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doll

作者: 平 修

文学フリマ2作品目の小説です。途中視点がおかしい部分など拙い面ももありますがお付き合いいただけると光栄です。


 親愛なる人へ、

 私は上手に唄えていますか。

 たとえ、拙くても伝わっていますか。

 私はこの気持ち、この親愛をあなたに贈ります。

 けれど私にはまだ上手くこの気持ちが伝えられません。

だから私はその日が来るまで私は小さな祈りを捧げるのです。

 そしてその瞬間が来たら想いを込めて。


ありがとう、と。


そう伝えるのです。

 上手に言葉にできるかわからなくても。

懸命に伝えてゆくから。


日が登った。霧が立ち込める美しい街並の中に大きな屋敷がある。

その屋敷のベッドから一体の人形が動き出す。

静かにまぶたを開いた人形の姿は人と寸分たがわぬ少女の形で、どういう奇跡か屋敷の中をベッドから起き上がり歩き始めた。

人形は目覚めると同時にクローゼットの近くにある鏡の前に立った。服を脱いで着替えようとして鏡を見るとその姿は紛れも無く可憐な少女である。

しかし、彼女のいる屋敷には食事を取っている様子がない。屋敷内の食器を見れば埃を被り使われている形跡もない。

それでもやつれることなく動いているということは、人ならざる人型と言えるのだろう。

そして、人でない少女はまるで人間のようにフリルがふんだんに着いた洋服を着る。

 手には薄手のレース手袋、脚にはニーソックスと靴を履く。頭のシルバーヘアに髪飾りをつければ完全なる少女である。

 少女の人形はふと、屋敷内の壁にかかっている一枚の白黒の写真を無表情のまま見た。

 古びて風化した写真にはやや老いた男が一人とその隣に彼女の姿があった。写真に写る彼女はやはり無表情で男はくたびれた顔をして居た。

彼女はその写真を見て、

「今日も私と彼を見守って下さいね、お父様」

 と、一人呟いた。


 その後、自宅の外の郵便物を彼女は確かめるべく郵便ポストに向かう。

普段から特に郵便物は届かないのだがこれが彼女の習慣であるらしい。

 外は朝霧が段々と消えようとしている所だった。

 彼女が郵便ポストを調べると一通の手紙らしきものが入っていて、それを取り出す。

裏返すと差出人の名前が書いてあった。

彼女は一旦玄関口までその手紙を持ち帰り、読み忘れないように玄関にそっと置き、戸締まりをしてから彼女は自宅を後にする。

暫く歩くと、何かを思い立ったよう足を止めた。急に方向を変えてある店に向かって行った。

彼女は目的の場所の看板を見つけると戸を開けて中へと入る。来客を知らせる金属のベルが鳴り、彼女が来店した事を知らせる。

 すると店の奥から男が現れた。男は若くて背の高い好青年で清潔感ある短髪である。

彼は非常に好感の持てる笑顔で彼女を迎えた。

そして陽気な声で、

「おや、いらっしゃい! フラニ―ファ」

彼女の名前を呼ぶ。

フラニーファと呼ばれた少女人形は感情の起伏のない声で男に挨拶する。

「こんにちは、ベルジュ、今日たまたま寄ったのだけれど時間あるかしら」

ベルジュと呼ばれた店員の男は嬉しそうに「ああ、あるとも、整備かい?」と答えた。

彼女も「ええ、そうよ」と返す。

フラニーファの返答を聞いたベルジュは彼女を店の奥に招き入れる。


薄明るい奥の部屋には沢山の工具と人形の作りかけの足や腕が並べられてあった。

いずれも特殊な製法により製造され人間の体と寸分も違わない。これがベルジュの生業、人形師という仕事だった。

「ところで、手がかりはつかめたかい? 例の探し人」

 ベルジュはそう何気なく尋ねる。

フラニーファの答えは、

「いいえ、まだ何も」

 だった。

