約束〜truth
青春って何だろう?
それを思い始めたのは、高3の夏休み前日のことだ。
このまま、何もしない高校生活で良いものなのか・・・恋愛経験ゼロ、友達とも放課後遊んだことがない。
誘われたことがないわけではない。ただ何となく断り続けた結果、誘われなくなっていた。
終業のチャイムが校内に響き渡り、号令をかける学級委員に合わせて生徒は礼をした。
教室が一気に騒がしくなった。「今日この後カラオケ行かない?」とグループ相談会をする女子とか、「いやいやいや〜、お前が言えよ」となんだか浮かれている男子。
私は、流れ込む会話を聞きながら窓から白い雲を眺めた。
「ね〜、ゆーちゃん。ゆーちゃんってば」
デレデレした呼ぶ声に気づき振り向くと、隣のクラスの男子、三井勇気がいた。 ちなみに、私は望月結城
勇気とは家がお隣さんで産まれた時からご近所さんだ。 同じ病院、同じ日、ほぼ同じ時間に産まれ、親同士も超がつくほど仲良し
だから私は・・・
「夏休みにスノードーム見よっ」
満面の笑みで勇気が言った。
「スノードーム?」
首をかしげて聞く私にまたもや満面の笑みで
「そう、僕の家でね。」
私は少し冷たく返した。
「小学生ですか?自由工作ですか?なんで私が、あんたの家であんたの作ったスノードームを見なきゃいけないのよ」
こう言うと必ず勇気はしょぼくれる。 私は分かってやっている。
なのにいつもニコニコしながらこう返してくる。
「ゆーちゃんに喜んでもらいたいからだよ。僕はゆーちゃんが笑ってる顔が好きなんだから」
幼稚園の時から勇気は何も変わらない、正直私は恥ずかしいのです。
こんなにも堂々と、クラスメイトがいる中でこんな事を言われるのが・・・
「ねー、ゆーちゃん⁈一緒に帰ろ?」
これも
「僕たちずっと一緒だよね。」
これも
「運命共同体‼︎」
これも、よくこんなに恥ずかしい言葉ばかりすらすらと出で来る。
私には理解できない。
「あっ、あのさ〜勇気、他に遊ぶ人とか帰る人とかいないの?」
「いるよ。」
サラーっと返された。
「じゃあ、その友達と帰ればいいと思う」
勇気は少し困った顔で
「ん〜今日は、ゆーちゃんと帰るから断ったんだよ。」
そこに、クラスで割とよく話す和田みのり(わだみのり)が会話に入ってきた。
「なになに〜?私も一緒に帰るよ。それとも、お邪魔かな?」
にやけながら、みのりは言ってきた。
私たちは一緒に帰ることになった。
帰り道、みのりの思い付き話がでた。
「明日から、夏休みじゃん。
もちろん受験生だから遊んでる場合じゃないけど、やっぱり息詰まったりするわけよ。
そこで、提案!夏休みのスケジュールを作らない?」
その言葉に、勇気は乗った。
「いいじゃん!」
続けてみのりが
「明日、うちに来ない?みんなで出かけたり、勉強したりするスケジュール作ろう!
ゆーちゃんもね」
と、笑いながら話した。
私は何故か頷いていた。
「うち、寿司屋だからお昼もうちのおいしいお寿司ご馳走するよ。
だから、明日のお昼に集合ね」
ニコニコしながら勇気が私を見て
「ゆーちゃん良かったね。寿司屋の友達出来たね。夢だったんだよね。」
それを聞いたみのりがすかさず
「何言ってるの?私とゆーちゃんは学校でしか話さないけど、ずっと友達なんですけど〜」
と笑いながら言い、少し膨れた顔で勇気を軽く 2・3度叩いた。
勇気は笑ったまま、両掌を合わせて謝った。
そんな話をしているうちに、家に着いた。
みのりに手を振ってみのりは、自転車に乗りながら手を振り返した。
私は家に入った。
「ただいま・・・って誰もいない・・・」
冷蔵庫からジュースを取り二階にある自分の部屋に入ると、さっき別れたばかりの勇気がベッドの上に 座っていた。
いつものことだ、隣とは数センチの差しかないのだ、窓からの侵入は小学生から始まった。
それでか、窓のカギを閉めなくなっていた。
勇気は、右手を挙げて『よう』と言っているかのように挨拶をした。
私は頷き机の椅子に座った。
勇気が私を見て、いつもとは違う真面目な表情で言った。
「いつからか、遠くに行ってしまった君の声・・・笑うとえくぼが可愛くて、無邪気な顔が懐かしく思える夏の午後・・・
どう?ゆーちゃん、僕の恋文」
恋文・・・課題か・・・
私は少し間を開けて無表情のまま
「いいと思うよ。」
勇気は静かに
「課題一個終わった・・・」
しばらく、沈黙が続くと勇気はまた話し掛けてきた。
今度は満面の笑みで、デレデレした声を出した。
「ね〜ゆーちゃん、明日楽しみだね。
・・・あっ、ゆーちゃんは大学やっぱり、城南受けるの? 僕も、ゆーちゃんと同じところ行こうかな〜」
「幼稚園からずっと一緒なんだから、大学くらい好きなところに入りなよ。 勇気は頭も良い訳だし・・・いつも私に合わせて楽しいの?」
私は、少し強く言葉にした。
けれど、勇気はそんなことは気にもしていない様子で
「僕の好きなことはゆーちゃんが好きなことだから、ゆーちゃんが行くなら僕はそれで良い」
自分の道は無いのか、いつも私に着いて来るだけの人生なんて面白いのか・・・ それとも、勇気は私の青春の邪魔をするために一緒にいるのか・・・
「僕そろそろ帰るね。また明日」
そう言うと来た通り窓から帰っていった。
私の人生から勇気という存在は消えないのかと、残念な気持ちとちょっと嬉しい複雑な気持ちでモヤモヤした。
昔は勇気がいつも隣にいるのが普通で当たり前で、幼少期には二人揃って両親の前で恥ずかし気もなく
「大きくなったら勇気くんのお嫁さんになるの〜」
など
「僕は、ゆーちゃんと結婚するんだよ」
などという会話をしていたのだ。
成長と共にそんな恥ずかしい事は口にしなくなった。
翌朝、窓を叩く音で目が覚めた。
布団から出て窓に向かおうとすると、勇気が入ってきた。
カーテンを閉めているとこうして起こしてくる。
所謂目覚ましのようなもの。
そして、満面の笑みで、優しく
「おはよう、ゆーちゃん。よく眠れた?」
と聞く。
「まだパジャマなんだね。可愛いパジャマだね。あっゆーちゃんが可愛いからパジャマが可愛く見えるんだ。」
これも毎回の事だ。
本当に、恥ずかしい
「もう着替えるから出て行って!」
私はまた強く言った。
勇気は窓ではない廊下に出た。
素早く着替えを済ませドアをノックした。
もういいよ。という合図だ。
勇気は部屋に入るなり
「母さんが朝ごはん食べにおいでって」
そう言うと、勇気は幾つかのCDを手に取り出て行った。
私は言われたまま勇気の家にお邪魔した。
おばさんも、いつもニコニコしている。
「ゆーちゃん、遠慮しないでたくさん食べてね。」
と優しく言ってくれた。
勇気はそれを阻止するかのように
「ダメだよ、お昼に和田さんの家で約束してるんだから!
