アンナマリーの秘密
「わあ」
エリーゼは目の前に広がる光景に驚き、軽く感動の声をあげる。
家の中はまるで薬草や香草の宝庫であった。
部屋の四方すべてが床から天井まで棚だらけであり、その棚にところ狭しと乾燥させた草花が保管してある。
もしかしたら思った以上にすごい人物を紹介してもらったのかもしれない。
「で、なんの薬が欲しいんだい」
老婆がぶっきらぼうにたずねてくる。
デニスが食あたりの薬を注文すると、引き出しの中から小さな包みを持ってきた。
中身はどういう薬草の組み合わせになっているのだろう。おそらく聞いたところで正確に理解はできまい。
しかしちゃんとした品質のものであろうとは予想できた。
ごちゃごちゃと利いた風なセリフを言わなくても、この老婆が薬草のプロなのだと部屋のすごさが語りかけてくる。
「あんたら旅人だろう、これからどこへ行くんだい」
「王都へ戻りますわ」
「ほう、遠いね」
ほんのちょっと言葉を発しただけで老婆はすぐ沈黙してしまう。
しかたなくエリーゼのほうから話を切り出すことにした。
「実はここへ来る前に、宿屋の女将さんにお願いされましたのよ。
あなたのお話を聞いて欲しいって」
老婆の目つきがジロリ、と厳しくなった。
「……あのお節介め」
エリーゼの言葉を聞いてから、老婆は急にそわそわしだした。
視線はキョロキョロとせわしなく動き、テーブルの上で指を組んだままモジモジといじくっている。
そのくせ事情を話しはじめるでもなく、かといって「もう帰れ」と告げるでもなく、ただただ落ち着きがない。
よほど言いにくい話があるようだ。
「なにかお困りなのですね。なんでも教会にいらっしゃるアンナマリーさんについての事ですとか」
「いや、なに……」
どうしても言いずらい様子だったが、彼女は突然、堰を切ったように意味不明なことを話しはじめた。
「さっきの薬はね、けっこう値の張るやつなんだ」
「そうでしたの」
「あんた達にあるだけくれてやるよ。お代はいらない」
「はい?」
「あれだけじゃない、他の薬もぜんぶ持っていきな。
都で売ればけっこうな金になるはずさ」
「は、はい?」
「それでも足りないってんなら、この家にあるもん何でも持っていきな、蓄えだってそれなりにあるんだ!」
「????」
なにを言っているのか、まったくわけが分からない。
なぜいきなり金目の物をやろう、などという話になるのか。
老婆はガバッ、と机に両手をつくと額をこすりつけた。
「だから、だから孫娘を、アンナマリーをこの町から連れ出しておくれ!
迷惑なのは百も承知だ、だけど一生のお願いだよ!」
突然どういう話なのか、ちっとも分からない。
だが様子があまりにも尋常ではなかった。
ちょっとやそっとの理由でない事だけは想像できる。
「よほどの事情がおありですのね?」
ゼエゼエと息を切らせながら、老婆は搾りだすような声を出す。
「次の満月の夜にあの子は殺されちまうんだ。
神の生贄に選ばれちまったんだよ。
もう時間がないんだ……!」
なるほど、その言葉でようやく相手の気持ちがイメージできてきた。
このお婆さんとアンナマリーは血縁関係にある。
ここウィンターブルームの町には神に生贄を捧げる悪しき因習がある。
次の生贄はアンナマリー。満月の夜はもうすぐだ。
お婆さんや宿屋の女将はアンナマリーを助けたいと思っていたが、彼女たちにそれが出来るだけの権力はない。
そんな時にエリーゼ達がひょっこり町へやって来た。何のしがらみもない旅行者だ。
彼女たちにアンナマリーを連れ去ってもらおう。
これ以外にアンナマリーを救う方法はない――と考えているのだ。
「ああもしかしたらそれで彼女はあんなに……」
エリーゼはつぶやきながらアンナマリーの姿を思い浮かべる。
初対面の自分をずいぶん情熱的な瞳で見つめてきたものだった。
どうもあの瞳の意味をずいぶん軽く考えていたらしい。
てっきりエリーゼの美しさに一目惚れでもしたのかと思いこんでいたが、それだけではなかったのだ。
自分はもうすぐ死ぬのだと、あの時のアンナマリーはすでに覚悟を決めていたのだ。
死の直前に素敵な人に出会えた。良い思い出が作れた。
だからあんな大げさに興奮していたし、別れを惜しんだのだ。
脳裏に彼女の切なそうな言葉が思い浮かぶ。
『あ、あの、もうお別れなんですか』
『本当ですか、絶対ですよ!』
昨日の別れ際、熱心に、本当に熱心にアンナマリーは手を振っていた。
ズキリと、エリーゼは胸に痛みをおぼえた。
あの子は何歳だろう。まだ15、6歳くらいではないだろうか。
そんな若さでもう死の運命を受け入れているなんて。
自分との出会いをそんな特別なものだと思っていただなんて。
ギュッ、とエリーゼは自分の胸元をつかんだ。
胸が苦しい、良心が痛む。
一体どうしたものか。方針の定まらないまま、エリーゼは口をひらいた。
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