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The Boys of Midsummer, 200X. - 1



 ――中学三年、夏。



 みーんみんみんみん、みー。


 今日も暑い暑い。もうさ、このフィーチャリング蝉の夏サウンドが余計俺を発汗させるよ。あーワイシャツ脱ぎてえ……早く笹塚の説教終わんねえかな。今、波どんなんだろう?


「コラ聞いてんのか藤沢。まーたお前はベッケムみたいな頭して。脱色したな」

「してねっすよ。毎日サーフィンしてるせいっす。髪焼けちゃうんで。紫外線です。UVのペーハーっす」

 いつもより話なげえな。職員室は扇風機が沢山回ってるから、放課後じゃなければありがたいんだけど。

「それを言うならピーエーだ。しかもピーエーはこの場合全く関係ない。紫外線は髪を一部分だけ灰色にはしねえんだよ。ほら、ワイシャツのボタンも開けすぎ。そんなに開けなくてもお前がモテんのは十分わかってるからあと一個とめろ。なあ、ピアス穴、増えてねえか?」

 灰色って……メッシュって言ってよ先生。最先端だから。メンエグだから。しかもシルバーに見えてちょっとブルーだから。陽に透けた時に少し見えるこの青がいいんだよ。しかも寒色って陽の光にめちゃくちゃ弱えから夏なんてすぐ色抜けちまうんだぞ。多分一週間持てばマシなんだから、放っておいてよもう。

「耳の穴はヤドカリのせいっす。浜で寝てたら突き刺されました。耳を狙ってくるんですよ、多分新しい家だと勘違いしてるんです」

 はああぁあ……? と、笹塚がよくわかんねえため息をした。

「お前な……専門が理科の担任に向かってさっきからツッコミどころ満載の嘘ばかり吐くなよ。……なあ藤沢。夏休み中あんまりハジけんなよな。お前が人気者なのはわかってるけど変な輩とつるまないように。あといつも言ってるけどサーフィンはちゃんとマトモな大人の居るところで。事故だけは気をつけろ。お前二学期もそれしてたら内申ブチ落として家庭訪問すっからな」

「ふわー」

「あくびと返事を一緒にすんな! っんとにもう、せっかく勉強できんのにお前はなんでこう……」




 長かった……。

 職員室を出た頃にはすっかり夕暮れ。

「あーあ」

 風も強い。これじゃあ、もう波はだめだな。


「晶じゃん、まだ居たの。あ、呼び出しくらったの? やっぱその髪は言われるよなー。すげーかっこいいけど」

「藤沢先輩! ちわっ」

 外廊下を歩いていれば体育館や校庭に用事のある奴らとこうやってすれ違う。こいつらはクラスメイトと、その部活の後輩。

「っす。笹塚の説教マジで超なげーの、立ち寝したわ。……ゼッケン付けて、試合中?」

「ちょうど今終わった。県南大会シードだったから八月の県体向け。俺はそこで引退だろうし、こいつが次の主将」

 くしゃ、とそいつが隣にいる後輩の頭を撫でる。ふーん、バスケ部の現主将と次期の、絆ね。……いいんじゃない。

「へえ。全国行かねえの?」

「行けねーよ! んなの湘北に勝たねえとじゃん。無理無理。じゃあなー。あ、コーダのCD明日返す!」

「失礼します!」

「おー。頑張ってなー! CDはいつでもいいからー」



「どうしようオレ藤沢先輩と話しちゃいました……! やべえ。やべえっ! 超自慢します!」

「え、晶って二年の男子にも人気なの? 女にすげえ人気なのは知ってるけどさ」

「何言ってるんですか先輩?! 全学年ですよ! うおおお……! 明日女子にすげえ自慢します。超緊張しました!」


 ……うわー。

 その人気者の藤沢先輩に聞こえてるよ君たち。こんな、本人が噂を聞いてるところを誰かに見られたら恥ずかしいからやめて。



 人気者ねえ……。

 まあ、素質だよね。そういう生き方がセンスで出来ちゃうんだよ、俺。皆が今その場に欲しい空気とか結構わかるし、人間観察めっちゃしてるし。五感と何かが優れている気がするんだよね。ちょっとカメレオン。

 つまり俺、擬態してんの。擬態で王者になってんの。

 すごくない? 絶妙な間合いで空気を読んで俺のセンスで切り替えしてんの。

 誰にも真似できないだろうな。


 ……この廊下、もう進みたくねえな。

 今は声かけられること自体がめんどくさい。群れる部活の奴らで溢れている。


 違う裏道で校舎を出るか。




「……」

 気分を変えて音楽でも聴こう。イヤフォンジャックをプレイヤーに繋いで最近お気に入りの曲にする。コーダ? そういうのはクラスで浮かないための目眩まし。最近親父が話していたデジタルオーディオプレイヤー、画期的だよな。もっと安くなったら欲しいな。

「……」

 無理って最初からわかってんのにやる勝負って意味あんの?

 あ、有終の美ってやつ。それか、楽しければいいってやつ? 内申のため? 皆が部活やってるから?


 はっ。つまんねー奴ら。先頭が必要な群れる黒蟻だな。

 俺は黒蟻になんかならねえ。



 数回しか来たことのないプール裏のフェンスドアをよじ登って中学の敷地から出ることにした。先公を撒いて煙草吸ったりエロ本読んだり酒盛りしたり、そういう時ですら使わない暗い道だ。

 近くに昔の用務員さん小屋があるんだけど、今は誰も入らない。なぜならそこに向かう道は年中地面がぬかるんでいて雑草は生え放題だし蛇も鼠も蚊もじゃんじゃん出るし、小屋の中は謎の虫だらけで、あるのはボロボロに破れた合皮のソファと用具入れのロッカーだけ。薄っぺらい木製のテーブルは外に出されて腐って折れて、そのまま。狭くて仲間で集まるスペースがないし曇りガラスの窓もヒビ入ってるし埃臭え。

 中一の時に先輩と煙草吸いに入ってみたことがあったけど、狭いし暗いし臭いしすぐ断念した。唯一この辺りまで来そうな水泳部の奴らは、プールの配管が先月壊れて以来市民用の競泳プールを借りている。秋から修理が始まるらしいけど、今はこの付近に用のある奴が誰もいない。


 ……なんかすげえ蚊取り線香の匂いがするぞ。

「げっ、俺の新品オールスターがっ」

 足元がぬかるんでるから靴に泥がついた。ライトグレーだから汚れが目立つんだよね。あー腹立つわ。

 ん? ぐちゃぐちゃの地面には付きたての足跡。それは小屋に向かって迷わず続いている。そしてその先の足跡がない。


 つーことは、あの小屋の中に誰か居るんだな。


 うわ、誰かヤってたりして。えー超面白そうー! 覗く! 絶対覗くー!

 と、ちょっと小走りで向かうも、足跡は一人分しかないことに割とすぐ気付く。


 ……跡、でけえな。

 俺と同じ二十六センチくらいか、もっと。俺以外にもこの獣道を通る奴が今日居たとは。


 今の俺はちょっとイラついてるからな、面を拝んでやろうじゃん。



次話の更新は10/30(火)21時の予定です。

※10/31(水)は更新お休みの予定です。m(__)m

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