The Boys of Midsummer, 200X. - 3
一学期の終業式が終わり、夏休みが始まった。
案の定メッシュヘアのシルバーブルーはあっさり抜けて、ただの白髪染みた束に見える。美容院でブリーチしてきた時は親に怒られたし、そんな頻繁にできないからもう当分はいいや。まあ、いつも怒られてもやるんだけど。しばらくしたら黒に戻そう。
成績さえ下げなければ俺の親は基本的に寛容だ。通知表に笹塚は『藤沢くんの髪は紫外線に当たるとカラフルに色が変わり、耳にはヤドカリが頻繁に来て耳たぶに穴を開けるのだそうです』と書きやがり、でも『彼はクラスの雰囲気を本当に良くし皆から信頼される貴重な存在です』、とフォローまでしてある。母さんは複雑な表情をし父さんは爆笑していた。
いいんだよ、俺は希望の大学に行くために高校から本気出すって決めてんだから。多分、人が変わったように勉強人間になる。
俺の夏の朝は早い。
五時には起き、父さんの車にボードとチャリを載せてサーフィンに出る。父さんは仕事があるし先に切り上げて出ちまうから、俺は後からチャリでのんびり帰る。
昼間は浜にいる知り合いの兄さんらと適当に暇つぶし。今までは夜までつるんで、親や学校にばれたら結構やばいこともしていたけど今は夕方になったら穂高城へ登城させて頂くのが日課だ。
「穂高ー、サイダー持ってきた。どっちがいい?」
「サンキュ。んーと……、じゃあグレープのほう。俺は瓶詰め持ってきた。ピクルス」
「ハンバーガーに入ってるやつある?」
「ある。ほら、これだろ。うまいよな。はい、楊枝」
「ん、いただきます」
空調も何も無いから、この小屋に来るのは少し涼しくなる夕方になってから。プラス、穂高持参の団扇でしのいでいる。穂高城では互いにお気に入りのCDを持ち寄って聴きながら、音楽談義をするのがメイン。あとは雑誌や本も交換してパラパラと読んだり、ごくたまに学校の話などもする。英語の先生の発音が変、とか数学の先生はいつもチョークまみれ、とか。
食ったもののゴミは全部持ち帰りだ。汚すと城主に怒られるから、帰るときは城主指導のもと二人でいつも掃除している。俺にとっては自分の部屋より穂高城の掃除頻度のほうが高い。
「藤沢。あとこれ、CDプレイヤー。家に余ってたから持ってきた」
穂高は小さ目のボストンバッグを開け、ちら、とプレイヤーを見せてきた。
「うっそマジで?! え、でもここ、蛍光灯以外の電気なくねえ? コンセント壊れてんじゃん」
すると穂高はプレイヤーを手に掴み立ち上がり、ソファに寝そべっている俺を見下ろしたらフッ……と勝ち誇った顔をした。よくわかんないけど俺は負けたらしい。
「実は外に出ると壁に一個だけあるんだよ、まだ生きてるコンセントが。多分小型草刈り機とか、外作業用の。この前いらないポータブルプレイヤーと充電器を試しに持ってきて挿してみたら充電できたから大丈夫」
「お前すげえ。尊敬する」
「ふっ……。たこ足で延長すればテーブルまで届くはず」
と言い今度はバッグから、やたら長い延長ケーブルを出して繋ぎ始めた。
「今度は扇風機も持ってくる。余ってんのあったかな……」
「いつも穂高ばっかりで悪いし、俺も家で探してくる」
穂高はかなり機転が利く人間だということがわかった。行き当たりばったりなんてこいつの人生でないんじゃねえのってくらい、計画を立て事前調査をし本番へ挑む。とにかく隙がねえ。
まあ、だから俺はテスト順位でいつもこいつに負けていたんだな、と心底納得したのだった。出そうな範囲のヤマを張るなどとは無縁の性格なんだと思う。ちなみに俺は勘や空気の読みセンスが超レベル高い人間だから毎度ヤマが当たるのである。当たるっつーか……、普通に授業聴いて復習すればどこが出そうかなんて先生達の態度でわかるし。っていう『空気読みセンス』を含めてそういう部分が俺の才能なの。だから普段ふざけてる時も、わかってて言ってるし相手の反応も想定内。
とにかく、穂高は頭がいい。ここでいう頭がいいっていうのはガリ勉という意味ではない。なんつーの……、何学年も先のことを既に詰め込んでる塾の鬼みたいな奴らとは違う。勉強を暗記とか仕方なしに覚えてるっていう学習の仕方ではなくて、生活の知恵的な? 色んな年齢層の知り合いが格段に多い俺が思っているのだから間違いねえ。
背が高いのだって、俺が牛乳飲んで頑張ってんのにあんまり伸びねえって話を何かの流れでしたときに、「牛乳は飲み過ぎたらカルシウムが骨同士の接続を強固にするのを助けてしまうから、接続終了時期が早まって縦に伸びなくなる。まあ、阻害するわけじゃねえから伸びる時は伸びるけど、牛乳に背を伸ばす能力はねえ。骨は丈夫になる。だから普通に飲め」と言われ目から鱗だった。なんなのこいつ……もっと早く友達になっておけばよかった……! と感じるくらいには、こんな感じで最近は音楽以外の話の割合が増えてきている。
「よし。問題なく電源入った。藤沢、俺ジャミロクヤイ持って来たけど聴く?」
「聴く!」
「おう」
あー最高。
薄暗い夏の夕焼けに、アシッドジャズ。ピクルスに、なぜか穂高が持ってきたメンエグ。「藤沢出てそうだから買ってみた」とか言って、俺そんなガチの奴じゃないんだけど……、穂高がそんなのを買って読んでるという光景が教室のこいつと違いすぎてマジで笑えた。
