うわさの姫騎士エリオット
「おや、姫騎士殿のご登場ですぞ」
「本日も陛下のお話相手ですかな」
「まああの身体で務まる役目などそのくらいでしょうよ」
よく肥えた中年貴族たちがヒソヒソと内緒話をしている。
その横を、軍服姿の美しい男性が通りすぎていく。
短く切られた金髪。
背は女性と同じくらいしかなく、体格も細い。
きっと誰もが彼の印象を『美少年』と評価するだろう。
だが彼はれっきとした成人男性である。
どうも医者にも治療のしようがない特異体質らしく、少年時代に身体の成長が止まってしまったのだ。
そんな彼の職業は王国騎士。
おそれおおくも国王陛下直属の騎士団員の一人である。
荒事などまったく向いていなさそうな彼が、若き国王のお気に入りとして側仕えしていることに、不満を漏らす男たちは多かった。
そうしてついたあだ名が『姫騎士』。
女みたいな見た目の騎士という意味の蔑称である。
だがそんな評価はどこ吹く風で、姫騎士エリオット・ハミルトンは王宮の赤い絨毯を堂々と踏みしめて行く。
終生の忠義を誓った国王、ヴィクトル二世陛下に新たな任務の裁可を頂かなくてはいけないのだ。
「やあエリオット、その顔はまたなにか厄介ごとを持ってきたな?」
グレイスタン王国、国王ヴィクトル・グレイウッド二世は皮肉な笑みを浮かべてエリオットを歓迎した。
「ええ、実はその通りなんです」
エリオットの態度にもどこか馴れ馴れしさがある。
この二人は乳兄弟なのだ。
病弱であった先代王妃に代わり、エリオットの母が乳母としてヴィクトル二世を養育した。
つまりエリオットとヴィクトル二世はおなじ母乳を飲んで育った仲というわけだ。
こういう存在は半ば運命的にもっとも親しい間柄となる。
二人の間にある馴れ馴れしい空気感には、そういう理由があった。
「お目通しを」
エリオットは持参した大きな封筒を国王陛下に差し出した。
すぐその場で中身確認した国王は、書類の内容に表情を曇らせる。
「……これが真実だとすれば、放置はできんな」
「はい、ですのでしばらくの間、御身の側を離れる許可が頂きたく」
「お前みずから行くのか?」
ヴィクトル二世の瞳がキラリと光った。
「つまり例の技を使うつもりだな?」
「はい」
エリオットも意味深に微笑む。
忠臣の笑みを見て、主君も同じ意味深な笑顔を見せた。
「期待しているぞ、我が友よ」
「おまかせあれ」
エリオットは胸に手を当て優雅に一礼した。
およそ一時間後。
王宮内に輝くほど美しい金髪の淑女があらわれた。
華やかなドレスを身にまとい、荘厳な宮殿内を静々とゆく様は、まさに王宮を彩る高貴な華。
すぐ後ろに背の高い男の付き人を連れている。上品に振舞っているが彼はきっと護衛だろう。
彼女はいったいどこの姫君なのか――?
うっとりと見つめる二つの視線に気づいた淑女は、チラ、とそちらに視線をむける。
そこに居たのは先ほどエリオットを『姫騎士』と嘲笑った貴族たちだった。
淑女は二人にむかってにっこりと微笑んだ。
その美しさに中年貴族たちは年甲斐もなくポッと頬を染めてしまう。
「あ、あれはどこのご令嬢であろうか?」
「さて、あれほどの美女、宮中のうわさにならぬわけが無いのだがな」
未練たらしく美女の後姿に熱い視線を送りつづける中年男二人。
そんな視線を背中に浴びながら、美女はククッと小さく笑う。
実はこの美女、姫騎士エリオットが女装して化けた姿である。
子供のように細くて小さな体。髭の一本も生えていない透明感のある肌。
エリオットにとって女装とは、まさに天から与えられた才能であった。
「滑稽ですね。私自身はなにも変わっていないというのに」
二十歳を過ぎても変声期をむかえることのなかった声は、無理して低い声色を使わなくなった途端女性と変わらないものとなる。
「あの程度の男たちに見破られるようでは困ります」
すぐ後ろに侍る付き人が小さくつぶやいた。
「我々はプロなのです、エリーゼ」
「そうねオスカー」
変装したエリオットは、偽名をエリーゼ・ファルセットと名乗っている。
そして付き人に扮したした男、オスカー・プレストン。
彼らは王国騎士団情報部に所属する、国王直属の諜報員なのだ。
さらに馬車をあやつる御者役を演じるデニスという中年男も加え、彼らはこれからとある田舎町に潜入する。
田舎町の教会で怪しげな悪魔崇拝がおこなわれているという、その情報の真偽をさぐるために。
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