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The Boys of Late Summer, 200X. - 1

本日は二話連続UPしております。(二話目/二話中)


「すいませんジョーさん、今日もボード置いてっていいすか?」

「いいぜー。そういや晶お前、アンナちゃんから連絡いってないの? 会いたいって言ってたぞ」

「え? あー……、俺は……別れたつもりなんすけど……?」


 馴染みのサーフショップにボードを置かせてもらって、急いでチャリにまたがった。

 今日はいい感じのサーフ日和で、うっかり乗り過ぎてしまった。辺りは夜に近い夕暮れで、もうずっと(ひぐらし)が鳴いている。今すぐ穂高城に行きたいんだけどジョーさんはいつも良くしてくれてるから無視できねえし。


 ……ジョーさん、またタトゥー増えたな。夏限定のヘナだって言ってるけど、本当かな。超名門の大学四年なのに、せっかく決まった会社の内定が取り消しにならないように気を付けなくていいのか? ……まあ、中三の俺にはよく分かんねえけど大丈夫なのだろう。

 このジョーさんっていうのは俺が小さい頃からずっと一緒で、ほぼ俺の兄貴みたいな人。その親父さんである順次郎さん、通称ジュンさんはロサンゼルスにあるUCLAを卒業していて、あっちでたまたまやってみたサーフィンにハマってからは、帰国後も大企業の商社マンをしながらほぼ毎日サーフィンしてきたすげえタフなおっさんだ。すげえ年収でボーナスも使う用事が無く余るっていう、おっさん。同じ会社なのに金が有り余ってる感ゼロの俺の父さんとはなんでこんなに違うの? って聞いても父さんは、ジュンさんは取締役、俺は課長。とのこと。その差がどれくらいなのかイメ―ジができない。まあ、俺はたとえ平社員だろうが取締役だろうが父親を誇りに思っているけどね。

 で、俺はジュンさんが卒業したこのUCLAに行きたい。

 アメリカの大学に興味を持ったのはジュンさんの影響だ。向こうの大学はとにかく異常に金がかかることがわかったので、俺はジュンさんのアドバイスも貰いながら家族と色々相談し、親が出してくれる費用の上限を知り、高校は絶対成績トップを維持することと、向こうの授業で討論できるレベルまで英語は今から勉強しておくこと、知名度のあるUCLAにこだわらず学費の安い同レベルの大学も視野に入れ、必要なら留学前に一、二年がっつり働いて貯金して。更に一旦は二年制カレッジからの編入で費用を抑える方法もあり……、など真剣に調べている。ジュンさんという経験者がそばにいることがとてもありがたく、頼りにしている。

 ちなみにジュンさんはこの県での長者番付でずっと上位で超のつく金持ちの家系なので、費用の心配をしたことが一度もないという幸せな人。俺はよくわからないけど当時は為替が一ドル三百六十円で、その時代は海外旅行すら庶民は一大事だっただろうに留学までしている日本人なんて超金持ちだけだ、って父さんは言っていた。ジュンさんは別に留学も余暇の一つみたいな感じで、卒業しても日本で働く必要すらなかったくらい。でも彼を見ていてもそんなそぶりは一切ない。ジュンさんは世のため会社のためという想いで死ぬほど残業して日本の経済発展を支えてきた時代の一人で、人間のできている金持ちは見せびらかさないんだなあって、学んだ。

 そのジュンさんは、今は六十歳を手前に商社を早期退職し、フリーの商業コンサルタントをしている。このサーフショップは副業の一つとして開いたのだそうだ。ショップは地域活動にもよく参加してて、儲けなんか考えずただ地元の海への恩返しだ、て言ってた。


 部署は違うけどずっと会社の後輩だった俺の父さんとも仲が良くて、朝は親父同士で波乗りをするのが彼等の日課。俺も昔からよく一緒にこの浜で乗っている。

 ジュンさんと父さんの話はすげえ面白くて、仕事や地域の話が多いけど二人を見ていると俺もこんな強い大人になりてえなって思う。それに、ここ最近の早朝の海はハイタイド。ちょっと冷たくて、早朝だからガラガラに空いてて、ジュンさんも父さんも俺も黙々とサーフィンできるから最高。


 で、最近は夕方になると夜七時の閉店まではジュンさんちの三男の丈士(じょうじ)さんが店番に出てきて……といっても、夕方以降のサーフショップなんて閑古鳥だ。だからジョーさんは、知り合いだけにたまり場のような場所として提供するために店にいるかんじ。……っていうか、店裏の浜が見えるロッジが隣の飲食店とつながってて、夜六時を過ぎたら早々に店を閉め、そっちがしょっちゅう開催しているDJパーティのおこぼれにあずかっている。ジョーさんの目当てはそこの客の女の人達。

「まーじで。ははっ、お前アンナちゃんのことヤリ捨てたんだ? やるねえ、十五歳」

 ふっ、まだ俺は十四歳だよ。誕生日まであと三日。

 最近ジョーさん、すげえガラ悪いんだよな。彼が高校生のときは超優しい兄貴だったのに大学生になってから一気に垢抜けて、っていうか悪く言えばチャラ男になって、それでも最初、内面は変わらなかったんだけど、今では彼女が二人いてセフレも五人いて一週間困らないしスポット対応もあるよ、とか意味わかんない話をしている。まあ、かっこいいしおかしいくらい金持ちだからジョーさんの周りは女の人がいつもうじゃうじゃ集まってるし、おこぼれに預かりたい男たちもたくさんいる。だからジョーさんの周りにはいつも人がいっぱい。なんか恥ずかしいから穂高には言わなかったけど、ジョーさんはしょっちゅうメンエグに読者モデルで出ちゃってる。というか他のメンズ雑誌にも割と頻繁に出てる。まあ、ジョーさんもサーファーだから日サロではないのだけど。

