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Late Summer, 201X. - 5


「……三田って、あの三田? ってどんだけ三田があるのかわかんねえけど、あの時の、三田?」

 タオルでぽんぽんと叩きながらスラックスにかかった水分を取る湊が、訝しげな表情で俺を見る。

「うん。菱谷くんからそれを聞いたときは平然とした振りして、へえーくらいしか言わなかったんだけどその後調べたら三田ってやっぱり今も日本に一つしかなかったよ。全国最大規模、日本史の教科書にも当時の風刺画で登場してる最古の組織だって。正しくは江戸よりもっと前。今って情報を調べやすい世の中だよね。ガキの頃に「ミタ」で調べてもインターネットでこんなには出てこなかったよな。……湊、口が開いたままだぞ」

「……いや……なんつうか……口くらい開くだろ……」

 かろうじてスラックスの滲みは拭きとれたみたい。

「しかもねえ、菱谷くんって幹部なんだって。若いのに凄いよね」

「そう……あのさ……三田さんに限っては組織構図がよくわからん……ほら、あの時の若様もお子様だったし……跡取りだろうとは思うけど、とはいえあのお子様年齢でもあんな仕事するんだろ?」

「だよね、俺もちょっとよくわかんない。年功序列じゃないのかもな。能力制? 菱谷くんは企業で例えたら取締役みたいなもんらしいよ」

 企業の取締役ったって色んな取締役があるじゃん……、とまたブツブツ言いながら今度は雑巾で床を拭いている。


 なんとなく感じるんだけど、人生ってさ、『なにかが急に組み立つ時期』って、あると思わない?

 人生のセット、またはローンチアウト。それに向けて、自分の環境や交友関係が勢いをつけて激流のように様変わりしていくの。サーフィンで言うと、すぐそこにダブルオーバーヘッドウェーブ、完全なオフショアの風、ボードと俺のコンディションは最高、テイクオフ寸前、俺のライディングゾーン、っていうか付近一帯には誰一人他の奴がいない……のような。まだそのレベルまでは行っていないんだけど、その状態に向かっている感じっていうの? 今、俺はそれをすごく感じている。突然歯車が揃って一気に回っていく感覚だ。

 多分、発端は湊に再会してから? ……いや、俺が自分の店を開いてから、だな。だって俺が店を出さなければ様々な職種の人と顔を合わせることはなかっただろうし、つまり菱谷くんに出会うことなど全く無かっただろうし、そして、まさか同業になっていたこいつに再会することもなかった。

 菱谷くんのご職業がアレな感じなのは人様の人生だし何も言うことはないけど、少なくとも俺の人生で三田というキーワードが出て来たのが二回目で、どちらも湊が偶然絡んでいる。しかも俺たちはなんだかんだして結局中学の時に話していた夢を叶え始めていて。

 ほら、色々繋がっていくんだよ。こんな経験、レア過ぎる。

 ここ最近で起きたこういう出来事を客観視するとさ、五感……ていうか、六感? まあ、そんな感覚なんだけど、今俺は人生を拓くための布石を間違うことなく、ほぼまっすぐ、一番の近道で、打ち始めている……気がするのだ。

 何か見えない存在に、それこそ、神様とか。八百万の神でも太陽でも息子でも預言者でもなんでもいいけど、そういうのから、「そうそう! その道で合ってるよ! 好きな音楽と食べ物で秘密基地つくりたかったんだろ? 天性が活かせてるから繁盛するぜ。お前の天職、それでオッケー!」って言われてる感じがするの。

 多分、動揺して床をフキフキし続けてるこの湊も同じなんじゃねえのかな。気づいているかはわかんねえけど。


「ベスト着替えてくる。そろそろ菱谷さん着いちまうよな、お前これ、食器とか洗っといてくれる?」

「へいへい、いってらー」


 大きなものは食洗機に入れて、あとはカトラリーを洗っていたところでカラン、とドアが開いた。

「こんばんは。今日やってますか……? あ、藤沢くんだ」

「あれー! 一條さんだ。お久しぶりです」

 この人も俺の店と湊の店の常連さんだ。紺色の麻のスーツとネクタイで涼し気。髪はツーブロックを斜めに撫で付けてある。こうやって湊の店にいると他にも割と知っている顔を見るので、客層は結構被っているのだと思う。

