出す。
「……そうか」
やっと納得できた。自分はこの男に――。
「勝った! 勝った!」
女の声が飛んできて抱きついてくる。
リリスカだった。
「お前はもう、なんて奴なんだ!
子供のくせに、子供のくせに!」
「ああ、運が良かったよ。二度とごめんだ」
次に同じ手はもう通じないだろう。ならもう勝ち目はない。
総合力では圧倒的にアドリアンの方が上なのだ、だからやればやるほどエリオットが負ける回数は増える。
勝者と敗者、双方に観戦していた者たちが集まってくる。
「兄さん……」
勝者側であり敗者の妹、エレンシアは複雑そうな表情を見せた。
敗者、アドリアンは早くも意識を取り戻し、十勇士たちに手当てを受けている。
敗者側では皆どこか夢でも見ているかのような顔をしていた。
まさかの敗北。しかも結果だけ見ればかすり傷一つ付けられずの敗北である。
夢は夢でも悪夢のほうだった。
だが情けは無用である。リリスカが厳しい声で叱責した。
「おい、分かっているのだろうなアドリアン!
貴様は勝ったらエリオットを奴隷にすると言った、負けた以上は相応の報いをうけてもらうぞ!」
厳しい声に場の空気が緊張感につつまれた。
どこかボンヤリとしていた十勇士たちの顔が一気に強張る。
当事者であるアドリアンはまるで死人のように生気のない顔になった。
リリスカはエリオットの顔を見て、クイ、とアドリアンの方にむかって顎をしゃくった。
お前の好きにしろ、と言いたいらしい。
「そうだなぁ……」
急にそんなことを言われても、エリオットはかえって困ってしまう。
決闘そのものに必死すぎて終わった後のことなど考えていなかった。
十勇士たちは警戒心のあまり半ば戦闘態勢になっている。
刺激しすぎれば本当に攻撃してくるかもしれない。
一方アドリアン本人は諦めたような顔をしていた。
殺されてもかまわない、むしろ死んで楽になりたい、というくらいに思い詰めているかもしれない。
彼にはずいぶん色々と酷な想いをさせてしまった。
(いっそ死ねといってやるのが優しさなのだろうか。しかしそれでは……)
エリオットは感情で考えるのをやめた。
王国騎士として、国王の親友として、自分がこの地でなすべきことを優先する。
「では、自宅で謹慎なさってください。
期間はそうですね……一年でいかがです?」
自宅に一年引きこもれ。これ以上なにもするな。
それが素人外交官エリオット・ハミルトンの判断だった。
「ちょ、ちょっと待て、それだけか!?」
顔色を変えたのはリリスカだった。
負けたら手足を一本叩き切った上で生涯奴隷にされる。
そんな悪条件で勝ったのに甘すぎる制裁ではないか。
「彼には国王陛下の義兄になってもらわないといけない。
できるだけ恨みを残したくないんだよ。
あまりやり過ぎると妖精族全体に人類が恨まれてしまう気がするんだ」
その言葉にエレンシアの表情がパアっと明るくなった。
「あ……ありがとうエリオット!」
逆にリリスカは不審な顔でエリオットをにらむ。
「……でもお前、ついさっき『黄金』の族長を殺そうとしなかったか?」
「あ、あの時はあの時だ」
エリオットは目線をそらして苦しい言い訳をした。
くり返すが彼は外交官として素人だ。
一貫性のある高度な行動はできない。行き当たりばったりである。
行き当たりばったりな彼は、やはり行き当たりばったりにアドリアンに向きなおり、さっきは言っていなかったひと言を追加した。
「いいですねアドリアン殿。一年間の自宅謹慎です。
それと……今すぐにとは言いません。
いつかはエレンシアと我が国の国王陛下との結婚を祝福してください」
「……わかった」
生気のない顔と声でアドリアンは返事をし、この場を去っていった。
仲間の十勇士たちも彼につづく。
こうして長きにわたるアドリアンとの一件はかたがついた。
薄氷の勝利によって最善の結果が得られたといっていいだろう。
主戦派のリーダーをたった一年とはいえ排除できたのだ。
わずか一年、だが人間にとっても妖精にとっても今は重大な意味を持つ一年になるはずである。
どうでもいいタイミングでの十年よりも、この意味は大きいだろう。




