The Boys of Late Summer, 200X. - 3
本日は二話連続UPしております。(二話目/二話中)
その後、穂高は鼻でずいぶん長い溜息までつきやがった。……なんだそれは。
「……俺は……、まだ決めてねえよ」
「……あっそう」
じゃあ人に訊くなよ。
「……藤沢のそれ、いいな。……そういう自分の小さな好きを仕事に格上げすることもできるよな。学者じゃなくて」
「学者?! お前学者志望なの?!」
「はあ? 違えよ、俺はあんな仕事はしねえっ」
「いや、言い出したのそっちだから……」
そんな嫌そうに……。なんなんだ、今日の穂高は。絡みづれえなあ……。
「……学者なんかは嫌だけど、普通のサラリーマンかな。思いつかん」
「普通ねえ……。俺の親父がな、『普通でいることが一番難しくてしんどいんだ、やってるうちに何が普通なのかわかんなくなる、だから今のうちから自分軸をしっかり見つめておけ』って言ってて。俺もこれには同意してる。そのほうが人生も楽しそうだし」
「……だからお前が親と仲良しこよしなのはわかったよ」
「…………」
これは無視するべきか。
いや、我慢しては駄目だ。……せっかく初めて、友人と呼べるかもしれない深い奴が現れたのに。腹割ったほうがいい。
「穂高、機嫌悪いの? 訊いてきたのお前じゃん。つか俺の親がなんなのさっきから。なんか俺、お前に悪いこと言った?」
「別に」
「別に、な感じじゃねえじゃん。はっきり言えよ」
「藤沢はさ……、恵まれすぎてるんだよ。誰もが幸せの国にいるとか思ってたりして」
「は?」
「性善説でお前が生きてんのは、もう死ぬほどわかったよ。でっけえ商社勤めの父親が毎朝サーフィンして母親が専業主婦でお前はイケメンで童貞じゃねえんだろ。夢と希望がいっぱいで人生相当なめてんじゃねえ?」
「おい……、言って良いことと悪いことがある。俺の何を知ってんの? それにお前、なに人生を知ったかぶりしてんの? 俺らなんかな、ちょっと年上の奴らから簡単にあしらわれるくらいガキだぞ。こんな状態で人生がどうのとか、決めつけるのは早くねえ?」
一瞬ジョーさんと、クラブやパーティで見た俺の知らない世界が浮かんだ。と同時に、そこにはまだ踏み込みたくないと怖気づく十四の俺に気付く。思い出すと未だにちょっと……嫌な気分になる。
「それに俺がいつ幸せだなんて言った?」
「ほらな」
「ほらなって、なんだよ?!」
ふっ! と穂高が鼻で笑った。
「藤沢みたいな幸せな奴は自分が今最高に良い環境にいることに気づかねえ。不幸になった奴こそ、幸せになったときに幸せだなって感じるんだ。だからお前は、不幸になったことがない幸せな人間なんだよ」
「……?! 穂高はなんでそんなに怒ってんの? お前今不幸なの? 不幸自慢したいの? お前の不幸は、俺に関係あんのかよ? 関係あるならちゃんと話せよ。ねえなら俺に当たんな、童貞。イケメンで悪かったな。不幸自慢は他でやれ」
しまった俺絶対いま言い過ぎた。でも腹が立ってるから無理だ、止まらん。
「ああ……? 不幸自慢? ふざっけんな、クソ」
超低い声を出す穂高がすげえ怖い顔になった。これは、俺は穂高を本気で怒らせたということなのだろう。で、多分俺も同じような顔になっちゃってるんだろうな。
「穂高さ、俺の幸せや不幸の基準がわかんのかよ? へえ、神様なわけ? 俺のこと全部知ってる風に言うな。俺はお前の不幸の基準なんか知らねえよ! だからお前がどんな事で幸せになるのかもわかんねえ」
そんでもって俺も久しぶりに出すような大声が止まんねえ。
「……」
ガキかよ、俺は。
「だから穂高の不幸と俺の不幸はレベルが違うかもしんねえし、その逆だって、お前が超幸せって感じることが俺にとってはどうでもよかったり、すんだろ?」
「俺の沸点が低いと言いたいんだな? そうかもなあ? 藤沢にはわかんねえだろうな!」
「その通りわかんねえよ! お前中心に世界が動いてるわけじゃねえ! それに同じ人間なんて居ねえんだから」
でも俺は、穂高と幸せのツボが結構似てるかもって、思ってたんだけどな……。
「アホらし……、俺帰るわ」
厳しい顔をした穂高が俺に背を向けて晩飯を片付け始めた。
「は……?!」
そしてさっさと周辺の掃除をこなし風のように出ていった。あいつは一度も、振り返らなかった。
「……」
流しっぱなしの音楽が、この空間を変に寂しいものにする。
「……なにあいつ?!」
情緒不安定かよ?! 城主が城を放り出したよ?! 俺、ここの鍵持ってねえんだけど!
「…………」
よくわかんねえからソファに寝転び直して目を瞑った。ムカついた気持ちを無にするために、しばらく音楽に耳を傾ける。
「……」
なんなんだろう。
俺が悪いのか? 穂高ってキレ易い奴だったのか?