 この一條さんという方はご自身でマーケティングコンサル会社を起業されて、その拠点からの行動範囲内に俺の店を見つけ、よく来て下さるようになった。一條さんはどちらかというと湊の店への来店が多い。前オーナーの時からたまにいらしてたらしいし。

 この人は見るからに人間のできている人で、とにかくいつも穏やかで冷静な、ザ・紳士。お歳は訊ねたことがないけど、あんなに精神年齢の高そうな人が俺たちより年下だと軽く凹みそうだ。年上であってほしい。

 ベストを着替えて湊が二階から下りてきた。

「いらっしゃいませ。お久しぶりです、一條さん」

「穂高くん。二人揃いで、今は休憩だった?」

「いえ、お客様がいらっしゃらなかったのでこいつと話していただけです。どうぞ!」

「お盆だからガラガラなんです。明日は休めば? って湊に言ってたところで」

「ああ、そうだよね。俺も休みたかったんだけど営業相手がサービス業だから仕方なく、ね」

「二階に行かれますか?」

「いや、今日はカウンターで。会食で食べてきた後なので、少し休んだらすぐ帰るから。いつものを下さい」

「かしこまりました」

 湊が常連さん用のキャビネットから一條さんのジャパニーズウイスキーを取り出し、ソーダ水で割る。その割合も湊は顧客それぞれの好みをすぐに覚えてしまう。更に一人一人お勧めの割り方や割合まで試作してくるから、こういうところからもう、お客さんは湊を手放せなくなるのだ。

 まあ、素質が学者だからな、こいつ。

 俺のは作ってくれないので、湊が一條さんへ最初の一杯用のおつまみを一皿作っている横でいつも通り勝手にグレイハウンドを作って飲む。

「あ、一條さん、眼鏡変えました? フレームがちょっと柔らかなカーブになってますね」

「うわ。藤沢くん……よく気付いたね。下側だけカーブの大きいものに変えたんだ。社員の誰も気づかなかったのに、わかったのは久しぶりに会った藤沢くんだけだ」

「晶の人間観察、ズバ抜けてますから。俺の人生史上、出会った人間の中で今のところ最強です」

 とか言いながら、湊はサラミの薄切りとアーモンドの素焼きを軽く焙って一條さんに差し出した。

「はは、毎日客を観察して研究もしてくれている穂高くんが言うのだから、間違いないね」

「湊に褒められるのって貴重だわ……びっくりした……。一條さん、とてもお似合いですよ。一條さんはウェリントンの中でも全部角ばっている前の眼鏡より今の丸角のほうが更に優しく柔らかい印象になりますね。素がかっこいいから何でも似合いますけど、今日の眼鏡は今までで一番いいかも」

「……ありがとう。…………先日、婚約者が俺に選んでくれたものなんだ」

「えっ……!」

「わっ……!」

「「おめでとうござ、」」

「こんばんはーーーー!! タクシー全然いなくてびっくりしたわ! なんで?! お盆だから? 走ってタクシー捕まえて喉乾いちゃった! 穂高くん一旦烏龍茶ほしいです、でもお腹も空いた!!」

 ガランガランガランとベルが大きな音をたてて入口のドアが開いて、聞き慣れた声がした。そのまま俺たちの会話はかき消され、ひょこっと顔を出したのはライトグレーのスーツを着た菱谷くんだ。ネクタイはビタミンカラーなグリーンで目を引く。今日も相変わらず元気の良い人だ。あ、髪切ったんだ。アップバングのベリーショート。

「あっ!! すみません……他のお客さんいらしてたんですね、って、あれー社長じゃないですか! わああ、店が被るの何年振りですか? 超レアー!」

 社長?

「「「…………」」」

 現れた菱谷くんが見ている人を俺たちも見る。その人は顔色一つ変えずに菱谷くんを無視して普通にお酒を飲んでいる。思わず湊と顔を合わせ、また菱谷くんを見た。

「無視しないでくださいよ社長」

 足取り軽やかに菱谷くんはストーンと一條さんの隣に座る。はあ……、と一條さんがぐにゃ、と顔を歪めて菱谷くんを睨んだ。


「うるっせえな……なんでお前までここに来る……疲れが取れねえだろうがよ」

「「!」」

「えー。ひどい」


「「…………」」


 それはすごく紳士な一條さんの、初めて聞く怖ーい声だった……。







 ん? なんかデジャブ?!



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