氷の刃
緊張しながら壁際で直立し族長たちがくるのを待つ三人プラス一人。
三人とはエリオット、エレンシア、リリスカの三人。
残りの一人はシャーロットだ。
シャーロットだけはあまりよく分かっていない表情でボンヤリと立っていた。
やがてドカドカと乱暴な足音が聞こえてくる。
あやしげな鼻歌まで聞こえてきて、エリオットはちょっとあきれた。
ガチャッ!
木製の扉が雑に勢いよくひらかれる。
「おばあちゃ~ん! 会いたかったよ~!」
厳粛さのかけらもない男の大声。
野蛮で下品な声の主は、黄金の髪に褐色肌の中高年。
『黄金』の氏族、族長ゴルド。
当の『おばあちゃん』、エレオノーラの許可もなしにズカズカと接近するとベッドの横に膝をつき、手を握った。
「元気そうじゃな~い? あんたん所のボクちゃんが今日死ぬか明日死ぬか、みたいな言いかたをするから心配しちゃったよ~!」
ボクちゃんとはアレクスのことだろう。
恐ろしいほど彼のことを格下あつかいしている。
息子を侮辱されてエレオノーラは眉をひそめたが、それでも形式的な言葉をかえした。
「あなたも元気そうで嬉しいわゴルド」
「うんうん」
ゴルドは手を握ったままニコニコと笑顔を浮かべている。
しかし実に分かりやすい作り笑顔だった。
笑顔なのに妙に怖い。無言の圧力がある。
(ヤクザの親分だな、この男)
まだごく短い時間しかたっていないが、エリオットは『黄金』のゴルドという男の本質が分かってしまった。
自分以外だーれも愛してないし信じてもいないタイプの人物。
なにか気に食わない状況がおこればたちまち表情は一変し、怒号と暴力で他者を支配しようとするのが典型だ。
怒号と暴力、いわばパワハラだけでは人はついて来ない。
だから普段は過剰なくらいの笑顔で友好的に人と接する。
いわば飴と鞭だ。
支配される人々はムチを恐れて反抗しづらくなる。
そして命令にしたがっていれば多少のアメがもらえる。
こういう環境にだんだん慣れていくと、アメとムチのことだけで頭の中がいっぱいになってしまう。
ボスの笑顔を崩さないことばかり気にして、普通の思考回路ではなくなってくる。
こうして法律とか常識というものを軽視する下っ端のヤクザ者が出来あがるのだ。
ヤクザが法律や常識は無視するくせに、組織の掟には絶対服従する理由がこれ。
目の前にいるゴルドという男はそういう洗脳された下っ端を自由に作り出し、支配下における男なのだ。
支配的な暴君は、積極的な行動をつづけた。
部屋の片隅で静かに立っていたエリオットたちに視線をうつす。
「おばあちゃん、なんか妙なのがいるね」
口は笑顔を崩さず、だが目は笑っていない。
横にいたリリスカとエレンシアの二人はビクッと肩をふるわせた。
エリオットだけは平然とし、族長に紹介してもらうのを待つ。
……シャーロットはよく分からない、ボケーッと口をあけてゴルドを見つめていた。
「紹介するわ。遠い土地から訪ねてきた、親戚の子たちよ」
「親戚ぃ~?」
ゴルドはぬうっと立ち上がるとノシノシ歩いて近づいてくる。
「人間、だな? 初めて見るわ」
「わたしの姉、リヴェラのことは覚えているかしら?
その血筋の子よ」
「ふーん」
ゴルドはリリスカやエレンシアはもちろん、シャーロットの前も通りすぎ、エリオットの前に立った。
(これは、来るな)
あえて男を相手に選ぶからには、なにか仕掛けてくる予感がした。
例のアメとムチというやつだ。
だがこちらから無礼をはたらくわけにはいかない。
やり合うにしても、先制攻撃は相手にやらせる必要があった。
「ご紹介にあずかりました、エリオット・ハミルトンと申します」
エリオットは目を伏せ胸に手をあてて、一礼する。
だが次の瞬間!
ドォン!!
エリオットの頭部があった場所に、容赦のない鉄拳が飛んできた。
拳は空を切り、後ろの壁を強打する。
ヒィッ! とリリスカたちが悲鳴をあげた。
「獣の分際で話しかけんじゃねえ!
てめえら人間は俺達妖精の家畜なんだよ!
家畜の分際で生意気に……」
ゴルドの啖呵は途中で止まった。
彼の褐色の喉に、鋭くとがった短剣が当てられている。
エリオットが瞬間的に魔法で創り出した短剣だった。
エリオットが握る短剣は、正確にゴルドの首筋に当てられている。
これであわててパニックを起こす雑魚ならどうということもない。
ゴルドはあいにくもう少し格上の悪党だった。
「なんだ、斬るなら斬れや! 中途半端な真似すんなクソガキ!」
エリオットは奇妙な懐かしさを覚えた。
最近は比較的おだやかな生活が多くて、こういう相手は久しぶりだ。
昔はもっとこの手の相手をぶちのめしてきたものだった。
「僕の自己紹介はまだ途中ですよ。
僕はグレイスタン王国という国の騎士です。
騎士の生き方というものは、ヤクザ者の生き方とはまるで違うのです」
エリオットの口調はおだやかで静かだった。
大げさで烈火のように激しいゴルドとは対照的に、冷たく鋭い氷の貌。
それこそ動物のような大声の威嚇など必要ない。
殺したり殺されたりするのは騎士として、そしてスパイとして日常のことである。
この程度のことで恐れおののくような初心さは、とっくの昔に忘れていた。