 ベルジュは残念そうに「そうか」と言って目を伏せる。しばらくの沈黙の後に彼は、

「バラム先生が亡くなった時の遺言には魔術師のダリオスに会えと書いてあったんだよね?」

 と、彼女に尋ねる。

 フラニーファは表情を変えず抑揚の無い声で、

「ええ、父はその人の魔術があれば私が完全な人になれると私に言っていたわ。そうなれば私はあなたのお世話にならなくて済むかしら」

ちょっとした冷たい言葉を言うも、

「む、それは、困るね、君は僕が死ぬまでは僕が整備するのがバラム先生との約束だから。」

 ベルジュは誇らしげな笑顔で返す。

「あら、そう」と、それでもフラニーファは無関心そうにあしらった。

ベルジュは苦笑いを浮かべながら彼女に言う。

「君はねー、いくら表情を変えられないからって物言いってモノがあるよー、僕もね、繊細な人形師の一員、傷付き易い人間なんだよ?」

 彼はそう言って自分の心が傷つく様子を胸に手を当てて大袈裟に訴えた。

 一瞬また沈黙が流れフラニーファが無視を決め込んだと思えば、

「嘘おっしゃいなさい、ベルジュ、あなたは私の父に怒鳴れられても平然としていたじゃないの、それに私のボディの事に触れるのはよして頂戴、私は未完成なのだから」

  と、ほんの僅かな苛立ちを言葉で示した。

「君の表情からは感情が読めないからねー、先生の腕は確かだけどあの方は完全な人を作るにしては不十分だった、そうだよね。まあ、先生の望みは僕が替りに叶える……つもりだけどさ」

 最初の辺りを残念そうに語り、ベルジュは後半の件をフラニーファに聴こえない様に背を向けて呟く。険悪な空気が流れた。

 それを聞いているフラニーファは身動きしないで、じっと彼を見ていた。

 これが人間であれば非難の目だったであろう。だがそれもフラニーファの表情からは彼には伝わらない。

「おっと、失言だったかな、ごめんよ、君の前で先生の悪口を言うつもりじゃなかったんだ・・・・・・気に障ったかい?」

 ベルジュはフラニーファの思考を察した様に謝る。

 無言の抗議を終えてフラニーファは、

「いいわ、今の言葉は聞かなかった事にしてあげる。それよりベルジュ、私は自分のボディの整備をお願いしに来たにのだけど」

 その言葉は聞き流して、本来の用件を伝える。

するとベルジュは少々慌てたように、

「ああ、そうだね。無駄話にかまけて忘れるところだったよ、すぐに始めよう」

 そう言って彼女の整備を始めた。



彼女のボディはおおよそ歯車と人工筋肉、動力であるオリハルコンの三点から成る。

それは一端の人形師であるベルジュでも想像を超えた設計だった。

一般に人形師は人工筋肉と歯車を使用した人形を創る。だが、まさか動力にオリハルコンなる代物を使うなど考えもしない。

そもそもオリハルコンという物自体が伝説上の代物である上、実在するという話はそれこそ眉唾ものだ。それに、通例で言うなら使い捨ての呪石という魔術師達のみが生成できる特殊な石を使う。

それを買い付けて人形に埋め込み、動力にするのが人形師達の間では常識であった。

それ以外の方法が確立されてないからだ。

だがそれでは一定の時が経てば魔力を使い果たして止まってしまうことも現段階の人形師達における限界だと言える。

それを彼ら人形師は現段階の水準で満足していた。それに誇りを持って仕事をしていた。

――しかし、バラムは違った。

 彼は生前人形という名を冠した《究極の人型》を作るための技術と素材を探して強い志を持ち世界を巡ったのだった。そこで永久に動力供給を可能とするオリハルコンを手に入れフラニーファの製作に当たったという。

伝説上の代物とされるこの鉱物はベルジュや、実際、自身の体にそれを持つフラニーファでさえ詳細を知らない。どこで手に入れたのかもバラムが生前一度も口を割らなかった為に一切不明だった。

