今昔イケニエ話
老婆の名は、エレノア・ハートウィスパーといった。
ならば孫娘のほうはアンナマリー・ハートウィスパーということになる。
「昔っからね、こういう胡散臭い習わしはあったんだ」
エレノアお婆さんがもう疲れた、面倒くさい、という表情でペラペラと喋りだした。
脳の疲労による一時的な判断力の麻痺状態だ。
こういう時の人間は迂闊になんでも喋ってくれる。
あくまで一時的な状態なので、こういう機会には聞けるだけ聞いてしまおう。
「飢饉が起こるたびにね、『お前が行って神様にお願いしてこい』ってなもんで働けない奴から順番に山の奥に送ったもんさね」
後ろでじっと静かに聞いていたデニスが口をはさんだ。
「口減らしかい」
「ああ、人間てなあ追いつめられたら何だってするもんさ。
まずは病人や生まれつきの奴、次に年寄り。
弱い奴から順番さ。順番に切り捨てていくんだ」
語るエレノア婆さんも、聞くデニスも、何ともいえない悲しみの表情をしていた。
これは宗教儀式にかこつけた政治システムだろう。
人は群れで生きる動物である。
群れ全体を生かすために、時として生産性のない存在は排除されなくてはいけない。
それができない群れは丸ごと滅びるしかないのだ。
だが、今回に関しては少しおかしな点があった。
「いやちょっと待ったそりゃ変だよ。
あんたのお孫さんは若くて健康でしょう。
それじゃ理屈に合わない」
デニスの指摘はもっともだった。
アンナマリーはまだ十代の若さである。
健康な若者は貴重な労働力だ。口減らしの対象になるわけがない。
口減らしとはいわゆる魔女狩りのような集団ヒステリーとは違う。合理的にに行われるべきものだ。
このさき何十年も働けるはずのアンナマリーを犠牲にするのは非合理的であって、デニスの言うとおり理屈にあわないのだ。
問われた老婆は苦々しい表情で横を向いてしまった。
「あの神父のせいさ。あいつが土地の習わしを変えちまった」
「なんでまた?」
「知るもんか!」
エレノア婆さんは怒りをあらわにする。
可愛い孫娘の生死がかかっているのだ、落ち着いた分析など出来るものではない。
二人の会話を聞きながら熟考していたエリオットであったが、ようやく口をひらいた。
「つまり『貧しさの象徴』としての生贄ではなく、『豊かさの象徴』としての生贄なんだ。
より多くの豊かさを得るために、未来と繁栄の象徴となる若い女を捧げる必要があるんだな」
「ハッ、豊か!? こんな貧乏くさい町のどこに豊かさなんてぇもんがあるんだい!?」
「無いね」
「んがっ……」
エリオットがあまりにもストレートに言うので、老婆は言葉につまった。
「あんた本性はずいぶんイイ性格してるようだねぇ」
「フフッ」
鼻で笑って彼は自論の展開を続ける。
ちなみにエリオットの今の外見は、女性用のドレスを着た美少年という珍妙な姿である。
妙な姿の彼は、これまた妙な推測をたてて会話を進める。
「きっとこの町単体で考えていたのでは答えの見えない問題なんだ。
小規模な街に豪華すぎる教会。
貧しい暮らしに贅沢な生贄。
こんな矛盾ばかりのことをしていたら何十年か後には町がなくなってしまう。
領主だって教会の建設費用がまかなえなくて大損害になるはずだ」
この町の領主であるレジナルド・フォーテスキュー子爵の身辺に、不正な金の動きはない。
これは王都を発つ前に確認してある。
『王国騎士団情報部』はプロの諜報機関なのだ。
人・物・金・その他色々、世の中に目立った動きがあれば諜報員がすぐに調査をし、情報を蓄積していくシステムがすでに存在していた。
特に貴族の金の動きなどというものは重要項目だ。ほうっておいたらどんな悪さをはじめるか分からぬのが、貴族という生き物だった。
「しょせん子爵ていどの身分でできることなんて、たかが知れているはずなんだけど」
不遜な発言をさらりと言ってのけるエリオット。
貴族の階級は基本的に公・候・伯・子・男の五つ。
子爵位は下から二番目だ。
与えられている土地だって特に広大なわけでもないし、港や鉱山といった他の収入源があるわけでもない。
つまり貴族階級の中では相対的に貧乏なほうだ。
「そのたかが知れている財力でなぜ、ここまでの事をしたのか……。
秘密はやはりあのブラナ神父が握っているはずなんだ」
余談だがエリオットは伯爵家の第三子である。上に姉と兄が一人ずつ、下に妹が一人いる。
オスカーとデニスは庶民出身。
現在は一代限り、つまり子供に継がせることができない騎士爵という身分を与えられている。
「お婆さん、あの神父は何者なんだい?」
ここで彼の正体が分かってしまえば話は早いのだが。
残念ながらエレノア婆さんは首を横にふった。
「知らんよ。あたしゃ良いようにコキ使われるだけの手下さ。
神様もあんな連中から先に殺ってくれりゃあ良いのにね」
「ふーん。なら取っ捕まえて自白させるしかないか」
軽い口調でそう言いはなつエリオットを見て、老婆はため息をついた。
「まったく調子のいい事を。子供は怖いもの知らずでいけないね」
「僕、これでも成人してるんだけど」
老婆は目を丸くして硬直した。
「……あんた、あたしの心臓を何回止める気だい」
「アハハ、そろそろネタ切れだよ」
ケラケラと明るい表情で笑うエリオットは、成人どころか成長期もまだの子供にしか見えない。
だが可愛らしい口から出てくる言葉の数々はとても外見に似合わないものばかりであって、彼が見た目どおりの少年ではないと証明していた。
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