あの子の笑顔
ある日、俺は恋をした。
相手はクラスメイト。
物静かで、いつも教室の隅で読書をしているアイツ。
恋の切っ掛けは些細な物だった。
柔道部の帰りに立ち寄った牛丼屋、その店の入り口でオロオロしているアイツが居た。
何してんだ? と思いつつ軽く声を掛けた俺。
「おう、双葉。お前も牛丼食いに来たのか?」
双葉 楓。それが彼女の名前。
俺に声を掛けられた双葉は驚きながら振り向き
「ぁ、新川君……え、えっと、今日親が居ないから弟に牛丼買っていこうと思って……」
じゃあ買えよ。何入り口でチワワみたいにオロオロしてるんだ。
不思議に思った俺は、牛丼屋の中を覗いてみる。
ああ、成程と納得してしまった。
今牛丼屋は、俺と同じように部活帰りの生徒で一杯だ。
俺は別に平気だが、双葉からしてみれば入りずらいのだろう。
「ちょっと待ってろ。並盛二つ?」
「え? いや、そんな悪いよ……」
「いいから。弟は大盛りにしとくか?」
「え、えっと……じゃあ特盛二つ……」
ってー! お前も特盛食うんかい!
すげえ意外! こいつ、痩せの大食いって奴か。
そのまま店の中に入り、自分の分と合わせて特盛牛丼を三つ購入。
当然袋は分けてもらう。
店の中には柔道部の後輩も居た。
「あ、先輩! オツカレーッス! 食ってかないんすか?」
「あぁ、今日は早く帰りたいから。って、お前並盛かよ。特盛食えよ」
何せ双葉ですら特盛なのだ。
柔道部が並盛でどうする!
後輩指導をしつつ店の外に出て、双葉に特盛が二つ入った袋を手渡した。
「新川君ありがとう……ぁ、お金……」
金なんていらねえ、とカッコイイ事を言いたい所。
しかし俺にそんな余裕は無い。毎月の小遣いは三千円。大半買い食いに消える。
代金を貰い、サイフに仕舞いつつ双葉を観察。
痩せてるな。でも女子はこんなもんか。
背も小さいし、ぶっちゃけ俺好みだ。
「新川君……いつも部活帰りに牛丼屋寄ってるの?」
「いつもじゃねえけど……まあ、結構……」
言いつつ、そのまま自転車の鍵を開錠して籠に牛丼を放り込む。
すると双葉が俺の自転車の前へと立ちふさがった。
な、なんだ?
「し、新川君……本当にありがとう、また明日っ!」
満面の笑み。
普段無表情の双葉からは想像も出来ないような笑顔。
こいつ、こんな顔出来るのか。
「あ、あぁ、また明日な」
「うんっ」
立ち去る双葉を背を、俺はいつまでも見送っていた。
やべぇ、あいつ可愛い。
それからだ。
俺は双葉の笑顔が忘れられなくなった。
授業中も、部活中も、家で大好きなダーク○ウルをプレイしている時も。
あいつの笑顔が頭から消えない。
教室でも何時の間にか気づくと双葉を見てる。
俺、アイツに恋してる?
まあ、そんなこんなで双葉に恋をしてしまった俺。
しかし俺も男だ。いつまでもウジウジと見てるだけなんてゴメンだ。
好きなら好きと言ってしまえ! と部活中に自分の頬を叩く。
「ど、どうしたんですか先輩。Mに目覚めたんですか?」
「あぁ、お前もどうだ?」
そのまま後輩に体落としを掛けて袈裟固めで抑え込む。
「おらおら! 解け! 逃げろ!」
「ちょー! 無理ッス!」
「あと十秒以内に逃げれたら牛丼奢ってやる」
「マジっすか!」
ってー! こいつ! 無茶苦茶動きにキレが!
ヤバイ! 解かれる!
体を入れ替え、横四方に切り替える。
もう十秒経ってるが、中々動きが良いので続けさせる俺。
「オラオラ! 逃げろっつてんだろ!」
「ちょぉー! 先輩本気じゃないっすか!」
そのまま後輩をいびっていると、突然マネージャーから声が掛かった。
何だ、今いいとこなのに。
寝技を解き、マネージャーの元に走る俺。
「なんだよ、何かあったのか?」
「新川君、双葉さんって知ってる? 同じクラスだよね」
双葉の名前が出て一瞬ドキっとする。
何だ、それがどうした。
「今友達からメール着て……なんか他校の生徒に絡まれてるって……」
あ?