昨日言ったよね」
と子供の様に言った。
おばさんはキッチンでなにやらぶつぶつ言っている。
朝食を食べ終わって一旦自宅に戻り、みのりの家に行く準備をした。
課題と手帳とスマートフォンをバッグに入れ、玄関に降りた。
「行ってきます。」
・・・
「また、誰もいない」
玄関のカギを閉め勇気とみのりの家へと向かった。
みのりの家は、ここから歩いて20分の所にある商店街の中、久しぶりに商店街に行く。
勇気が私の顔を覗き込みながらまた笑っている。
「ゆーちゃんと二人きりで歩くの久し振りだね〜」
確かに、学校の帰りも部活があったため一緒に帰ることは滅多にない。
「そうそう、帰りに駅前の新しく出来たファミレスで夕飯食べてから帰ろ」
またニコニコしてる。
「家に連絡入れて良いって言われたらね」
冷静沈着な態度をとっても、勇気はニコニコしながら
「大丈夫。もう許可は取ってるよ」
と、返してきた。
えっ?いつ?朝?廊下に出たとき? 少し立ち眩みがした。
勇気が私の腕を掴み
「大丈夫?具合悪い?少し休もうか?」
タイミング良く目の前には公園があった。
日陰になっているベンチで休むことにした。
勇気が近くの自動販売機で水を買ってきた。
キャップを開けてから渡された水は冷たくて暑さでカラカラになりそうな喉を潤してくれた。
10 分くらいで眩暈は治まった。
遠くを見つめる勇気の背中を軽く叩き
「もう大丈夫、お昼過ぎちゃうから行こう。」
ベンチから立ち上がり公園を出た。
勇気は私の体調を伺うようにチラチラと見てくる。
「ゆーちゃん、本当に大丈夫?なにか・・・」
途中まで言うと勇気は言葉を止めて話題を変えた。
「和田さん家のお寿司早く食べたいね。
ゆーちゃんも、お寿司大好きだから楽しみでしょ」
私は、頷くだけで言葉にしなかった。
勇気はまた、何度か私を見た。
商店街に着くと、アーチの前でみのりが待っていた。
少し不機嫌な態度だ。
「ちょっと、遅いじゃん。干乾びるかと思ったよ。 まだ夏は始まったばかりなのに、こう暑いと先が思いやられるね」
暑さに不機嫌になっていただけだ。 商店街のアーチをくぐり5店舗先に【和田鮨】と木に黒文字で書かれたお店があった。
【本日定休日】の札がかかっていた。
お店の扉を開けると若い板前がカウンターの中でなにやら作業をしていた。
奥のお座敷に通されてからすぐ、さっきの若い板前がお寿司を運んできたのと同時に同じクラスの森拓真が入ってきた。
「みのり!来てやったぞ!