しかし、たとえ永久の動力を手に入れてもボディの不具合は起きる。

関節の歯車が錆びつかないように研磨、歯車に潤滑油をさして駆動を円滑にする作業、その他人工筋肉の劣化したものを交換などの工程をベルジュはテキパキとこなす。

程なくして整備が終わると、フラニーファは彼と挨拶を交わして店を後にした。

それから、彼女は長らく探しているダリオスの一族の者の手がかりを手に入れるために必死に街を周り続ける。

彼女の父、正確には製作者であるバラムは病に伏して亡くなる前に、彼女に生前、遺言状を残した。

 そこに書かれていたのは、フラニーファを長い年月を掛けて作り上げた事。

彼女の製作過程でほぼ完成したのにも関わらず完成まで、あと一歩及ばず《完全なる人間の心》を得るまでに至らなかったと言う事。

残す手段は魔術による魂の定着を持っての完成だという事。

その魂を定着させる秘術を知る一族の者がダリオスという名でこの街に隠れ住んでいるといる事を長い旅のなか世界を回り、突き止めたと言う内容。

自身の亡き後は整備を旅先で出会った、弟子ベルジュに任せるといった事などが事細かく書かれていた。

 それらの遺言の内の一つ、バラムが切望していた自身の完成こそフラニーファの唯一の行動原理であり、完全な体、人間らしい表情を持たない彼女のただ一つの願いだった。

 彼女は産みの親であるバラムを敬愛し、バラムも彼女に対しては厳しくも本当の娘のように愛情を注いでいた。

彼女にしてみればこの敬愛こそが愛という言葉であり自身を動かす原動力とも言える。


フラニーファは今日も日が暮れていくまで懸命に街を周る。

 やがて日が暮れ始めた頃、彼女は旧、バラム邸――つまり、彼女の家に戻った。

玄関の鍵を開けると自室に向かう。その際何か思い返したように玄関に引き返すと、

「ベルジュ、わざわざ手紙でなくとも直接私に言えばいいものなのに」

そう言って朝方置いた手紙を拾って行った。

 彼女は独りベッドの上で座り込み、

「今日も、駄目、か」

 と呟く。

夜の暗闇の中、ランプの灯りだけ静かに彼女の顔を照らした。

その光は弱々しく、フラニーファの現在の様子に合わさってよりか細かった。

 そんな状態が続き、ランプの灯りが更に弱々しくなった頃、そのランプに彼女は油を足し、ランプの脇に置いた手紙を一瞥した。

「なんて書いてあるのかしら」

そして、おもむろにそれを開き、フラニーファはそれを無言で読んだ。

しばらく読み進めて、その手紙を綺麗に元の折り方に戻すと最初入っていた封筒にしまう。

一言、

「そう」

と言ってその封筒を置いた。

すると、同時に玄関口から騒々しくドアを叩く音が聞こえた。

彼女は音の方を見て瞬きをしていた。これが人間なら眉をしかめていたところである。「誰かしら、こんな夜に」

 彼女はそう小声で呟くと、玄関まで向かい、扉の覗き穴から相手を目視する。

「夜分遅くに失礼!誰かおられますか?」

すると見慣れない人物が扉越しからも聞こえる声の音量でドアを叩いていた。

 フラニーファはそれを見て、無視を決め込んだ。

外に居るのは背の低い男だった。

その男は黒服で帽子を目深に被り、怪しい雰囲気を醸し出していた。

 時に、父のバラムは腕の立つ人形師だったが、それと同時に極度な人嫌いの偏屈人だった。職人にありがちな性格なのだが、フラニーファはそこから人間と言うモノを学習していた。

 それだけに、人間に近づきたいと言う願いと相反して彼女は人間が苦手と言えた。

 例外として、ベルジュという人間もいるが基本的に人との接触は彼女自身が進んで行う街での聞き込みだけだ。

だが、フラニーファが接触を拒んでも、来訪者は存外にしつこかった。フラニーフアは鳴り止まない音に耐えかねて戸を開けた。

「こんな夜分に失礼な方ね、どちら様?」

 扉を開けると先程の男が帽子を取ってその場に立っていた。

初めて見えたその表情は非常に悪質な気味の悪い薄ら笑いを浮かべていた。

「こんばんわ、夜分に誠に失礼、バラム氏のお宅はこちらでよろしいかな?」

フラニーファは、

「ええ、そうですけども、そう言う貴方はどちらの方ですか?」

警戒しながらも相手の名前を聞き出そうと投げかける。

「これは失礼致しました。私はボルザーと言う者です、覚えておいでですかな?フラニーファさん」

 一体どこで彼女の名前を知ったのかはこの場では本人にしかわからないが、男はそう尋ねる。

 フラニーフアはその不審な言動に、何か以前の記憶から引っかかるものがあった。

 それは朧げにだが、父のバラムと眼前の男が口論している様子だった。

 そこで記憶が鮮明に回帰する。その男の名は確か、「――あ」記憶の回想と供に、思わず漏れる言葉。相手の名は人形師ボルザー。バラムのライバル人形師として、より人に近い人形を作ることに心血を注ぐ故に、自らの才能の及ばなさから腕の立つバラムを執拗に敵視していた男、というフラニーファの認識だ。

