将来の夢ビジネス
「あまり知られていないんだけどね、将来の夢って、加工すれば高値で売れるんだよ。例えば、子供が持ってる将来の夢を一度粉砕器で粉末状にして、色々な添加物を混ぜて錠剤にするんだ。一種のサプリメントみたいなもんだね。で、それを服用すると、子供の頃に感じていた将来への期待感とか根拠のない自信みたいなものが湧いてくるってわけ。あ、そうそう。老化予防にも効果があるってイギリスの有名大学の教授の論文にも書いてあったっけな」
はあ、そうですか。会員制の高級バーで偶然隣になった社長の言葉に、俺は適当な相槌を打つ。高所得者しか来ない高級バーで高い酒を飲んでいて、服装や時計もすべてハイブランド。全身から漂う金の臭いを嗅ぎ取って話しかけてみたものの、彼が手がけている事業内容は胡散臭いものだった。自分の直感も衰えつつあるのかもしれないと、思わず自信を無くしてしまいそうになる。
「あらら、相場さん。ひょっとして信じてない?」
「まあ、そのビジネス自体聞いたことないので、本当なのかって疑っているのが正直なところです。仮におっしゃることが本当だとして、一体誰が買うんです?」
「地位も名誉も手に入れた金持ち連中が買ってるんだよ。そういう奴らって、やれることは全部やっちゃってさ、そのまま燃え尽き症候群になっちゃうことが多いんだ。それでも今の地位と財産を守るためにはグイグイ攻め続けなきゃダメだろ? だから、メンタルを強くしてくれるものだったり、情熱を取り戻すことができるものだったりを喉から手が出るほど欲しがってんの。しかも、金に糸目はつけない連中だからさ、少々ぼったくっても買ってくれるわけ」
いくらくらいで売れるんですかと俺は興味本位で尋ねてみる。社長はにやりと品のない笑みを浮かべ、俺に耳打ちしてくれた。予想を何十倍も上回る金額に俺の疑心はさらに強まったが、その一方で、それが本当であれば彼のこの羽振りの良さにも説明がつくと感じた。ひょっとしたらビジネスチャンスなのかもしれない。俺は身体を乗り出して、さらに情報を引き出そうとしてみる。
「でも、将来の夢なんてどうやって調達するんです? そんじゃそこらで手に入るものじゃないでしょう?」
「そうそう。このビジネスの一番大変なところがそこなんだよね。金持ち連中相手の商売だから値段はいくらでもふっかけられるけどさ、原材料が全然足りないのよ。今は、駅とか警察がやってる落とし物の売却公募に参加して調達してるんだけど、全然需要に追いつかないんだよね」
「落とし物ってどういうことですか?」
「どういうことも何も、そのままの意味だよ。ほら、大人になるときにさ、純粋な気持ちとか将来の夢とかを子供時代に忘れてきてしまうってことあるだろ? そのうちの一部がさ、駅とか交番に落とし物として届けられたりするんだよ。まあ、本人も落としたことに気がついてもそのまま放置ってことが多いし、遺失物管理の期限が過ぎたらそのまま鉄道会社や都の所有物になって売却されることがほとんど。そこを狙って買い付けてるってわけよ」
もし私が他のルートで将来の夢を調達できたら、買い取っていただけますか? 俺のその言葉に対して、社長は一瞬ハゲタカのような鋭い表情を浮かべる。
「まあ、それはものによるかなぁ」
社長が戯けた口調で笑う。本当は死ぬほど欲しいくせに。俺は内心で毒づきながらも、この相手なら信用できると確信する。俺は名刺を社長に渡し、すぐに調達してみますよと不敵な笑みを浮かべた。
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『【中高生限定】一流インフルエンサーによる無料進路相談〜君が将来、勝ち組人生を送るために必要なたった一つのメソッド〜』
俺はこんなキャッチコピーを銘打ち、中高生がアクセスしそうなサイトやSNSをターゲットに大々的なネット広告を展開した。
同時に、都内のある小綺麗なオープンカフェのスペースを間借りできるように手はずを整え、中高生に影響を強く与えられそうなインフルエンサーに声をかけまくった。一部の隙もない完璧なカリキュラムを組み、集めたインフルエンサーとともに何度も何度も打ち合わせを行う。そして、無料進路相談当日。オープンカフェに集まった数十人の迷える中高生たちをそれぞれの席に座らせ、さっそく最初の進路相談会を開始する。