・・・で、夏休みに何やんの?」
茶髪に金のメッシュを入れて見た目は、不良に見えて普段なら絶対視界に入れないタイプだ。
絡まれたりしたら面倒だ。と避けてきた。
「あれ〜?望月じゃん!なに?望月って普段誰とも遊ばないって聞いてたけど、遊んでんじゃん。」
悪乗りとしか思えない話し方に、私は引いた。
いきなりのシャッター音
みのりの笑いながら怒る声に、勇気の笑い声
「望月って笑わないんだな」
と、からかうような冷めた森拓真の声・・・
まただ、眩暈だ。
目の前が真っ暗になった。
どの位の時間がたったのか、お座敷の隅に横になっていた。
「ゆーちゃん!」
そこには心配そうに見つめる三人の顔があった。 私はゆっくり起き上がった。
「ごめん、なんだか眩暈が・・・」
そう私が言い終える前に、みのりが私を抱きしめながら何度も何度も
「大丈夫だよ」
と言い続けた。
襖が開き、みのりの母親が声をかけてくれた。
「起きた?夕食食べて行ってね」
また、笑顔だ。
私に関わる人はみんな、笑顔で接してくれる。
不思議と言えば不思議だけど、考えすぎと言えばそれまでだ。
みのりが、肩を叩いて
「夏休みのスケジュール決めちゃったよ。
ほんとに、いつまで寝てるの」
と、スケジュールを広げて見せた。
赤や青など様々な色で埋め尽くされた手作りカレンダーのようなスケジュール表・・・
早速明日から、4人でお祭りと書かれてある。
みのりが無邪気に予定の話をして、2人が笑っている。
また、襖が開いた。
昼に居た、若い板前が料理を運んできた。
「あっ、さっき紹介できなかったこの人は、私の兄で板前の修業中なの」
笑顔でまだ話を続けるみのり
「実は今日、この修業中の兄の料理を食べて貰いたくて呼んだのもあるんだよね〜」
分かっていましたよと言わんばかりの顔を森拓真はした。
「いつもの事だよな」
と、みのりに言葉を放った。
みのりは笑ってるだけで何も言わなかった。
食事を頂いてから、みのりの兄に車で送ってもらった。
車を降りてから私と勇気はお礼を言った。
「美味しいご飯ありがとうございました。ご馳走様でした」
「また、食べにおいで、いつでも歓迎するよ」
と優しく答えてくれた。
お辞儀をして、ドアを閉めて車が来た道を戻って行くのを見届けてから玄関を開けた。
真っ暗・・・
もう一度、外に出た私を勇気が見ていた。
「何してんの?」
軽い言葉で聞いてきたのだ。
「誰もいないみたいなんだよね。」
思い出したかのように勇気が
「なっ、なに言ってんの?おばさんたち今日から、旅行に行くって言ってたでしょ」
そう言われても、覚えがなかったが、変に見られたくなくて
「そう・・・だったね」
と、平然を装った。
何か、忘れているようなそんな気持ちになりながら部屋に入った。
今日はまだ勇気はいつもの指定位置にはいなかった。
さっき別れたばかりだ、部屋の電気も付いていない。
パジャマを持ってお風呂に向かった。
髪を流しながら、モヤモヤした気持ちを落ち着かせようとしたが、できなかった。
お風呂から出て再び部屋に戻ると、ジャージ姿の勇気が指定位置に座っていた。
ニコニコしながらまた、同じことを言う
「そのパジャマ可愛いね。ゆーちゃんが、可愛いからパジャマが可愛く見えるんだね。」
私は、ため息を付きながら勇気の隣に座った。
「また、同じことを言うの?飽きないね〜・・・明日は、浴衣着ていくでしょ?・・・私どうしよう。
お母さんいないし、着れないや」
私はまだ話をつづけた。
「勇気の浴衣姿久しぶりに見るよね。
何年ぶりだろう・・・
そうそう、みのりのお兄さんのご飯とっても、 美味しかったよね。
私も、料理できないと将来貰ってくれる人いなくなっちゃうよね。」
言葉が止まらなくなっていた。
勇気はずっと聞いていてくれた。
こんなに話したのはいつ振りだろう・・・
勇気が優しく頭を撫でた。
「もう寝な。浴衣は明日、母さんが着せてくれるから、心配すんな」
いつもと少し違う勇気の話し方、男らしく見えた。
「また、明日」
そう言うと窓から部屋に戻って行った。
すぐ、勇気の部屋の電気は消えてしまった。
寝たのだろう・・・
布団に入るとまた、モヤモヤしてきた。
目を瞑って早く寝ることだけを考えた。
気が付くと、朝になっていた。
寝たとは言え、すっきりしない目覚めだ。
カーテンを開けると、勇気が丁度こっちに来るところだった。
「な〜んだ。起きてたんだ。
ご飯出来たから、着替えておいで」
昨日と同じように、私は勇気の家で朝食を頂いた。
おばさんに、黒をベースにした桜の絵が散りばめられた浴衣を着せて貰ってから、今日も商店街に向かっ た。
浴衣は、歩きにくかったが、勇気は私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
後ろに居たり横に居たり前に居たり、いつだって勇気は私の見える所に居てくれてる。
幼馴染というだけで、こんなにも私の側にいてくれる。
優しくて、ちょっと頼りない幼馴染・・・
好きになった?
まさか・・・一緒に居すぎて意識しすぎなだけに違いない。
そんなことを考えながら歩いていると
「もっちゃん?」
見覚えの無い大学生くらいの女の人に声を掛けられた。
私は、少し固まってから言葉を返した。
「えっと・・・」
その人は、勇気の顔を見た。
勇気も、その人の顔を見て
「あっ、えっと・・・美佳さんですよね?
あの〜小学生の時よく遊んでくれた!」
美佳さん・・・というそうだ。
私の記憶力はどこまで衰えているのだろうと思った。
「そ〜う。
えっと、勇気君だよね?中学から私立に入ったから忘れちゃったよね?
まだ、小学校入りたてだったし〜」
嬉しそうに?話をしている。
「これから、神社に行くの?
