エドワード その3
いつも本当にありがとうございます!あと一話で完了です。
まさか、彼女から別れを切り出してくるなどと全く考えていなかった。
別れるとしたら、きっと自分が言うのだろう、と。
そう考えていた。
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久しぶりにジェシカが会いに来た。
1か月ほど前の出来事で、完全に溝ができてしまっていた。だけど、こうして会いに来てくれたのかと思うと心の奥が熱くなる。表情に浮かれた色が出ていないといいのだが。
クリフォードに薬を盛り、正妻になろうと画策したのは確かに簡単には許せないが、ジェシカの気持ちを思えば理解はできる。それに、彼女と出会い、愛し合った年月は長いのだ。一つの出来事だけで愛していた気持ちがすぐに冷めるわけがない。
ボタンを少し掛け違えただけで、お互いにダメだったところを後悔して、もっと良い方向になるように二人で話し合っていければ、今の関係も変われるはずだ。数年すれば、そんなこともあったと笑い話となるだろう。
なのに。
彼女の出した結論は私とは違った。
「今日はお別れの挨拶に来ました」
こちらの気持ちなどお構いなしに、彼女はそう切り出した。強い目をして、目を逸らさずに見つめてくる。
「何を……」
それ以上の言葉が出ない。決意の固そうな彼女を前に、狼狽えた。
「本当に色々とごめんなさい。エドワード様とクリフォード様には、とてもよくしてもらったのにひどく傷つけてしまって……申し訳なく思っています」
それは本心なのだろう。今のジェシカはどことなく力が抜けていて、とても息が楽そうだ。
「別れる、と言っているのかい?」
呟くように尋ねると、彼女は不思議そうな目をして頷いた。どうやらそれ以外の選択肢は考えていなかったようだ。
「それが一番いいと思っています」
「君は……変わったんだね」
今のジェシカは出会った頃の明るいジェシカだった。鬱々とした閉じこもったジェシカではない。
「いいえ。わたしはきっとこれからも変わらないわ。だから、エドワード様の側に立つことができないんだと思う」
ああ、そうか。
彼女は諦めてしまったんだ。
私との価値観が合うことを。
自分の価値観を私との間に実現することを。
「本当に、本当に今までこんなわたしを愛してくれてありがとう」
そう呟いた彼女をただ見つめていた。
言葉なんてなかった。
去っていこうと決めた彼女に何を言えばいいのか。私はここから出ることができないのだから。
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「意気地なし」
ジェシカとは別れることになったとイザベラに報告すると、彼女は心底軽蔑したようにそう言った。強烈な一言に思わず項垂れる。イザベラは色々文句を言いながらも優しいから、慰めてくれるものだと思っていた。
「本当に最悪だわ。どうしてジェシカはこんな男を心から愛することができるのか不思議。こんな人が運命だなんて、幻滅だわ」
「酷い言い方だな。君だって私を愛してくれているだろう?」
妻にそう言ってみれば、呆れたようにため息をつかれた。
「そうね、出来の悪い弟のように愛しているわ」
「……そうなのか?」
「そうよ。あなたのどこに家族愛以外が持てるのよ」
不思議と納得した。イザベラは幼い頃からずっと側にいるし、いつでも手を貸してくれていた。ジェシカの事だって黙って受け入れてくれた。だから、私は愛されていると思っていたのだ。どうやら種類が違ったようだが。
「それでどうするの?」
「どうするとは?」
「バカなの?」
「……」
もう少し優しくしてほしいと思うのは私の勝手なんだろう。愛する人に去られて、未だかつてないほど凹んでいるのに。
「いつも思っていたの。確かにあなたは王族だわ。だからわたくしと結婚することに決めた。生活に苦労して欲しくないと言う陛下の温情でもあるわね」
「そうだな」
イザベラは執務室の隅にあるティーセットを出してくると、お茶を淹れ始める。どうやら長丁場になりそうだ。ちょっと逃げたくなりながらも、神妙に座っていた。
「どうしてジェシカだけが合わせなくてはならないの。あなたが合わせたっていいじゃない」
「無理だ」
きっぱりと言い切って見せた。情けないと言われようとも、無理なものは無理だ。
「何故?」
「私にはそんな能力、ないだろう?」
自嘲気味に笑うと、それこそ盛大なため息をつかれた。
「あのね。わたくしと結婚して、好き勝手やっているじゃない」
「ああそうだな」
