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探偵、ロード  作者: 読み方は自由
事件録1:道標と道を進む者
5/12

第5話 備忘録:応接間に集められた被疑者達(後篇)

彼らの中に犯人がいるのか? 皆さんも是非、推理してみてください。

 四人目:マグダリア・アグール嬢(三十代前半)。アグール家の長女で、三人兄弟の末っ子。次兄のコーマ氏が女にだらしないタイプである一方、彼女は「男に依存されたいタイプ」であるようだ。ちなみに……というか、やはり独身である模様。


「結婚したい人がいるのよ。すごく素敵な人でね、『あたしがいないと生きられない』って言うのかな? 年中、あたしの事を頼ってくるのよね? アパートの外で待っていたり、部屋のベッドに座っていたり。最近じゃ」


「マグダリアさん」


「……なに?」


「話の腰を折ってすみませんが、『彼』にはどんな事を頼まれるんですか?」


 マグダリアの顔が赤くなる。


「それは……まあ、いろいろよ。お金の事、とかね」


「そうですか。なら、あなたもジョン氏からお金を借りにきたんですね?」


「ええ、そうよ。あたしの彼、ギャンブルで多額の借金を抱えちゃってね。お金を返すあてもないし、あたしに『どうしよう?』と相談しにきたの。あたしは、彼の事を『助けたい』と思った。あたしの事を真剣に愛してくれている彼、を。彼はとても、誠実な人だからね。ちょっとロマンチストな所があるけど、それ以外は……」


「本当に良い男?」


「ええ、本当に素敵な男性(ひと)。あたしは『この屋敷』に行って、お父さんから『必要なお金』を借りようとした。昨日の4時過ぎに、玄関の玄関をドンドンと叩いてね。あたしはダグラスの案内で、屋敷の中に入ったけど」


「そこにはもう、先客がいた?」


 うん、とうなずくマグダリア嬢。


「ココにいる二人が、ね。それはもう、ビックリしたわ。あたし以外にもまさか、お父さんからお金を借りようとしていた人がいたなんて。驚く以外にないわよ。あたしはあわてて、お父さんからお金を借りようとした。でも」


「借りられなかった。前の二人がそうであったように」


「うん。あたしは、話のタイミングを失った。そこの二人がしつこく付きまとっていたからね。話しかけたくても、父さんに話しかける事ができなかった。あたしは『その日に言う事』を諦めて、今日の朝に、他の邪魔者が眠っている間に、お父さんから必要なお金を借りようとした。けど」


 マグダリア嬢のすすり泣き。


「ダグラスの話を聞いた時、目の前が真っ暗になった。まさか、お父さんが死んじゃうなんて。これじゃ、お父さんからお金を借りられない。あたしは最悪な気分で、部屋の床に泣きくずれた。子どもの頃は、ほとんど泣かなかったのに。あたしは『そこの警部さん』、『クリス警部』だっけ? その人に呼ばれるまで、部屋でわんわんと泣きつづけた」


