表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/14

私は朝から血圧上がってます!

 ……やっちまったぜい、ああ、やっちまったよ。この状況でこの言葉以外で出てくるなら教えてくれよ。左半身を支えるベッドシーツの石鹸のような香りと少しの汗、それと私の鼻のすぐ前にある肌の匂い。やばーい!!



 落ちつけ、落ちケツ……おっと、下品だったわ。とにかく、この状況を打破しなくてはならん。昨日、久しぶりに泣いたから目とか鼻が痛い。顔をほんの少しだけ上げる。眼前に広がる肌、高くて大きな鼻、意外と柔らかそうな唇は静かに呼吸を繰り返し、火をそのまま目に宿したような橙色の目が今は閉じられてる。


 俯いてしまったら私の口が当たってしまいそうな程の近さに鎖骨があって、首の下には柔らかさとは程遠い大きな腕があって、お腹とか足がお互いに触れ合っている。まぁ、ぶっちゃけると私はゼットさんに腕枕されてます!



 泣き疲れて寝ちゃうってマジで子供かよっ。そもそもゼットさんもゼットさんだよ! なんで一緒に寝ちゃってんのよ。……でも、ここに来て初めての良い眠りだったな。穴に落ちて、ヘドロに追いかけられてからの気絶とか寝落ちとかだったからね。


 やっぱりゼットさんに話してよかった。泣いてやっと自分の置かれた状況も落ちついた。ドッキリ番組とかではなく、ここは本当の異世界で私は迷い込んでしまった異物。どうやったら日本に帰れるのか分かんないけど、でもどうにか帰ってみせる。



 今はとにかくこの状況を打破しなくちゃね。おずおずとゼットさんに声を掛ける。



『ゼットさーん、おはようございまーす』


「……う」


『清々しいー、あーさが来ましたよー』



 ほんの少しだけ声を落として、歌ってみました。眉間にしわを寄せて何度か唸ったのち、ゆっくりと目が開いた。橙色の目がしばらく宙をぼんやりと彷徨わせた後、やっとこさ私の方に視線を向けた。上を向いていた私と下を向いたゼットさん、顔との距離がより近くなってゼットさんの高い鼻とあとちょっとでぶつかりそうなくらい近い。ちょ、イケメンさんの顔こんなに間近に見ちゃっていいの? 後でお金請求されない?



『……ゼットさーん、おはざーす』


「……サ、チカ? おはよう……」



 フアッと大きな欠伸をするゼットさんにつられて私も欠伸をする。起き上がってベッドの上で2人でしばしば沈黙。窓からは太陽の光が漏れ始めてて、眩しい。結構な時間寝てたようだけど、ゼットさんの腕平気かな。頭重くなかったかな。


 というか、一応男女が一緒に目覚めるってヤバくね? 知り合ったばかりがつくし。まぁゼットさんに限って私みたいな女をそんな対象に見ることはないだろうし、むしろ子供みたいな感じで見てる気がするし。それを証明するようにゼットさんがゆっくりと私の頭を撫でる。寝癖を直してくれてるみたい。



「ゆっくり眠れたか?」


『……うっす、久しぶりの快眠でした! あざっす』


「そうか、なら良かった。腹は減ってるか? もうきっと朝ごはんは出来ていると思うが……」


『お腹減りましたっ』


「それじゃあ昨日買った服に着替えて来い。ご飯食べたら、昨日の話の続きをしよう」


『はい、分かりました。じゃあ着替えてきますね』



 ベッドから腰を上げて、ゼットさんの部屋を出る。それで隣の自分の部屋に入って一息つく。ゼットさん、何にも変わって無くね、普通過ぎないか。こっちは朝からドキドキヤバヤバしてたのにさー。年の功ってやつか? イケメンの功か? ムカつくわっ!



 どしどしと足音をたてて、昨日ゼットさんに買ってもらった服の入った袋をあさる。どんな服がいいかなー、今日も中々熱そうだから黒のタンクトップに下は紺の半ズボンでいいか。右腕はもう一回包帯を巻いてーっと。


 来ていた服を脱いで、新品の匂いのする服を着ていく。感触は元着ていた服の方がいいけど、ここでは少し浮いてるような気がするからもう着ない方こうでいこうかな。まだ室内だから黒のサンダルを履いて出る。扉のすぐ横で、白のシャツに黒のスラックスに着替えたゼットさんが腕を組みながら立っていた。私を見てほんの少し、口を尖らせる。



『ゼットさん、待っててくれたんですか?ありがとうございまっす』


「ちょっと待て」


『え?』



 間髪いれずに私が出てきた部屋にゼットさんが入り、袋をあさってる。おっと、この着こなしダメ? ゼットさんは黒の長そでのシャツを持って、背中の方に回る。



「肌を露出し過ぎだ」



 そんなことはないと思うんだけど、ゼットさんがそういうなら着ますよ。シャツに腕を通す。前のボタンをゼットさんが閉めてくれる。うんっと満足そうに頷いたゼットさんに苦笑いして一緒に歩き出す。朝は軽くパンと野菜スープを貰った。塩味の優しい味のスープとパンにお腹が満たされて、昨日飲んだミントのようなお茶を持ってゼットさんの部屋へと戻った。