その通りなので頷いた。イザベラというバックボーンを持ったまま、結婚した時にもらった一時金を手元に商売に手を伸ばした。もちろん、大商会といわれるようなものではない。元王子の道楽といわれている程度のものだ。だが、それなりに収益を上げつつある。
「今だって身分なんて大したことないでしょう?侯爵家の婿といっても、あなた自身は継承権を持っていないし、せいぜい侯爵かなと思えるのは夜会での順位くらいよ」
「それもそうだ」
その割には色々と陰で噂されるのだから、割が合わない。
「だったら、身分を捨ててジェシカと一緒になってもいいのではないの?」
「は?」
思わぬ言葉に呆けた。何を言っているんだ、イザベラは。
「ジェシカの言う様に、わたくしと離婚して結婚してあげればいいのでは?生活だって貴族の生活でなければそれなりに裕福に暮らせるわよ」
「しかし、それは」
それはイザベラを面白くない立場に立たせることになる。それはあまりにしたくなかった。
「今さらよ。心配するつもりがあるなら、在学中にして欲しかったわ」
「……まあ、そうだな」
すでにジェシカが流した噂も娯楽の一つとして扱われている。要するに誰も信じていないけど暇つぶしに面白おかしく語っているのだ。汚点を嫌う上位貴族としてはどうかと思うが、よく考えてみたら在学中からその傾向はあった。まだ私が王族であったから表立って行っていないだけで。恋に狂った王子と陰では揶揄されていた。
「ここで奮起できないのなら、男なんてやめちゃいなさい」
「ひどいな、君は」
少し笑うと、イザベラはにっこりとほほ笑んだ。
「わたくしは優しいから円満に離婚してあげる。ただし、わたくしが捨てる方ですからね。相手を落とすまでは我慢して」
「落とす?」
口が滑ったのか、イザベラがちょっと視線をうろつかせた。そして、ため息を一つついてから、口を開く。
「あなたの言う、運命の人?わたくしも出会ったかもしれないわ」
彼女の笑顔は艶やかでとても美しかった。
******
別れを告げられてすでに2年。イザベラとの離婚を前提に色々と準備した。一人では成し遂げられないが、イザベラの他にも色々な人の手を借りて事業を推し進め、商会として揺るぎない存在になりつつある。
クリフォードも協力してくれるが、いかんせん。彼には商才はなかった。自分の領地経営から逃げているだけある。その代わりに手を貸してくれたのはアナベルだ。
「これ見てください。美しいでしょう?」
ある日の打ち合わせの日、アナベルが持ってきた布を広げて見せた。大きなもので、ドレスが一枚作れそうだ。
「刺繍がとても素敵ね。アナベルが刺したの?」
イザベラが感心したように布を手にした。光沢のある美しい薄い水色の布にはすべてに刺繍が施されていた。大きな薔薇を中心に周りを囲う様に小さな花と葉が伸びている。これを使ったドレスは華やかになるだろう。
「違うわ。これはジェシカが練習で作ったのよ」
「練習」
ジェシカと聞いて、驚いた。ジェシカが刺繍をしているところなど見たことがなかった。
「元々裁縫が得意みたいでね。まだ柄にばらつきもあるし、モチーフも単調だけど。もう少し練習したら、わたしの代わりになると思う」
そうか、ジェシカも頑張っているのか。
そう思えば、笑みも浮かぶ。
「いやあね、変なことを想像してにやついているわ」
イザベラが私の顔を嫌そうに見た。
「なんとでも言え。それでお前は落とせたのか?」
「もちろんよ。彼もこの国に来る準備を始めているわ」
「本当に離婚するの?」
アナベルが首を傾げて聞いてくる。彼女はイザベラの恋人を知っているようだが、私は名前すら知らない。
「そうよ。エドワードが知らないうちにわたくしは恋人を作っていて、それを見た傷心のエドワードは離婚するのよ。とてもドラマチックに仕立てて噂を独占するわよ」
「……いいの、それで?」
アナベルはそう聞いてきた。私は頷いた。
「今さら私の評判など落ちようがないだろう。離婚すれば、身分がなくなる。夜会にも出なくなるのだし、商売相手はこの国の貴族ではない。なんの問題もない」
「なかなか吹っ切れたものね」
アナベルは感心するようにつぶやいた。
「でも、クリフォードには付いてきてもらいたい」
「もちろんだ。ちゃんと最後まで付き合うさ」
***
そこから今日という日を迎えるまでに、2年の年月がかかった。
長いようで短いようで。
イザベラに尻を叩かれ、商会を充実させ、できることはすべてやった。
幸せになれるよう、幸せにできるように。
ようやく、ようやくジェシカに会える。
エドワード、やっぱりダメ男だった。




