私は嘘つきです|
ふいに自分の右腕に感じる、じわじわと内側を侵すかのような痛みで意識が浮上する。それと同時にお酒と食べ物、汗の匂いが鼻孔を、誰かの声が耳に、足や手に這う何かの感触が肌に。
人の気配が感じられますね。どうしてだ? ……あー、確か変なヘドロに熱烈なアプローチを受けて腕になんかかけられて、筋肉偉丈夫さんに抱きとめられてまではちゃんと意識があったんだがな。
もうさー、今日だけで何度寝たか分かんねーや。いや、この場合は気絶だからノーカンか? 色んな事あり過ぎて私の小さな脳じゃこの異常事態に対処できません! 今度はどんなことが起きるんだか、もう一生寝てたいよマミー。でもそれじゃあなーんにも始まんないんだよね。
私は心の中で思いっきり溜息を吐いた後、少し指先を動かしてそっと目を開けた。柔らかな火の光がまず見えて、その後に高い石の天井。身体の方を見ると、右腕に包帯を巻いている緑色の髪に茶色の目の可愛い女性と、足を布でふいているのは抱きかかえてくれた筋肉偉丈夫さんだった。初めに私が起きたことに気付いたのは緑の女性だった。目が合うと少しだけ彼女の目が見開き、ガタっと座っていたのだろう椅子を蹴りあげて立ち上がる。
「っ、起きたんですね! ゼット様っ、私は隊長を呼んできます。安静にさせてくださいね!」
「あぁ、分かってる。リターナ頼む」
リターナと呼ばれた女性が部屋を出ていく。おおー、なんか一気に周りが騒がしくなったよ? どうやら2人だけじゃなくもっと人がいたようだ。周りを見ると食堂のような印象をまず抱く。樽杯を片手に佇む男、丸いテーブルに腰かけ料理を食べている男女。甲冑やらおそろいの白いYシャツに黒いズボンを着ている。そんな中、最も気になったのはみんな武器らしき物を持ってることだった。銃刀法違反者多過ぎないか。日本ではあり得ないことだけど、海外でも決して見る光景ではないよね。テロ組織とか? あれ、そうだったら絶対絶命じゃねっ。
慌てて起き上がろうと両肘を突くが右腕が痛む。思わず態勢を崩すと、筋肉偉丈夫のゼットよ呼ばれた人が私の左腕と背中を押さえ、起き上がるのを手伝ってくれる。
「……大丈夫か? 足の怪我は回復薬で治ったが、【黒い混沌】の体液を受けた右腕は回復薬では直らない。治癒魔法や解呪魔法でもしてやりたいところだが、こんな国境近くの小さい町ではそんな高等なもの使える者もいない。だが普通だったらこれだけじゃ済まない。 坊主は運が良い」
大きな手でくしゃくしゃと頭を撫でられる。というか、こんな人に頭撫でられるとか普段だったなら赤面ものだ。だが今はなんだか変な単語がちょいちょい聞こえてきたおかげでポカーンと見つめるだけに止まった。
だが疑問に思ったことはまだある。回復薬とか治癒魔法ってなんすか? そんなゲームみたいもん……、これなんかの撮影とか? 最近有名になってきた異世界転生とかトリップを題材にした作品が多くなってきたからね。それに関係するドッキリ番組で、私は騙され役とか。
ふ……、まだまだ甘いぜ仕掛け人さんよ! 私をドッキリに嵌めようなんざ3年と9ヵ月早いわ! 名探偵嵯茅架ちゃんには全部お見通しだいっ。でも君たちの頑張りに免じて少しだけ付き合ってやるぜ。と内心、ドヤ顔で男に向かって言った。
『…うえっふん、どうやらご迷惑をかけてしまったようで申し訳ないっす。このたびは誠にご迷惑を掛けしました.』
「いや、そこまで感謝されるようなことしていない、やめてくれ。起きたばかりで悪いが、これからセイフズの隊長に会い、どうして【黒い混沌】に追いかけられてたのか説明して欲しい」
『…セイフズの隊長? 【黒い混沌】?』
はてながたくさん浮かび上がってしまう。ゼットさんもその様子に同じく首をかしげる。
おっと意思の疎通がうまくいかないぞっ。会話の内容から先を予想するなどという高度なことを私に求めるとは、仕掛け人側よ、私を過大評価しすぎたな! でも頑張るぞと意込みながら言葉の意味を考える。
隊長っていうのは役職だろうけど、何のかな。周りの人から見て武器持ってるし、警察・自衛隊・治安部隊とかの組織? で、【黒い混沌】とかいう少し中二病を流行らせている方々を興奮させるような名前はあのヘドロみたいな奴っしょ。……うん、これに違いない。でもなんて言えば番組的にいいんだろうね。ここは定番的な奴で記憶喪失という設定にするか?