「……」
つーかそんなに不幸だったのか?
いつも服をぴしっと着て頭良いし背高いし俺より勉強できるし、……ってまた穂高のこと僻んでんな、俺。とにかく、育ちが良さそうなイメージなんだけど。で、音楽の趣味は俺と似てるから最高だろ。話してみたらコミュ障な感じとか全然ねえし、なんかちょいちょい難しい熟語や諺とか使ってくるけど嫌味じゃねえし、素で賢いってやつだろう、あれ。何が不幸なの? 自ら不幸になりそうなネタを自分の中に探してんじゃねえの? 勝手に闇を背負っちゃってんじゃねえの?
ソファの上で心も寝相もぐるぐるしていたら、ちょうどCDが終わった。
「……俺も帰ろ……」
鍵が無いから、高価そうなものは隠れるように仕舞って、不法侵入および盗難に遭いませんように……と祈りながらドアを閉めた。実はそもそも俺たちが不法侵入者に該当していることはこの際忘れる。
『ねえなら俺に当たんな、童貞』
チャリを漕いでいる最中に俺が穂高に吐き捨てたセリフを思い出してしまい、思わずペダルの足を止めてしまった。
……俺、最低だわ。
男として、男に対して超最低なこと言った。童貞じゃなければ偉い、みたいな? 女の穴の中知っていれば男、みたいな?
アンナさんの穴の中? ……まあ、穴だよ、穴。すっげえ気持ちいい穴。視覚がエロビの、オナホの感情有りバージョンだよ。だって別に、彼女じゃねえし。アンナさんの前の女の人が俺の初めての人だったけど、一つ年上でちょっと遠距離で、付き合って二ヶ月しか経ってなかったのに都内の高校に行くからって言われてとっくに別れてるし。好きとか嫌いとか、もうよくわかんねえ。
「……」
童貞捨てたからって何。経験値? なんの? 腰の振り方の実習?
「はぁあああぁー…………」
最低、俺、最低。
自転車に乗る気力がなくなったので、引いて帰った。
「穂高ごめん……」
ごめん。
「アキちゃん、遅い! 何時だと思ってんの? 携帯電話を携帯している意味わかってんの?!」
ただいま……、とドアを開けたら母ちゃんが居間のドアをスパァンと開けて俊敏に玄関へ現れた。
「アキちゃんって呼ぶの、ほんとにやめてくんない……? 女子かよ」
「携帯に電話してもメールしても返信しないの、ほんとにやめてくんない? ガキかよ」
「……」
バーサス母ちゃんの口喧嘩は勝てん。ムカつくを通り越して、すげえ疲れる。
「遅くなるなら遅くなると連絡をしなさい。どうせジュンさんとこのお店にいたんでしょう? だから心配してないけど、あんたはまだ三日後に十五になるだけなんだからね。丈士くんと同じ生活してんじゃないわよ? あの子は立派な大学の四年生で、もう成人してるんだから」
「…………」
「……なに落ち込んでんのよ。お腹空いてんの? ご飯あるわよ」
「食べる」
「手、洗ってきなさい」
次の日、その次の日も俺はサーフィンに行かなかった。盆休みに入った父さんが起きてこない俺を不審に思って起こしに来たけど、具合悪い、雨だし行かない、と断った。いつもなら雨でもそんなに寒くなければウェットスーツを持って父さんと車で海の様子を見に行くんだけど、なにせ俺の気力が全くわかなかった。
で、穂高城にも……行かなかった。きっと気の利く穂高のことだ、施錠しに行って、ついでに秘密基地をいつも通り楽しんでいるはず。それか、お盆だし家族とどっか行ってんのかもしれない。
中学の奴と本気で口喧嘩したの……初めてだ。しかも、質の良い友達になるかも、ってすげえ思ってた奴が相手。
二学期になったらまた顔を合わすけど。絶対、穂高はもう俺に口をきいてくれないだろう。
「…………はあ……」
友だちを傷つけるって、マジで心が痛いわ……。つか死ぬ。死んだ。
中学の奴らや高校生になってる先輩らからしょうもねえメールがバンバン来て、ジョーさんからも着信が来て、なんか知らない相手からも着信があって、そこからはもう、いつもより電話がよく鳴るなあと思いながら俺はベッドでゴロゴロ沈みながら携帯電話を無視し続けていた。
ふと思い立って洗面所に向かった。
鏡に映る俺を見て、改めて考える。ヤドカリの穴に紫外線の髪色、日サロじゃないけど焼けた肌。……たしかに、意図してなかったけどギャル男みたいに見えてんのかもしれない。
鏡の俺の横に、ふと穂高を並べる。
「…………」
あいつは、あいつらしくて格好いいと思う。坊ちゃん? 違うだろ、あいつこそが自分軸を持ってるんだよ。
前に買っておいた髪の黒染めセット、あったよな。外に出たくねえから、自分で染めてみよう。
世間につられて軸がねえのは、……俺だ。
次話の更新は11月6日(火)朝7時の予定です。