クリフォード その1
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事態は深刻だった。
「クリフォード、エドワード様の愛妾と関係を持っているというのは本当か?」
両親に呼びされ、そう問われたのは今から3か月前だ。父親のギャビンが頭が痛そうにぐりぐりとこめかみを揉んでいる。母親のシンディは疲れたように肩を落としていた。
「何を考えている。お前は愛妾殿との噂を聞いていないのか?」
「噂、ですか?」
ジェシカとの噂と聞いてもぴんとこない。護衛として週の半分はあちらの別邸に言っているがそれだけだ。たまに買い物に付き合う程度はしている。
「エドワード様を隠れ蓑に、お前と愛妾殿は週の半分は享楽に耽っていると。どこの夜会でも聞かれる醜聞だ」
唖然とした。いつの間にそんな話になっているのか。ここしばらく面倒で夜会に出ないうちにそんな話になっているとは。
「酷いものだと、エドワード様も交えて三人で愉しんでいると」
「そんなバカな」
それ以上の言葉が出ない。何故そんな悪意にまみれてしまったのか。
「お前が実際どうであろうと関係ない。今からお前たちの状況を変えればそれが真実だったと思われるだけだ」
父の言い分は正しい。俺は何も反論できなかった。リーヴィス伯爵家はかなり事業に成功しているから、この噂は命取りだ。
「実際はどうなの?」
「どうにも……ただの護衛です。ジェシカはエドワードに振り向いてほしくて」
「では外で恋人のように見えていたというのは本当なのね」
あれが恋人のように見えるのだろうか。こういう細かいところはよくわからない。
「まあ、いい。お前の結婚を進める。ただし、かなりの悪条件となるのは覚悟しておけ」
「待ってください。それでは結婚相手が気の毒では」
「確かにな。だが、もう猶予はないのだよ。これで愛妾殿が妊娠でもされたら、我が伯爵家も騒動に巻き込まれる。そうなる前にお前の正妻を据えておくしかないのだ」
妊娠。
確かに、二人は避妊していなかった。今までできなかったから考えてもみなかったが。
「申し訳ありません。よろしくお願いします」
こうして俺の結婚の話は進められることになった。
******
結婚相手となったのは少し訳ありのクレイン子爵令嬢だった。
ただ、彼女が悪いわけではなく、彼女の婚約者が2年前に盗賊に誘拐され殺されてしまったのだ。愛する人を亡くした彼女は新たに婚姻を結ぶ相手を探さなかった。可能ならば、結婚せずに独りでいるつもりだったのだろう。
「よく受けてもらえましたね」
彼女の背景を聞いて、素直にそう思った。前の婚約者との間に確かな愛情があったのだ。こんな醜聞に塗れた男の妻になることを承知するとは思えなかった。
「両親への負担を減らすためにと、説得して何とか同意してもらった。ただし、二つほど条件がある。一つが白き結婚であること、もう一つは、彼女の商売を続けさせることだ」
「しかし、それではこの家の跡取りは」
「お前の子ができないなら、親族から養子を貰うことにした。それについては彼女にも納得してもらっている」
話を聞いて納得した。
彼女は独りでいたくとも周りの目は厳しい。娘を庇っている両親がどれほど嫌な思いをしているのか想像がついた。跡取りについても自分が内政に向いているとは思っていないので、それで構わなかった。このままエドワードに仕えていけばいい。
「商売とは何をしているのですか?」
「ああ、見た方が早い」
そう言ってギャビンがシンディに目配せする。すぐにシンディは美しいドレスを取り出した。
「これですよ」
「最近人気のドレスですね」
なかなか手に入らないとイザベラもぼやいていたドレスだ。それでも根気よく店に通い、ようやく手に入れたと喜んでいた。あまりの熱意に長時間、どれほど素晴らしいか、説明を聞く羽目になったのだ。イザベラが言うには、繊細な刺繍が美しく大変人気なのだが、誰が作っているのかが分からず、どんな身分の者でも手に入るのは店に卸された分だけなのだという。