気を付けてね。転ばないようにね。」
と言い、美佳さんは手を振って去って行った。
深く考えてもと思い商店街に向かった。
アーチの前にはすでに、みのりと森拓真が浴衣姿で手をうちわ代わりに扇ぎながら待っていた。
「お待たせ。」
勇気がニコニコしながら言うと、みのりは昨日と同じように言った。
「遅いよ〜。
もう暑さで倒れちゃうかと思ったよ」
と笑いながら冗談っぽく・・・
森拓真が私に話しかけてきた。
「へ〜、浴衣可愛いじゃん。」
「ゆーちゃんが可愛いから浴衣が可愛く見えるんだよ。」
ちょっと怒ったような言い方で勇気が言い笑った。
神社に着くと、人はそれほど多くなく、まだ時間には早かったのだ・・・
露店の裏に日陰になったベンチを見つけ、すこし休んだ。
森拓真が喉が渇いたと言い、じゃんけんで負けた人が飲み物を買いに行くという話になった。
ここで、もし女子が負けたら可哀想だとは思わないのかと、みのりが言うと森拓真は仕方なさそうに、 そうなったら男子のどっちかが付いて行くということに話がまとまった。
結果は、みのりが買いに行くことになった。
男子のどちらかに森拓真が
「こういうのって、言い出したのが必ず行くんだよね〜」
みのりは意地悪っぽく言った。
勇気が笑うと、森拓真は文句を言いながらみのりの後を付いて行った。
「ね〜ゆーちゃん、僕が残って良かったね」
満面の笑みだ。
私は頷くだけ
「ゆーちゃん、何食べたい?」
「何でも良い」
いつもと変わらない話し方で答えても勇気はニコニコしたままだ・・・
こんなのと居て何が楽しいのか・・・
こんな私のどこが可愛いのか・・・
また、モヤモヤしてきた。
「どうしたの?暑くて具合悪くなちゃった?」
私は、首を横に振った。
「もうすぐ二人も戻ってくるからね。」
また、優しくする・・・
「ねぇ、なんで勇気は私に優しくするの?
なんでいつも笑ってるの?・・・」
こんなことが言いたかったんじゃない。
心の中で反省した。
「あのね、僕にとってゆーちゃんは特別だからだよ。
それじゃぁだめかなぁ」
優しい声で勇気はそう言った。
私は黙って首を横に振った。
「な〜になに、二人で何話してたの?」
みのりたちが戻ってきた。
「いつもと変わらない話しだよ」
何もなかったかのように振る舞う勇気
「あっ、私・・・用事を思い出した。」
ベンチから立ち上がり私は人込みへと逃げるように姿を消した。
会話もしない、勝手過ぎる私に誰も何も言わない・・・
怒りもしない、勇気のことを振り回しているのは私なのに、なんで・・・
人混みを抜けると神社の裏へ出た。
「こんな場所があったんだ。」
そこには、池いっぱいの白やピンク、黄色の睡蓮の花が蕾んでいるのが目に入った。
しばらく池の前に寂しく置いてあるベンチに何も考えずに座っていたが、日も暮れて来たので帰ろうとした時、聞き覚えのある声が私の名前を呼びながら近づいてきた。
「居た居た。何やってたの?」
私は無言で声のする方に顔を向けた。
「おっ、睡蓮だね。花、閉じてるね。」
勇気は満面の笑みで怒りもせずに話し掛けてきた。
まるで、迷子になった私を見つけたかのように・・・
「何回も着信入れたんだけど、出ないから・・・心配したんだよ。」
そう、優しく声を掛けてくる。
「ゆーちゃんの好きなすもも、買ってきたよ。一緒に食べよ~」
まるで無邪気な子供のように・・・ 袋からモナカに包まれたすもも飴を取り出し私の手に優しく乗せた。
「ん〜。すっぱ甘い!美味しいね。ゆーちゃん」
私も一口食べた。
何故か涙が一粒、また一粒と溢れてきた。
静かに流れる涙を、勇気は腕の中で包んでくれた。
優し声で
「大丈夫、大丈夫だからね。」
「そろそろ帰ろうか!」
勇気に立ち上がらせられながらゆっくり歩きだした。
私は、静かに口を開いた。
「みのり達、心配してるよね?」
でも、勇気は何も無かったかのようにこう言ってきたのだ。
「今日、和田さんと誰かと約束でもしてたの?それならそう言ってくれれば良かったのに〜」
驚きのあまり声を失った。
私の勘違い?お昼に待ち合わせして・・・
何度も合流した時のことを思い出した。
空想や思い込みなんかじゃない。
勇気の記憶がおかしいんだと、言い聞かせた。
「私が用事を思い出したって言って居なくなる前、一緒に居たでしょ?」
勇気は不思議そうに私を見た。
「ゆーちゃんはお祭りで僕とはぐれただけだよ。
大丈夫?迷子になったショックでおかしくなちゃったのかなぁ?」
その顔は嘘を付いているようには思えないほど真剣だった。
私は、勇気と二人で来て、迷子になった?
まるで、キツネに化かされた気分になった。
勇気は、話を変えた。
「そうだ!ご飯食べてないね〜。
何か食べたいものはある?この先だと・・・」
考えながら辺りを見回して
「洋食屋があったよ。」
洋食屋を指さした。
二人で洋食屋に入り勇気は何も聞かずに、オムライスを二つ注文した。
どこか懐かしいような木目柄の床にレンガの壁、古い年代物のエアコン、壁に取 り付けられたリモコン・・・
「お待たせしました。」
笑顔を見せることなく店主は、昔ながらの卵でしっかりと包まれたオムライスを運んできた。。
勇気は、満面の笑みだ。
「美味しそうだね。早く食べよ」
スプーンを両手に挟むように掌を合わせてから黙々と食べ始めた。
口の中いっぱいにオムライスを入れていたためか、言葉にならない声で美味しいねと勇気は言た。
頷きながら、美味しいね。と、返すと勇気はまた満面の笑みをした。
お店を出てゆっくり家まで歩いた。
家の目に着くと、心配そうに、辺りをキョロキョロしながら勇気のお母さんが立っていた。
「ちょっと、遅いんじゃない?