 部屋の雰囲気が暗くなる。


「そうですか。それは」


「『大変だった』って?」


「いえ。ただ」


「ん?」


「この質問は少し、残酷かも知れませんけど」


 マグダリア嬢の顔が強ばる。


「なに?」


「あなたも……いや『あなた』は、その恋人に騙されていませんか?」


 部屋の空気が凍る。


「あたしが、彼に、騙されている?」


「はい。この家の財産を狙って。父親のジョン氏が死ねば」


「彼は、そんな人じゃない!」


 彼女の目に涙が光る。


「お金にただ、ルーズなだけよ! ううっ」


 すすり泣きが響く。


「あたしが人殺しなんて。『そんな事』を言われたら、流石のあたしも別れるわ! 『お父さんの命で、自分の借金を返さないで』って。恋人の愛は、無限じゃないのよ?」


「……分かっています。気分を害されたのなら」


「うっ! だったら最初から言わないで!」


「すみません」


 十分後。


「マグダリアさん」


「なに?」


「その、落ちつきましたか?」


「ええ、少し。まだちょっと辛いけど」


「そうですか。なら、もう少し」


「待たなくていい。もう十分に待ったでしょう?」


「はい」


「次の質問は?」


「今の恋人以外に、子どもの頃でも構いません。誰か他の人とも付き合ったことは、ありますか?」


 一瞬の沈黙。


「あるわ」


「何人ほど?」


「三人。十代の頃に一人と、二十代の頃に二人。みんな、心の優しい男の子だったわ。あたしの事を良く思いやってくれたし。でも」


「続かなかったんですね?」


「うん。まあ、縁が無かったのよ。どんなに一緒にいても、結ばれない事はあるし。あたしの場合は、それが人よりも多かっただけ」


「その人達とは、今も交流があるんですか?」


 嫌な沈黙。


「無いわ」


「なぜ?」


「『なぜ』って。くっ、そんなのは、当たり前でしょう? 自分がふられた相手とまた合うなんて、正気の沙汰じゃない。あなたには、恋愛経験が無いの?」


「は、はい、残念ながら」


「ふーん。だったら覚えておくことね? 一度別れた相手とは、もう二度と合う事はできない。精神的な意味でね」


「はい。良く覚えておきます」


「次の質問は?」


「はい。では、最後の質問です。ジョン氏がなくなったとされる時間、あなたはどこで何をしていましたか?」


「屋敷の部屋で寝ていたわ。今日の朝に備えてね。もちろん、アリバイはないけれど」


「そうですか。質問は、以上です。ありがとうございました」


 五人目:執事のダグラス・オルム氏(五十代後半)。この屋敷が建てられた時から仕えている古株で、ウォランの上司。物腰は柔らかいが、部下への対応は厳しく、「規律」の世界を重んじるタイプであるらしい。なお、若干ミーハー。妻子はいるが、この屋敷には住んでいない模様。


「朝の仕事、ジョン氏を起こしに行く作業ですが。それは」


「はい。わたしの日課で御座います。旦那様は……自分で言うのもなんですが、わたしくに強い信頼を抱いておりました。わたくしがこの屋敷にきて以来、最初はやはり戸惑っていましたがね。多くの時を重ねて、やっと……。今では……大変失礼な事ですが、お互いの事を『親友だ』と思っています。身分の壁を越えた、掛け替えのない存在。わたくしは……」


「ダグラスさん?」


「あっ! 申し訳ありません。今朝の事をつい思いだしてしまって」


 部屋の空気が重くなる。


「ダグラスさん」


「はい?」


「彼の遺体を発見したのは、何時頃ですか?」


「七時頃で御座います。わたくしは『いつも通り』、マスターキーで扉の鍵を開けて……その後の事は、良く覚えていません。頭の方は、至って冷静だったのですが。わたくしは、旦那様のご遺体を見つけると」


「然るべき所に連絡したんですね? 馬車の警官が言っていました。『口調の方は冷静だったのに、その裏には動揺みたいなモノが感じられた』と」


「ええ、お恥ずかしい話ですが。それほどに『旦那様の死』は、衝撃だったのです。昨日は、あんなにお元気でしたのに。わたくしは『旦那様の死』を伝え終えると、憂鬱な気持ちで食堂の椅子に座りました。そして」


 二秒ほどの間。


「警察の方々がいらっしゃったのは、それからすぐのことです。警察は……そこのクリス警部は、屋敷の応接間に被疑者(わたくし)達を集めて、わたくし達のことを色々と聞きはじめました。昨夜のアリバイからはじまり、フッ。貴方ほど『つっこんだこと』は聞きませんでしたが、だいたい同じようなことを聞かれましたよ。『旦那様のことは、恨んでいたか?』なんて。無礼にも『ほど』があります。わたくしは、旦那様の事を恨んでいない。三十年以上も一緒にいた旦那様、を。わたくしは!」