考えがまとまったので自分なりの設定を恐る恐るゼットさんに向き直った。
『…申し訳ないんですけど、いつの間にか森の中にいて。考えてみても自分の名前としか思い出せないんです。人を探そうと歩いていたら、あのヘドロに急に熱烈なアプローチ受けちゃって』
嘘がばれないか、話している内容は可笑しくないかと、ばれてしまわないかとびくびくしている私はゼットさんと目を合わせないよう笑って話す。だが聞いているゼットさんにはその様子を全く違うように取ったようだった。後で聞いた話だが、びくびくまるで怯えているようで庇護欲を掻き立てられ、目を合わせないのは自分の感情を気取らせないようにという強がりなのではないのか、と思ったと聞いた。
ゼットさんには私がここにいる理由と合わさり、子供1人が必死に強がって、恐怖を押さえつけて、心配を掛けないように笑っているようにしか見えなかったのだ。ゼットさんが説明を求め、それに答えるために。でも今の私はそんなこと知らないのでありまする。
「…っ、そうだったのか。あの森に1人で…記憶も。すまなかった」
ゼットさんが顔を歪め、真面目な顔で謝罪してきた。ゼットさんがどうして誤ったのか、何を勘違いしているのか分からずに混乱する。あれれ、なんか変な勘違いしちゃった? それともそういう運びなのか。
私がオロオロとどうしようかと思った時ゼットが顔を上げ、私の肩に手をおく。顔を上げた彼は真っ直ぐと私の目を見つめる。橙色の目がきらりと光る。日本では見ないその色に目が離せず、マジマジと2人で見つ合う私にゼットさんは真面目な表情で言い聞かせるように言った。
「…悪かった。これも何かの縁だろう、俺が色々と力になるから遠慮せずに言ってくれ」
『え? あ、はい。ありがとうございます?』
なんでか知らないけどゼットさんが力になってくれるらしい。お礼を言ってみたが、ぶつぶつと「こんなに小さい者に……」「腐っている」とかなんとか。キョトンとしているだろう私に後ろから肩を叩かれる。後ろを向くと樽杯を持っていた男の人がまた涙目で自分を見ている。
「…これ食え」
差しだされたのはハムっぽいものが乗ったお皿だった。突然のことに驚いたがそう言えば、こんなことになったのもお腹が減って外にでたからだったことを思い出す。そうすると急にお腹が減ってきた。貰っていいのか? いいよね、いいともー。
『ありがとうございまっす! 頂きます』
お皿を受け取って食べてみると超旨い! え、何これ、何の肉? 豚じゃないし、牛でもない。食べたことないけどめっちゃ旨す。私が美味しさに顔を緩ませ、むしゃむしゃ食べていると次から次へと周りの人が料理や飲み物をくれた。それとなぜか「頑張れよ」「頑張ったな」「大きくなるのよ。辛いことは忘れていいの」などと励ましやらを言われるのだった。
これなんだか勘違いされてる? 私これでも20歳なんですけどねっ。ここの人達ってゼットさん程でもないけどみんな身長とか体格が良いんだよねー。だから並んでると本当に大人と子供っぽく見えちゃうし、否定するのもあれかなっと思ってペコペコしながら貰った料理を食べる。利き腕の右腕が痛む。指先の方まで痛むために左手で食べてるいたが思わず食べずらい。
少し苦戦していると、いつの間にか焼き魚みたいなのが乗ったお皿を持ったゼットさんがいた。なんですかその魚、見たこともないっすよ。ちょっとキモい。緑色のお魚にちょっと引くけど良い香りがする。欲しいものがあると見つめちゃう癖を持つ私は内心気持ち悪かったがいいにおいもする為そのお魚をじっと見る。そしてそんな私をゼットさんが見つめていることに気付く。何かを期待するような目で自分を見ている。
ちょっ、差しださないでください。あーんして食べろってか、頂きます!
遠慮せずに目の前に差しだされたフォークについている魚を食べる。うーん、まろやかで旨す! ゼットさんを見ると表情も変えずまた差しだしてくる。それに噛み付きながらもこれも力になるってことなのかと考えた。本人がしたいならしてもらうか、腕痛いし。
こうして私は貰った料理をゼットさんの手で食べさせてもらい、周りの人達から暖かい目を向けながらお腹を満たしていった。そしてリターナさんと一緒に扉から入ってきた眼鏡をかけた男性に声を掛けられるまでそれは続いたのでした。
彼女に餌付けは止めてください。いずれはあなたも彼女に食べられてしまいますよ。)
(Please stop in her feeding.Eventually it will have you also eaten her.)