 この男は父であるバラムと弟子のベルジュに退けられてから消息を絶ったはずだった。

 しかし現に目の前にいるのは紛れも無い本人であり、奇妙な事に年老いていない。

 彼女は顔にこそ出ていないが、珍しく覚える感情に足を後方に半歩引いた。

 その危険さは彼女の未完成の心でも、即座に見て取れる位だ。

「ああ……あ」

彼女は壊れたオルゴールの様に単音だけを発声し続ける。

対して、男は実に愉快そうに、

「どうですか?思い出しましたかな?」

口元を不気味に釣り上げた。そして徐々にフラニーファに詰め寄る。

フラニーファはと言うと、男と距離を置いて屋敷に入る形で後退していた。途中で背中が玄関口で一番近い壁にぶつかり、足が止まる。

壁にぶつかった反動に少量の埃が壁から降ってきた。

同時に男は屋敷内に踏み入ることを尋ねないままそこへ入り込み、彼女との距離を縮め始めた。

夜の暗い屋敷に一人分の足音だけが響き渡り、それがじきに終わると男は静かに邪悪な笑みでこう言った。


「――見つけたぞ! バラムのドール! お前達への積年の恨み、今こそ晴らす時。」


そう叫ぶとボルザーは彼女に飛びかかった。

彼女はそれを横に避けて即座にその男を突き飛ばす。激しく突き飛ばしたため、短い悲鳴を上げて勢いよく転がるボルザー。

 それを確認する間もなくフラニーファは駈け出した。

(あの男は私を壊す気だ……)

身の危険を感じた彼女は全力で助けを求めて走って行った。


一方でボルザーはというと。

「おの、れ――よくも」

そんな呪詛のような言葉を繰り返し呟きながらムクリと立ち上がる、帽子は突き飛ばされた拍子に地面へ落ちていた。

起き上がる黒衣の男はその首の付根があらぬ方向に曲がっていた。

それを元の位置に戻して、

「ぬぬ、許さん、許さんぞぉっ」

と激しく怒り狂った。

ボルザーはふらふらと亡者のように街を彷徨い始めた。



一方、フラニーファは無事にベルジュの店に着くと大きな声で彼の名を叫ぶ。同時に、その入口を強く叩いた。

すると覗き穴から灯りが差し、その直後また暗くなったかと思う所でベルジュが扉を開けて現れた。

「どうしたんだい、フラニーファ、整備に不備でもあったかい?」

彼は既に就寝に入っていたのか、眠そうに眼を擦りながらフラニーファに話しかける。

フラニーファは表情こそ平坦であるが、淡々と自身の危機を知らせる。

「よく聞いて、ベルジュ。――私、追いかけられているの、だからお願い……助けて」

だが、フラニーファの説明は端折られている部分が多い。ベルジュは寝ぼけた頭の回転と重なって、理解してないと言った風に首を傾げた。

そして、何か言葉を発そうとして、はっと、口を動かすのを止めた。

代わりに彼はフラニーファの背後を指さして言う。

「フラニーファ、君が故障したのかと内心疑ったのが悪かった。アレに追われているんだろ?」

そこには黒服の男がフラフラと亡霊の様にこちらに向かって歩いている姿があった。

フラニーファは振り返るとその影を目視した後、ベルジュの方に向き直って彼をじっと表情を変えずに見つめた。

沈黙の中で追跡者の足音だけが響く。

フラニーファの眼差しは恐らく人で言うなら不安に満ちた表情である。

その様子を察したベルジュはすぐに彼女を店の中に入れた。

扉が大きな音を立てて閉じられた後、ベルジュは素早く入り口に鍵をしてこう呟く。

「あの男、そこまでして……そんなに俺達に因縁を付けたいか」

それから店の裏口に行き、戻ってきた時には一丁の猟銃を両腕に抱えて現れた。

突然の彼の行動に問わずに入られないフラニーファ。

「ベルジュ、そんなものを取り出してどうするつもり? まさかとは思うけれど、貴方殺人者になる気なの?」

そう言われたベルジュはいつもの陽気な表情は何処かへ、目付きは鋭く真剣だった。

「いや、僕は殺人者にはならないさ。ただあの男は始末する。《アレ》は君をどうあっても殺すために造られた亡霊だ」

ベルジュが言った言葉はフラニーファにしてみれば要領を得ない言葉だった。

彼女は、

「どういうことなの説明して、ベルジュ、父と貴方に何があったの?それにあのボルザーという男はいったい何者?」

と尋ねた。

だが、ベルジュは黙秘を決め込んだ。

「答えて、ベルジュ」

フラニーファはその黙秘にも引かず、聞き出そうと試みる。

この懸命の訴えにベルジュは深くため息をついた。

そしてフラニーファに言い放つ。

「君はバラム先生のことを敬愛しているよね? これから言う事実は君をショックのあまりに機能させなくなる可能性もある。人間で言えばノイローゼ状態になるかもしれない、それでも聞く覚悟は君にあるかい?」