 ダグラスの声が荒くなる。


「……申し訳ございません。つい熱くなってしまいまして」


「そんなことは、ありません。『大事な親友』が亡くなったんですから、熱くなるのは当たり前です。それほど、彼の事が大事だったんでしょう?」


「はい」


 しばしの沈黙。


「ダクラスさん」


「はい?」


「あなたの気持ちは、良く分かりました。あなたが抱く、主人への忠誠心も。ただ」


「はい?」


「『不満』は、ありませんでしたか?」


 ダグラスの顔が強ばる。


「不満?」


「はい。自分の主人に対する、持続的な不満が。どんなに仲良しといっても」


「ありません」


「え?」


「旦那様に対する不満は、一切ございません! 旦那様は、唯一無二の親友でございます!」


「そうですか。では、次の質問です。あなたが部屋の鍵を開ける時に使った」


「マスターキーですか?」


「はい。その合鍵は、ありますか?」


「もちろんございますよ。屋敷のキールームにおいてあります。専用のフックにかけられて。なんでしたら」


「それは、後でお願いします」


「はい」


「合鍵は、誰でも借りられますか?」


「いいえ。合鍵はあくまで、『予備』でございますから。通常は、貸しだしておりません。当屋敷のお客様には、部屋毎の鍵をお渡ししております。そのお部屋でしか使えない、『専用の鍵』を。ですから」


「『他の部屋では、自分の鍵は使えない』というわけですね?」


「はい、残念ながら。キールームの鍵も、夜になったら閉めてしまいますし。そこの鍵を開けるにも」


「『屋敷のマスターキーが必要である』と?」


「いえ。キールームには、キールーム専用の鍵が御座います。屋敷のマスターキーが悪用されないように。キールームの鍵も、わたくしが管理しております。その合鍵も合わせて」


 キールームの鍵(および合鍵)を見せるダグラス。


「部屋に入るには、わたくしから『これらの鍵』を奪うしかありません」


「なるほど。それは」


「ええ。文字通りの『不可能』で御座いましょう? わたくしが『犯人』でもない限り。旦那様の部屋は、『密室だった』と言うではありませんか?」


「はい。ダグラスさんが部屋の鍵を開けるまで」


「だから」


「『彼の死は、自殺だった』と?」


「はい。それしか考えようが御座いません。わたくしとしては、認めたく御座いませんが。きっと」


 数秒ほどの静寂。


「ジョン氏の死がもし、『自殺だ』としたら。ダグラスさん」


「はい」


「彼はなぜ、自殺したんでしょう? 今の成功をおさめて、それなのに」


「分かりません。ですが……きっと、旦那様には『旦那様なりの悩み』があったのでしょう。親友のわたくしにも言えないような、とても難解で複雑な悩みが。旦那様は、凄く用心深いお方で御座いましたからね。各部屋の鍵を別々にしたのも」


「ジョン氏の指示だったんですね?」


「はい。旦那様はいつも」


 ダクラスの言葉が、一瞬途切れる。


「では御座いませんが、人並みに怖がっておりました。『最近の世の中は、物騒である』と。旦那様は、世間の動きに目を光らせていました。『ご自分の命』を、おそらくは『守る為』に。旦那様は自分の事を……少なくとも『初対面の方』には、ほとんど話しませんでした。当たり障りのない話題を……例えば、趣味の話でしたら喜んで話しておりましたけど」


「ジョン氏の趣味は、何ですか?」


「収集です」


「収集?」


「はい。高価な品を集めて、それを部屋に飾っておく事です。観賞用として」


「なるほど。だから」


「どうしたのです?」


「あ、はい。ココにくる前、現場の方を見させて頂いて。妙にへん、ごめんなさい。『ユニーク』な物がたくさん置かれていましたから」


 ダグラスの笑い声。


「ビックリなさったのですね?」


「はい」


「謝ることは、御座いませんよ? わたくしも『同じ気持ち』でしたから。初めて旦那様のコレクションを見せて頂いた時に。あの衝撃は、忘れられません。いつ、どこで手に入れたのか。それがまったく分からないのですから。ただただ戸惑うばかりです。旦那様も、その経緯を決して語ろうと致しませんでしたし。すべての真実は、闇の中です。旦那様がお亡くなりになった今は、ね」


「そうですか。なら、それについて『何かトラブルがあった』という事も?」


「はい。まったく存じあげません。そういう類いのトラブルについては」


「分かりました」


 数秒の無音。


「最後の質問です。ジョン氏が亡くなったとされる時間、あなたはどこで何をしていましたか?」


「わたくしは、専用の部屋で寝泊まりしているのですが。その時間はもちろん、その部屋で寝ておりましたよ? 翌日も仕事がございますし、夜更かしはしておられません。それを証明することは、もちろんできませんが」