 最近の俺のちょっとした悩み事は隣の店のパーティだ。客質が、俺もよく混ぜてもらってるから言えねえけど変わってきたっていうか。先日初めて見る男の人がマリファナを持っていたのを見てからは行くのをやめた。

 そろそろ父さんに言うべきか……悩んでいる。多分ジュンさんは何も知らねえから。

 でもなあ……こういうのって、男同士としては無しなんだよな……親にチクるとか最悪。

「ヤリ逃げなんかしてねっす。あの人、彼氏いたんすよ。俺、付き合うなら浮気症相手は無理なんで、本人にそう言いました」

「晶、純情ー」

 アンナというのは俺が先月一回ヤっただけの女の人だ。短大二年と言っていた。どこの短大だったか覚えられないような名前の、いや、先月は覚えていたんだけど彼氏持ちと判明し、一気に興味が失せてしまった。ヤリ逃げ? いや、むしろ純情を返せと言いたい。俺の心は繊細なんだよ。


 俺がクラブに行ってみたいと昔ぼやいたのをジョーさんが覚えていて、彼とその友達数人で都内まで連れ出してくれたことがあった。で、ジョーさんの知り合いのツテで超有名な六本木の大箱(クラブ)に裏口から入ることが叶い、薄暗い裏道から足早に歩いた俺が到着したその地は、ほぼ裸みたいな服装の女の人達がそこら中で右に左に足踏みして踊るような、つまり簡単に言えばサイバートランスのチャラいクラブだった。……本当はスムースかアシッドジャズ系のクラブラウンジに行ってみたかったという意味だったんだけど、そうとは言えず……つーかそんな大人の社交場、俺みたいな子どもの顔は完全アウトだろうしな……、大人になったら絶対一人で行ってやる。

 とにかく、来たからには楽しんでやると思い、ジョーさんにショットを奢ってもらって一気にあおったりトイレで葉っぱやってる奴を見て異次元を感じたりDJの機材を間近まで見に行ってミキサーってあんな風になってんのか、と勉強したり踊ったりナンパしてみたり、まあ色々してみた。童顔くんだねー実は高校生でしょう? 受験の息抜きー? って、俺が声をかけた皆に言われて、中学生ですなどとは言えず。とはいえ、高校生で通るからな。声変わりも早かったし、身長もとりあえずは今百六十八あるし。


「晶、アンナちゃんに話通じてねえよ。俺の携帯にバンバンかかってくるもん。お前着拒してんだろ? もう一回話せば? つか勿体ないしもう一回くらいヤっちゃえば?」

 そのクラブで引っ掛かったのが、さっきから話題になっているアンナっていう女の人だ。

「……ジョーさんも着拒してくださいよ。俺はもうアンナさんとは二度と会わないし絶対ヤんないし。あんな軽い人、一生嫌です。……じゃ」

「なに、一生嫌って」


 ジョーさんのニヤニヤした返答は聞こえない振りをして無視してしまった。そのまま俺はチャリのギア速を変えて、学校へと急いだ。



「…………」

 穂高城に近いグラウンド端の民営駐輪場へ超速で滑り込んだ時に、野球部の奴らとすれ違う。多分全員中一で知らない奴らだったから特に気にしないで通り過ぎたけど、向こうは「藤沢先輩だ」「あの超有名な三年の人だろ」「私服だ」「すげえかっけえな」とか、ざわざわ話していた。


 ……恥ずかしかった。


 なんつうの……、これはいつもの照れとか、そういうんじゃなくて……。

 自分が、汚く思えた。

 こいつらみたいに、学校と部活と親への反抗と一人で抜いてるだけの毎日が……よくわかんねえけど幸せかもって一瞬思えて。


 ナンパはダメだ。あ、いや、いいんだけど、ナンパはナンパで割りきらないとダメだ。あと、少しでも疑問に思ったら未来への希望は持つな。それに相手を期待させちゃダメだ。

 あと、今のジョーさんとは少し離れたほうがいいのかもしれない。なんかジョーさんと居るとアウェイに感じるんだ、最近。多分俺がまだまだジョーさんとは比べ物になんねえくらいガキだからなんだと思う。


 隣のDJパーティのマリファナ、クラブで見たラリってる人たち。クラブの暗いホールの陰でこそこそイチャついて、でもよく見たらすでにソレ、入っちゃってんじゃん。みたいな世界。仏頂面の、雑な手つきで汚ねえ酒の入れ方する大したことないバイトのバーテンに、パー券ノルマをこなすために誰彼構わず近づいてくる女の人達。


「…………」

 うん、俺はちょっと大人になったぜ。失敗からは何かしら学ばねえとただの損失だからな。



 でも、そういうのは当分いいや。今の俺は、サーフィンと穂高城がホームだ。


次話の更新は11月4日(日)14時の予定です。

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