薬師の老婆
翌日。
エリーゼたちはわざと遅く起きて午前をダラダラとすごし、昼過ぎから活動を開始する。
本当は今日にでも出発する予定だったのだが、お嬢様がワガママを言い出したせいでスケジュールがくるった、という『言いわけ』を作ったのだ。
三人は雑貨店におもむき、帰りの旅に必要な物資や保存食を買い求める。
もちろん雑談のふりをした情報収集も欠かさない。
しかし昨日仕入れた以上の情報はまだ得られなかった。
大量の保存食をかかえたデニスとオスカー、そして手ぶらのエリーゼは一度宿に戻る。
宿の女将さんが手荷物の多さに目を丸くした。
デニスが女将さんの話し相手をつとめる。
「あらやだ、こーんなにたくさん買いこんじゃって!」
「長旅なもんでね、これでもギリギリでさあ」
「お嬢様のおかげだねえ。いっつもこんなにお金使ってもらえたら、あたしら大金持ちなんだけど」
エリーゼはウフッと笑う。
「へっへっへ、まあ俺たちゃ毎度お嬢に付き合わされるだけでさ」
デニスも愛想よく笑った。彼は笑うとまさに『人の良さそうなおじさん』といった印象になる。
「女将さん、メシはこれでいいんだが、ちょっと薬が残り少なくってね。食あたりなんかに効く薬を売ってる店はないかい?」
「ああそれなら町はずれに住んでるばあさんの所へ行くといいわ。
偏屈なばあさんなんだけどね、あの人の薬草が一番よく効くのよ」
「まあ素敵、魔法使いのお婆さんみたい!」
「はっはっは。そりゃいい事を聞いたな、さっそく行ってみようか」
笑顔で別れを告げようとする三人、しかしその背に女将は語りかける。
「待っとくれ。あんたら教会でアンナマリーって娘には会ったんだろ?」
「ええ」
屈託のない表情でエリーゼは即答する。
「わたくしたち、すぐお友達になれましたのよ」
「そうかい、それなら丁度いい!」
「え?」
なぜかは分からないが、女将は妙に熱の入った表情でエリーゼの手を握ってきた。
「ばあさんの話を聞いてやってくれないかい。
あたしの口からは言えないんだけど、力になってあげてよ」
どうも訳ありらしい。なんだろう?
薬草を育てているおばあさんが町はずれに居るという。
しかもその人は教会にいるシスターアンナマリーと知り合いらしい。
どうも訳ありの人物らしいが、いったいどんな話を聞かされるのやら。
道中、オスカーに念を押される。
「エリーゼ、今の我々には無関係のことに時間を割く余裕がありません」
「分かっているわ、でもこの町に住んでいる薬の専門家なのでしょう? 会うべきだと思うのよ」
エリーゼの脳裏に、奇妙な香りを漂わせた神父たちの姿が浮かんでいた。
複数の香草の香りと、あと不明な何かの臭い。
どうも精神に悪影響のある妙な成分が含まれている疑いもあり、無視してはいけないような気がする。
案外とこんな所から良いヒントが得られるかもしれない。
他にあてがあるわけでもなし、ものは試しだ。
山道に入るちょっと手前。
まさに典型的な町はずれと呼ぶべき場所に、一軒の古い家と生い茂る薬草畑があった。
背の曲がった老婆が一人、木の桶と柄杓で薬草に水をやっている。
「……誰だい」
老婆はどこか迷惑そうな表情でエリーゼたちを見る。
エリーゼは嫌な視線に気づかないふりをして優雅に礼をした。
「エリーゼ・ファルセットと申します」
「……?」
ニコニコと微笑む美少女の姿に、老婆は眉をひそめた。
どうにも場違いなお嬢様である。
挨拶はしたものの会話がつづかないので、かわりにデニスが口をひらいた。
「えーっと、宿屋のおかみさんに紹介していただきましてね。
こちらで質のいい薬がもらえるってんで」
女将さんの名前を出しても老婆はピクリとも笑わない。
声はちゃんと聞こえていたようで、手に持っていた柄杓で古びた家を指し示す。
「……ついてきな」
どうにも不愛想な婆さんである。
三人は顔を見あわせると一斉に肩をすくめた。
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