ゆーちゃんは、女の子なんだからね。もっと気を使いなさい」
と笑顔で勇気に言った。
おばさんにお辞儀をして私は家に入った。
浴衣姿のままベッドに倒れこむようにダイブした。
しばらくうつ伏せでいると、窓が開いた。
「まだ浴衣でいるの?」
ゆっくり体を起こし声のするほうに顔を向けた。
笑顔の勇樹はアイスキャンディーを私の頬に付けてきた。
アイスキャンディーを手に取り、見つめていた私に勇気は笑った。
「早く食べないと溶けるよ。」
そう言いながら勇気は隣に座った。
そしてまた満面の笑みを見せた。
アイスキャンディーを食べながら私の頭を優しく撫で
「今日は寝るまで一緒に居てあげるね」
と小さな声で勇気は呟いた。
久しぶりに私は、はにかむ笑顔を見せた。
けれど、勇気は何も言わずに頭を撫で続けていた。
アイスキャンディーを食べ終わった私は一度お風呂に立った。
部屋に戻ると、勇気は真剣な顔でベッドに横になり、扉の前に立つ私に顔を向けてから起き上がりさっきまでの真剣な表情とは違ういつもの笑顔に戻った。
私が机の椅子に座ろうとすると、勇気はベッドを軽く2回トントンと叩いて、手招きをした。
横に座ると勇気は私の体を自分の方へ寄せてから頭を膝の上に乗せた。
「さっき、何か考え事してたでしょ?」
私は聞いた。
「ゆーちゃんの事を考えてた。」
勇気は笑った。
「僕はいつでも、ゆーちゃんの事しか考えてないんだよ。
僕の人生の中で一番と言っても良いくらい、 ゆーちゃんの事だけを考えて生きてるからね。」
「気持ち悪い」
そう言い私は鼻で笑った。
「酷いなぁ」
と、勇気も笑った。
髪を撫でる勇気の手は優しくて、私は眠りについていた。
翌朝、勇気は起こしに来なかった。
朝ごはんをコンビニで買い、勉強をしながら食べていると、一階から物音が聞こえた気がした。
私は、そっと一階に降りると勇気のお母さんがキッチンに立っていた。
「お勉強の邪魔しちゃったかしら?
今日は勇気がお父さんの用事に付き合ってていないから、ご飯作りに来ちゃった。」
私に笑顔でそう言った。
「鍵は・・・?」
合鍵をポケットから出して
「前から預かってるわよ。
ゆーちゃんのご両親お忙しいから、なにかあった時のためにって」
「そうだったんですね。
いつもありがとうございます。」
私は軽くお辞儀をして、2階の部屋へと戻った。
1時間ほど経つと勇気の母親が部屋をノックした。
サラダとスープとサンドイッチを持ってきてくれた。
私はなぜか食べる気にはなれなかった。
「すみません。今はまだお腹がいっぱいで後で食べるので冷蔵庫にしまって置いて貰っても良いですか?」
「分かったわ。
ちゃんと食べなきゃだめよ。
ゆーちゃん、細いんだから」
ふくみ笑いをして出て行った。
なんだか、胸の辺りがモヤモヤして動悸とめまいで意識を失ってしまった。
どれくらいの時間が経ったのか、私はベッドに横になっていた。
窓の外はすっかり暗い。
ふと、時計に目をやると針は20時25分を指していた。
部屋の扉が静かに開いた。
勇気がコンビニの袋をぶら下げて入ってきた。
「ゆーちゃん、起きたんだね。」
「寝てた?
私、めまいがして・・・どこか悪いのかな?
明日、病院行ってこようかな?」
勇気は不思議な顔をして私を見た。
「何言ってんの?
勉強しすぎて疲れただけでしょ?
大袈裟だな〜」
そう言うと勇気は笑った。
私は、夢を見ていたのかと・・・
「コンビニのご飯で悪いけど、今日はこれ食べてね。
ゆーちゃん、夜寝れる?」
私は勇気からもらったコンビニのおにぎりを食べながら頷いた。
でも、やっぱり腑に落ちない。
あの動悸もめまいも現実としか思えない苦しみだった。
それを寝ていたと言われて納得できるわけがない。
勇気が私に嘘をついているの?
あの時も・・・
みのりの家でめまいを起こした時・・・
みんなは一度は心配そうな顔をしていた。
でもすぐに何もなかったかのように振る舞った。
お祭りの日も、私は確かに4人でいた。
なのに、勇気は最初から2人で居たと言った。
記憶がおかしいわけではない。
何か私に隠し事をしている・・・
勇気の顔を見ると、勇気も何か考え込んだ難しい顔をしていた。
目があった。
勇気はいつもと変わらない笑顔になった。
「僕の顔に何かついてる?」
「そっちこそ、私を見て・・・何かついてるの?」
「僕はいつでもゆーちゃんを見てるよ。
だってゆーちゃんは可愛いから」
私はため息をついた。
「勇気は私に隠してる事ない?
私の体のことなんだし、動悸だってめまいだってなかった事にはできないよ。
だから勇気が嘘をついてるとしか思えない。」
勇気は何も言わなかった。
だが、真剣な顔をしていた。
私はこれ以上何も言えない空気だと察した。
「今日はもう帰って・・・」
冷たく言うと勇気は
「ごめん・・・あと少し待ってて」
そう静かに言うと、勇気は部屋を出た。
玄関のドアが閉まる音がした。
私は何かを忘れているような・・・
思い出してはいけないことを今思い出そうとしているような・・・
まるでパンドラの箱を開けるような気がした。
それでも、何かあるなら知りたい。
そう思った。
翌日、朝早くに私は病院に行った。
問診票に記入していると、私は肩をトンっと叩かれ顔を上げた。
「望月さん、お久しぶりですね。
診療でしたら直接院長室に来て下されば・・・」
声が優しく見た目も優しそうな人は院長先生らしい・・・
まだ、30代前半に見える。
先生の名前は長谷川先生と言うらしい。
私は長谷川先生の顔を不思議そうに見た。
長谷川先生はそんな私を見ても顔色一つ変えなかった。
そして私を院長室へと招いてくれた。
私をリクライニングソファーに座らせ、落ち着きのあるクラシックの曲を流した。
「きっと望月さんは・・・」
私は長谷川先生の最初の問いかけで眠ってしまったみたいだ。
次に目を覚ました時には・・・
「長谷川先生?
