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ALICE-MAGICA  作者: 三島屋水那
プロローグ 見取の魔法と黒髪黒目
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第四話 今日の話は長くなるわよ



「ふあぁ……」


 卯夜は大口開けてあくびをした。朝。卯夜は朝には強い方で、あくび一つでしゃきっとする。あくびで出た涙を軽く拭うと、ベッドを降りる。隣には、


「むにゅう……、……すぴぃ」


 と可愛らしく寝息を立てる信楽が寝ていた。他人に見られたら誤解されそうな絵面だが、みんな「この二人はこういうやつらだ」と思っているので特に誰かに咎められることはない。

 卯夜はウサギ柄のパジャマを脱いで制服に着替えると、一階に降りて洗濯機にパジャマを放り込み、回している間に自分のぶんの朝食の用意を整える。それを食べると庭に洗濯物を干して、後片付けを済ませた。流石に毎日やっているだけのことはある。そして自室に戻ると、


「すぅ……すぴぃ……」

「いい加減起きろバカ」


 卯夜は布団をがばっと取ってしまい、ついでに今日は晴れるのでベランダに干す。ようやく信楽が起きた時にはもう七時半になっていた。




「ふあぁ。ねっむい……」

「そりゃあそんなゆっくり寝てたらなぁ」

「最近いくら寝ても寝なくても眠いの」


 通学路で二人はそう話していた。信楽はかなり朝が弱く、先程から何度も大あくびを繰り返している。

卯夜はそんな眠そうな信楽が時々車道に出そうになっているのを手を引いて戻しつつ、いつもの道を歩く。

 そして学校に着き、いつもの2-4の教室に入ろうと……したところでロングヘアが何故か何処か烏賊を彷彿させる少女に阻まれた。


「ごきげんよう、時計卯夜。昨日の話、忘れてないわよね?」

「は、葉月……、何でまた」

「予定変更よ。今日の放課後は、昨日のあの店に来なさい」


 葉月はそう一方的に宣言すると、自分の席に戻っていった。すぐに取り巻きの少年少女が彼女を囲み、到底話しかけられる雰囲気ではなくなる。


「ねっ、ねえっ。わわわ、私も行っていいかな……?」

「知らん」


 卯夜はそう返すと教室の一番左後ろの席、所謂ラノベ席に座った。その隣に信楽も座る。


「そうだ、梅こんぶ食べる?」

「ん。もらっとく」


 卯夜は梅こんぶを受け取るともぐもぐ食べる。聖アリス学園では基本お昼が弁当持参か学食か購買で購入なので、昼食時と放課後のみということになってはいるもののお菓子などの持ち込みも許されている。さらにたいていの教師陣は本来禁止の時間帯でも黙認している傾向があるのでみんな堂々とこうやって休み時間におやつを食べたりしているのだ。中には授業中にケーキを食べるようなツワモノもいる。

 ともあれそうして雑談したりしているうちに始業時刻になり、いつも通りに平凡に時間が過ぎていく。




 放課後、卯夜は記憶を頼りに昨日の海崎見取の店に向かった。この大通りはいつも帰りにゲームセンターに寄る際通っているので、ドアさえ覚えていれば辿り着ける。信楽は付いて来てはいないようだ。一緒にはいかない、というのでどういうことか訊いたものの、曖昧に笑って誤魔化されたのだ。


「す、すみません……」


 扉を小さく開けて声をかけると、見取に招かれるようにして中に入る。同時刻に学校を出たはずの葉月がすでにソファで待っていた。しかも、


「やあ卯夜君」

「やぁじゃねえよ」


 信楽が待っていやがった。


「どうしても気になるっていうから特別に呼んでやったのよ」

「本当はただの一般人を招き入れるのは良くないのだけれどね、まぁ彼女にはとてもうっすらとだけど非凡オーラを感じたから入れてあげたのさ」


 というのが二人の言い分である。まぁ来るなと言わなかったのも卯夜なのでしょうがない。信楽は嬉しそうに紅茶を飲んでいた。


「座ったらどうだい?ほら、葉月が待っているよ」

「……ん」


 卯夜が座ると音もなくティーポットやティーカップが動いて紅茶が淹れられる。卯夜の嗜好がよくわかっているように角砂糖が三つほど、ミルクがたっぷり入る。特にスプーンなんかを入れたわけでもないのにしっかり混ぜられて、さぁ飲んで、とばかりに取っ手を卯夜の手の方に向けてきた。

