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スローガン

作者: 丸子稔

  俺が勤務している食品工場には、スローガン及びその類みたいなものが、やたらとある。


 やれ、ロスを減らそうとか、やれ、生産性を上げようとか、言うだけなら簡単だが、それを実現するとなると、これがなかなか難しい。


 生産性を上げるには、一人ひとりの動きにムダがあってはならない。


 迅速かつミスをしない動きが求められるため、どうしても焦りがちになり、仕事が雑になってしまう。


 そうすると、ロスは減るどころか、逆に増えるという、まさに本末転倒の結果となってしまう。


 俺が思うに、大事なのは技術的なことより、むしろ精神的なものによることの方が多い気がする。


 人間というものは、心に余裕がないと、決していい仕事はできない。


 焦ってやると、ロクなことにならない。


 この工場には、各個人が考えた目標を、毎月一回提出するという規則があり、その中で一番優秀なものが、その月のスローガンとして工場の玄関に大きく貼り出され、朝礼時にそれを従業員全員で読み上げるのが慣例となっている。


 アルバイト社員の俺は、バカらしくて今まで提出したことはなかったが、今回はちょっと遊び半分で書いてみた。




 そして月末の朝礼時、今月のスローガンを全員で唱和した後、来月のスローガンが書かれた紙を持って、工場長が演壇に上がった。


「いやあ、今回は優秀なものが多くて、選考に時間が掛かりました。今回選ばれたものは賛否両論あったのですが、私が気に入って半ば強引に決めました。それでは発表します。来月のスローガンは、アルバイト社員の丸小君が考えた【人間にはミスは付き物。本当に怖いのはミスではなく()()()だ】です」


──なにー! なんで、俺が半分ふざけて書いたものが採用されるんだ? バカじゃないのか、この工場長は。


 心の中で毒づいていると、すかさず工場長から説明があった。


「このスローガンは、一見ふざけているようにみえますが、何回か読んでいるうちに、実はとても味わい深いものだということに気付かされました。なので、周囲の反対を押し切って、ほぼ私の独断で決めました」


──いやいや、深くなんかないって。俺が何も考えず、適当に書いたものなんだから!


 俺の心の叫びは届くはずもなく、このふざけた文が来月のスローガンに決まってしまった。




 翌日、出社すると、【人間にはミスは付き物。本当に怖いのはミスではなくミセスだ】と書かれた垂れ幕が、俺の名前付きで玄関に貼り出されていた。


 それを見た瞬間、俺は顔から火が出たんじゃないかと思うほどの火照りを感じ、逃げるようにロッカールームへ駆け込んだ。


 こんなのが一ヶ月も続くと思うと、憂鬱で仕方なかった。


 自分が蒔いた種とはいえ、なんかやるせない気持ちでいっぱいだった。


 傷心のまま朝礼に向かうと、工場長のとぼけた顔が目に入った。


──すべてはこいつのせいだ。こいつが選びさえしなかったら、こんな暗い気持ちにもなっていなかったのに。




 工場長のあいさつが終わると、このふざけたスローガンを従業員全員で唱和した。


 その際、ふと周りに目をやると、既婚女性たちの冷たい視線が俺に向けられていた。


 


 


 

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