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The Boys of Midsummer, 200X. - 2

 イヤフォンを外して腰を屈め、割れた曇りガラスからそっと覗く。やっぱめちゃくちゃ蚊取り線香くせえ……焚いてんだな。用意周到かよ。


 その狭い視界から見えるのは俺と同じ黒の制服のズボンと、こげ茶っぽい色のローファー。スニーカーじゃねえんだな、珍しい。つまり一人の男子生徒が破れた合皮のソファに寝そべっている足……、じゃねえ、ソファが破れてねえ。布を切り張りして縫ってある。え? つーか床、ぴかぴか? めっちゃ掃除してある?!

「誰」

「あ」

 速攻でバレた。


 ここからだと顔が見えねえ。仕方なく立ち上がり、建て付けの悪い錆びたプレハブドアを開け……、

「錆びてねえっ」

 めっちゃスムーズに開いた。ごーごーろくまでしたの?!

「藤沢?」

 ソファから上半身を起こして俺を見ていた男は。

穂高(ほだか)

 三年二組出席番号十五番の穂高湊だった。

 ちなみに俺は三年二組出席番号十四番ね。つまり、出席番号が隣合わせのクラスメイト。


「……」

「……」


 話したことねえ。


「……あー、何してんの。こんなとこで」

「……藤沢こそ、何しに来たの」

 なんかムカつく会話になった。そして話が続かねえ。

 よりによって穂高かよ。クラスで、っていうか多分学年の男ん中で唯一まともに話したことのない奴だ。いや別に嫌いとかじゃねえんだけど、苦手なタイプ……ってほど多分俺は穂高を知らねえんだけど、なんつうか……謎を背負ってるんだよ、この男。

 中学入学の時にどっかから引っ越してきた奴で、三年になって初めて同じクラスになった。友達は適当にいるみたいだけどグループとか気にしてねえみたいだし、誰にも媚びねえし、いつも静かに佇んでいるし、すぐどっかに居なくなる。

 ……あと俺より少しだけ背高いし頭いいし、顔は普通にかっこいいし佇まいもかっこいいし真面目でクールな優等生してるし多分密かに女子にモテてる。

 最後の一文は関係ねえな。

「……」

「……」

 人気者の藤沢くんが沈黙したら皆が持つ俺のイメージに失礼だな。

「この小屋ってすっげえ汚かったのに、穂高が掃除したのか?」

「……え、ああ……まあ」

「すごくねえ? なんで? ソファ縫ったの? あ、テーブルまで新しくなってる。床ワックスかけたの?」

「……だって汚かったから」

「潔癖症かなんかなの、穂高? あ、もしかして先生に掃除当番頼まれて?」

「そうじゃねえけど、……俺専用の秘密基地にしたかったから、綺麗なほうがいいじゃん」

「……」

「……」


 俺専用の、秘密基地。


「いや、いずれバレんだろ……ここもまだ学校の敷地内だし。俺みたいに、思いついたように突然来る奴も居るだろう」

「……いいだろ、別に。泡沫夢幻(ほうまつむげん)だとしても今だけは俺の城だ。綺麗にしてから一ヶ月経つけどまだ誰にも見つかってねえ」

「え、なに、ほうまつ……?」

「泡沫夢幻。浮雲朝露(ふうんちょうろ)でもよい」

 ふうんちょ……え、なに? え、なにこの人?

 ……ま、いいやもう。とにかくこいつ、俺の城って言った。穂高って……うわ、興味が出て来た。


 だって、だって俺じゃん? 俺じゃん。

 俺の秘密の趣味及び夢、秘密基地みたいな空間を持つこと!!


 未だに俺はキャンプ用の蚊帳を部屋に持ち込んではそれでベッドを囲い、食べ物を持参して電気消して間接照明点けて、探検という名の読書に出立するよ?! 勿論好きな曲をBGMにして。

 やっべえ、超興奮する。


「そうなんだ……えっと、入ってもいいすか?」

「いいよ、座って。狭いけど」

「あ、ども」

 もくもくと蚊取り線香の煙が壁に沿って溜まっていく。ソファの隣を空けてもらい腰を下ろしたら穂高の外されたイヤフォンから漏れるスムースな音に気付き、再び俺の心は逸り出した。えっ、えっ?! これはもしかして。

