That Day of The Boys in Late Summer, 200X. - 1
「おはようアキちゃん、誕生日おめでとう。今日も朝からダルそうな顔してるわねえ」
「…………どうも……」
居間にあるステレオのスイッチを入れて、入っていたCDをそのまま再生したらマイルズデイビスだった。父さんのだ。変えずにそれを聴きながらぼーっと食卓の席で寝そべっていたら、ベランダと洗濯機を行き来している母さんが「それもう飽きたからチャットベイカーにして」と言う。へいへい、と言いCDを入れ替えた。で、次は「洗濯で忙しいからコンビニで何か買ってくるか自分で朝食用意してよね」と言うので無言で頷き、冷蔵庫へ向かった。
えーと……昨日の残りもの、隣の釣り好きなおっちゃんにもらったアジの刺身。あと普通に卵。パンあったっけか? ……あ、フランスパンがあった。野菜は……ピンとくるのがキュウリしかねえ。ドレッシングは、お、レモン一個発見。あと野菜がゴロゴロ入っているイタリアン味がある。
「アキちゃん、コンビニ行くならお金、……あら、今日はなに作るの?」
「んー……キュウリとアジの刺身はもっと薄く切ってレモン汁に漬けて、一緒にイタリアンドレッシングを和えて冷蔵庫で冷やしておいて、その間にフランスパンを塩コショウした卵に浸けて、焼く。あ、イタリアンパセリがある、じゃあこれも入れる。時短したいからパンは超薄切りにするけど。枚数でカサ増しする」
つまりアジとキュウリのサラダと、甘くないフレンチトースト。
「えーやだアキちゃんすごく美味しそうじゃない? お母さんの分は?」
「……はいはい……作るから待ってて」
「じゃあ早く洗濯終わらせないと! アキちゃんの料理は食べ損ねたら次いつ作ってくれるかわからないからね! すごい美味しいんだから!」
「…………」
褒めても何も出ねえぞ……料理以外は。いつも暇だから作ってるだけだし。別に特技とかじゃねえし。恥ずかしいから周りには言ってない。
俺の誕生日は世間でいう盆の真っただ中にある。夏休みだから、いつも基本的に学校の友達らには祝ってもらえない。彼女から祝ってもらったこともない。だって夏に彼女がいたことがまだない。ふん、いいんだよ別に。誕生日を祝ってほしいから彼女つくりたいわけじゃねえし。
「あんたサーフィンは行くの? お父さんはもうとっくに行ってるから、すれ違いね。今日は急に出勤になったから八時には上がっちゃうって」
「そうなんだ。じゃあ多分俺が着く頃には父さんは会社に向かうところだね」
朝食は二十分で仕上げて母さんからいつも通り大絶賛を受け、「料理できる男はモテるわよ、大人になったら!」と、毎回言われるセリフを聞きながら、俺は今モテたいんだよと無言で流す。
今日は晴れた。俺の誕生日だからな、天気も空気読んでるじゃん。
朝八時前、脳ミソを起こすためにチャリのギア速を一番重くして海岸沿いを走る。
「ふわー……。気持ちいー」
あくびが止まらん。
お盆に入ってからは近隣都県からのサーファーがごまんと増える。プラス水着の女の人達ね。今日は天気も良いし、すでに駐車場も埋まっていた。十時過ぎたらもうただの海水浴場に成り下がるから、俺も一時間くらいであがるつもりだ。
あれ。めずらしく、ショップの朝番がジュンさんじゃなかった。
「おはよう、ジョーさん」
「おはよ晶。親父さんはさっき上がったよ。お前が来るって聞いたからボードは浜側に出しておいた」
ジョーさんがあくびをしながらレジの準備をしている。
「ありがとうございます。すみません」
「なあ、お前なんで電話出ねえの。結構電話したんだけど」
「えっ。……うわ、本当だ、すみません俺具合悪くてずっと寝てたんで、気づかなくて……」
……なんちゃって。言われてしまったので急いで携帯の着信を見た。
と、同時に穂高のこと、俺の失言や恥ずかしいと感じた様々な出来事が一気に思い出され、非常に嫌な気分になってしまった。さっきまで料理してたから無心でいられたのに。
「アンナちゃんからすげえ着信きて、話したんだよ。お前が電話出ないから家教えてって言われてさ、さすがに晶んちは教えなかったけど、アンナちゃんの話を延々聞いてた。可愛い声だよなあ。お前年齢言わなかったんだろ? 恥ずかしかったの? アンナちゃんはお前は十七くらいだと思ってる。彼女が十九だから、年下の彼氏って初めてで嬉しいー! って。ははっ、つーか年下すぎだろ、十五の中坊だぜ」
ジョーさんが一人でしゃべって笑ってる。それに、なんだか話の内容にトゲを感じるのは気のせいだろうか? つーかなんでアンナさんと長話なんかしちゃうの、ジョーさん。
「……はあ、そうすか……」
「お前すげえな? その年でなんであんなに女を惹き付けられんの? 完全にアンナちゃんお前のこと好きだぜ。どんなヤリ方したの?」
ああ、早くサーフィンしたい。
「やり方? 何がっすか」
「は? ヤリ方っつったらセックスだろうが。お前中三で巧いって、どういうこと? 学校でヤリまくってんの?」