私・・・」
「目を覚ましたみたいだね。
最近少し疲れているみたいだね。
顔を見せないから元気にしていると思っていたんだけどね。」
「私はなにか病気なんでしょうか?
記憶がおかしいんです。
さっきも・・・」
「病気じゃないよ。
僕からはまだなんて言っていいのか・・・
望月さんとよくいる三井さんがね、もう少し待って欲しいと言うもんだからね。
「勇気がですか?
私のことですよね!
なら、私が知っても私が聞いてもいいじゃないですか⁈」
長谷川先生は困った顔をした。
「今度来るときは三井さんとご一緒に来てください。
私にも守秘義務がありまして、これは望月さんだけの問題ではないと思ってます。
なので、今度はお二人でいらしてください。」
私は納得できなかったがモヤモヤした気持ちを抑えながら自宅へ帰った。
玄関のドアに手を掛けると勇気が肩を引いてきた。
「どこに行っての?
いないから心配したんだよ!」
私は不機嫌な顔をして
「病院・・・」
と、だけ答えた。
勇気は少し動揺した様子を見せたがすぐにいつもの勇気に戻った。
「一人で大丈夫だった?
僕も着いて行ったのに、一人で行ったら心配になるから今度は言ってね。」
勇気はいつも優しく言ってくれるけど、長谷川先生の私だけの問題じゃないと言われたことが気になり勇気に詰め寄った。
「精神科だよ。
長谷川先生と会ってた。
勇気は私に何を隠してるの?
私・・・長谷川先生の事忘れてたみたい。
きっと、他にも思い出せない事があるんじゃないかと思ってる。
この事で勇気は私に何かを隠してるんでしょ⁈」
勇気は視線を足下に落とした。
顔色が変わっていくのが分かる。
そして、声のトーンを落とした。
「まだなんだ・・・
後少し、もう少しだから待ってて・・・」
それだけ言うと顔を上げて笑顔の勇気になっていた。
私は怖く感じた。
「疲れたから、休ませて・・・
今日はもう来ないで」
冷たかったかもしれない。
待つと言うべきだったかもしれない。
でも私は冷たく勇気を突き飛ばす言い方をしてしまった。
部屋に戻り反省した。
ベッドにうつ伏せになっているといつの間にか寝てしまった。
私は幼い頃の夢を見た。
母が居て父が居て芝生がある公園でお弁当を食べている。
何年も忘れていたような母と父の優しい笑顔、そして手の温もり
目が覚めると涙を流していた。
「お母さんもお父さんもいつ帰ってくるんだろう。
娘を一人置いて旅行なんて、もう高三だけどやっぱり一人は寂しいよ。
不安だし・・・
私なんだかおかしいの・・・」
ずっと眠い・・・
起きてることが辛い・・・
でも、何か食べないと・・・
私はキッチンに向かい冷蔵庫を開けた。
「何もない・・・」
私は、コンビニに行くことに・・・
少し細い一方通行の道を歩いていると、後ろから車が来る音がして私は端に寄った。
車は徐々にスピードを上げ私に突っ込むところを勇気がスレスレで助けてくれた。
車は一度バックしてそのまま発進していった。
勇気は私の体を抱き寄せながら怖い顔をして車を睨んでいた。
「大丈夫か⁈」
勇気が男らしく見えて、私は赤くなった顔を隠すように下を向き頷いた。
「勇気、肘怪我してる。」
勇気はそんなことお構いなしで私の心配をした。
「怪我はない?
コンビニ行くところだったんだろ?
一人で行ける?
ちょっと用を思い出したから、着いていけないんだ。」
「大丈夫」
私はそう言い頷いた。
勇気は私に手を振り、走って行ってしまった。
私はコンビニに行く気になれず勇気を追いかけた。
勇気は自宅へ入っていった。
「え?
家?
なんで・・・?」
私は勇気の家の玄関のドアを開けた。
勇気の靴が脱ぎ捨てられた玄関
リビングの方から会話が聞こえてくる。
この位置からでは何を話しているか分からない。
「お邪魔しまーす。」
私は静かにそう言う。
靴を脱ぎ静かに家の中に入った。
リビングからは勇気の声が聞こえる。
勇気が一方的に怒っているようだった。
背後から近づいてくる人影に気づかず、肩を叩かれた私は思わず声を出してしまいそうになり両手で口を押さえた。
ゆっくり振り返ると、そこには勇気のお父さんが居た。
勇気のおさん父は静かな声で
「こっちに・・・」
そう言い、私をリビングの隣にある書斎へと誘導した。
そして静かな声で
「音は立てないで、こっちの扉からならもっとよく聞こえる。
ゆうちゃんも真実を知りたいなら、おじさんが協力する。」
「も?
おじさん、何か知ってるの?」
おじさんは、俯き首を横に振った。
「勇気も詳しいことは話さないから・・・
私もゆうちゃんのお父さん総一郎さんが亡くなってから忙しくて
今日も着替えに戻っただけなんだよ。」
私は衝撃を受けた。
「父が亡くなった?
父も母も今は旅行中ですよね?
おじさん・・・何を言ってるんですか?」
おじさんは驚いた顔で私を見た。
奇妙な気持ちになった。
そしてまた動悸とめまいがしてきた。
「今ここで話すのはまずいね。
静かに外へ出よう。
歩けるね?」
おじさんに言われ私は気を取り戻しゆっくり勇気の家を出た。
おじさんと相談をしてとりあえず私の家で話すことにした。
鍵を閉めてリビングへ向かう。
私はなれない手つきでお茶を入れた。
「ゆうちゃん・・・
さっきの様子だとまた、記憶がないんだね。
思い出させないように勇気がまた君に何かしているんだね?」
「また?