「私、SNSで有名になって、将来は芸能人になりたいんです!」
進路相談会の冒頭。「君たちの将来の夢を教えてくれるかな」というインフルエンサーの問いかけに、一番近くの席に座っていた女子中学生が手を上げ、溌溂した調子でそう答えてくれる。
「なるほどね。えー、有紗ちゃんはどうして芸能人になりたいの?」
「どうしてって……芸能界ってキラキラしているし、すごく楽しそうな場所だし。あれだけ楽しくてお金が稼げるなら、そういう仕事に就きたいなって」
「じゃあ、楽しくてお金を稼ぐことができるのであれば、芸能人じゃなくてもいい?」
「えっと、どうだろ……。確かに、そうしたら芸能人じゃなくてもいいのかも……」
「さらに聞くね、なぜ楽しいことが大事なの? なぜお金を稼ぎたいと思うの?」
「えっと、なぜ……? そんなの考えたことないかも」
困惑した表情を満足げに見つめ、インフルエンサーが微笑む。
「こういう『なぜ』を繰り返し突き詰めていく。これがこの進路相談会でみんなにやってほしいことなんだ。もちろん初めはなかなかうまくいかないんだけど、有紗ちゃんは筋が良さそうだから大丈夫そうだね」
憧れのインフルエンサーからのお世辞に女の子が誇らしげな表情を浮かべた。手応えを感じたインフルエンサーがにやりと不敵に微笑み、それから身振り手振りを使って言葉を続ける。
「まず大事なことは、自分が本当に欲しているものを言語化することなんだ。職業や働き方はあくまで手段であって、その手段で何を自分が実現したいのかを考える必要がある。実現したい何かがはっきりすれば、それを実現するための手段が一つでないことに気がつく。そして、複数の手段が見つかったときにやることは一つ。確率的、期待値的に見て、一体どれが君の本質的に実現させたいことを叶えられるのかを見極めることなんだ。説明だけではわからないだろうからさ、いくつか職業をピックアップしてみて一緒に考えてみよう」
インフルエンサーがホワイトボードに職業を列挙していき、その下に現在その職業についている人数や平均年収、競争率などの数字を書いていく。適当な数式記号を組み合わせて、それっぽく見せ、確率という言葉を赤文字で強調する。
ただし、ホワイトボードに書かれたデータはすべてでたらめのもの。どこかしらの公共機関が発表している正式な統計情報ではないし、胡散臭い雑誌が独自調査で導き出したものですらない。芸能人になるのは割に合わないんだな。そう印象付けるためだけに作り上げた嘘のデータに過ぎなかった。それでも具体的な数字や難しそうな数式を使っていると、参加する中高生はみんななるほどと相槌を打つ。目論見通りの結果に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
インフルエンサーがホワイトボードに大きく数字を書き、振り返る。そして、ざっと参加者を見渡した後で、抑揚の取れた声で言葉を続けた。
「この通り、芸能人という職業によって君の本質的な目的が叶えられる確率と期待値はとても低いことが科学的に導き出された。だけど、ここに来るような賢い君達とは違って、その他大勢の普通の子達はこの現実知らない。さあ、有紗ちゃん。この数字を見ても、賢い君はまだ、現実を知らない彼らと同じように芸能人を目指すことを選択する?」
女子中学生がハッと表情を変える。そしてそれから、力強く首を横に振った。
「いいえ。私は他の子達みたいな馬鹿じゃないです」
その言葉にインフルエンサーが満足げに微笑んだ。さて、次はどの子の夢について考えてみようか。その言葉を皮切りに、インフルエンサーはでたらめな数字を使って、一人、また一人と彼らの将来の夢をひっそりと失わせていく。進路相談会が終わるころには参加者全員が晴れ晴れとした表情となり、興奮と熱気のせいでうっすらと頬が紅潮していた。進路相談会が終わり、中高生たちが帰っていく。俺は講師を務めたインフルエンサーを見送った後で、中高生たちが座っていた椅子やその周辺を丁寧に調べていく。床のあちこちには、彼らが進路相談会の中で落としてしまった将来の夢や希望が散らばっていた。俺は笑いを必死に堪えながら、それら一つ一つを傷つけないように集め始める。
