3 黒崎side 哀愁漂うオッサン
黒崎視点。長め。
長く辛い時間だった……。
「よくぞ頑張った、黒崎!」
「司令ィィィ!!」
という会話が、俺の頭の中で繰り広げられている。自分で自分を慰め合っているのだ。
…なんだか悲しくなってきたから、自分を慰めるのはこのくらいにして、今までの話を要約しよう。
一、基本的にこの世界は、一つの大きな大陸と、無数の島々で成り立っている。
二、この世界には、五つの国があるらしい。リュミエール王国、ギーヴラ共和国、ヌリアン首長国、デゼルタ帝国、神国イズルだ。
三、俺等は、その内のリュミエール王国という国にいて、その首都、エルピナに向かっている、というのが現状だそうだ。
四、オッサン曰く、リュミエール王国はその名の通り王が治め、貴族が多く割と豊かな国らしい。
五、因みに、五つの国のちょうど真ん中にあるのが、ユリウスという小さな国。中立国であり、そこに魔王がいて、五つの国をその圧倒的な力でまとめているとか。
長い溜息をつきたい。要約すればこのくらいで済む話なのに、小一時間、このオッサンは長ったらしい説明をし続けたのだ。耐え続けた俺を、褒めてくれ……。
こんな話をしている暇があったら、オッサンに変な同情なんかせずに寝ればよかった。
そう後悔し、オッサンの情けなく引き止める声は無視して、今度こそ本当に寝た。
☆
「ふわあ……」
差し込む朝日に、大きな欠伸をして目を覚ます。
「やっと起きましたか……、よく寝ますね。ちょうどいいところに、エルピナに着いたようですよ」
ぼんやりとしている俺に、オッサンの嬉しげな声がかかる。オッサンの視線を追うと、目の前に大きな門があるのが見えた。
門の両隣には、高い塀がそびえ立っている。思わずうわぁ……、と言いたくなるような高さだ。例えると…そうだな、キリンが三頭、いや四、五頭くらい積み重なったような高さだ。キリンとかあんまり見たことないけど。
そして、門の前には傭兵らしき人達が立ち、オッサンみたいな商人の格好をしている人を、呼び止めている。まるで、検問のような感じの……。て、ちょっと待て。
「あれ……、何だ?」
嫌な予感がして、オッサンに尋ねてみる。
「見ての通り、関所ですよ」
「え……、それって、さ。俺、やばくね?身分証とか何も持ってねえし」
「あ……、確かに。」
いとも当然とでもいうようなオッサンの言葉に、心の中で渦巻く不安を口にすると、オッサンはあ、という顔をする。
俺等は、暫く無言で顔を見合わせた後、こくりと頷いた。
「じ、じゃあ、君は、荷馬車の奥にいてください。僕が、上手く誤魔化しますから。」
オッサンは素早く俺を荷馬車の奥に押し込んだ。
俺は、体を丸め、なるべく見つからないようにする。
緩やかに荷馬車の速度が落ちていく。そして、ゆっくりと止まった。
「身分証を」
低い男の声。傭兵の声だろう。
俺は、ハッと息を止めた。
「はい、これです」
沈黙。永遠のように長い数秒が過ぎ__。
「よし、いいだろう。通れ」
傭兵の言葉に、俺はホッと溜息を吐いたのだが。
「デュフフフフフフフッ!!」
よりにもよってこんな時に、長瀬が大きな気色悪い笑い声を出した。その笑い声は、荷馬車中に響き渡り__。
長瀬の口を抑えようとしても、時すでに遅し。傭兵は、俺達の存在に気づいてしまっていた。
「おい、今、奇妙な笑い声がしたぞ……。誰かいるのなら、大人しく出てこい!」
まずいまずいまずいまずい。
オッサンの方を見ると、満面の笑みで昇天している。俺を置いて逝くなぁぁあ!!さっきの言葉通り、誤魔化してくれるのを期待したのに!!
このままずっと隠れていたって、無理やり引っ張り出されるのがオチだろう。
この状況を作り出した長瀬を恨み、そして憎み、さらに忌々しく思いながら、俺は、荷馬車から顔を出した。いかつい顔をした傭兵さんに、じろりと睨まれる。
「はい、俺だけど?」
「身分証を。」
やあ、とやや引きつった笑顔を向けると、傭兵はふてぶてしく、カードをよこせというように手を差し出す。やっぱりそう来たか……。まあ、それが仕事なんだろうししょうがないのだが。
「え、えーっと……。どこにしまった、かなあ…」
焦る気持ちを宥めるように、ポケットをまさぐる。
やばいやばいやばいやばい。この状況を乗り越えるにはどうすれば……、というか無理だろ、これ。どう考えても絶望的過ぎて、逆に笑えてきたのだが。
「ポケットの中に俺の身分証が紛れ込んでる……、なんてことはあるわけないよなッ……」
と淡い希望を抱きながら、ボソッと呟いたその時。
カツン__
ポケットをまさぐる俺の手が、何やら硬いものに当たった。それは、カードのような形状をしていた。
もう、どうにでもなれ!
一かバチかでポケットから出した俺の手には、銀色のカードが握られていた。
見覚えのないカード。俺がそれに首を捻ると、
「なんだ、ちゃんと身分証持ってるじゃないですか」
「えっ……、これが?」
オッサンの安心したというような言葉に、俺は驚いてカードを凝視する。確かに、カードには俺の顔写真(どこで撮ったのかは不明だが)が載り、謎の文字もずらずらと書かれている。
よく分からない。頭の中が、グチャグチャに絡まっている。
まあとりあえず、カードを傭兵に渡してみる。
傭兵は、じっくりと身分証を眺めた後、不承不承といった顔でカードを返してきた。
「よし、通れ」
何故突然身分証が現れたのか考える暇もなく、俺達は神々しい程の朝日を浴びながら、街に通された。
☆
俺等は、街の中心から外れた、一軒の宿屋の前にいた。ウェスタン調の暖かい雰囲気がどことなしか感じられる。
長瀬は、俺等の足元に転がっている。もう、こいつなんて知らない。
「ここの宿屋の女将は、僕の友人なんでね。タダで泊まらせてくれるそうですよ。えーと……、そういえば、名前を聞いていませんでしたね。」
「黒崎宙だ」
「クロサキソラか。いい名前ですね」
「オッサンの名前は?」
「セスタルですよ。では、僕はここで」
互いに名前を名乗って自己紹介しあうと、オッサンはくるりと背中を向け、荷馬車に乗り込んだ。どこか哀愁漂う中年オッサンの背中。そして俺は__、
「オッサン……、色々ムカついたけど、ありがとう!」
思い返せばこのオッサンは、親切にも見知らぬ俺達をここまで連れてきてくれたのだ。
不意に感謝が溢れ出てきたので、親切なオッサン、セスタルの背中に向かってそう叫ぶと、
「オッサンとムカつくは余計ですけど……、頑張って下さいね!」
オッサンは笑顔で手を振ってきた。俺も手を振り返す。そのまま、オッサンの後ろ姿は赤黒く染まる夕闇の中に消えていった。
次回は長瀬side。