 卯夜は紅茶を啜りながら、葉月に言う。


「話って?」




 葉月はどうやら自前でいろいろと資料類を調達してきたらしく、分厚い紙束をどんと目の前のローテーブルに置いた。


「今日の話は長くなるわよ。早く帰りたいって言っても帰してあげないんだから。一応今から連絡するくらいは許してあげる」

「俺はいい、けど……信楽」

「ん、連絡済み」


 ならいいわ、と葉月は話を始めた。見取は長くなると聞いてカステラを出してくれた。緑茶にも紅茶にも合うものをと考えて選んだようだ。


「とはいえ、話してもいいことと悪いことがあるわ。卯夜関係なら信楽の口が堅いのを信じて卯夜に話していい範囲は全部話すから、心して聞きなさい」


 葉月はそう言って、分厚い資料の中から資料判別用らしい横から見たときの線の本数が二本のものを選び取って卯夜に突き出す。卯夜はそれを受け取ると、ぱらぱらと全て読み、信楽に回してしまった。完全記憶能力さえあれば一度読むだけで十分である。

 資料には、魔力関係の詳細や基本的な魔法が記されている。未だに信じきれていない卯夜だったが、ここまで細かくてただの創作の設定資料集だなんて思えなかった。どれだけ長く続いている物語だって、残りの紙束も含めてこれだけの厚みになるほどの設定量はないはずだ。


「……あんたの脳なら、私の口からいちいち説明するより全部読んでもらって質問があればって方が早そうね」

「それでいいのか」

「ふん、あんたにも自分の時間があると思ったからやっぱり少しでも早く終わらせてあげようって思っただけよ。感謝なさい」

「へいへい」


 かくして、卯夜はすべての資料をおよそ2時間かけて読んでしまった。読み終わると見取が夕食を用意してくれた。卵の黄身がぽっくりのカルボナーラが美味しそうである。ちなみにこちら、卯夜は半分ちょっとは信楽に押し付けた。


「……、まあ、疑問点に関しては何だかんだでどこかで潰しているみたいだったからない、けど。わざわざ呼んだのはこのためだけじゃないよな」

「ええ、物分かりがよくて助かるわ。見取、地下の鍵借りるわよ」

「分かった。私は片付けを終えてから行くよ」


 卯夜と信楽は葉月に連れられて地下へ向かう。そこには、真っ白な部屋があった。扉を開いて閉じると、ベッドやキッチンのある一角を除き完全に白い箱の中のようになる。卯夜はなぜか、感じたこともないはずの無重力のような感覚に襲われた。


「……、なんか、浮いてるような感じがする」

「そうかしら?」

「そう?私はそうは思わないけど」


 どうやら少女たちはそんなことは思わないようで、普通に信楽は純白のスツールに腰掛け、葉月は純白の机に行儀悪く座って桜餅を頬張っていた。卯夜は気の所為ということにして葉月の座る机の目の前のソファに座る。


「それじゃ、魔力量と属性の測定からね。元々はすっごく高いから対人で流して測定するものだけれど、少々悪い予感がするから測定器を使わせてもらうわ。自動で吸い取って測るタイプだから、軽く触れるだけでいいわよ」


 葉月にそう言われて卯夜は八つの属性色の魔導石が付いた、ゲームで魔法使い職のキャラクターの持っていそうな感じの杖の形をした測定器にそっと指を触れる。

が。



 ドォンッ!!

 と、爆発音が純白の地下室に響いた。



「……は……?」


 卯夜は唖然とする。葉月の座っていた机は転がっており、彼女の下半身がその机の天板部分に布団のようにぶら下がる形で卯夜に見ろと言わんばかりに引っかかっている。制服のスカートはなぜかきれいにめくれており、葉月のレースが綺麗にあしらわれたパンツが露出していた。信楽は「わぁお」とか言いながら口に手を当てている。おそらくその手の下はにやにやとした口をしているだろう。目がしっかり笑っていた。