そんなわけないじゃん。今日のジョーさん嫌だな。
「……俺、巧いんですかねえ……わかんねっす。普通にしたつもりですけど。アンナさんとはもう別れてるし俺はちゃんと言ったし、ジョーさんにもこの前言いましたけど浮気症な奴はほんと興味無いんで、気持ち的に無理です。ジョーさんも、俺とアンナさんを繋げないでください。住所とかも言わないでください。向こうからの電話も二度と出ないんで。お願いします」
「別れたつもり全然無さそうだったけどねえ……」
この会話何度目だよ。ジョーさん、アンナさんが気になるのか? なら好きにしてくれよ、俺に当たらないでよ。
「俺もう時間ないからサーフィン行きますね。……ボード、いつもありがとうございます。じゃあ」
あー、波バラバラ。海への風もあんまり。ローカルのいつもの人達もなんとなくやってるかんじだ。でも乗るぞ俺は。この二日間俺らしくもなく引きこもりで死んでいたから、海に全部洗い流してもらうんだ。
ボードを水面に乗せて浅瀬に出てしまえば、先客の兄さんやおっちゃん達が「おはよーあきらー!」「おー今日は来たなイケメン坊主!」などと声を掛けてくれる。名前しか知らない人もいるけど、皆が海での友達だ。この海には俺がチビガキの頃を知っている人達だっている、俺のホームだ。
……ホームってさ、アウェイを知ってからしか気づかないんだ。そのありがたさは、苦さを感じてみないとわかんねえんだよな。
おはようございます、と大きな声で周りに手を振り返事して、波を探しに沖に向かってボードでゆらゆらパドリング。
俺のこのホームの居心地の良さは絶大だ。十四、あ、今日で十五だ、そんな俺がそう思うのだから、経験豊富な周りの大人たちはどんな気持ちで様々なアウェイをやり過ごしているのだろう。慣れなのだろうか。……きっとホームに満足してしまうか一度アウェイに恐ろしくなると外に出られない人間になるのだろうな。
夏の終わり特有の、分厚い雲の隙間からチラチラと顔を出す白光の陽が、風と同時に朝の小波に細かく反射する。ちょっとヒンヤリする水も感じ、秋が近いと悟る。
斜め前方に乗れそうな波を見つけて急いで向かった。あーでもその波の更に後ろの波がよさそう、あれはでかくなる。一旦これをドルフィンスルーして体勢整えて……間に合うかな、来た……、来た、来たっ!!
眼下には俺の足とボード、そこから広げた視界は海と空で支配され、全身に感じるのは、風。
聴こえるのはオフショアに撫でられて息巻く波の悦びの音だけ。
色んな方向から重力を受けながら今俺は、地球に運んでもらっているのだ。背中に感じる陽の暖かさまでもが俺の喜び。少しでも長く波の上に居たいから体幹一点に集中して全身でボードの舵を取る。あとは波の行き先に身を委ねた。波が崩れて弱まって、また海に吸収されるまで。
「ぷはっ…………!」
あー、もうこの一波で二日分の落ち込みなんて吹っ飛んだ!
「良い波だったなあ!」と、そこら辺に漂っていた兄さんたちから手を振られて、へへっと思わず照れた笑いを返してしまった。
一時間なんてあっという間で、俺は夢中で波に乗り、落ちては沈み、また泳いでは波を探し。予定より大分長く、海水浴場としてのチャラめな人口が増した頃になってから仕方なく上がることにした。
確かに少しは秋っぽく海の温度も落ちてきたけど、まだウェットスーツの出番は先だな。この半袖のラッシュガードで十分だ。ボードのワックスを塗り直したいけど……、いつもならジュンさんのスペースを借りてボードを乾かしてから、暇だとまた夕方あたりにワックス掛けの準備をして戻って来たりするんだけど、ちら、と海岸沿いのそのショップを見上げて、浜側のスペースで既にチャラそうな集団を集めていたジョーさんを発見し、今日はいいや……と帰宅を決めた。
ボードのリーシュコードを足首から外して砂浜を歩く。そこにポイっと置いておいた大判のタオルで軽く髪を拭いて、濡れたシャツは脱いで絞る。それを肩に掛けてビーサンを履いて、ボードを抱えながら岸上の車道まで続く長い階段に向かった。
あーあ……あの人らの輪に入りたくねえなあ……とネガティブになりながら、でもボードは置いてこないとだし俺の着替えや荷物、チャリも全部あそこだし……と覚悟を決め、敵国に乗り込むような気持ちで、あとはいつものウソ晶カメレオンモードを発動させるために階段を上りながら深呼吸開始。
すー、はー。すー、……ん?
「……よぉ」
通りまで階段を登りきったところに、チャリに跨ったTシャツとジーパン姿の男がいた。
一瞬、誰? ってなった。だって。
「え? あ、穂高?! おっす。え? え?!」
こいつの髪がウルフカットのアッシュ色になっていたのである。
いや、似合ってる……けど……?!
「藤沢、髪黒くしちゃったの……?」
メンエグ穂高が俺の髪を指す。
「うん……、穂高は髪アッシュにしたのな……?」
つい俺も穂高の髪を指した。
「…………」
「…………」
まるで俺と穂高が逆だわ、これ。
次話は数十分後にUPします!