フラニーファは依然として凛と言う。

「私は壊れない……。私を作ったのは最高の人形師バラムよ」

表情は変わらないがそこには器物でありながらひとつの意思が込められていた。

ベルジュはやがて冷ややかだが覚悟を決めた様に、

「そこまでの誇りが君にはあるんだったね、どうなるかは僕にはわからないけど、ここで黙秘はできなさそうだ、話そう」

そう言って語りだした。

外の月夜は怪しく街を照らしていた。



しばらくの間ベルジュは過去の事実をフラニーファに説明していた。

「あの男は、ボルザーは死人だ。それも死に到らしめたのは他の誰でもないバラムさんなんだよ」

 ベルジュはそう重苦しい表情で告げた。

 その後も彼の話は続くが、要約するとこういった事だった。

 まず、ベルジュの言う通り、ボルザーはバラムに殺されたという事。

 理由としては、バラムの唯一の家族であった妻がボルザーの手に掛かって殺されたということ。

しかし、なぜボルザーはバラム自身でなく、その伴侶たる人を死に至らしめたのかはこの説明では不十分であり、ボルザーが殺されたのにも関わらずこの世にいる事も説明されていない。

フラニーファは疑問と衝撃を感じた所為か、言葉を発さなかった。

ベルジュは続けてこう語る。

「まあ、順を追って説明しようか。ボルザーは、奴は性根がもともと悪かった。そのせいで人形師の間ではおかしな奴扱いされていた。けど、バラムさんはそんな奴に一目置いていた。なぜだと思う?」

問いかける彼の言葉に、

「わからないわ、父はいつでも何を考えているか、まるでわからなかったもの」

そう答えた。

ベルジュは何かを思い返すかのように天井を見上げて、

「そうだね、わからない」

と眼を細める。

そのまま言葉を紡ぐ。

「でもバラムさんは感じていたそうだ、奴の持つ異常なまでの才能、つまり《人形を作るのではない、完全な人型を作る》と言う発想に着目して、それを行うためだけに人形ではなく、器物の枠を超えた生き物を作る事だけを行ってきた、その執着心という才能に」

フラニーファは硬直した。

ベルジュの言うことはつまり、限りなく人間に近い人間を作るということ。要するに発想はバラムと同じ。

そして今の状況において、あの男が死して尚、この世にいる事実。その事柄から何かを   考えこむ様にしているフラニーファはそこで何かを察した様に、

「つまり今居るあの男は、あの男自身が作り上げた人形……ということ」

そう言った。

ベルジュは、

「ああ、そういう事になる。だから僕は殺人者にはならない、だから間違いなく亡霊さ」

忌々しそうに冷たく言った。

「死んでもなお、人を認めない、虚栄に満ちた愚か者だよ。それ故に敵とみなした人間の大切な物から奪っていく、相手が最も苦しむ様に」

そしてベルジュは猟銃を構え直して外へと向かう。

「なんて単純で、愚かな奴。……その腕があればバラム先生と更に上を目指せたものを」

小言のように呟くベルジュは至極、忌々しそうに愚かな奴の辺りは誰にも聞こえないくらいの声で吐き捨てていた。

そのまま何もフラニーファに告げないで外に出ようとして、彼女に呼び止められる。

「ベルジュ……」

外からボルザーの亡霊の奇声らしきものが近づいているまさにそんな時だった。

ベルジュは、「何だい?」と短く答えた。

その表情は険しく冷ややかで普通の人間なら問い掛けるのをためらう程の剣幕だった。

だが、フラニーファは躊躇う事なく問いかけた。

「ベルジュ、貴方はあの男を哀れだといったわね?」

その問に続く言葉が紡がれる前にベルジュは再び猟銃を手に外に向かい、とうとう、そのまま出た。

奇声の主は今にその相手を殺そうとすぐそこまで近づいてきている。

フラニーファはそんな背中に向けて、

「私はそうは思わないわ、たしかに醜悪だったけれどもそこには誇りがあった。そして私と同じようなモノを作る才能もあった。ただ道を踏み外しただけよ」

そんな投げかけをした。

その言葉に対して、返ってきたベルジュの指摘は、

「じゃあ、君にあの男の魂を救えるだけの術が有るというのかい?僕はないと思う」

冷めた至極当然の一言だった。

押し黙るフラニーファ。

フラニーファからベルジュの足音が遠ざかる。

するとベルジュの眼前には先程から聞こえている奇声の主、つまり、ボルザーが帽子を目深に被り、左右にフラフラと逆立ちした振り子のように揺れてそこに現れていた。

「ふふふっ、見つけましたぞ」

そいつは驚く事に、そんな風に口の端を曲げて見せた。

「――確かに。人形作りに関してはあんな風に表情まで完全な人形は他に造れた例がない。けどね、現実はシビアなのさ、人に嫌われてまで自分を誇示し続ければ当然身を滅ぼすことだって起きる。それはどんなに優れた技を持とうがなかろうが関係ない――」