沢山の将来の夢を持ちこんだ時の社長の驚いた表情はまさに見ものだったし、社長は俺が期待していた以上の高値で買い取ってくれた。売上金は湯水のように使った広告費を差し引いてもあまりある、莫大なものだった。新しい金のなる木。それも競合他社も少ない、ブルーオーシャン。俺は売り上げ台帳を見ながら、この事業がどんどん拡大していく確かな予感を覚える。
それから俺は定期的に無料進路相談会を開き、中高生が落としていく将来の夢を集めていった。もちろん一部の良識人からは批判を受けたが、世間一般、特に子供を自分たちの思い通りにしたい大人たちからは好評だった。データに基づく画期的な進路相談。無責任に夢を語るのではなく、子供たちが本当の幸せを追求するのを手助けする進路相談。そんな言葉が俺たちの活動に対して投げかけられた。
有名になればなるほど中高生たちは集まってきたし、その分だけ多くの将来の夢を集めることができた。俺が将来の夢を回収し、取引先に渡す。取引先がそれを加工して、それを金持ち連中に高値で売りつける。将来の夢を原材料にしたサプリメントは需要過多だったので、どれだけ大量に集めても値段が崩れるということはなかった。
「辛い現実を教えたせいで夢を諦めることになり、その結果彼らから憎まれることになってもいいんです。ただ私たちは子供たちに幸せになって欲しい、それだけなんです。そのためなら私はどれだけ嫌われても、叩かれてもへっちゃらです。みんな心のどこかで、子供達の夢を叶いっこないと思ってる。だけど、子供に嫌われたくないという理由でそれをぐっと飲み込んでいる。私はそんなずるい大人にはなりたくないんです」
ネット記事の取材で私はこんな言葉を語った。その場の雰囲気に合わせて適当に言った言葉だったが、なかなか好感的な反応が多かった。無料進路相談会の知名度はさらに上がり、中高生たちが集まってくる。そんな好循環の中で、俺はどんどん事業を拡大させていくのだった。
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ビジネスは絶好調で、収益も増え、生活レベルに合わせてタワーマンションへ引っ越そうかと準備を進めていたある日。俺は家の本棚の奥に学生時代の卒業アルバムを見つけた。思い出に浸りながら、アルバムをめくっていると、ページとページの隙間に挟まっていた何かが床に落ちる。なんだろうと思って俺が屈んで確認すると、それは俺自身が学生時代に落とし、そのままほったらかしにしていた自分の将来の夢だった。俺は自分の将来の夢を拾い上げながら、それが挟まっていたページを確認してみる。開いたページは卒業アルバムによくある、各自の将来の夢を好き勝手に書く寄せ書きのページだった。
『ミュージシャンになって、武道館で単独ライブしてやる!』
寄せ書きの端っこ。下手くそな俺の字で書かれていたのは、そんな言葉だった。
頭の中に、学生自体の思い出が蘇ってくる。下手くそなギターをかき鳴らして、バンド仲間と音楽のこととか将来の目標について語り合っていた頃の思い出が。バンド仲間とも疎遠になり、それから少しずつギターを触らなくなっていったあの頃の思い出が。
ふと、昔の自分と進路相談にやってくる中高生たちの姿が重なる。俺は卒業アルバムを閉じて、本棚に戻す。それから片手で持っていた自分の将来の夢に視線を落とす。青春時代に置き忘れていた俺の将来の夢はいつも拾い集めているものよりもずっとくすんで、汚らしい。しかし、それでもそれは間違いなく、希望や根拠なき自信を含んだ将来の夢だった。俺はぐっと唾を飲み込み、俺の将来の夢を傷つけないようにそっと、机の上に置いた。
そして、次の日。
俺は偶然見つけた自分の将来の夢を取引先へ持っていき、買い取ってもらった。保存状態がよくなく、経年劣化していたという理由で、俺の将来の夢は他の子供達のそれと比べて割安の値段しか買い取ってもらえなかった。こんなことならもっと早く見つけておけばよかった。俺はそんなふうに後悔するのだった。