That Day of The Boys in Late Summer, 200X. - 2
本日は二話UPしています。(二話目/二話中)
俺がサーフボードを通りの壁に立て掛けてから穂高に近寄ると、こいつはサッとチャリから降りてスタンドをしっかり立てて停めた。……相変わらず所作が綺麗な奴だな。
「お前、本当にサーフィン上手いのな」
「え? あ、見てたのか? え?」
いやもう突然の登場すぎて、ハジけちゃったこいつの髪の色と言い、全然会話が整わん。
「一昨日から藤沢に何回か電話したんだけど出なかったし、家の場所も知らねえから……この前藤沢が話してたそこのサーフショップに来てみたら、ちょうど海に行ってるって言われたから、とりあえず見てた」
「あ……そうだったんだ……悪い。そういえば穂高んちの家電、まだ登録してなかったから名前が出ねえわ……」
「……」
「……」
「藤沢」「穂高」
「「ごめん!」」
「え」「あ」
頭を下げるのも声に出したのも、その後の反応まで二人同時だった。
「藤沢はなにも悪くねえ、あれは完全に俺だけがバカ野郎だった。お前の言う通りだ、八つ当たりだったと反省している。本当にすまなかった」
「いや、俺は人として終わってること穂高に言っちゃってるし。あんなの全く本心ではない。申し訳なかった」
また二人で頭を下げた。
「……」
「……」
左耳からは海岸通りを軽快に走り去る車の音、右耳からは爽やかな波の音。
二日前から俺の両肩に多分ずしーん……と乗っていた重石のような心は、穂高に頭を下げたと同時に転がり落ちて、遠くへ消えていった。
とりあえずしばらくして頭を上げて、ついでにポリポリと掻いてみる。
「あー……と、お前もサーフィンしてみる? 来たついでに」
「えー……あ、いや、いいよ。海の用意なんも持ってきてねえし……CDショップがそろそろ開店する時間だから、小遣い入ったし何か良さそうなものを探そうと思って」
「お、いいね。俺もボードと色々片付けてから行っていい?」
「おお。もし俺がもうショップに居なかったら昼飯持っていつもんとこな。俺も昼飯買って行くから」
「わかった」
ああ、空が青い、空気は夏、今日は俺の誕生日。
気分は最高!
「おーい、そこの少年! そうそう、君ー! ん? どっちだ」
それは俺と穂高がそれぞれの方向に踵を返そうとした時だった。路肩に停められた深緑色のシーマに寄りかかった、明らかにヤバそうな雰囲気のチャラ男が声を掛けてきた。
身長は百六十ちょっとくらい、サングラスを外したそいつはエラ骨格の丈夫な顔の造りに眉毛がほぼ無い縄文顔だ。かき上げた髪はブリーチでガサッガサになった金髪メッシュのロン毛。歩くと揺れるぶよぶよの体は日サロ焼けでドぎつい茶色の肌をしている。それにサーフィンしなさそうなのにサーフブランドのキッツいショッキングピンクのTシャツはチビTみたいになっていた。首からはゴレーズみたいなデザインの重そうなたくさんの羽が凶器のようにブラブラし、膝にでっかい穴の開いたよれよれのダメージジーンズにスニーカーだ。ジーパンはずり下がってカルクラのパンツが見えていた。
そしてそいつとほぼ同時にジョーさんのサーフショップから出て来た、似たようなチャラ男。こっちは黒髪のウルフモヒカンで目は線、豚っ鼻で筋肉なんてなさそうなヒョロヒョロ体型だけど背は高く、同じように肌は多分メイドイン日サロの弥生人だ。どこで買うの? っていうような真っ赤なタンクトップに白いカーゴパンツ。絶対バスケなんてやんねえだろうに靴はバッシュのグローブコレクション。ベルトは、まるで特撮の変身ベルトみたいに、腹の上でシルバー製のネイティブアメリカン調の鷹が両翼を大きく広げていた。
「アンナから場所聞いてきたんだけどよー、俺が誰だかわかるかー?」
縄文のほうが嫌な笑顔でこちらに大声を出す。たまたま通りかかった観光客も怪訝な顔でこいつらと俺たちを見始めた。
「藤沢、メンエグを教科書にしてるような奴らがこっちに来る」
「そうだな」
「スモーク貼ったシャコタンシーマか……その浅膚な生き様はもはや伝説級にウケるな」
穂高が車を見て、またよくわかんねえ独自見解を述べた。
「穂高もシャコタンとか知ってんのな」
「当たり前だろ。藤沢は俺をなんだと思ってんの」
「いや、綺麗好きな学者かなって……?」
「はあ? だから学者にはなんねえって言ってんだろ」
