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That Day of The Boys in Late Summer, 200X. - 4


 と、突然弥生マサの持っていた携帯電話が鳴り、俺たちは恐怖で(おのの)いた。この音で弥生が起きてしまうかもしれない、そう思った俺は、痛い腹を押さえながら歯を食いしばって弥生の近くまで行き、鳴り続ける携帯電話を掴み取りすぐ穂高に向かって投げた。そいつが「んぼっ……」と咳き込み始めたけど、起きられてたまるかと思い、出ない力を振り絞って、寝そべるこいつのみぞおちに拳を沈め直した。

 すげえな俺、火事場の馬鹿力ってやつかな。手も体もボロボロだけど心が燃えている。今の俺は人生史上最強だ。

 多分こいつはまた気絶した。よし、これでまた時間が稼げる! 今のうちに早く逃げないと、と思い穂高のほうを振り返ったら、なんと穂高が弥生マサの電話の相手と喋っていた。

「うぉおおい穂高!?!!? ちょっ、なに喋ってんの?!」

 急いで穂高のもとに四つん這いで戻った。

「ちょっと待っててください。……けほ、藤沢、スピーカーにできるボタンってどれ?」

「えぇええ……相手誰なんだよ……?! 逃げないとやばいと思うんだけど……!」

「火消し組の人。げほっ、な、んか俺たちに謝ってる、から多分もう大丈夫だと思う。ここの住所わかる?」

 つまり、こいつらの組の人ってこと?! あああ、もう穂高あああ……?!

 ほら、と穂高が携帯を差し出すので、俺は恐る恐るハンズフリーのボタンを押して芝生に置いた。

『もう一人の方ですね。この度はうちの者が大変ご迷惑をおかけしました。一般の方には決して危害を加えないというのが我々の掟です。そこの二名はこちらで処分します。今すぐうちの湘南担当部が回収にあがりますのでしばらくお待ち下さい。知らせて下さったのはジョージさんという方でした。お礼申し上げます。現在地の詳細はどちらですか?』

 びっくりした、声変わりしたばっかりの男子じゃんか。俺たちと同い年くらいじゃねえの?!

「えっと……○○交差点横の、××公園敷地内の左端にある茂みの辺りです……」

『わかりました。…………、そこでしたら十分以内に担当が向かえるとのことです。お二人は、お怪我はありませんか?』

 思わず穂高と目を合わせた。

「「怪我だらけです」」

『この度は誠に申し訳ありません。湘南からだと遠いのですが、一度の外来程度なら我々抱えの医院にお連れして綺麗にしてお帰りいただくこともできます。ただカルテを取らないので今後数年から数十年でなにかあった際には申し訳ないのですがご自身で対処頂きます。具合はどの程度ですか? 通いや手術となるとお二人にとって不都合が増えるでしょう。治療費等、こちらで持つことは勿論可能なのですが今後あらゆる面でご面倒をお掛けすることになると思います。いかがいたしますか?』

 ん、どういう意味だろう。

『簡単に言いますと、我々の医院の場合は、場所を特定されたくありませんのでうちの誰かが車でお迎えに上がり、視界を隠させて頂きます。お二人はお声からしても多分中学生か高校生かと思います。通う場合はご近所や下校時にそれを周囲に見られてはご不便かと。次に治療費をお渡しする場合です。怪我をしたら通常は病院に行きますが、お支払いは親御さんですよね。今回お二人が突然お金を持っていることは不自然でしょうから、親御さんには今回の経緯をご説明した上で、我々のような存在から治療費を受け取った旨を言わないとならないでしょう。そちらで適当に偽って頂いても構いませんが、一度そのようなご経緯があるとご家族の間で今後様々な問題を生むと思います。という意味で、いかがされますか、と伺っています』

 な、なるほど………!! 詳しくは想像つかねえけどそれはもう、絶対やばいだろ?! 思わず俺と穂高はまた目を合わせてブルブル、と首を振った。

「「治療費いらないです」」

『わかりました。こちらのせいであるにも拘らず、何も差し上げられませんことをお詫び申し上げます』

「いえ、あいつらを回収してくれるだけで嬉しいです」

「二度とあいつらが藤沢と俺の前に現れないようにしてください、お願いします」

『はい、勿論です』

 その柔らかな回答を聞き、俺たちは心の底から安堵のため息をついたのだった。なんだよこの人、めっちゃ優しいじゃん。子どもみたいな声なのに、なんでこんなすげえ職についてんだろ。なんとなく俺らと同級生みたいな顔を想像した。

