第三話 才能の問題
葉月が帰ったので夕食を食べた後、卯夜が自室に戻った頃には午後8時だった。葉月の門限は大丈夫なのだろうかと思いつつも、いつも通りメールチェック後動画サイトを開く。と、こんこん、と部屋の窓をノックする音がした。
「卯夜くーんっ、あっそびーましょー♪」
「うるさい、近所迷惑。……まぁいいけどさ」
卯夜が窓を開けると、なんとそこから黒髪黒目ぱっつんセミロングのちまっこい女の子が入ってきた。甲賀信楽。卯夜の幼馴染……というより妹に近いくらいの少女だった。ちなみにこの少女、隣の家の自分の部屋が卯夜の部屋と向かい合わせで、かなり頻繁に窓越しに行き来している。卯夜の部屋も勝手知ったるものだった。彼女は絵を描くのが趣味なので、よく卯夜の部屋に単体で使えるタイプの液タブを持ち込んでいる。今日も例外ではなく、早速卯夜のベッドに勝手に寝転がると液タブの電源を入れた。
「あのねあのねー、今度の新作用の絵なんだけど背景の配色変えたくってさ。とりあえずこの三パターン考えてみたんだけどどれがいいかな?」
「んー……動画で途中で背景が変わるってのじゃだめなの?普通にそれくらいできるけど」
「その手があったか!なるほどねぇ、それじゃとりあえず八色作っておくね。んふふー、動画になるの楽しみぃ」
信楽は液タブの指操作スイッチを入れて指で背景レイヤーをコピーして色相をいじっていく。卯夜はその間、自分のPCからヘッドフォンで今度投稿する予定の歌ってみた動画用の音源を聴く。
(うん、完璧。いい感じ)
「ねー卯夜君ー、聞かせてーっ」
「だーめ。公開まで待ってて」
「いっつもそーだよね。つまんないの」
いつのまにかそばに来ていた信楽を片手で押し返すと、再生が終わったのでmp3ファイルを閉じる。実は卯夜は人気歌い手でもあり、動画サイトではかなりちやほやされているのだった。
そうしてPCをシャットダウンすると、卯夜はベッドに戻っていた信楽の横に寝転がる。
「そうそう、しぃ。魔法って……信じられる?」
「ま、魔法?……信じたいかな!」
「だよな、お前ってそういう奴だよな……」
卯夜はどう切り出すか悩む。こうしている間にも信楽は魔法というワードから妄想を繰り広げているので、早い所話したいところだった。
しかし、こいつの頭の中、相当のお花畑である。お花畑であるので、卯夜が悩んでいるところこう言い出した。
「ははん、さては『実はこの世界には魔法が存在して俺は魔法使いだったんです』とかぁ?」
「今回はお前の頭の花畑っぷりに助けられたよ……。そうなんだ、っつってもそう言われただけだから本当かどうかは分からないんだけどさ」
その突飛な話に、しかし卯夜は肯定する。いくら半信半疑といっても実際に見てしまったのだからしょうがない。ただ自分がどうなのかと言われるとやはりほぼ信じていないのだが……。
「えーっ、いいないいなぁ……。私も魔法使いになりたいよぉう」
「残念ながら才能の問題らしい。しぃにはあんのかね、それ」
うえぇ、世知辛い世の中だねぇと言いつつ信楽は液タブに丸と三角と適当な線を何度も描いては消している。次に描く絵の構図に悩んでいるのだろう。「んぉおおう」「ふあぁあーー」なんて変な声を出し続けていた。しかしやがてそれが終わると、しゃっしゃっしゃ、と細くて短めの線の集合体がその図形の集まりの上に重なり、隠していく。
「つかお前の絵って他の人のに比べて線画綺麗だよな。基本的に線を継ぎ足してないというか」
「だって気になるんだもん」
実際信楽の描く線画は長い髪でも一切線を継ぎ足している様子がない。アナログのらくがきだとかなり線が重なっているのに、である。彼女の変なところでの几帳面さがそういった面での妥協を許さないのであろう。
その後二人は一緒に風呂に入り、そして寝た。
この二人はナチュラルに一緒に寝ます。