猟銃の銃身を眼前の亡霊に向けるベルジュ。

「真に強い人間は人を愛し、人に愛され、信頼された者だ。独りの小さい工房なんて世界は幾ら凄いといった所でも所詮、他人をひがんで呪う程度の矮小さだ。」

そして構えた猟銃の引き金に指をかけて、

「悪いが、もう一回眠ってくれないかボルザー? あんたにはもううんざりなんだ!」

引き金を引いて散弾を放った。

次の瞬間、響き渡る轟音と銃口から出る煙が事態の呆気無い収束を告げる。

フラニーファはベルジュに駆け寄るべく外に出る。

一方でボルザーはベルジュの歩幅で言う所の大幅一歩ほど吹き飛び、倒れ伏せた。

その姿に眼を細めて一瞥したベルジュは踵を返す。

「ベルジュ――」

駆け出していたフラニーファはベルジュのもとに走り寄る。

彼は倒れている人形の骸に言い捨てるようにこう告げた。

「これで終わりだ、あんたとの因縁もね」

フラニーファはベルジュのもとにたどり着くと、いきなり両手をベルジュの腕に触れ、なぎ払うように突き飛ばした。

その行動の理由はどうやら直前のベルジュの背後にあった。

数秒前、ベルジュが発した言葉に対して、言葉を返している者が居たのである。

それは他ならぬ背後にいたボルザーの亡霊だった。

体こそ人工筋肉が剥き出しになって半壊状態だったが、それでもしぶとい事に立ち上がっていた。弾丸により半分無い顔の口の端を不気味に釣り上げ、懐に仕舞い込んでいたと思しきナイフをそこから取り出し、