「なあ穂高聞いて、多分これヤバい状況だわ。お前関係ないから早くチャリ乗って逃げろ」
「……じゃあお前は関係あんの? あの縄文人みたいな奴と弥生時代のメンエグに。知り合い?」
「いや、初めましてだよ。察しはつくが何用かわからん。だから穂高は早くどっか行った方がいい」
怖い。何しに来たんだ、この人たち? 車のフロントガラスからちら、と見えているのは金属バットだ。
……本気でヤバい気がする。穂高は絶対巻き込めねえ。
「……藤沢。三、二、一、で俺のチャリで逃げるぞ。俺が漕ぐからお前は後ろで立って乗って」
穂高が小さな声でつぶやいた。
「……いいって。お前は逃げろ」
「うるせえ、あいつらが車に戻って追ってくる間に距離を離して、その間にどうしたらいいか考えようぜ」
「少年たちー聞こえてっかあ? 俺の女に手ェ出したアキラくんって、どっち?」
日本史メンエグの二人組が近づいてくる。
その時ザザ……と音をたてて急に体に感じたのは、海からの強い追い風だった。
「三、二、一」
穂高が至極冷静に、でも緊張からすげえ早口でカウントしたのを皮切りに、二人揃ってチャリに向かって踵を返す。
「おるぅああーガキが逃げてんじゃねえぞー」
俺と穂高の全力ダッシュで助走し、立ち漕ぎし始めた穂高がギア速を激重にして、俺は穂高をフォローするためにしばらく後ろから全速力で押して助走してから、坂道に差し掛かったところでチャリにまたがった。
肩に掛けていたシャツは、ひゅん、と飛んで行った。
追い風もあって、まるで車のような速度を暴風みたいな音しかしない聴覚で感じながら、穂高と俺を乗せたチャリは坂道を下る。
反対車線の車や通行人達が驚いた表情でこちらを見ているのも感じた。仕方ない、俺たちが下ってる所、車道だもん。それに俺、サーフィンから上がったまんまで上半身裸だし。この速度で怪我したらやばいな……。俺が今手を置いている肩をぶらさずに定位置に固定してくれている穂高に感謝する。
「藤沢ー! 道!! どっち曲がる?!」
穂高とは思えないくらいすげえデカい声だった。風に流れてちゃんと聴こえない。
「何ー?! あ、道ー?! 信号を右折!! その道の先に交番がある!!」
「わかった!! え、右折?! チャリで車道を?!」
あ、そうか、やっべえ、対向車に轢かれる?!
神様仏様信号様お願いします、どうか右折だけの青信号になっていて下さい、でないと夢と希望に溢れる二人のか弱き男子中学生の将来が湘南のしがない交差点で終わってしまいます、わかってます、こんな所をチャリで走ってる俺たちが悪いんです、でも選択肢がそれしかない時も人生あるよねって思うわけです、とか思っている間にもう交差点です、周りの車の皆さんもクラクションの嵐ですみません、スピード出し過ぎたまま隙間を縫うようにして車線変更もしてすみません、でも追われているから穂高があえてブレーキ使わないでいてくれてるんです! お願いします神様、かーみーさーまー!!
パッ、と信号が右折の青になった。
「ふーーー!!!!」
「はっはーーー!!!!」
思わず俺も穂高もロックなライブの最前列で盛り上がるファンみたいな喜びの奇声を発しながら、目指していた道へと曲がった。
少なくとも交差点の神様は俺たちの味方だということだ!!
この道をもうしばらく行けば交番がある。とにかくそこまで行って、関係ない穂高を護ってもらわないと!
「藤沢ー! ブレーキきかねえ!!」
「え?! なに? 聞こえねえ!」
「ブーレーーキーー! ブレーキがきかねえの! どっか車の来ない道に入ってチャリ倒して停めないと!!」
「マージーかー!」
「タイヤも煙出てるし、やべえ! そこの芝生の茂みに突っ込むからな!!」
「わかった!!」
歩道に乗り上げた時にガタガタッと内臓がひっくり返るくらいの振動を感じて、更に芝生に入ってぐにゃぐにゃとぐらつくチャリに耐え切れず足が滑り落ちた。俺が転び落ちるのと同時くらいに穂高も遂にハンドルを切ってチャリを無理に倒す。
激しく芝生が削られてブチブチブチと葉と根の切れる音がし、穂高はそのあたりで倒れ、チャリは芝生エリアを通り越してようやく土の上で停まった。俺からはだいぶ先に行ってしまったそれの周りには、大げさに舞う土埃。その先には時計台が見えた。
公園内に入ったようだ。
次話の更新は11月11日(日)朝11時の予定です。