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エドワード その1


 この国の王族が自由にできるのは、王立学園に在学中だけだ。第三王子として生まれた私は人生のほとんどが決まっている。


 結婚相手は5歳の時に、側近候補の友人たちも同じく5歳で引き合わされた。

 精通が来れば、未亡人や夫人が宛がわれ閨の教育が始まった。第三王子だから、帝王学はさほど力が入っていないが、外交や領地経営ができるようにと様々な勉強が決められた。

 そんな中で、唯一自由にしていいのが王立学園在学中の愛妾選びだ。婚約者が受け入れてくれれば、卒業後もそのまま愛妾として側における。もちろん、選んだ愛妾が優秀であれば、側室にもなれるのだ。


 事実、私の母は子爵令嬢であったが、見事王立学園在学中に現在の国王である父上に見初められ、死ぬほどの努力をして側室としての地位を確立した。長年努力し、王妃さまにも認められ、今では公務の一部を負担している。二人はいがみ合っても不思議はない関係なのに、お互いに気遣っている。身近でそんな関係を見ていたから私としても、そんな支え合うような女性を望んでいた。


 だけど、そんな打算的な考えは彼女を見た瞬間に、飛んでしまった。

 王立学園の入学式で彼女に会った時、運命だと思ったのだ。



「バカですわ」


 彼女を見つけてからすぐに私のこの胸の内を正直に婚約者であるイザベラ・ランバートに話した。じっと話を聞いていた彼女が聞き終わると、呆れたような声を出した。


 情けないことに、私は側室の第三王子だ。母バーバラの実家も子爵家なので、王子である私を受け入れることはできない。侯爵令嬢である彼女との仲を壊すことはできなかったし、国が決めた結婚を白紙に戻すということはそれこそ死を選ぶことに等しかった。

 だからこそ、こうして正直に話し賛成して欲しかったのだが。


「そうだろうか?」

「その方が、全く満たさなかった場合、わたくしは認めませんわよ?」

「それは困る」


 彼女はやれやれという感じでため息をついた。ぱらりと持っていた扇を開くと少し考えるように目を伏せる。どのくらいそうしていただろうか。ようやく目を上げると、仕方がないという様に言った。イザベラはなんだかんだといって、私に甘いのだ。それはずっと幼い頃から知っている。だから今、ジェシカのことでイザベラを頼るのはズルさでもあった。


「今現在の資質は問いませんわ。卒業してから2年でわたくしの満足するところまで引き上げてくださいな。そうしたら、側室として認めましょう。できないようであったら、可哀想ですが愛妾のまま別邸にでもエドワードさまが養ってください」

「きっと大丈夫だ」

「そうでしょうか?一週間しか見ていませんが、かなりひどいものですわ」


 呆れたように言われて、ちょっと笑った。

 その通りだったからだ。

 見るのも無残で、貴族の令嬢だとは思えないところが時々見える。特に、興奮して話し始めると全くダメだ。マナーを忘れてしまったかのように、口をあけて笑い気軽に異性に触れてくる。


「学園生活が3年。実務で2年あれば、それなりになるだろう」

「そうだといいですわね。あなたのお母さまがとても素晴らしい方だけだった気もしますが」


 母を褒められて、思わず微笑んだ。母と彼女はとても仲が良くて、彼女は時間があると領地経営や交渉のノウハウなどちょっとしたことでも教えを請いに通っていた。


「君と母が仲が良くてとても嬉しいよ」

「あと、バーバラさまにも認めてもらえたら、と付け加えておくわ。あの方に認められたら、例え平民上がりの男爵令嬢であっても側室に相応しいと認められるでしょう」


 私もそれでいいと頷いた。母が認めれば、身分の低さも後ろ指を指されないし、ジェシカが母のようにイザベラを支えていければこれほど嬉しいことはない。


 だが、この考えが非常に難しいと感じるまでに時間はかからなかった。



******



「エドワードさま、愛しています」


 そっとはにかむように告げられて、胸が熱くなる。ベッドの上で彼女を抱き寄せながら、同じように愛を返した。


「ねえ、エドワードさま」

「なんだい?」


 甘えるように胸に摺り寄りながら、上目遣いでこちらを見てくる。


「イザベラさまと婚約破棄してください。わたし、正妃になりたいの」

「婚約破棄」


 婚約破棄、と聞いて耳を疑った。何を言っているんだろう、この娘は。初めて不思議なものを見た気分だった。


「そう。わたし、愛妾は嫌ですわ。エドワードさまの愛情が一番じゃないような気がして」

「バカな。私が一番愛しているのは君だよ、ジェシカ」

「わかっていますわ。こうしてたっぷり愛してくださっているのですから。でも、他の人にも見せつけたいと思うのはいけないことですか?」


 どうやら、ジェシカは理解していないようだった。思わずため息をついた。


「そうだね。気持ちはわかるよ」


 そう言って、誤魔化すように彼女の体をさらに抱き寄せた。言葉を紡がせない様に唇を塞いだ。濃厚になるキスに彼女の手から力が抜ける。体を預けた彼女を見て、全身で抑え込んだ。そっと首筋に唇を這わせ、囁く。


