第76話 サバゲー大会 トーナメント ジャーナリストの負けられない戦い(負け戦)
前回までのあらすじ:
日本代表を育てる為の秘匿クラブチーム
「監獄のクラブチーム」計画
試合を重ねてレベルアップしていく選手達
同年代ユースを圧倒的な力で粉砕
来年には自分たちと同じ目標を持つクラブチームとの戦いを控えて
後輩が入ってくるので面倒を見てほしいと頼まれる元3軍選手 彼我。
自分には無理だと監督に告げるとサバゲーを開催するからそこで優勝すれば
100万円と今回の件が免除されると言われる。
今回は準決勝前に虫を駆除しておかなければという話です。
「ふぅーふぅー。殺してやる。絶対に殺してやる。俺の手を使わなくても社会的に抹殺してやるぞ!塚元とぅーーーーーー!ようやく、ようやくだ。今日お前の顔をペイントでぐちゃぐちゃにしてから俺はこの監獄から堂々と外に出ていく。そして”真実”を全世界に公開してこんな糞みたいなクラブチームをつぶしてやる!!すべてお前が悪いんだ。貴様に関わったすべての人間にも後悔する責任がある。あのくそ餓鬼どもも一緒に消して去る。やべー。やべーぞ。超楽しいぜ。お前のせいで人生を台無しにされた奴らからお前は恨みを買うんだよ。今まで俺に絡んできた奴らみたいにな!」
トイレの便器に向かって吐き捨てるように叫ぶ梯橋智明。
目は完全に血走っており、焦点があっているようには見えない。
すでにトリップしておりサイコ多めの人間が出来上がっていた。
日本サッカー協会からの要請でここに派遣されて、塚本からの当然な指摘を受けた事で自尊心を傷つけられたと逆恨みをしており、彼はジャーナリスト(仮)として”真実”を報道する事だけを考えあの手この手とどうにか情報を外に出すために尽くしてきた。
彼はこの場所にスポーツ解説者として招かれたとなっている。
彼自身も今まで本当の意味で報道の仕事に関わった事がない。
スポーツ関連の辛口コメンテータとして仕事をしていただけなのである。
ジャーナリストではなく世間からずれたタレントに近い。
コメントがあまり偏っており、自分の想像8割がもりもりの内容。
テレビ受けするキャラクターとして確立された地位が、彼の自尊心を増長させていた。
しかし、そんな彼が一般的に受け入れられているはずもなく、SNSでは発言のたびに炎上。
嫌われキャラクターとして本来は世間から認知されている。
彼を嫌うネット民から罵詈雑言を投げ掛けられると、さまざまな手段を使って相手を特定。
相手の過去にあった不祥事などを裏から公開し、社会的抹殺もしくは裁判まで持っていきビビらせてから示談で和解など影で当たり屋のような真似事までしていた。
もちろん、そんな話はFCレグルスの管理者である塚本の耳に入っている。
日本サッカー協会が彼をこの場所に送り込んできた意図も。
ようはサッカー協会としても、梯橋智明は厄介者なのであった。
レギュラー番組こそ持っていないが、テレビに出演する頻度はかなり多い。
番組を作る上で、視聴率は持っている男なのである。
初めはサッカー協会としても、そんな彼を重宝していたがだんだんと世間との溝が生まれると、各クラブのスポンサーから苦言が出始め、現在ではあまり彼をサッカーと関わりを持つのは好ましくないという意見に変わっていた。
しかし、彼の性格を把握している協会担当者からは、こちらから直接仕事を減らすのは難しいと意見が。
プライドが高く、自分に敵意のあるものには容赦なしと、協会の裏側にも精通する梯橋を敵に回したとき、日本サッカー協会が一時期混乱を来すのは確実だと。
そんな迷惑な梯橋をどうするか思案していた所に面倒を押し付けても自分達には差し支えない場所に預ける事にした。
預けた後は煮るなり焼くなり好きにしろと言う態度で日本サッカー協会は梯橋からのコンタクトを避けるようになった。
別にFCレグルスの動向など、ある程度さえ掴めれば詳細なんて必要ないのである。
かのクラブの出資者達の中には自分達の首を締め付けられるだけの権力を持った人物もいる。