 葉月はよろよろと立ち上がると、スカートを手で抑えながら卯夜に怒鳴る。


「ぱんつ見たわね!?」

「いっ、いやアレはどう考えても見ろとばかりに……っ、わ、悪かったって!!」


 弁解しようとして葉月は刀を持ち出したので卯夜は素直に謝った。しかしアレでパンツが見えてしまうのは不可抗力な気がしなくもない。


「ふん、まあこればっかりは私どころかあんたにも予想できなかったでしょうから許してあげる。……でもまさか、測定器が爆発するなんて。そこまでの魔力の持ち主なんて聞いたことがないわ……、測定不能ね。壊れなかった魔導石がなくて全部消えているあたり、あんた全属性持ちよ」

「測定不能に全属性持ち……か。なんかラノベ主人公みたいな……」

「チート俺TUEEE系小説主人公だー!」


 葉月はそして、制服が濡れたからか前回パニエを試すと言って着替えたあの服に変身していた。早着替えではなく、変身。なんというか、物語の中のようだと卯夜は思う。


「き、気を取り直して。次は魔法の扱い方ね……、一応はあの資料に書いたとおりよ……やってみなさい」


 と言いながら葉月は卯夜から逃げるようにその広い部屋の隅にちょこんと佇んでいた。

 卯夜は資料通りに自分の体内を漂うなにかを手に集めるような感覚で、自分の中での魔法のイメージから、手から炎を出して振り回してみる。卯夜の思い通りに、自分の手の先から1.5メートルメートル程度の炎が出てきてくれた。


「ふ、ふんっ。やればちゃんと調節できるんじゃない」

「……かな」


 なんとなく葉月はちょこっとだけ警戒を解いたらしく少しだけ近づいてくれた。それからいくらか魔法を練習している間、信楽は片付けを終えてやってきた見取に声をかける。


「ねー、見取さん。私にもマジカルなパワーってあったりするんですかねぇ?」

「ないね」

「そんなぁっ!」


 信楽は一発で泣きそうになっていた。なんとか持ちこたえたようだが涙がぷっくり浮かんでいる。


「しょうがないさ、こっちの世界は才能がないと入れないものだから。まあでも、君も君で魔法は使えないと言えどそれなりに特別な人間みたいだしお守りをあげよう。こっちにおいで、君に合うものを選んであげるから」


 見取がそう言うと信楽は途端に機嫌を直して見取について上に上がっていった。その間に卯夜はいつのまにか、葉月と実戦演習に入っていた。




「そうだね、ネックレスか指輪、ミサンガなんかはどうだい?」

「ネックレスがいいなぁ……♪」


 信楽は見取に勧められつつお守りを選んでいた。信楽が手に取ったのは魔法製の金属であるミスリルの鍵に水属性の青い魔導石がついたネックレスと、同じ魔法金属のオリハルコンをベースに闇属性の黒あるいは紫の魔導石がいくつもあしらわれた豪華なネックレス。どちらを選ぶか信楽はかなり悩んでいた。


「そうだなあ、君にはこっちのオリハルコンのネックレスが似合うんじゃないかい?」

「そう、かなぁ……?後で卯夜君にも訊こうっと」


 信楽はネックレスを置くと、んーっと伸びをして居眠りをしだした。




「や、やるじゃない卯夜……」

「……っ、はぁ……」


 ふたりとも肩で息をしていた。葉月は変身姿のままで、卯夜は特に着替えたりはしていない。葉月の資料曰く変身とは魔力の扱いの効率をよくするためのものであり、葉月はそのために変身していて卯夜はそれをしていないのだが、卯夜の圧倒的な何かが葉月の経験や変身の差を埋めるところか大逆転させていた。


「俺TUEEEラノベ主人公、ね……あんた、まさにそれじゃない」

「自分でもそう思うよ……」


 卯夜はふらりとその場に座り込むと、ぼく疲れましたもうここから動きませんとばかりにだらんと上体を倒し寝転んだ。葉月も葉月で同じようにうつ伏せに寝転ぶ。めちゃくちゃ疲れた、という風にふたりとも一旦は顔を見合わせる形になって少年漫画のライバル同士のように言葉を交わし合ったのだが、疲れきった身体にはそれすら負担だったようでふたりとも眠ってしまった。いつまでも上に上がってこないのを怪しんで見にやってきた見取と信楽に起こされるまでずっとそのままであったという。



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