「お前でも知っていたか。貴婦人たちの間では取り合いだな。これを作っているのが彼女なんだ」
「はい?」
どうやら妻になる女性はとてつもなく有能な人のようだった。
******
あっという間に書類がそろい、サインをした。もちろん、顔合わせなどやっていない。両親が醜聞塗れの息子だからと会わせなかったのだ。できれば会ってどのような女性か見たかったのだが。
わかったのは名前だけ。
アナベル・クレイン。
結婚したので、アナベル・リーヴィスだ。
結婚してすでに3か月。アナベルは伯爵家の本宅で穏やかに暮らしていた。両親が様子を見ながら、領地の手伝いを少しづつさせているようだった。
実は遠くから偶然、彼女を見たことがあった。街に用事があって出ていた時だ。母のシンディと一緒に買い物をしていた。楽しそうに朗らかに笑う彼女を見て、つい話をしたくなっていた。だが、今の状態では会うことができない。
「会ってみたいな」
ぽつりとつい呟いてしまった。
「会ったらいいじゃないか」
それを聞いたエドワードがなんてこともないように言う。俺はため息をついた。
「無理だ。そもそも婚姻をするときでさえ会わせてもらえなかった」
「本当に、お前には悪いことをしたな」
エドワードがぼそりという。彼が領地から戻ってきて噂に気が付いた時には消すことはできないほど広まっていた。まさか、王都の外れでの外出がこれほどまでに王都で広がるとは思っていなかったのだ。
ジェシカの買い物を俺が打診して、エドワードが許可した。一人ではと思い、買い物に付き添うように言ったのはエドワードだ。侍女も一緒に付ければよかったと今は思う。ただ、その時は気晴らしだからと考え、エドワードは気軽に付き合ってやれと言ったのだ。それを何も考えずに受けたのは俺だ。
だから、エドワードが気にすることはないのだが、彼はリーヴィス伯爵家に陰をもたらしたことを気にしていた。噂を消すために、リーヴィス伯爵家が奔走しているからだ。
「そのうち会うよ。とりあえず、ジェシカが落ち着いてくれたら」
「ジェシカ、か」
「ああ。彼女はエドワードに振り向いてもらいたいだけだろうから」
「本当にそうかな?」
エドワードは処理類にサインする手を止めて、顔を上げた。
「エドワード」
「彼女はいくら説明しても自分の思い通りにならないことは受け入れない。今の生活だって、イザベラが許しているからできるのに。それでも顔を合わせれば、離婚しろ、正妻にしろとそれしか言わなくなった」
重苦しい沈黙が下りた。何か言おうと思ったが、いい言葉がなかった。
彼女の告げる正妻になりたいという言葉はすでに呪いのようだった。
「明日、ジェシカに会いに行く。そして、彼女を自由にしようと思う」
「自由?」
「ああ。必要ならばお金を援助してもいい。私との関係を清算すれば、本当に愛する人を探すことができるだろう」
「それでいいのか?あんなにも愛していると言っていたのに」
じっとエドワードを見つめた。エドワードは疲れたように笑った。
「そうだな。あれは愛じゃなかったのかもしれない」
それに返す言葉を俺は持っていなかった。
******
そして、信じられない出来事が起きた。
大きく体を強請られて、頬を張られて薄っすらと意識が戻ると信じられない状態だった。
「すまない、本当に……!」
エドワードが顔を歪め、泣きそうになっている。痺れているようで動かない体を無理やりに捩ると、自分がひどいありさまだということに気が付いた。
シャツははだけ、胸元には赤い所有印が付いており、下穿きも半分脱がされていた。体が熱いが、特にその他に異常はなかった。ただ、体の自由が効かないのが不安だった。
「何が……」
「うふふ、これでクリフォードはわたしと結婚しなくてはいけなくなったわね!」
ジェシカの恐ろしく明るい声に、慄いた。その嬉しそうな様子に、ジェシカが仕組んだことだと瞬時に理解した。
もしかしたら、意識がないだけで、ジェシカを抱いてしまったのだろうか。
ジェシカの乱れたドレスを見て愕然とした。
俺は、何をしてしまったんだ。