僕の特技は変装なんだ
「昨晩は月のきれいな夜でした」
エリーゼは語りながら視線を窓の外へやり、遠くを見つめる。
口調はかなりゆっくりだ。
深い理由があってのことではない。考えをまとめる時間が欲しいだけだ。
「満月になるのは今夜……いえ明日の夜かしら」
なんだか妙に感情がモヤモヤするのだ。
素直に「分かりました」と言いたくない。心の中で何かが引っかかる。
なんだろう?
「どちらにしても、ずいぶん急な話」
「そ、そりゃ分かってる! だけど仕方ないじゃないか! あんた達がもっと早く来てくれりゃあ……!」
「わたくしたちのせいだとでも?」
軽くにらんだだけで、老婆はしおらしくなった。
「い、いやそういうわけじゃ……」
うなだれる老婆の姿を見て、エリーゼはなにが気に食わないのかを悟った。
(ああそうか。このババア、なんでこんなに調子よく被害者面していやがるんだ)
証拠はない、だが確信がある。
この老婆もきっと一連の事件の重要人物のはずだ。
「教会内には奇妙な臭いのお香が焚かれていました」
ピクッ、と老婆が肩をふるわせて反応する。
「どういう調合かわかりませんけれど、複数の香草に混ざって怪しげな薬物の気配を感じました。
効果はおそらく精神状態の強い抑制。
調合したのはあなたですよね? こんな小さな町にあなたほどの薬師が二人もいるとは思えませんし」
老婆はカタカタと震え出した。口に出して答えさせるまでもない。
「おかしいと思っていたんですよ。この町ってやたらと元気な人とか元気のない人とかが多くて。
悪いお薬をつかって無理にコントロールしていたのなら情緒不安定になってしまう人が多いのも納得です。
誰だって自分や大切な人を犠牲にしたくないのが当然。でも生贄は捧げなくてはいけない。
そんな状況でも住民感情が荒れないように、あなたと神父様が薬を使ってこの町を支配していたのでしょう?」
ブルブルと全身を震わす老婆の顔から大量の汗が流れ落ちて、テーブルに染みをつくった。
この程度の尋問にしては反応がちょっと大げさすぎる。
もしかしたらこの老婆も自分に薬物を投与しているのかもしれないと感じた。
だが追及の手は緩めない。
「他人は殺せても、自分の身内は殺せませんか?
殺した人たちにも家族がいたことを、理解できないわけでもないでしょう?」
ガタン!
老婆は大きな音をたてて立ち上がった。
「仕方がなかったんだ! 他にどうしようもなかったんだよ!
あいつらの言うことを聞かなけりゃ、あたしらは野垂れ死にするしかなかったんだ!
息子たちが事故で逝っちまって、残ったのはあの子とあたしの二人っきり!
悪党の誘いだろうが何だろうが従うよりほか無かったんだよ!」
老婆の目から大粒の涙がボロボロとあふれ出す。
罪悪感の証、人間の証だった。
「なんなんだよ小娘のくせに知ったような事を言うんじゃないよ!
世の中にゃどうにもなんない事がいくらでもあるだろ!
それとも自分がこの町全部面倒見るって言うんかい!
アンタが領主様をやっつけるとでも言うんかい!」
「…………」
ハーッ! ハーッ! ハーッ!
ちょっと危険なくらいに息を切らせながらエリーゼのことをにらみ、涙を浮かべながら見下ろす老婆。
にらまれているエリーゼのほうは、覚悟を決めた表情ではっきりと答えた。
「……いいですよ。わたくしたちは元々そのために来たのです」
虚を突かれて老婆は黙った。
一方あわてだしたのは後ろで静かに話を聞いていた男たち二人である。
たった今エリーゼは、機密情報にかかわる言葉を口にしてしまっていた。
「エリーゼ!?」
「いいのです、任せてください」
話を止めようとするオスカー。しかしエリーゼは冷静な態度で彼を制した。
今こそ正体を明かすべき瞬間だと決心したのだ。
時間的余裕がないのはエリーゼたちも同じなのである。
次の満月に役者がそろう。
時間にして残り30時間もないだろう。
それまでにどこまで準備できるかが勝負を分ける。
薬師の老婆をここで味方にすることと、反対に敵にすること。
どちらが得かは考えるまでもない。
だが単なる協力者で終わらせてはいけない。
この老婆も今までに犯した罪の、いわゆる『落とし前』をつけるべきなのだ。
老婆を味方にすること。
そして自身の罪を償わせること。
隠しごとをしたまま両方を実現させるのはおそらく不可能だ。
だから本当の身分をあかす必要があった。
「わたくしたちは王都ヴィンターリアから派遣されてきた、王国騎士団情報部の者です。
この町で不審な宗教活動が行われていると情報を得て調査しておりました」
薬の影響でもあるのだろうか。老婆は大げさに口をアングリとあけ、緊張感のない声を出した。
「王国騎士ぃ? あんたが?」
「信じられませんか?」
エリーゼは自らの頭をつかみ、髪を強く引っぱった。
豪奢な金髪の鬘が宙を舞い、美少女は小柄な男性へと変貌する。
「これで少しは信じてもらえるかな?」
「お、男!?」
「僕の特技は変装なんだ」
まさに魂消たという表情で老婆はストン、と着席した。
というか腰がぬけ、くずれ落ちたその先に、運良くイスがあったというだけか。
「……この歳になってまだ驚くようなことが起こるとはね」
「これからは沢山あると思いますよマダム」
「マダムなんて柄じゃないよあたしゃ!」
老婆は苦い顔で天をあおいだ。
読んでくださってありがとうございます。
投稿のはげみになりますのでぜひ☆とブックマークをよろしくお願いします!