「穂高……、何聴いてんの」

「シェーデー。キスオブライブ」

「マジで!」

 やっぱりそうだった! スムースジャズのバンド、シェーデーだった。

「……そういうそっちは何聴いてんの、それ」

 穂高が俺の首元にぶら下がっているイヤフォンを指した。

「エリカビドゥ」

「マジで」

 こいつは急にでけえ声を出した。

「うん」

 穂高の目は見開いてまん丸に。……いや多分俺の目もだろうけど。

 エリカビドゥはジャズにヒップホップなどを掛け合わせたネオ・ソウルのジャンルを確立させた時代の代表歌手だ。


 俺は今、初めて中学の奴に本当に好きで聴いている曲を言った。

 かっこつけてるとか思われたくねえし、皆どうせ知らないだろうし面倒だから秘密にしていた。でも最大の理由は、他人が中途半端に俺の世界へ入ってきて欲しくないからだ。


「藤沢、エメル・ルリューとか……持ってる?」

 この歌手も同じジャンルに区分される女性歌手。

「持ってる……つーかすげえ好き」

 声がスムースにエロくて俺はしょっちゅう聴いている。

「……」


 これは……、試されている。ここでエメル・ルリューって。

 穂高に、コアなとこを訊かれて俺の深さを探られている気がする。


「……」

「……」

 ふっ。負けねえぞ。


「穂高は、インディア・アレーで好きな曲ある?」

「ビデオ」


「………………」

「………………」


 こいつは俺だ。紛れもない同類だ。


 こんなところに同志がいただと……!







「おはよ晶ー今日早いな。いつもギリギリで走ってくるじゃん」

 次の日の教室。

「おはよ。ん、今日はサーフィン早めに切り上げたから。っつったって五分早く着いただけだぞ」

 晶が五分早く着くってのがもはや奇跡じゃね、ははは、と俺の周りに集まってくるのはいつものワイワイ騒ぐクラスの中心メンバー達だ。

 ちら、と穂高を探す。……一人でベランダのフェンスに寄り掛かって黄昏(たそがれ)てた。そういやあいつ、ほとんどああやってベランダに居るかも。……わっ、教室に戻ってくる。慌てて目を反らした。と同時に廊下から教室に入って来た奴に声を掛けられる。

「あれっ? もう晶が来てる。おはよー、はい、コーダのCD。サンキューな」

 昨日のあいつにCDを返された。今大人気の邦楽の女性歌手。

 今更だけど穂高にこのCDのことを耳に入れてほしくなくて、話を早く終わらせたかった。……なんか、擬態がこっ恥ずかしくて。

「お、おお。もういいの? まだ借りていてもいいのに」

「え、いいの? 俺じゃねえけど、昨日一緒にいた後輩がお前のCDを借りたがってた」

 ひーっ、あの恥ずかしい噂話をしてくれた後輩くん?

「いいよ、貸してやって、つーか、やるよコレ」

 俺はそいつにそのCDを押しやるようにまた渡し、そいつは「いいの? うわーあいつすげえ喜ぶよ、晶のこと尊敬してるみたいだから」と、ひいいいい、やめて! って恥ずかしくなることを言ってくれた。

 穂高は、なんにも聴こえてないかのようにトス、と席に着いていた。


 日中は不思議なくらい穂高とは全く話さず目も合わず。まあ、それが俺と穂高の今までであって、誰もが気にも留めない日常だ。俺、こいつと昨日会話したはずだよな? と少々記憶を確かめたくなるくらい、完全なる他人状態だった。


 でも放課後になって再びあの小屋に行ってみたら穂高は、

「あ、藤沢。これ聴く?」

 と、持参したCDを数枚見せてきたのだった。


 つまり俺と穂高が会話するのは放課後の、しかもこの小屋でだけ、ということ。




 そういう秘密の空間が最高に面白くて、俺はそれから毎日放課後になると早々に小屋……いや、穂高城に篭り、好きな音楽を掛け合ったり城主とただ話をするだけの時間を過ごしている。


 別に示し合わせて集合しているわけではなく、教室ではいつものように一言も話さねえけど、俺にとって本当の趣味が合う奴と話ができるチャンスと時間っていうのは凄く貴重で偉大で。約束などしなくても自然に足があの場所に向く。周りは俺が早々に帰路へついていると思っているが、プールが壊れてるのにプール裏にくる奴など居ないので俺の足取りは誰にも知られていない。

 秘密基地だからな、全てが秘密裏の行動だ。穂高も超楽しそうに俺へ音楽の話をしてくるから一、二時間なんてあっという間なんだ。


次話の更新は11月1日(木)21時の予定です。変則スケジュール、ご迷惑をおかけいたします。

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