私は初めてではないんですか?」
おじさんは難しい顔をして会話を続けた。
「君のお父さんが亡くなったのは、君が中学を卒業する前なんだ。
その日は私も朝から忙しくしていて、君のお父さんの異変に気づけなかった。
・・・自ら命を絶ったと聞いているよ。
その後のことは勇気しか分からないんだが・・・
さっきの話だと妻も何か知っているようだったね。」
私はその話を聞いてお母さんのことが気になった。
「母は今・・・?」
そう聞くとおじさんは難しい顔をした。
「瑞穂さんは・・・」
私は強い頭の痛みと眩暈で意識を無くした。
私は弱い。
自分から思い出そうともせず、誰かのせいにしてばかりかもしれない。
それでも思い出そうとすると動悸やめまい、今日は頭痛に見舞われた。
私は弱い・・・
おじさんは私が目を覚ますまでそばにいてくれた。
「目が覚めたかい?」
「すみません。
最近よくあるみたいで・・・
でも、もう大丈夫なので
母の事を教えてもらえませんか?」
おじさんはまた困った顔をした。
すると玄関の方から声がした。
勇気だ。
私とおじさんは顔を見合わせて、ドアを開けることにした。
私を助けた時の傷も気になっていた。
ドアを開けると勇気が勢いよく入ってきて鍵を閉めた。
息を切らした勇気は家の中の鍵という鍵を確認し出した。
コップ一杯の水を飲み干すと淡々と話し始めた。
「謝らせてほしい。
父さん・・・ゆう、本当に今まですみませんでした。
俺は、ずっと秘密にしてたんだ。
母さん・・・いや、あの女の正体は殺人鬼だ。
ずっとあいつのことを調べてた。
ゆうの記憶が戻れば、今度はゆうが殺されると思ってずっと誤魔化してきたんだ。
本当にごめん。
でもそろそろゆうも限界だと思って話す。
ちゃんと聞いてほしい・・・」
私もおじさんも勇気の話を真剣に聞いた。
「まず、おじさんは大手株式会社の社長でおばさんは会長兼事務職員だった。
元々はおばさんが立ち上げた会社なんだ。
女だと何かと舐められるからと、おじさんが社長として、そして俺の父さんと俺の本当の母さんもそこで働いてた。
俺もゆうもまだ5歳の時、俺の本当の母さんが事故で亡くなった。
いや?殺されたんだ。
あの女に!
そして弱ってる父さんに近づいてあいつはうちに来た。
そしておばさんが会社の屋上から飛び降りた。
正確には落とされたんだ。
それをゆうは見ていた。
ゆうはあの女に何かされたはずなんだ。
記憶がなくなるほどの何かを・・・
おばさんの葬儀の後
すぐにおじさんが会長になって、父さんが社長に就任した。
おじさんが真実を知ったのは俺たちが中学を卒業する前だった。
ゆうの記憶が一回戻った時、ゆうがあいつを見て怯えたんだ。
その時おじさんは真実を知ったと思う。
俺はおじさんから帰らなかったらこの四通の手紙を順番に読んでほしいと預かった。
おじさんはそのまま帰らぬ人になった。
一通はすぐ開封するようにと書かれてた。
そこにはゆうが記憶を取り戻さないようにそばで見守って居て欲しい、そしてあの女の監視と真実を探ってほしい、俺の父さんには酷だと思うから時期が来るまでは話さないでくれ
まだ中学生の俺に責任重大な役割を押し付けてすまないと書かれていた。
俺はあの時からずっとゆうを守って、あいつの化けの皮を剥いでやろうと今日まで耐えてきた。
でももう、それも終わりだ!
ずっと騙してて悪かった。
今日、ゆうを車で轢こうとした犯人はあいつなんだ。
あいつはゆうが記憶を取り戻すことを恐れている。
だからゆうを・・・
あいつがくる!
ここもそろそろ危ないかもしれない。
俺・・・ここに来る前、あいつのことを花瓶で殴ったんだ。
けど、あんなんじゃ死なない。
ゆう、これですべて思い出せるか?
あいつがおじさんもおばさんも殺したんだ。」
私は頭を抱えた。
胸が苦しい。
頭が痛い。
でも、思い出せない。
なんで⁈
命をかけて守ってくれたお父さん、それにずっとそばにいてくれた勇気
焦っちゃダメ!
でも頭が痛い。
玄関のドアノブをガチャガチャと強く押す音とドアを何かで叩く音
庭の方に近づいてくる足音がして、私たちは息を潜めた。
そして静かにリビングを出ようとした時、小窓から見えたこちらを睨むような鋭い目つきとなんとも言えない歪んだ顔が見えた気がし、震えが止まらなく私は動くことができなくなった。
勇気は私を抱えて別室に連れて行ってくれた。
弱々しく見えてた勇気の本当の姿は強くて逞しくて男らしかった。
「勇気・・・
ありがとう。
私・・・
私は5歳の時、赤信号の交差点でおばさんがあの人に背中を押されるのを見てる。
多分お母さんも・・・
そして、あの日お母さんに頼まれた書類を届けに行った時・・・
お母さんとあの人が揉めてるのを見て、声をかけようとした時・・・お母さんの姿が消えた。
私は怖くなって持っていた書類をあの場所に落として逃げたと思う。
あの書類がなんだったのか分からないけど・・・」
震える声で一生懸命話した。
「書類?
そんなもん現場には無かったぞ?
・・・証拠?」
勇気とおじさんは二人で顔を見合わせた。
窓ガラスが割れる音がした。
「父さんはゆうのそばにいて!
