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Late Summer, 201X. - 1


 みーんみんみんみん、みー。


 午後六時、陽が傾き始めたお盆ど真ん中。片側三車線の外苑大通り沿いは盆休みの影響で普段とは比べ物にならないほどガラッガラに空いていた。緑で覆いつくされた街路樹は風に揺れる音で少し涼し気。その音に重なるように一生懸命叫ぶ蝉達を感じながら夏だねえと独り言つ。

 ふと俺のすぐ横にある銀杏の幹に目をやると、下のほうにしがみついている蝉はまだ体が透けていた。

 たしか蝉って卵からかえってその後、七年も土に潜ってるんだっけ? 思わず立ち止まり、まじまじと七歳のそいつを見つめてみる。

 儚いな。いや、潔いのか。

 羽の先がまだ少し皺になっている。開き切っていないんだな。夕方から夜にかけて羽化するのが幼虫だろうに、こいつはちょっとフライングしたのか?

「おませさんだな」

 明るいうちに脱皮なんて敵に素っ裸を晒してるようなもんだぜ。生きる意欲は認めるが、先走ると危険がいっぱい。どうせ一人で飛び立たなくちゃならない時がすぐ来るのだから、幼虫なら幼虫らしく、庇護対象のうちはきちんと先天的遺伝子に則って護られておけ。

 ま、出ちまったもんはしょうがねえからな。幸いもう夕焼けだから、早く保護色になってうまく隠れ、短命を遊び尽くせ。

「ようこそ、陽のあたる地上へ。意外に良い処だろう? 短い間だと思うけど……どうぞ楽しんで」


 ……。

 うわ。今の俺、ちょっと中二病? ガチで素だった。


 こっぱずかしくなってちょっと辺りを見渡して、よし、誰も居ない、俺は普通の大人ですよー、大人のかっこいい男ですよー、と気を取り直して再び歩き始めた。

 なんかね、俺ってずっと中二病だよね。自覚あるよね。


「……」


 うわーやだ。思い出しちまった。

 あの夏の惨事を……、珍事だな、今思えば。


 だけど十五の俺にとっては惨事も大惨事、お先真っ暗、人生詰んだ、まあ、そんな気持ちだった。


 えーと、ブラックオリーブは今年オススメのスペイン産でしょ、美味しかったスモークチーズはただの俺たちのつまみ用。あと料理用ヨーグルトは一キロ持ってきた。ヤギのミルクでつくったものだ。飲食オーナーの仲間内でいまちょっとブームだから仕入れ余り分のお裾分け。俺も松濤(しょうとう)にある自分の小さなレストランのメニュー用にトルコ風なフライもののプレートを考えていて、今試作中。盆明けから期間限定でグランドメニューに入れ込もうかと思っている。

 保冷剤が溶けそうだな、急ごう。



 外階段を上りちょっと重めな木製の扉を開けたら、カラン、と心地良いベルの音が鳴る。そこから歩くとすぐ見えるカウンターに居たこのオーセンティックバーのオーナーは上下グレーのスウェットを着て、仕入れたグレープフルーツを段ボールから調理台に出しているところだった。

「おーっす(みなと)。来たよ」

「ん、おお。遅かったな」

 俺に気付いた湊がイヤフォンを耳から外した。開店前だから寝起きみたいな、ツーブロックで長いほうの髪を業務用のよくある緑の輪ゴムで適当に結んでいる。

(あきら)んとこって盆はいつまで休むんだっけ」

「昨日から明日まで。明々後日は時短オープン。湊も休めば? 急に悪いけど臨時休業ですーって。夜なんて来ないだろう、お客さん」

「まあ、昨日も終電後はいつもの仲間しか居なかったしな。まあ、いいよ別に。従業員は全員休ませてるし俺だけで適当にやって適当に閉めるから」

「相変わらず真面目っすね湊くん。はい、これ差し入れ」

 いつものカウンター席に座り、紙袋ごと湊に渡した。積んであるおしぼりを一つ開けて手を拭く。

「サンキュ。……あ、お前この間ブラックオリーブをドカ食いしたから詫びのつもり? これ知ってる、美味いよな」

 湊がガサガサと紙袋の中を調査している。

「そうそう。食い過ぎたから。ごめんなさいね。このゴートヨーグルトは濃いからフライに合うぞ。湊も新メニュー、限定でやってみたら。何聴いてんの」

「シェーデー。キスオブライブ」

「……」

「ゴートヨーグルト、ああ、フランスでたまに食べてた。久しぶりだな……、あとは何これ、チーズか」

 湊が差し入れをガサガサと取り出して見ているけど、俺は湊のセリフで言葉を一瞬失ってしまった。

「……お……おお……。来たね……。そう来たね?」

「なにが。なんだよ」

「いや、……、俺一瞬お前と初めてまともに話した時のこと思い出したわ」

 湊が面食らった顔で俺を見る。

 まあ、俺も多分同じようなアホな顔になっていると思う。だって十四年ぶりなんだもん、そのセリフ聞いたの。


 いかん、気を取り直せ、俺。


「……あー。そういえばあん時、俺が聴いていたのってシェーデーだったっけ。……つーか何、いきなり。昔話な気分? てかちょっと晶、なに勝手にグレープフルーツ切ってんの?」

「いやいや、昔話なんかしませんよ。墓場まで持っていきますからね。死んだら俺の墓標に超人気創作料理店店主中二病晶居士って彫っておいて。そっちのグラス頂戴」

「ふはっ! やめろ、お前の墓の前で毎回死ぬほど思い出し笑いするわそんなの。つーかなに勝手に生搾りジュースしてんの。俺の分も作れよ」

 ポン、とグレープフルーツが一個俺のもとに投げてよこされた。それを難なくキャッチし、ナイフを入れる。すうっ……とそれの酸味が空気に乗って嗅覚を刺激した。

「しょうがねえなあ、特別だからな」

「いや、俺が仕入れたグレープフルーツだから。いつもナチュラルに俺のキッチン支配するのやめて」

「ふーふんーんーんんー」

「聞けよ」

 そういえばさっき見た蝉ちゃんの羽はもう全部伸び切っただろうか。

 ふふ。なんとなく昔の俺を思い出した。

「ふふふっ……。ふーふんーんーんんー」

「いやだから聞けよ」



 逃げる術を覚えてひとりで外界と戦えるようになるまで、あの蝉が誰にも見つかりませんように。


次話の更新は10/29(月)21時の予定です。

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