あまりやぶ蛇をつつくのも、愚かな行為となる。
知っておきたい情報とは、少年達を拉致して強制的にプレイヤーとして育てていないのか?という一点のみ。
練習内容、どんな選手などいるのか、施設がどれだけ充実しているのかなど、些細な情報でしかない。
もし事件を起こして、少年達に危害がある話になり、そこに協会が関与していたのかなどを世論に問われるのが面倒なだけなのである。
日本サッカー協会は、その為のお目付け役として梯橋智明を送り込んだだけ。
現在絶賛暴走中の彼の行動など知る由もない。
煮るなり焼くなりするのは彼だけでいいのだが、実質自分たちが送り込んだ愚か者のおかげでで日本サッカー協会が被る被害までは考えていなかった。
トイレを出た小走りに電話をかけれる施設まで走り、何気なくを装いながら一本の電話を外にいる協力者にかけた。
何気なくを装った行動は、もちろん監獄のクラブチームの施設内からかけているので常に監視対象として録音はされているからである。
それは初めから分厚い契約案内書に記載されており承知している。
録画される事を想定して、あらかじめ日本にいる時に暗号を決めていた。
「もしもし。梯橋だ。久しぶりだな。元気にやっているよ。これからちょっとした遊びに付き合ってくる」
「わかった。楽しんでこいよ」
会話はこれだけだった。
この会話の中にいくつかの暗号が含まれているのである。
”元気にやっている”とは今日ここを出る手はずを整えるという意味であり、遊びとはそのための仕掛けを完成していると言う内容になっていた。
しかし、梯橋は知らなかった。
この電話先の相手がすでに自分の敵に回っている事に。
これまで行った施設の従業員を買収。
トイレにデータが入ったmicroSDカードを流す。
パンにmicroSDカードを挟んで捨てる。
などを行い外にデータを流したと思っていたが、すべてその行動は動画記録され監視の元、回収されている。
すべてうまくいっていると思っている梯橋はそんな事を知る由がない。
すべてはクラブ責任者塚元の手の上で踊っていたのである。
受話器を置くと梯橋の両サイドに黒ずくめの服装とサングラスをしたボディーガードを複数人連れた塚元が立っていた。
がたっ・・。
体から力が抜けて壁ぶつかる。
梯橋はこの状況からすぐに何か失敗した事を悟った。
それでも平静を装いながら、口を開こうとした時、それを遮るように塚元から鋭い眼光と共に短い一言を受ける。
「ついてきなさい」
もちろん拒否権などあるはずない。
逃げるにもここは敵地だ。
すでに詰んでいる状況をこれ以上悪くするわけにもいかず、塚元のボディーガードが両脇に付いて後を力なく歩くしかない。
着いた場所はいつもの塚元のオフィスだった。
扉が開き塚元は大きなテーブルの高級長椅子へと座る。
梯橋はその対面に座らされた。
「さて。私は自慢ではないが大概の事では怒りを覚えない。失敗は人間が成長する糧として必要と考えているからだ。しかし身内に対する敵意にはものすごく敏感でね。私は正直かなり、いやお前を殺したいと思うぐらいには腹が立っているんだよ」
言葉は丁寧だが、それだけに殺意が込められた内容に本気度が伝わってくる。
梯橋は席についてから体中の汗が止まらない。
こんな恐怖は感じたことはない。
たとえ自分が本物の銃を持っていたとしても、今の塚元を目の前にして撃つ勇気はない。
さっきまでの憤っていた感情はまるでどこかにいったかのように綺麗になくなっていた。
「私の子供達はマスコミの目から守らなければならない。最高の環境で練習に集中してもらわないといけないからね。日本のマスコミに我々の存在は悪に見えては困るのだよ。君の処遇を考えるのにかなり時間をかけた。本当に厄介だ。イタリアの美しい海を汚染物で汚すわけにもいかんし、事故となるとそれなりに警察に手を回さないといけなくなる」
「ま、待ってくれ!なぜ俺がそんな目に合わなければならない!まだ俺は悪いことなんてしていない・・・」