「俺こんな原色の服、着ないし。ピアスはする時あるけどぶら下げるアクセサリーとかは好きじゃないし。肌はサーフ焼けであって日サロじゃねえし髪の毛はもともと日焼けで色が抜けてっからそこに少しブリーチしてアッシュ入れただけだし」
「十分じゃね?」
「俺、もしかしてギャル男みたいに思われてんの?」
「ギャル男になりたいわけじゃないんだ?」
「マジか……」
穂高は研究でも始めんのかって勢いでメンエグを隅々まで読んでいる。いちいち『目指すはこういう感じ?』と指して俺に似ている奴を見せてくるが、そのたびに俺は、だからメンエグ関係ないっつーの、とツッコミのように否定をする。
こいつは感情の起伏があんまり無い。前からクールな奴だと思っていたけど、それは本当に素だった。淡々としていて、やっぱり何を考えているのかわかんねえ。俺が「好きな女いんの?」と不意打ちで聞いてみても「そんなに居ない」って、どういうことですか……? ていう変な返しを間髪入れずにしてくる。
端的に言えば、謎すぎる。
でも、謎で変だけど、不思議だな……退屈じゃないんだ。一人でいる時の俺と一緒にいるみたい。
音楽の趣味が合うっていうのはやっぱり理由としては一番デカいとは思うけど、社会的な外面が真逆で友達のジャンルが一人も被らないから共通の行動が起こることも全然ないのに実はちょっと冷めてるような本質が似てるっていう、俺の十四年と約十一ヶ月での歴史上最大のヒット。
つまり俺より背高くて頭いいし真面目でクールでムカつくけど、根っこが一緒。……やっぱりこの最後の一文は関係ねえな。
「藤沢って童貞?」
「ぶほぁっっっ」
「……」
「……」
「……汚ねえな。サイダー、ソファに付いた」
白けた顔で穂高が布巾と除菌スプレーと箱ティッシュをぶしつけに寄越す。なんでもあるのな、この城。
「何? 童貞がなんなの? 急すぎねえ?!」
箱から引き抜いたティッシュで急いで拭きながら訊くも、なんで俺がこんなに恥ずかしく感じなきゃなんねえんだよ。なんなのその直球。どういう流れなの。
「童貞じゃなさそうだから聞いてみただけ」
……ほんと変な奴。
「なんでそう思うんだよ」
俺がティッシュで拭いた跡を穂高がスプレーして布巾で拭く。
「勘だ。あとお前って年上が好きなんだろ。女子が『藤沢くんって彼女が年上だったから告りづらい』って言ってた」
「うっそ?! 誰?! 告ってくれていいのに! 誰、誰。告られたい!!」
「童貞なの?」
「そこ戻んの?! 童貞じゃねえよ。で、誰?」
「気持ち良かった?」
「気持ち良かったよ! で、誰だよ。俺が告ってやる。誰?」
「俺は童貞だ。誰かは自分で探せよ、興味ねえ」
「……」
「……」
「穂高が童貞かどうかなんて超どうでもいいわ……。お前ちょっとさ、謎過ぎるよ……」
めっちゃテンション落ちた。
「藤沢って上から目線しないよな」
「え、なに? 今は何の話? 童貞話は終わったの?」
「お前って気さくでいい奴なのは素なの?」
「なんか今日つっかかるね?」
「すげえムカつく奴かと思ってた。藤沢ってさ、一人の時にたまにふと悟ったような顔すんじゃん」
「え? は? いつ?」
「教室いる時とか、まあ、いつでもじゃね? 一人ん時だよ。たまたま見るとそういうムカつく顔してる」
「……」
「人気者な部分は実は表の顔で、心の裏ではダセえ奴やノリの悪い奴の存在価値を消しているような心の持ち主かと思ってたわ」
「……」
すげえ言われよう。
話したこともなかったのにそうやって人を判断する穂高って、一体。
「……思ってた、っていう話。今は思ってねえよ」
あっそう。ちょっと俺、機嫌悪くなったからね。
「今のは、穂高は俺が嫌いだっていう話か」
「別に。世の常としてだ。性悪説で俺は生きてる。俺らの十四、五年の人生でそんなに善行を学べるはずがないから、藤沢もきっとそういう奴だろうと思っていただけだ。お前中学で一番モテんじゃん。でも話をしてみたら全くそういう汚さを感じないから、すげえなって思っただけ」
「……」
「……」
「は?」
「つまり褒めている」
穂高って。
「……はっ。お前超めんどくせー奴」
「……」
というのは恥ずかしくてごまかしただけ。
本当は、俺と似てるって思ったんだ。話したことないのにジャッジしていたのは……俺も同じ。
俺はポケットから携帯電話を出した。
「穂高、番号教えて。携帯」
「……」
穂高が俺の携帯をぼけっと見てるので、紙切れに自分の携帯番号を書いて渡した。
「これ俺の番号。そういや交換してなかったから」
「……おお。サンキュ」
でも穂高は低い声でそう言うと紙をすぐ折り畳み、ポケットに入れた。
……。
今すぐ登録してくれるかなって思ったんだけど。だから携帯出して番号交換するために待ってたんだけど。
「メアドはそれのあとにアキラってローマ字入れて、ダコモのアドレスをつければいいから」
「ふーん」
「……」
「……」
「え、お前のはくれないの?」
「……」
しばらくの無言の後、穂高は紙切れに走り書きしてそれをよこした。
「……これ家電じゃね?」
「俺は、そんな誰それと四六時中すぐ繋がるような難儀なものは持たん。用があれば家に電話してくれ」
「マジですか」
「マジだ」
「……」
侍?
こいつ侍なの?
……穂高かっけーー!!
次話の更新は11月3日(土)14時の予定です。