「ぁ、続報来た。えーっと……うわ、腿俵工業の生徒だって。誰か助けに行った方が……」
「全員集合ー!!!!!!!!!!」
緊急収集を掛ける俺。
尋常では無い俺の大声で全柔道部員が集合する。総勢三十八人。
「おい、腿俵のアホ共がウチの生徒に手出してやがる。ぶっ潰すぞ!」
「ど、どこまでも着いて行くッス!」
マネージャーに場所を聞いて外に飛び出す全柔道部員。
場所はこの前の牛丼屋の近くだ。たしかあの辺に腿俵工業の生徒が占拠してる空き地があったはずだ。
「ちょ、お前等何処行くんだ!」
顧問に出くわすが、今はそれどころでは無い。
「走り込み行ってくるッス! ちょっとそこまで!」
「ちょっとそこまで走り込みってなんだ! おい新川!」
顧問を振り切り学校から飛び出す。
ほぼ全力疾走。牛丼屋まで普通に歩けば十分前後だ。
しかし今は三分程で到着。
居た、腿俵の生徒が牛丼屋の前でたむろってる。
「おい、お前等! ウチの女子に手出した連中何処行った!」
「あ? なんだお前……ダセえ格好しやが……」
問答無用で学ランの胸倉を掴み締めあげる。
流石に素人を投げ飛ばすのは俺のポリシーに反する。っていうか地面アスファルトだし。
「ちょ、やめっ、わかったからっ、あいつらならゲーセンに……」
「ゲーセン?! 何処のだ!」
「駅前のだよ! こんなド田舎にそこ以外何処にあんだよ!」
最もだ。
そのまま、その男を担ぎ上げてゲーセンに向かう全柔道部員。
「ちょ、ちょおぉ! お前バカか! 頼むから下ろしてくれぇ!」
「五月蝿い! トレーニングも兼ねてるんだ! 黙って担がれてろ!」
牛丼屋から更に十分程走り、駅前に到着。
流石に迷惑行為だな、柔道着の集団がゲーセンに入るのは。
「仕方ない、お前等帰れ。あとは俺と……この兄ちゃんで何とかする」
「お前! 俺を巻き込むなぁ!」
「オス! 健闘を祈ります!」
再び来た道を帰っていく柔道部員。
何しにここまで走ってきたのか。ぁ、走り込みか。
ゲーセンに入る前に担いできた男を降ろし、双葉を連れて行った生徒を探させる。
「た、たぶんプリクラの所に……」
「ああん? なんでプリクラ……」
「ほら、あそこって男だけじゃ入れねえから……」
意味が分からん。
ナンパ目的か?
言われた通りプリクラの所に来てみる。
あからさまにガラの悪そうな奴が居るな。
プリクラコーナーの入り口でヤンキー座りしてやがる。
「おい、お前等腿俵工業の生徒か?」
「あ? 何だお前……だったら何だ。喧嘩なら後にしてくれや。今、和人さんが記念すべきプリクラ撮ってんだ」
記念すべきプリクラだと。
俺ですらまだ双葉と撮ってないのに!
許せん!
「どけコラ! うちの生徒攫ってんだろ!」
「あんだテメエ! 邪魔すんなっつてんだろうが!」
胸倉を掴み合う。
っく、なんだコイツ、いい筋肉してるじゃねえか。
柔道やれコラ!
「おいおい、騒がしいじゃねーか。折角……ねーちゃんと一緒にプリクラ撮ってんのによ」
その時、奥から一際ガラの悪そうな奴が出てきた。
学ランにサングラス。頭は丸坊主。
一際ガラが悪そうな部分はサングラスだけだが、圧倒的に周りのヤツよりガラが悪そうだ!
そしてその男の傍らには双葉。
ガラの悪そうなグラサン男は双葉の肩を抱いていた。
「あれ? 新川君……?」
「双葉……! おい、グラサン男! ウチの生徒に手出してんじゃねえよ!」
「あ? なんだテメエは。ねーちゃんとプリクラ撮って何が悪ぃんだよ!」
ねーちゃんだと!
なんだ、その呼び方は!
如何わしい!
「何が……ねーちゃんだ! お前は双葉の弟かっつーの! 変な呼び方すんじゃ……」
「し、新川君! こ、この子、私の弟だから!」
「だから! 弟だからって、ねーちゃんなんて呼び方……って弟!?」
な、なにぃ?!
弟って、こいつが?!
双葉の弟?
全然似てねえ。
グラサン弟はポリポリ頭を掻きつつ、俺と双葉を交互に見て何かを察したように
「あー、ハイハイ。ねーちゃん、俺ツレと帰るわ。じゃ」
な、なに今の去り方。
凄い何か察された?
そのまま取り残される道着姿の俺と双葉。
お互いモジモジしつつ様子を伺う。
「帰るか……」
「う、うん」
ゲーセンの外に出る。
夕焼けが非常に綺麗だ。
そして非常に恥ずかしい。
非常に顔が赤くなってないかしら。
「新川君……」
「は、はい?」
名前を呼ばれ、チワワのようにオロオロしながら返事をする俺。
いつかの牛丼屋と逆だ。
「助けに来てくれたんだよね……?」
「あ、あぁ……まぁ……」
「どうして?」
どうしてって言われても
いや、言うならここしかない。
「好きだから……」
「……えっと……何が……?」
「お前が……」
「…………」
沈黙が痛い。
これはノーと言う事か。
短い恋だった。
そのまま分かれ道へ。
俺は高校、双葉は自宅。
それぞれ逆方向へと歩く。
なにも言葉は交わさなかった。
あぁ、ダメだ。俺完全に振られたわ。
「新川君……」
その時、後ろから声が掛かる。
バっと振り向く俺。
「一緒に……帰ろ?」