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ALICE-MAGICA  作者: 三島屋水那
プロローグ 見取の魔法と黒髪黒目
5/101

第五話 いつも通りに

今回はグロ入ります。苦手な方はご注意を。







































.



 卯夜と信楽は二人で帰路についていた。葉月は学校を挟んでちょうど卯夜の自宅から反対側にあるのでさっさと別れた。なので、午後八時半頃の夜道を二人で歩いている。


「魔法、かあぁ。私も使えればよかったのにな」

「お前は使えないんだっけか。まぁ才能のものらしいから、仕方ないな」


 まだ夜は冷え込む。信楽が卯夜の細腕に抱きついてきた。少し恥ずかしくはあるが、信楽の体温で制服から露出した腕が温まってくれるので特に振り払うことなくそのまま歩いて行く。少しずつ成長してきた胸の谷間にちょうど腕が収まっているためか、卯夜は赤面していた。

 かつ、こつ、と二人分の革靴の足音が鳴る。静かな住宅街だが、時々スニーカーやらハイヒールやらのかつ、こつ、ぺた、ぺた、という足音も鳴らなくはない。だからこそ、気づかなかった。


卯夜と信楽に、近づく影がいる。


 二人共気づく様子はない。相も変わらずただの幼馴染同士なのに、恋人同士みたいに寄り添って歩いていた。ただでさえ背の低い信楽だが、卯夜に寄りかかることで頭一つ分半は身長差が出来ている。

 そんな、信楽の背後、わずか三メートル。長い鉄の筒を持った黒服の女がいる。布製のブーツが足音を殺し、それだけの接近を許していて。

 女は銃を構え。


 バンバン!!!と。

 銃声が鳴った。


 信楽が卯夜の細腕を捕まえる、その手がずるずると卯夜を座り込ませるように落ちていく。慌てて卯夜が身体を支えると、ぬるり、とした感触がした。卯夜が背後だった場所を見ると、悠々と音もなく立ち去ってゆく女がいた。けれど、信楽がどうなっているのかわからない。卯夜はスマートフォンを、信楽に抱きつかせていなかった左腕で操作して、ライトを付けて信楽を照らす。


 赤く、紅く、染まっていた。

 白いカッターシャツとグレーのサマーセーターが、染まっていた。


「……し、ぃ……」


 卯夜は、数秒だけど、呆然とした。信楽の脇腹と、胸の真ん中より少しだけ右下。その部分の制服は破れ、赤黒い痛々しい穴が空いていた。卯夜のすぐそばで信楽が撃たれたのだと気づくまで何秒かかっただろうか。


「しぃ……?」

「……っは、っは……」


 信楽の息が荒い。信楽の制服だけで飽き足らず、卯夜の制服のズボンまで紅く染め上げていくそれは信楽の血液。温もりが、消えていく。卯夜は、目の前の光景に。ぼろ、と、信楽の脇腹の銃創に涙が零れ落ちた。けれどそんな程度で傷が治るはずはない。治るはずはない。信楽の息はすこしずつ、微かになっていく。卯夜の頭の中を、走馬灯のようにこれまで共に過ごした時間がすべて、高速でよぎった。その最後にいたのは、魔法が使えればよかったのにな、という信楽の言葉。そして、出会って、とても仲良くなった頃の言葉。


『卯夜君、これからもずっと仲良しだよっ。ね?』


 その言葉は鮮明に覚えている。ずっと仲良し。ずっと一緒。ズッ友、なんて言い方もしたかもしれない。そしてまたよぎったのは、こうやって歩いているうちに最後に投げかけてくれた信楽の言葉。


『魔法』かあぁ。私も使えればよかったのにな。


 今の自分には魔法がある、と卯夜は改めて認識した。大丈夫、きっと魔法がなんとかしてくれる。そう思うだけで目の前の現実が自分の生み出した目をそらすための幻想から、そんな幻想を取り除いた真に正しい現実へと置き換えられていく。紅い血液は、人の身体を動かすための命の水。破れた皮膚は、身体を守るための命の大地。そう信じて、卯夜は身体の中を巡っているとようやっと認識した、言葉には出来ない、けれど確かにある感覚を信楽を抱きしめる手に押しやる。そして、その右手が、ふわりと光る。撒き散らされた赤色が、制服に染み付いたものも地面を流れるものも信楽の体内に戻っていく。破れた体内組織が綺麗に復元され、弾丸が転がり出て地面を転がっていく。信楽の呼吸がだんだんもとに戻っていく。制服まで、ちゃんと元通りに復元された。意識を失ったらしく、すぅ、すぅ、と心地よい寝息が、最後に信楽をお姫様抱っこして立ち上がった卯夜の頬を温める。卯夜の爪先が弾丸を転がしたが、気にすることはない。向かうのは、自宅ではなく、海崎見取の店。魔法を使えば鍵がかかっていて彼女が眠っていたとしてもどうにかなるだろう。卯夜は、彼女の店へ引き返した。




 海崎見取は店の鍵を閉めようとしたところで、その扉を、ノックにしては若干変わった音で叩かれたことに気づいた。ゆっくりと外開きの扉を開けると、先程帰っていったはずの少年が戻ってきた。変なノックの音はどうやら両手がふさがっていたので肘で叩いた音らしい。