「まだ終わらないぞ……せめて貴様だけでも」

それをベルジュの背中に振りかざしていた。

だが、そのボルザーの凶行を庇う形でフラニーファは彼を薙ぎ払った。

ベルジュがそのことに気づいた時には既に突き飛ばされ、地面に転がった後である。

「―――フラニーファ、一体なにを…‥フラニーファ!?」

ナイフは深々とフラニーファの胸部に突き刺さり、人間で言う骨になる骨格を壊し、人工筋肉を破って彼女の心臓部、つまり動力部であるオリハルコンに到達した。

両手を広げて阻んでいたフラニーファの腕が力なくぶら下がる。

やがて彼女はその場に膝を折り、声もあげずにボルザーの足元に伏した。

ベルジュはその様子を目の当りにしている瞬間、写真が連続してコマ送りにさせられている様になった。

それと同時に、

「ボルザーッ――、あんたっ!」

火が着いたように怒り狂うベルジュは転がる猟銃を素早く取り、立ち上がってボルザーの既に半壊のボディに二撃目を撃ち込む。

今度は近くに寄っての接射である。

散弾銃である猟銃は大きな弾丸の中に小さな散弾が入っていて散らばる性質上、近距離だと全弾がぶち当たる。

ボルザーは勿論、今度こそ一溜まりもなかった。

腰回りに大穴が空き、分割された残りのボディが宙に舞い、無様に地面に落ちた。

そのボディの中にはフラニーファと同じオリハルコンが入っていたが、ベルジュはそんなものを確認する事もなくフラニーファの元に掛け寄って彼女を仰向けにした。

ベルジュは声を張り上げて、彼女の名を呼ぶ。

「おいっ、フラニーファ!しっかりするんだ!くそっ――恐らく動力部に破損があるな。早く、修繕しないと記録部分が動力に同期されなくなる。急がないと……」

彼の言うことはつまり、人で言うところの死を意味する。

何故ならフラニーファの様な人形は記録部分、つまり記憶を司る場所が動力によって記憶を続ける。

それが一定時間動力源を失えば記憶が成されなくなり、それはおろか記録部分が損傷するといった仕組みになっている。

そうなればフラニーファは彼女自身の記憶を失い、彼女ではなくなる。

そうなれば例えボディは壊れずに残っても死という事に等しい。

それはベルジュにとって、フラニーファ自身が自分との共有した時間を忘れる最悪の結末だった。

「――くっ」

ベルジュはフラニーファを抱え上げて急いで自らの店の奥、工房に連れていった。



 それから幾時間立って夜が明けた。

フラニーファは結論から言うと大事には至らず何とか記録部分の破損は避けられた。

だが、動力部に欠損を受けたためあちらこちらが欠損する可能性が出た。

それはボルザーの凶行によるものでベルジュが手を尽くしてもどうにも成らなかった。

ベルジュは意識の回復したフラニーファに心底心配そうに声をかける。そこには大きな不安も見て取れた。

「目が覚めたかい、フラニーファ」

目を開いたフラニーファは周りの状況を確認するかの様に首を上下左右に見渡した。

彼女が目を覚ました場所はベルジュの店の中、工房の作業台上だった。

「ここは……、工房、よね?私は一体何でここに寝ているの」

起き上がろうとするフラニーファ、だがボディは反応しなかった。

その声に、

「駆動系等はまだ修理が万全じゃないんだ、あまり動かないで」

褐色の湯気が立つ液体をポットからカップに注ぎ一息ついていたベルジュが答えた。

「その声は、ベルジュ……かしら」

フラニーファの問に、彼は「ああ」と短く返事をする。

「私はどうなってしまったの、完全に壊れきっては無さそうだけれども。」

ベルジュはそれを聞いて少しばかりため息を付いた。

僅かな沈黙の後に、

「君は本当に自分を大切にして居るのかい?君というモノは一切換えが効かないんだよ」

急にそんなふうに憤った。

フラニーファは驚いたのか目を何度か瞬く。

「ええ、私はこのボディを大事にしているわ、世界のたった一つのオリジナル、バラムのドールですもの」

そして、さも後ろめたい事が無さそうにそう語った。

ベルジュは彼女に背を向けると強い怒りをその顔に表し。

「じゃあ、なぜ僕をかばった?」

息荒く怒鳴った。

フラニーファはその問にもう数度眼を瞬く。

「簡単な話だわ、換えが効かないのは貴方の方よ、ベルジュ。」

その怒声に対してフラニーファは何事も起こらなかった様にただ平然と答える。

「――なっ」

ベルジュは驚きの声を上げた。

フラニーファが告げた事は恐らく彼も予期しない言葉である。

ぶつける矛先を失った怒りが彼の中で徐々に静まっていくようだった。

しかし、ベルジュは未だ腑に落ちない点があったようでフラニーファに問う。

「でも、フラニーファ。君はあの時、離れた所に居た、助けも呼べたはずだ。例えば僕が刺されていたとしてもほかの街の人間に助けを呼べば君だけは助かる。それなのに何故君自身が危険を犯してまで僕を助けるんだい?」

問いかけられたフラニーファは明確に一言だけ、

「ベルジュ、その答えはきっと愛というものだわ」

そう答えた。

つまり、彼女の言いたいことはベルジュへの愛くしみであるのだろう。

フラニーファは語る。

「私はあなたの事を昔からただのお節介な人ぐらいにしか思ってなかったわ」

そうしてじっと彼を見る。

「――けど、それは違った、貴方はいつだって私を気遣い、それどころか自分の命よりもモノである私を気遣ってくれた。」

ベルジュは呆けた顔をしてそれを聴く。

「貴方は手紙で私にこう伝えていたわ《僕は君を応援し、守り続け、君が願いを遂げるまで見届けよう》こんな事、私が貴方にとってただのモノならわざわざ手紙を渡して伝えないと思うわ」