「そうですか。質問は、以上です。ありがとうございました」


 六人目:メイドのサーラさん。関係者の中で一番若い、おそらくは二十代くらいだろう。肌は色白、目も大きく、整った顔立ちの美人だが、挙動が何となく不審である(こちらが「あの?」と話しかけても、反応はおろか、目すらも合わせてくれない)。


「慣れない気持ちも分かりますが、大丈夫です。オレは、あなたの事を」


「う、疑っていないんですか?」


「それは、これから決めます。『あなたの話』を聞いて。だから、本当の事を話して下さい。嘘偽りなく、ありのままの真実を」


「わ、分かりました」


「あなたとジョン氏の関係を教えて下さい」


 サーラさんの顔が強ばる。


「か、関係ですか?」


「はい」


「こ、雇用主と労働者です」


「本当に?」


「本当です! それ以外に……。私はただ、旦那様の部屋に水差しを運ぶだけで。そう言う関係じゃありません。昨日も」


「彼の部屋に水差しを運んだんですね?」


「はい。夜の9時過ぎに。それが私の仕事ですから。私は、ベッドの近くに水差しを置くと……」


「水差しを置くと?」


「じ、自分の部屋に帰りました」


「他のメイド達がいる共同部屋に?」


「い、いえ、私だけの個室に。そこは」


「奇妙ですね」


「え?」


「あなたのような職業は普通、コレは『オレの偏見』かも知れませんが、専用の共同部屋で寝泊まりするハズです。他のメイド達と同じように。あなたも」


「っ! たまたまですよ! たまたま。たまたま私だけ」


「『個室の待遇だ』と?」


「はい。この屋敷に雇われて……確か、三ヶ月目ぐらいでしょうか? 旦那様にいわれたんです。『君は、コッチの部屋に移るように』と。私は、部屋の移動に戸惑いましたが」


「サーラさん?」


「あ、ごめんなさい! 旦那様の命とならば仕方なく、渋々ながらもその部屋に移りました。夜の仕事が増えたのも『その頃』です。『自分の部屋に水差しを運んで欲しい』と。旦那様は、部屋の中に私を入れて」


「どうしたんですか?」


「……何も。ただ入れただけです。自分のコレクションを自慢するように。私は『そう言うの』に詳しくありませんから、当たり障りのないことをいって、旦那様の部屋から出ていきました」


「そうですか。で」


「はい?」


「それ以後は、『変な事』はされていませんか?」


 サーラさんの顔が強ばる。


「変な事?」


「はい」


「そんな事は、されていません! 昨日の夜も! 昨日の夜は」


「『自分の部屋にまっすぐ帰った』と?」


「はい」


「途中で誰とも会わず?」


「……はい。私は自分の部屋に帰るまで、それを証明することはできませんが。屋敷の誰とも会いませんでした。大理石の廊下を進んでいる間も」


 サーラさんの唇がふるえる。


「分かりました。それじゃ」


「はい」


「あなたが彼の部屋にいた時、彼の様子に何かおかしな点はありましたか?」


「おかしな点?」


「はい。例えば、『何かに酷く脅えていた』とか。いつもの様子とは違う」


 サーラさん、少し考える。


「こ、興奮していた」


「興奮?」


 サーラさんの顔が赤くなる。


「へ、変な意味じゃないです。ただいつもより」


「『興奮していた』と?」


「はい。まるで誕生日のプレゼントを待ちわびる子どものように。旦那様は! 何を興奮していたのかは、分かりませんけれど」


「そうですか」


 気まずい沈黙。


「サーラさん」


「はい」


「『追いつめるような事』を言ってすいません。コレが最後の質問です。あなたはジョン氏が亡くなったとされる時刻、どこで何をしていましたか?」


「じ、自分の部屋で寝ていました。その日の疲れを残さないように」


「そうですか。しつ」


「あっ!」


「どうしました?」


 サーラさんがふるえる。


「い、いえ、あの……うっ。アリバイとかは、聞かないんですか? 私の」


「アリバイがあるんですか?」


「いえ」


「なら、そう言う事です。サーラさん」


「はい?」


「質問は、以上です。ありがとうございました」

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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