「愛しているよ」


 そんな言葉と共に再度彼女を愛した。



******



 そんなことが度々あった。ジェシカは忘れた頃に、正妃になりたい、婚約破棄して欲しいと強請ってきた。いい加減うんざりし始めていた。私の卒業後の道は決まっているし、婚約破棄などしてしまったらそれこそジェシカが望むような生活は送れない。

 このままではイザベラはジェシカに見切りをつけてしまうだろう。そうなってからでは遅かった。実力があれば側室に据えてもいいとまで理解を示してくれているのに。


 どうして説明しても理解できないんだと頭を抱えていた。


「エドワード」


 5歳の時からの友人であるクリフォードが悩む私を見かねて、声を掛けてきた。いつも側にいるが彼はジェシカについては何も言わなかった。ただ護衛の代わりに一緒にいるだけだ。一緒にいるだけと言っても私たちの会話は聞いているし、私の悩みがなんであるかはわかっていたのだと思う。


「何だ、クリフォード」

「恐らくだが、ジェシカは理解できていない……いや、知らないのかもしれない」

「何をだ?」


 聞きたくない。聞きたくないと思ってしまったが、きっと心のどこかではわかっていたことだ。


「王太子殿下が後継者を儲けたら、エドワードが臣籍に下ることをだ」

「まさか」


 このことは貴族なら誰でも知っていることだ。側室の子供はよほどのことがない限り、臣籍に降ろされる。臣籍降下になるタイミングは大抵、二人ほど後継者ができた時だ。

 王太子である一番上の兄にはすでに王子と王女が生まれており、二番目の兄にももうすぐ子供が生まれる。本来なら王太子である兄に王子がもう一人生まれればよかったのだが、二番目の兄にも子が生まれるので私を王族として残す必要がなくなった。


 すでに私の卒業と共に臣籍に降りることが決まっていた。


 だからこそ、その受け入れ先であるランバート侯爵家の令嬢と結婚する必要があった。ランバート家はイザベラ以外の子供がいないため、イザベラの配偶者として侯爵家の人間になるのだ。あくまで侯爵家を継ぐのはイザベラとなる。

 この話はどの貴族も知っていることであったし、教えられていなくとも状況を見れば明らかでもあった。


 だから、特別何も説明してこなかったのだが。


「俺もまさかとは思う。だけど、ジェシカは学校の授業もあまり身についていないし、考え方も貴族的ではない。ありえなくはない」


 そう言われてしまえば、何も言い返せなかった。



******



「愛している。君を妃に迎えよう」


 卒業パーティーの席で。

 笑顔と共にジェシカに伝えた。


 もちろん、妃と言っても愛妾だ。結局ジェシカは私とイザベラの関係を理解できずに、イザベラと婚約破棄を願い続けた。イザベラは呆れと共に、ジェシカを側室にすることは認めません、とまで言われてしまった。


 ただ、今はどうであれ、一度は心から愛した者をそのまま放り出すことはできなかった。だから、私の個人財産でどこかに別邸を買い、そこに住まわせる予定だ。社交界には出ることもないから、沢山のドレスや宝石はいらない。身綺麗にして時々訪れる私を待つ生活となるが、貴族としての知識が不足している彼女にはちょうどいいはずだ。

 そんなことを思いながらじっとジェシカを見つめた。


 ジェシカは、何故というような顔をしている。

 あれほど正妃を願ったのに、あれほどイザベラとの婚約破棄を願ったのに、と。


 ああ、君は本当に理解できていないんだな。


 すとんと心の中に何かが嵌まった。


「どうかしたかい?さあ、卒業もこの恋の成就も皆が祝ってくれる」


 ジェシカの思いは理解できていたが、無視してエスコートした。いつもは来ないホールの中央に連れ出す。顔を上げると、クリフォードに合図を送った。クリフォードは音楽隊に指示を出した。あらかじめ頼んであったゆったり目の曲が流れてきた。その曲に合わせ手を差し出した。


「一曲、お相手願います」


 いつもなら断ってくるが今日は反射的に手をのせてきた。

 ダンスができるようになったのだろうか。もしかしたら、あと2年かければ貴族夫人として相応しくなるのではないか。

 そんな期待が膨らんだ。だがすぐにその気持ちも沈む。


「あの、殿下」


 ジェシカは恥ずかしそうに頬を染めてから、少し上目遣いにそっと囁いた。


「ジェシカ?」

「嬉しくて足が震えてしまって……」


 期待した自分自身がおかしかった。

 この3年間。

 いくら頑張って諭しても、できなかったものができるようになるものか。


「こうしていればいいだろう?」


 もし、私にすべてを捨てる覚悟があれば彼女だけを選べたのだろうか。

 もし、私が恋になど落ちなければ彼女も辛い思いをせずにいられたのだろうか。


 でも、私の隣にいるのならそれなりの知識は必要だ。

 認められなければ、隠すしかない。


 そう、今のように。

 今だってこの会場にいる生徒たちはジェシカがダンスが下手すぎて皆の前で踊れないのを知っている。それを知っていて、こちらを見ているのだ。ほら、ここでそこで、君がダンスができないことを嗤っている。


 それに気が付いて傷つく君を見ていたくない。だから、誰にも侮蔑されない様に、隠そう。


 愛しているよ、ジェシカ。君が憂いなく過ごせる家を用意しよう。






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