書類の心当たりがある!
あと、警察に連絡して今の状況を説明して!」
勇気はわざと玄関の方へと足音を立てて出ていった。
私とおじさんはその隙にさらに別の部屋へと移動しつつおじさんが警察に連絡した。
足音がゆっくり玄関の方へと遠ざかっていく
「情けない父親だ・・・」
おじさんは一言だけそう言った。
おじさんは電話をしながら警戒し私を庇う姿勢でずっと離れないでいてくれた。
怖い・・・
どんどん近づいてくる足音
扉と壁がぶつかる音に私は固まってしまった。
「いたいた。」
そう言うとニヤリと笑みを浮かべたように見えた。
恐怖でしか無かった。
まるでこの世の物とは思えないほどに・・・
「ゆーちゃん?
うちの人の後ろにいないでおばさんのところにおいで・・・
怖いことなんてないわよ〜
ほら見て、いつもと変わらないでしょ?」
恐怖で足が竦む。
体が強張る。
あの優しい人が・・・
本当の母のように心配してくれていたこの人が・・・
ふと過去のことが脳裏に映し出され。
私が5歳の頃勇気のお母さんは確かに死んだ。
信号待ちをしていた私とお母さんの目の前で・・・
あれ?
何か変
私は下唇を噛み締めた。
ちゃんと思い出してない記憶・・・
胸のあたりがモヤモヤした。
私はしばらく目を瞑りもう一度整理してみた。
そうだ、確かに今目の前にいる女性もそばにいた。
今思えば、あの手は男性の物だったかもしれない。
ならなぜ?この人は包丁を持って私の家に入ってきたの?
私はさらに頭を抱えた。
頭皮に爪を立てて、もっとよく思い出さなければと
ドタドタと玄関から勇気が入ってきた。
すると目の前にいた女性が叫んだ。
私はハッとして
女性の元へ駆け出した。
「ゆーちゃん!早くこっちへ〜‼︎」
震える体、震える声
勇気も息を切らしている。
「おばさん・・・ごめんなさい。
私の記憶が間違ってました。
あの日、勇気の産みのお母さんを交差点に突き飛ばしたのは・・・おじさんです。
そして、母がビルから落ちたあの日・・・おばさんが母から書類を預かるはずだったんですよね?
でも・・・おばさんが屋上に行くと母はフラつきながら手すりにもたれかかり転落した。
そして・・・私が書類を落とした音でおばさんは私に声をかけた。
『この書類は私が預かるから』と言って
私の曖昧な記憶のせいで・・・
きっと、その書類は・・・
おじさんの不正と勇気のお母さんを殺した証拠が入ってる。」
勇気は震える手で書類を握っていた。
そしておばさんに何度も謝っていた。
おじさんが声を荒げて笑い出したのだ。
おばさんが私と勇気を守ろうと持っていた包丁をおじさんに向けて壁になった。
「バレちまったんじゃしょうがねーよな。
お前も、お前も、お前も!
すぐ楽にしてやるからな。」
おじさんはおばさんに襲いかかった。
素手で首を絞められたおばさんは持っていた包丁を落とした。
必死に私たちを逃がそうと手を荒々しく振った。
勇気は逃げずにおばさんを助けに入った。
私も勇気と一緒におじさんに立ち向かったがおじさんの力は強く私は床に叩きつけられた。
「ゆう!」
勇気の声が意識から遠のいて行く・・・
サイレンの音がした。
「遅いんだよ!」
勇気が強い口調でそう言うのがわかった。
バタバタと足音が聞こえてくる。
次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
勇気が心配そうに私を見ていた。
「やっと目を覚ました。」
勇気は目に涙を浮かべていた。
私は微笑んだ。
「あ〜あ、あの時の勇気、めちゃくちゃカッコ良かったのになぁ・・・
今の勇気は頼りなさそうに見えるよ。」
勇気は恥ずかしさを隠すようにそっぽを向いてはに噛んでいた。
「ありがとう。
ずっと守ってくれて
ずっとそばにいてくれて
頼りない勇気も好きだよ。」
私はそう言って、掛け布団を顔に被せた。
しばらくして警察が事情聴取にきた。
私はカウンセラーの長谷川先生立ち会いのもと何度か事情聴取に協力した。
これは私が退院した後の話・・・
おばさんはおじさんとは籍が入っておらず
驚くことにおばさんはお母さんの義妹だった。
聞くところによると、おばさんはお母さんの父、私のおじいちゃんの再婚相手との間にできた子らしい
あの日、お母さんが妹に託した事は
私と勇気を守ってほしいことと書類を誰の手にも渡らないように管理してほしいと言うこと
辛いけどそれだけを伝えてお母さんは転落した。
おばさんはずっと書類の中を見なかったそうだ。
勇気は本当に申し訳ない顔をした。
そして何度も何度も花瓶で殴った事を謝った。
私の意向もあり、おばさんに会社を任せることにした。
私と勇気の保護者代わりにもなってくれた。
本当に優しい人で私も勇気も申し訳ない気もちになっていたが、おばさんは笑って許してくれた。
「そんなんじゃ未来の会長と社長になれないわよ」
おばさんは笑いながらそう言った。
勇気の父が3人を殺害した理由は、会社の乗っ取りをと知った。
それ知った、勇気の母は私の母に知らせようとして殺された。
そして私の母は勇気の母が亡くなった理由をと殺された真実を警察に話に行くことを知った勇気の父に睡眠薬が混入した何かを知らずに口にして転落した。
そして、私の父は勇気の父と待ち合わせしていた会社の倉庫で自殺に見せかけて父を殺害
首を吊った状態で発見された。
勇気に託した私の父からの残りの三通の手紙は私と勇気と母の妹に当てられたものだった。