「ちょっと緊急事態だったんで、ひとまず信楽を寝かせてやりたい。ベッド空いてる?まぁなかったなら悪いが追い出させてもらうけども」


 卯夜がそう言うとあっさり見取は地下に卯夜を案内してくれた。純白のあのだだっ広い部屋だ。その一角にキングサイズのベッドがあったのでそこに寝かせる。思いの外真っ白な寝具はふかふかだった。信楽の黒い髪がふわりと広がると、それだけで部屋に染まって埋没していたベッドはここにあると主張し出す。


「また訳ありって感じだね。改めて話を聞こうか。否定ばかりでは何も始まらないからね」


 見取は優しく卯夜の話を聞いてくれた。卯夜が魔法で信楽の傷だけではなく服まで癒やし、現場の弾丸以外すべて元に戻したことを聞くと一瞬驚いた素振りをしたがすぐに納得した。彼女はその話を聞くと店に泊まるよう勧め、信楽の自宅に連絡を入れた。卯夜はそもそもいなくて怒る人がいないので連絡をする必要はなく、代わりに見取の連絡先の電話番号、メールアドレスを教えてもらった。店に来るときはなるべく連絡がほしいという。

 卯夜は見取のお言葉に甘えて泊まらせてもらうことにし、信楽を寝かせたベッドに自分も入る。この地下室特有の無重力風の感覚は布団にまでは感じなかった。布団に入ってしばらくは念のため少しだけ信楽から距離をおいていたが、いつのまにか抱きついて眠っていた。




 次の日、土曜日の朝、卯夜はシャワーを浴びて朝食まで出してもらった。さすがに申し訳ないと手伝いをしたらなんとクッキーをいくつか包んでくれた。信楽はまだゆっくりと眠っていたが、熟睡できる環境さえ揃っていればいつもこんなものなので、念のためスマホのヘルスケアアプリで体調を見つつも卯夜と見取それぞれ自分のすることをしていた。そうして午前9時を回った頃、卯夜は信楽の様子を見に地下に下りた。


「……しぃ」


 卯夜は囁く様に呟いた。昨日撃たれたのに今こうやって静かにいつもどおりの寝息を立てているのは、卯夜の魔法が彼女を癒やしたおかげである。いい加減魔法なんてと現実逃避するわけにも行かない。何度頬をつねっても痛いだけだった。この世界に魔法はちゃんとある。

 ぴくり、と、細すぎる卯夜に比べればさすがに太いものの、それでもかなり細い部類に入るちいさな指先が、動いた。目を覚ます兆候だった。


「ん……、ん、……ふあぁ……」


 大あくびをした後信楽は反対側に寝返りを打ってくるんと丸まった。この様子なら、傷は完璧に治っているみたいだ。本当に朝が弱い信楽のいつもどおりの仕草に安心した卯夜は、思わず大きくため息をついてしまった。いつも通りに布団をひっぺ剥がして起こす気にはなれなかった。


「しぃっ……、う、ぁ、うあぁ、」


 ちゃんといつも通りに生きている。その事実をきちんと理解して、卯夜は、安心から、ここまで流し切らなかった涙の全てをぼろぼろと流して、泣いた。幸せな泣き声が、純白の箱の中に響いた。




「へぇ、つまり僕の見立ては正しかったわけだ」

「そういうことになりますわ」


 とある少年に跪く女性がいた。少年は細身で白い脚を組んだまま、左手は肘掛けに、右手は紅茶を手にしていた。紅茶を一口飲むと顔をしかめて、角砂糖のポットを開けると直接紅茶にどばどばと流し込み、ティースプーンでかき混ぜて飲むと今度は満足そうな顔をする。


「彼の魔力量は」

「敵に回せば脅威だね。大丈夫大丈夫、味方に引きずり込むからさ」

「かしこまりました。――にしても、ご学友でしょう?そんな簡単に命の危機に晒しても良かったのでしょうか」

「ダメだったら期待はずれだった、ってことさ。そうだとすればまた別の手を打つ。なぁに、替えくらいいくらでも効くさ。あの子以外はね」


 王の風格を持っていながらとても背の低い少年は、甘ったるすぎる紅茶を全部喉の奥まで流し込むと、にやりと笑った。


「まぁいいや。ここまでの流れは全部僕の予測通り。ここからあの子がどう動くか、それにだけ気を配っておいて。僕は上手にあの子を誘導して、思い通りに動かしてやる。僕が直接動いてやるからさ」

「かしこまりました。それでは、くれぐれもお身体に気をつけて」

「うん、ありがとう」


 少年は空になったティーカップを目の前のテーブルに置くと優雅に立ち上がり、ベッドに向かい、そして乱雑に天蓋付きの豪華なベッドのど真ん中めがけて身体を投げ出す。見た目通りの幼子が大人たちにいたずらを仕掛けるような表情で、少年は笑った。


「君はどこまで、規格外なのか。それをこれから、じっくり見せてもらうとしよう」





制服の設定変更に伴い本文の制服の色に関する表記を変更しました。

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