 机で向かい合いながら昨日のことを話しあった。とりあえず、闇属性と無属性のことは誰にも話さない、魔法も使わない。使うとしてもゼットがいいと判断したときのみ。右腕の黒い蔦も引き続き隠すということになった。



「元々は闇属性だからと迫害されるということはなかったが、魔人族と敵対するようになってからな。だが普人族は元々、どんな属性にも適正があっておかしくないとされている」


『でも、隠した方がいいんですね?』


「……あぁ、あれだけ大勢の前で水属性だと出したのもある。俺もそうだが、それぞれの魔法適正で濃い色が出た場合はその魔法のみ特化されている。それに右と左で違う魔法適正が出るということは聞いたことが無い」


『ゼットさんは火魔法しか使えないんですか?』


「あぁ」



 それなら隠したほうがいいよね。これだけ聞くと私チートじゃね? 水魔法も鉄紺色だったし、闇魔法と無魔法も使えるとか。でも、魔女狩りよろしく、迫害されるのとかは嫌だし。ゼットさん達に迷惑かけるかもしれないなんてもっと嫌だし。



「午前中に魔法を試して、その結果次第でカードギルドの登録するか決めようと思うがいいな?」


『うっす、よろしくお願いします!』



 お茶を飲み干した後、中庭の演習場の隅を貸してもらようにゼットさんがラリーさんに頼んで、セイフズの人達がなんか身体を動かしているのを横目にゼットさんとラリーさん、そして水色の髪のお姉さんを見る。ラリーさんも一緒に見てくれるらしい。



「いいか、まず魔素は神の力を恩恵として与えられた源であり、神言と己の魔素を組み込んで形にしたものが魔法となる。あとはイメージが大切だ」


「最初は自分の属性を見たり触ったりしながらするといいですよ。そしてこちらのレイリーはサチカさんと同じく水属性なので一緒に立ち合ってもらいます」



 そう言って、私の足元に置いてあるバケツを指差す。いっぱいに入ってる水がチャポンっと揺れた。そしてレイリーと呼ばれたお姉さんを見る。私よりも5cmくらい大きくて、スレンダーでポニーテールされている水色の髪が揺れる。でも誰かに似てるんだよねー? 誰だ? そんな疑問は彼女の名前を聞いてすぐに解決された。



「こんにちは、レイリー・シュースターです。こっちにいるラリーとはいとこなの、よろしくね」


『シュースター……。あぁ、ラリーさんのいとこ! どうりで似てるんっすね』


「私の父がレイリーの父の兄になりますからね。兄妹にも間違えられるんですよ。ではまずレイリーに初歩を行ってもらいましょう」



 ラリーさんに一言にレイリーさんが頷く。目の前に手をかざしながら目を閉じた。



「水式 水玉(ウォーターボール)



 水式? その後は英語だった。その言葉の通り、突然透明な液体が球体状でレイリーさんがかざした手の前に現れる。ぷかぷかと宙に浮かぶそれに分かっていてもここが異世界なんだなと思っちゃうな。



「これがどんな属性でも初歩になる魔法よ。水の玉で相手にぶつけて攻撃するの。神言と一緒に使う魔法のイメージも大切だからね。慣れてくると神言を言わなくても魔法を使えるようになれるわ」



 さっきとは比較にならないほど早く、何も言わずに同じ水の玉が宙に現れる。



「だが魔法を使うには魔素が必要だが、これは有限にあるわけではない。感覚的に1回使ってみると後どれだけ使えるか分かるようになる。1回、同じ水玉をやってみろ」


『うっす、ちょっと自信ないんすけど魔素はどうやって使うんすか?』


「そうだな……、言葉を紡ぐのと一緒だ。深呼吸をして、神経を今は掌に集めるんだ。そして神言を紡ぐ」



 ゼットさんの言葉に頷いて、バケツの中の水を軽く触れる。掴めないけど確かにそこにある水。その感触をしっかりと確かめて、左手をレイリーさんのように出す。右だと出ないような気がするから、左で行くしかない。目を閉じて、頭の中に真っ暗な世界、そして水を思い出す。どこからか1滴の水が滴り落ち、波紋を作った。あの水の感触が突然左手に湧き上がった。ぼたぼたと水が掌からあふれ出して下に落ちていく。頭の中のイメージと同じことが左手に起こってる。ということはこの水を丸めればいい。



 水を滴らせるんじゃなくて、上に固める。真っ暗な中に水の玉が浮かんだのを確認すると言葉を紡ぐ。自然とその言葉が浮かぶ。



『……水式 水玉(ウォーターボール)



 何かが抜け落ちる感覚と共に何かが出来上がった感覚が生まれる。目を開けると私の左手に拳代の水の玉が出来ていた。慌ててゼットさんを見ると口角を上げて、こちらに笑いかけてくれた。


 うわー、これが魔法か。すっげー、変な感じ。でも達成感もあります! えっへんと右手を腰に押し当てて、ふんぞり返ると演習場にいた人達が拍手してくれた。



清々しい朝と暖かい腕。ラブハプニングではありません。

(Fresh morning and warm arm.Not a love happening.)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