「臭い息を吐くのはやめてくれないか?本当は対面でこう顔を合わしているだけでも虫唾が走って困っているんだ」
テーブルに梯橋が用意したデータ収集のためのメモリーやら盗聴器やらが並べられる。
「あぁ。先ほど君が外に電話をかけた相手は私の部下だ。内容は”今日ここから出ていくから、日本に帰国する準備をしておけ”だったかな?」
「・・・。」
梯橋は動悸が激しくなり呼吸している事すら忘れている感覚だった。
目の前に並べられたものが自分の物ではないという主張はここでは無意味だとわかっている。
言い訳などできるはずもない。
しかし、えせジャーナリスト魂がなぜかこの時、梯橋の中で爆発した。
「ここにいるあの子供達はお前たちが強化した強化人間に違いない!薬を飲まされ、あんな異常な動きが出来るんだ!こんな短期間でサッカー未経験者があんな動きできるはずがない!」
立ち上がりながら梯橋がドヤ顔でのたうち回る。
確信を得たという顔で、ここからは自分のターンが始まる予感で一杯だった。
「君はどう殴られたい?」
「そんな暴力などに屈しはしない。俺はこの話を世間に公表する使命があるのだ。崇高なる使命がな!」
妄想に取りつかれた男は次の瞬間、トラックが顔面に突っ込んできた衝撃を受ける。
「ひ、ぶし?!」
ボディーガードの一人が梯橋の顔面に拳を突き入れていた。その拳の大きさは梯橋の顔とほぼ同じような大きさ。
2Mを超え長身でプロレスラーのような鍛えられた太い腕と固そうな拳。
梯橋の鼻が完全に折れており血が止まらない。
今までここまでの暴力を受けたことがない梯橋は恐怖した。
こ、殺される。
男には負けられない戦いがある。
自分の中の真実が絶対である梯橋からすれば正論を言えば論破でき、マウントを手にする事で自分の優位性をアピールできるはずだった。
しかし、物理的な力の前になすすべもなく痛みで涙、鼻水の中に血が混じる。
立ち上がる力もなく、足はガクガクと震えが止まらない。
「わがクラブチームが暴力沙汰で何かあっては、子供達も安心して練習できまい。さてこれ以上虫がうろうろするのはいかがなものか?私は大の虫嫌いでね。早く殺してしまったほうがいいのではなかろうか?」
周りのボディーガード達は頷き仕事をしていたスタッフも何も見ていないと仕事を続ける。
虫?
虫とは自分の事か?
殴られた衝撃で理解度がかなり落ちている。
今から自分は殺される?
自分が正しい答えを持っているのに?
「あ、そうそう。私の子供達に失礼な発言をした心得違いだけ正しておくよ。彼らは自らの力だけであの能力を手に入れた。本当に素晴らしい事だ。これからの成長が楽しみでしかない。これ以上私の子供達に汚い悪意を向けるのはやめてもらいたい。ではさらばだ」
梯橋は次の瞬間、意識がなくなった。
次に梯橋が目を開けたのは病院だった。
だが自分がどこの誰で、何者かわからない。
「?!#!#?!”#!$?!$!」
「あん?」
聞いた事のない言葉で何か言われているが、さっぱりわからない。
ぶ~んと耳元で虫が飛び交う音が不快だった。
目の前にいる看護婦は黒人であり、さっきから何を言われているのかさっぱりだ。
施設もボロボロでむしむしと熱い。
自分の姿は包帯だらけでミイラのような姿だった。
梯橋が意識を失った後の話である。
塚元は日本サッカー協会に電話をかけた。
「これから、おたくが送り込んだ厄介虫を捨てる手はずです。拾う拾わないはお任せ致しますよ。ただこちらとしましたら害虫駆除を我々に押し付けるそちらのやり方に少々頭にきておりまして。支援をある程度・・・。これ以上は言わなくてもお分かり頂けますよね?ん?そちらから仕掛けてきた事。我々も全力をもって対処させて頂きますよ。証拠もそろっておりますし、なんならそちらの組織の再編成を考えてもよろしいのですが?日本代表も大変な時期でしょう?ここは貸しということで。あとこれからは偵察者は不要ということで。それではよろしくお願いいたしますね」
それから日本サッカー協会がFCレグルスに手をかける事はなくなった。