 その時、縄文と弥生がうめき声を上げて起き上がり始めた。俺と穂高は瞬時に緊張状態を取り戻し、俺はちらばった羽とチェーンをまた手にして穂高はバットを構えた。

『あ、起きたのでしょうか。すみませんが、目を覚ましたそれらのどれかに電話を代わって頂けますか』

「えええ?!」

 電話をあいつらのところに持っていくの?! 嫌だ……!

『相手が興奮状態なのでしょうか。んー……、では、若から電話だと言ってみてください』

「「!!」」

 穂高と俺は再び驚きで目を合わせることになった。そして芝生の上の静まり返る携帯電話に目線を落とす。

 マジか。この子ども……、若か……。

「あ、あのっ。お二人さん! ちょっと一時休戦してもらっていいすかー! あんたらの若から電話!!」

「ぁああん?! わか? ……若ッ?!」

 あんまり近寄りたくないからハンズフリーのまま縄文コージの側にぽて、と携帯電話を置いて、まるで着火したねずみ花火から逃げる勢いで急いで離れた。

『コルァそこに直れやクソッタレ共があああ』

「「ひっ!!」」

 縄文と弥生がその声を聴いた途端、携帯の前に正座。俺と穂高もさっきとはまるで別人のようなその子どもの声に驚愕した。

『二週前に入門したばかりの分際で勝手に出歩いて一般人アヤしやがって、代々厳かに守り抜いている大事な秩序と共存の精神をナメてんのか? 手前らのようなカスを招き入れた城北の代表も共に詰めてもらうわ。まずは支部ン中で落とし前つけてこいや』

 なにを詰めるの?!?! 目を合わせた穂高と俺は同じ思いだったと思う。

 す、すげえ……素で引くわ……、映画で見るようなマジなドスに巻き舌。

「あっ、あの、すんません、初めまして若、違うんです」

『気安く俺に話しかけんじゃねえよたまたま雑務やってるだけで本来雑魚が話しかけられるような相手じゃねえからなあ? この俺は人間の屑からの挨拶なんか受けねえんだよ黙ってお上ん声聞いてろ新参の三下が。低能なカラギャンで収まっときゃあよかったなあ、まさか俺といつか契れる器があると思ってんのかお前ら。世の中ナメてんのかあ?』

 この怒声だけで、瞬時に縄文と弥生は血だらけの顔を真っ青にして固まった。それを見て思わず俺と穂高はまた目を合わせ、で、また携帯のほうを見た。……そこには誰もいないのに、ただの携帯電話が恐ろしい物体に見えた。

 やばい。この電話の男子……死ぬほど怖え。

『破門じゃ済まさねえ、金輪際三田を名乗れんようにしてやるからそこで遺書でも書いとけなあ。すぐに迎えが来るからとっとと車に乗れ、逃げんじゃねえぞ……世の果てまで追って始末するから待ってろ』

 そこでブチ! と電話は切れた。思わず俺たちもビクッてなった。

 と思ったら、すぐに黒いスーツを着た様々な年齢層の男の人がサササササっと来て、震えて声も出なくなった縄文と弥生が無言で暴れている所を、一人に付き二人がかりで雁字搦めにして運んで行く。


「手際いいな……」

「うん……慣れてんだな……」


 最後に残った白髪のおじさんは俺たちの側まで来て一礼し、

「此度は怖い思いをされましたね、誠に申し訳ありません。これであの自転車だけでも修理代にあてて下さいね。大丈夫、これは私のポケットマネーだから。君たちは若い、このような世界と関わったことは今この場で二人だけの心に仕舞い、忘れなさい。そして我々とは縁のない健やかな人生を送りなさい」

