魔王は腰が低い
あれよあれよという間に使者がやってきて首都まで護送された。扱いはまさに賓客。シータに関しても同様。この状況からひっくり返るのはまず無さそうだった。
——かーらーのー、
「我らが神よ、よくぞ我らが都までおいでくださいました。我ら一同長きに渡り貴方様の降臨をお待ちしておりました!」
これである。玉座の間で顔を合わせるなり魔王みずから平伏。
そして魔王はなんか気難しい話し方が好きなヤツだった。意外と若くて、俺たちより少し年上と言った風。見た目も浅黒い肌に耳が長くて尖ってるくらい。俗にいうダークエルフってやつがイメージに近いかもしれない。
それにしても……え? なに? 神さま的にはこれくらいの長ゼリフ、標準で理解できないといかんのか? というか今後のコミュニケーション全部この調子?
——無理無理。俺の頭が先に熱暴走起こすわ!
「何が言いたいのかわからんっ。一般的な言語で話せよ!」
強気な俺の言葉に、俺たちを連れて来た使者の魔族達が騒めく。シータは呆れ返っていたが。
肝心の魔王は、というと一瞬キョトンとしたかと思うと直ぐに威厳を取り戻して言った。
「——失礼いたしました。長い間お待ちしておりました我らが神よ」
うーん、まだなんか仰々しいな。まぁ、譲歩してくれただけマシか。
「ところで、ずっと待ってた神さまが人族ってのは、魔王サン的にはどーなんだ?」
再び騒めく室内。シータさんは「大胆不敵ですわねー」と高みの見物を決め込んでいる。いや、だって気になるじゃん。今まで敵対してた人族から自分たちの崇める神様が現れたらどう感じるのか。
「確かに……思うところがないと言えば嘘になります」
「それは、あんた自身が人族を敵視してるってことか?」
俺の質問に魔王は首を横に振った。
「先代まではそうでしたが、ここ数十年は大きな争いもありませんし、もうそろそろ和解しても良いと思うのです」
ただまあ……と、なんか残念そうにこっちを見る魔王。……なんだよ悪かったなこんなのが神さまで!
*
改めて通されたのは城下が見渡せる応接室。高価そうなティーセットがセッティングされたテーブルを中心に、促されるまま席についた。
魔王の名前はルージオ。大人しそうな見た目とは裏腹に、好戦的だった先代魔王から王位を簒奪したというビックリな経歴の持ち主である。しかも理由が、魔族と人族の戦端を開かせないためというのだから筋金入りだ。やべー、目的の為なら手段を選ばないってやつだこれー。まじやべー。
それでいて性格はいたって真面目。本気で人族との和平を成すために奔走しているのだそうだ。そんな折に察知してしまったのが勇者召喚の兆し。抑止力として邪神を呼ぼうとするも、まるで反応無し。一時期は本気で絶望したとか。
「まさか既に呼び出されていらっしゃるとは思いもしませんでした……」
「そりゃーなぁ……」
本人たる俺にも自覚的なのは無かったし? あったらあったで困った事になってた気もする。今更、中二病再罹患とか勘弁だぞ、まじで。前に罹患した時は、じーちゃんが怒髪天で死ぬかと思ったからな……。「やるなら徹底的にやらんか!」とか言い出して、山籠りさせられそうになったんだよ。しかも熊とか出る山。普段はまともなのに、たまに頭おかしい事を言い出すのがじーちゃんの悪い癖だった。
それにしても……しょぼんと黄昏れる魔王とかレアだ。その様は情けなさすぎて、こいつの部下達には見せられないが。
「……まあ、お前の望みが世界平和ってんなら協力してやるよ。って、邪神が言っても説得力無いかもだけどな」
「いいえ、そんな事はありませんとも!」
目を輝かせてこたえる魔王もといルージオ。……なんかイヌミミと尻尾が見えるんだが、幻覚だよなこれ。




