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ALICE-MAGICA  作者: 三島屋水那
プロローグ 見取の魔法と黒髪黒目
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第一話 手品ではない方のマジック



 英国留学から帰ってきて間もない六月のある日。比較的寒さの強い星陽の街中でも、袖の短かったり薄手だったりする服を着る人の増えてきた時期。

 その少年は、黒ずくめで肌を見せようとしない、ナイフを持った男に追われていた。


「うわあああああああああああああ!!!なっ、何で俺がっ、いっ、いやああああああああああっ!?」


 カバンは偶然交番の前を通ったときに捨ててきた。今走っているのは路地裏、パトカーも白バイも入ってこれない。持久力はともかく運動神経があり足の早いその少年だからこそなんとか捕まらずに逃げられているが、敵は相当足が速い。その辺の同年代の同性だったらすでに殺されていただろう。

 とにかく、走って逃げるだけじゃダメだ、どこかに入って隠れないと。そう思って少年は路地裏から通りに出た。いつの間にか静かな住宅街にいる。その中を走りながら見渡して、ふと分厚い扉を見つけた。あれなら重そうだし、なんとか逃げ切れるだろう。そう思い逃げるためペースを守った全力でない走りをやめ、短距離狙いの全力疾走でその扉にたどり着き、入り、勝手に鍵を閉めさせてもらった。ドンドンドン!!とドアを叩く音が続くが、諦めたのかその音もしばらくしてしなくなった。


「っはぁ、はぁっ……、うぅ……」


 息が荒くなる。当然だ。ここまで走ってくるのに体力のほとんどを使い果たしている。なんとか必死にこらえているものの、少年の感覚では今すぐ倒れてしまいそうなほどだった。

 とにかく、事情が事情とは言え勝手に人の家に入ってきてしまったのだ、まずはこの家の人を探して謝らなければいけない、と思って顔を上げ、そして少年は気づく。


「……家、じゃなくて。お店……?」


 橙色の暗い照明に、アンティーク調の古めかしい本棚や陳列棚。その中には、物語の中の魔法使いが持っていそうな杖やら本やら、あるいは剣だったり装甲だったり、ポーションらしきものや薬品、とにかくファンタジーな雰囲気の漂う雑多とした場所だった。

 かつ、こつ、と足音が奥にある暖簾の、さらに奥から聞こえてくる。その足音の主は、暖簾を払い除けて、少年の前に姿を現した。


「やあ、少年。どうしたんだい、そんなに汗まみれで。勝手に鍵を閉められるのは困るが、その様子だとなにか事情がありそうじゃないか。話を聞こう、こっちにおいで」


 その女性は、背が高くどこか中性的な雰囲気を持っていた。黒いポニーテールに、黒と赤のオッドアイ。黒髪と、片方でも黒い瞳に思うところのある少年は、特に女性を拒絶することもなく、誘われるままに、ここが本当にお店なら商談用スペースであろうソファに案内される。

 しかし、先程までの逃走劇で疲れ切っていた少年はソファに座ってしまうと、そのままふらりと眠ってしまった。




「気づいたかい、少年?よほど疲れていたんだね、ほら、水だ。飲みな」


 目を覚ますとその女性はそんなことを言ってきた。少年はありがたく水を受け取って一気に飲んでしまう。

 毛布をかけてもらっていたことに気づくと少年はかすかに赤面した。それを畳んで返すと、女性は向かい合うソファにそれを置いて少年の正面に座る。


「ええと、君は……時計卯夜ときはかり うーやでいいのかな?卯夜、か、うん。私は海崎見取みさき みどりだ」

「みさ……、待て、何で俺の名前を?」

「ああ、ちょっとしたマジックさ。手品、という意味ではない方のね」


 手品ではない方の、マジック。それはつまり、魔法、魔術、秘術、超能力、そういった類だろうか?

 少年、時計卯夜ははっきり言って半信半疑どころか九分九厘疑っているつもりだったが、こんな場所にいると奇妙にそれが正しい気がした。


「さて、と。それじゃあここに来た理由を話してもらおうか。生憎私のマジックはステータスは分かってもストーリーは分からないものなのでね」

「すて、すと……え?……まあ、それは後で訊く。それは、ええと……」


 卯夜は事情のすべてを話す。そういえば、カバンにスマホも財布も入れたままだ。とはいえ交番の前だし、住所の書いてある身分証明書も入れてあるのでそのうち自宅にでも届くのではないだろうか。そちらの心配はいいとして、ナイフの男はなぜ卯夜を追いかけてきたのだろうか?


「なるほどね……、うんうん、わかったよ……あ、そろそろ予約客の来る時間じゃないか。いい加減その男というのもどこかに行ってしまっているだろうし、もしいたとしても撃退できるさ。鍵を開けさせてもらおうか」


 見取はそう言い、卯夜の入ってきた玄関に向かう。と、ドンドン、と扉を叩く音と一緒にこんな声が聞こえてきた。


「ちょっと、見取!予約していたにも関わらず鍵閉めてるってどういうことよ!?インターホンつけてないんだから開けておきなさいってのっ!!!」

「ああ、君はいつも来るのが五分早いよね。今から鍵を開けようとしたところなんだ、許してくれ」


 見取は特に動じることもなく、扉の鍵を開けた。すると、その瞬間にがちゃりと扉は開いた。


「だから私が来る十分前には扉を開けなさいって予約入れるときに毎回言っているじゃない!本当にもう………………って、え?あんた、ちょっと、なんで……」

「おや、知り合いかい?訳あってここに駆け込んできたんだ。この子が止むに止まれぬ事情で鍵を閉めたのでね。話を聞いているうちにこんな時間だ、まぁ、そんな訳だから許してくれないか」

「あんた、卯夜じゃない!!なんで、よりによって、こんな所にいる訳!?」


 その少女は、卯夜のクラスメイト、桜木院さくらきいん葉月はづきだった。


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