 と、新札の一万円を芝生の上に置いた。そして興奮状態でバットを握ったままだった穂高からそれをそっと回収し、縄文のシーマに乗って行ってしまった。



「……」

「……」



 何事もなかったかのように芝生の広場が元通りになり、ひゅううう…………と爽やかな風がただ俺たちの間を流れていった。






 頭と心の整理が追い付かず、しばらく穂高と芝生の上に寝て放心していたら、メガスクーターのブオンブオン、という音が聞こえた。ああ……、この音は知っている……、ジョーさんのシルバーウィングだ。


 俺の心が醒めていくのがわかる。


「晶!」

 案の定、ジョーさんが急いで走って来た。

「晶、血がっ……、ああ……、さっきの晶の友達まで……! 店からあるだけの救急セット持ってくるから、待ってろ!」


「ジョーさん、一つだけ教えてください」


「ああっ、なんだよ」

「なんであの二人がジョーさんの店に来ることができたんですか」

「っ、あ? それは、……………………」


「…………。あ、いいっす。質問を変えます。なんでジョーさんがあいつらの組に連絡できたんですか」

「……………………」


「……」

「……」



「……もう……いいです。救急セットくれればもういいです」

「……………………」




 ジョーさんは無言で去って行った。





「…………」

 俺は、穂高にバレないように腕で目を隠した。だって、涙が止まらないんだ。

 怪我が痛いんじゃない、いや、すげえ痛えけど、殴られて、膝蹴りくらって、人を殴って手を切りまくって、腹はキリキリ痛えし膝は笑ってるし、今こうやって芝生の上に仰向けで寝ているだけでも、皮の剥けた背中が沁みる。

 でもそんなことより、ジョーさんからの仕打ちが辛いんだ。

 ずっと俺の兄貴だと思って慕ってたんだ。近頃はおかしいなって思うところも沢山あったけど、ジュンさんちの兄弟で一番年が近かったからガキん頃から一緒に遊んでもらって、彼は勉強もできたし明るくて眩しくて尊敬してて、あんな格好いい男になりてえな、って手本にもしてて、何度も世話になって、俺の中ではジョーさんとの楽しい思い出のほうが多かった。


 その彼はアンナさんへ軽率にサーフショップの住所を言ってしまったんだ。

 俺がよく来る場所であるということもきっと言ってしまった。ホイホイとその内訪ねてくるアンナさんを予想して、すぐ自分のモノにできると思ったからだろう。

 彼は、遅くとも俺たちがチャリで逃げる前にはアンナさんの彼氏がこういう人だってことも既に知っていた。だって、だから事態が悪化したと気づいた時にはすぐに組に連絡できたんだろう? アンナさんに連絡先かなにかを聞いたんだろう?


 なのに彼は今ごろ、来たんだ。


 助けに? 違う。

 だってほら、あの時計台は俺たちがここに転がり落ちてからすでに三十分が経過していることを教えてくれている。サーフショップからこの場所までは、それこそあのバイクなら交差点で引っかかっても数分で着く。


 涙が止まらない。


 ジョーさんは、アンナさんと自分のことしか頭になかった。アンナさんが軽い人間かどうかなんて、しばらく話せば大体わかるだろう? 中坊の俺だってわかるよ、ンなの。友達の秘密をベラベラ喋って嫌われてる奴なんて中学にだっているんだから。

 でもジョーさんは、彼のサーフショップにアンナさんより先に彼氏が来ることも、ジョーさんじゃなくて俺を訪ねに来る事態も、想定していなかった。

 それか、そうであってもどうでもよかった、か。

「…………っ……」


 俺、教えないでって……言ったのに。


 裏切られた。

 もしくは、俺は軽んじられた。


 そう気づいてしまったから胸が張り裂けそうなんだ。


 ばさ、と突然布が降って来た。滲んだ目で視界を広げるとそれは俺たちの血がべったりついた穂高のTシャツだった。

「…………」

 ずずず……と、穂高が体を引きずって俺から少し離れたところにまた寝転がる音がする。


「っ、っ……、っ……!」


 俺は歯を食いしばって泣いた。

 嗚咽の度に内臓と筋肉が痛くてたまらなかったけど、辛くて……涙は止まってくれなかった。


次話の更新は11月14日(水)朝7時の予定です。

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