フラニーファはベルジュに向けて続けて言う。

「これがもし、父がかつて私に言っていた人の《愛》というものだとしたら、私は貴方に返す言葉はこれしかないと思うの」

フラニーファは人間でいうところに一呼吸分目を閉じてからまた見開きベルジュの目を見てこう言った。

「―ありがとう」

ベルジュはその瞬間、眼を瞬くとその瞳を潤ませた。

すると背を向けて、すすり泣く。

フラニーファはそれを見て彼に尋ねる。

「どうしたのかしらベルジュ、何故泣いているの?私の言葉が拙くて伝わらなかったのかしら?」

それは意図的な質問か、それとも本当に悲しそうに見えて尋ねてみたのか意図は不明だが、器物らしからぬ愛くしみが込められていた。

その言葉が耳に入ったベルジュは、

「いや、そんなことはないさ、ただ君に言われた言葉が嬉しくてさ……ちょっと涙が止まらないだけだよ。」

正直に答えた。

フラニーファは、

「そう」

と短く言うと、瞳を閉じた。

彼女はその表情こそ変わらないものの、人であれば幸せそうな雰囲気がそこには見て取れるようだった。



 それからベルジュはしばらく店の中で子供の様にぐしゃぐしゃの顔で泣いた後、

「みっともない姿を見せてしまったかな、 すまない。でもありがとう、フラニーファ。君のその存在は僕にとって大きなものだよ。」

しっかりと涙を拭った。

ベルジュがそう告げると、

「ええ、ありがとう。ところでもう話しかけても大丈夫かしら」

フラニーファはベルジュを見て声をかけていた。

普通はこういった相手を気遣う様な行為は一般の呪石を用いるいわゆる《普通のドール》にはない。これは不完全といえども人に限りなく近いフラニーファの特徴とも言えた。

ベルジュが、

「ああ」

と答えると。フラニーファが問い掛ける。

「あの後、あの男……ボルザーはどうなったの?」

ベルジュはそこからフラニーファが落とした記憶の部分に当たる出来事を語りだした。

フラニーファが刺されてから相手を始末した事。相手がやはり人形であった事。内部にはオリハルコンがフラニーファ同様、使われていたという事実。

それを聞いたフラニーファはじっとベルジを見つめる。

この視線が何を意味するのかはベルジュには到底分からないが、言いたいことは山ほどありそうだと言いたげな空気がフラニーファからひしひしと伝わっていた。

「奴は僕の予想をはるかに超えた人形師だったよ。なにせ以前師匠からもらった君の設計図の内容と仕組みが一致したんだ。奴のドールはオリハルコンどころか自分の魂を死後に何者かによって定着させて完全な人形を作り上げている」

ベルジュは言う。

フラニーファは無言だが驚いているようにもとれた。

ベルジュが続けて言う。

「つまり、そこから言えることは、奴が魔術師のダリオスかそれと同じくらいの技量の魔術師に会っているということだ。」

そこでフラニーファはいよいよ口を挟む。

「ということはこの街に魔術師のダリオスかそれと同じくらいの腕の魔術師がまだ隠れ住んでいるのは確実、ということを貴方は言いたいのかしら?」

言われたベルジュは頷いた。

「そうだね、それに奴のドールは整備が行き届いていた、だから協力者はその魔術師だけでないはずだ」

深刻そうな表情を浮かべるベルジュに対してフラニーファは問い掛ける。

「どういうこと」

ベルジュは大きくため息をして憂鬱そうに、

「要するに敵はボルザー一人だけじゃなかった。ボルザーに関与していた、まあ弟子か何かだろうけど、それがこの街に居るはずだ。僕らはいつでもそいつらに狙われている。」

愕然としたのか下を向くフラニーファ。無表情のままであるがその様子からなんとなく落ち込んでいるようにも見えた。

そんな様子を見てベルジュは、

「でも君はそんな事は気にしなくていい、いざとなったら僕はそいつらを追い払ってみせる。その為なら罪人でも何でもなっても構わない、僕はそれくらいの覚悟さ」

そう一言ずつ意識してはっきりと言った。

フラニーファはゆっくりと静かに顔を上げて、

「ベルジュ」

彼の名を呼んだ。

やがて何かを決め込んだのか彼に向けて、

「貴方がそれほど大きな覚悟をしているなら、私も誇り有るバラムのドールとして覚悟しなければならないわ。私は貴方を信頼して私自身の完成に向けて強く進む、それで構わないわね? ベルジュ」

こう告げた。

「ああ」

ベルジュはその様子を誇らしげに聞き入れた。



 やがて、フラニーファは修復が終わり、全身が元の状態に戻った。

自由に動けるようになった彼女は魂の定着を行える魔術師を探すべく街に今朝も出かける支度をする。

出る前に、ふとフラニーファ自身と自らの産みの親が写る写真を見て。

「いつも見守って下さってありがとう、私は拙くとも、彼と一緒に貴方の願いを叶えます。だからどうか安らかに」

小さな声で祈る。


そしてベルジュの工房には普段通りの会話が起きていた。

「ベルジュ、そんな食生活では体を壊すのでないかしら?父から昔、言われて注意受けたはずよ。」

肉しか挟まってない手作りサンドを頬張るベルジュ。

「君は手厳しいな、少しは融通を利かせてくれないかい?」

そう入っても嬉しそうなベルジュである。

フラニーファは平素どおりに本気で心配していた。








こんな身近な幸せがそんな君が、

僕の人生に強い光を与えてくれる。

 だからこそ僕は君の支えとなる人でありたい。そんな人間でありたい。

 これは偶然ではなく必然。きっと先生のくれた大きな贈り物。

だからこそこれを守り抜く、強い意志で。

 僕はそれを最後の時まで貫こう。



愛を持って君へ。

 





テーマは愛ということでこのときは書きました。

自分の中では思い出深い作品となっております。

ほんとに未熟ではありますがお付き合いいただきありがとうございました。

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