第1話
「ふわああ。」
ぼさぼさの髪を掻きながら寝間着姿の少年レイはいつもと変わらぬ朝を迎えた。
『おっはよーう!レイ、今日も今日とて君の顔を見れて、ぼかぁ幸せだあん!』とかなんとかよくわからないことを言いながらベッドに飛び込んできたアルフ(ホモ疑惑)をベッドの外に蹴り飛ばし、『あらやだ。レイ、今日はとびきり大きなイベントが起こるわよ。今日で人生変わっちゃうかもしれないゾ☆』と言う自称天才占い師のエイルの言葉に多少ゲンナリさせられたが、これも日常茶飯事の範疇である。
「本当に人生が変わるイベントが起こるっていうなら、魔術の一つでも使えるようにしてくれよなあ」
そう、レイは魔術が使えない。
この世界では誰だって魔術とともに生きている。老若男女誰だって。もちろん得意不得意はあるし、人によっては使えない魔術だってあるが、この世界で全く魔術が使えないというのはレイを除いたら、生まれたばかりの赤ん坊ぐらいのものだ。物心がついたころには周りの大人に魔術を教えてもらい、10を超えるころには一人前の魔術師となる。
とはいえ困ることも特にはない。レイは今旅団に所属している。規模・種類はどうであれ、集団に所属するというのは基本的に得することが多く、自分ができないことをほかの人に代わりにやってもらうなどしてもらえる。
この旅団にしても例外ではなく、特に魔術が何一つ使えないレイは周りにお世話になりっぱなしだ。自分にできることといえば、せいぜい給仕長のお手伝いや掃除などの雑用で、魔獣に出会ったときは基本的に他の魔術師に頼ることになるし、その他もろもろ魔術の関わってくる範囲においては一切何もお返しできないが、それでもみんな嫌な顔せずに助けてくれる。さっき蹴り飛ばしたアルフにもそういう意味では大いに助けられているため、実際のところ頭が上がらない。ベッドに飛び込んできたら蹴り飛ばすけど。
「おはようレイ。聞いた?さっき新しく入団者が来たんだって」
着替えて寝室から食堂に移動して席に着くと、隣の席に座っていたユーリに話しかけられた。
「入団者?珍しいな」
各地を移動して回る旅団という特性上、旅人と出会うということはよくあることだ。しかし、彼らには彼らの目的があるので、一時的に同行することはあってもレイの言うように入団ということはまれである。たいていの場合は旅団が寄った街にいる、親が戦争などで亡くなり身寄りがなくなった子供を引きとるパターンで、レイたちもこれにあたる。
「男かな?女かな?」
「イケメンだといいのになあ」
「フッ、俺で我慢しておけ。それよりかわいい子のほうがいい」
「アホ、アンタごときに私は勿体ないわ。大体、その言い方だと二股かけてるし。魔術も使えない甲斐性もないくせに大口たたいてんじゃないわよ。一回死んで生まれ変わったらいいんじゃないかしら」
「……すいません」
完全にオーバーキルである。とはいえなんだかんだユーリもレイを助けてくれるし根はいい子なのだ。いわゆるツンデr
「そろそろ、みんな集まってきたし団長から紹介あるんじゃない?」
そういわれて、食堂の前のほうを見てみるとちょうど団長が食堂に入ってきた。
ちなみに旅団自体は今の団長が4代目とのことで歴史としては60年といったところらしい。レイは入団したときには今の団長が団長をやっていた。初代団長は40年前にとある盗賊団と戦闘になった際に、自らが囮になって旅団の皆を守ったらしく、その後行方知れずらしい。2代目は一人旅に出たそうで、3代目は現在団長を引退して給仕長をやっている。食べ終わるのが遅くなって皿の後片付けが遅れると怒られる。めっちゃ怖い。
入ってくるやいなや、団長から早速その入団者とやらの紹介があった。
「おはよう諸君。久しぶりの入団者のリズちゃんだ。みんなよろしくしてあげてくれ」
団長の後ろから入ってきたのはかわいい女の子だった。隣で軽くがっかりしているユーリなど気にしない。黒髪ポニーテールに触角と男子の好みをよくわかっていらっしゃる。歳はレイと同じぐらい。
「団員の皆さん、よろしくお願いします!リズベットっていいます!」
はきはきしている子だし、うちの旅団にもすぐなじめそうだ。
(あとで、自己紹介しにいこっと)
目の前のサンドイッチをむさぼるレイはそんなことを考えていた。
「あ、見つけた。」
何を見つけたのだろうか、こちらの方を見ながら黒髪ポニーテールに触角の少女はそんなことを言った。
「はじめまして。私のカナメイシくん?」
「……は?」
自分も含めみんな凍ってしまった。
一体全体何を言っているのだろうか。
「?そこの君だよ?何キョトンとした顔をしているの?」
レイは顔をずらしてみたが、一緒に視線も動いてきた。なんなら目が合っている。どうやら自分のことを言っているらしい。
「レイ、カナメイシって何のこと?あの子知り合いなの?」
ユーリが聞いてきたが、それはこっちのセリフである。基本的に人生のほとんどを旅団で過ごしてきたので心当たりがあるとしたら以前いた街だがそれでも覚えがない。
「えっと、君は……」
「え?ほんとにわかってないの?まさか人違い?いいえそんなはずないわリズ。私の運命の人はあの人で間違いないのだから。」
急に周りの視線が痛くなった。レイとしてはこんなかわいい子が運命の人なら願ったりかなったりというところだが、その前にいろいろと怪しすぎる。こんなかわいい子にほいほいついていった日には、山で急に化け物に変わって食われると相場は決まっているのだ。
「え、ええい、化け物め!し、正体をあらわせい!かわいい見た目でだまそうったってそうは問屋が卸さんぞ!」
自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきてちょっと涙が出てきたレイであった。
「化け物か……。そう、だよね。」
明らかに暗い顔をされてしまった。どうやら踏んではいけないものを踏んでしまったらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ごめん、何か気に障るようなことを言ったのなら謝る。ほんとに何のことだかさっぱり。カナメイシってなんだよ。俺は君の知り合いか何かなのか?う、運命の人ってどういう意味なんだ?」
「ううん、どうやらほんとに知らないようね。ごめんなさい。でも一つだけ確認したいことがあるの。」
そう言うや否や、リズと名乗る女の子は近づいてきた。
「え?ちょっ……」
「なあっ……」
となりのユーリも顔を赤らめて口をあんぐり開けている。いきなり胸を触られた。正確には置かれただけだったが、女の子に体を触られるだけでもドギマギもんである。
その時だった。
「なんだこれ……?」
胸の中心が青く光っている。
時間にして数秒のことだったが、こんなことは生まれて初めてだ。
「ふふ、やっぱりあなたで間違いないみたい。よろしくね、私のカナメイシさん?」
「……わけわかんねぇ。」
思考を放棄することにした。
「と、とりあえず、みんな朝ご飯を食べてしまおう。後片付けが遅くなると給仕長にどやされちまう。話はあとだ」
団長の一言で、固まっていた空気がようやく動き出した。どうやら、自称天才占い師の言ったことは当たっていたらしい。人生が変わるほどのことかはわからないが大きなイベントであることは間違いないようだ。
物語はいつだって突然始まる。