第73話 サバゲー大会 トーナメント 一回戦 その3
ベニート達が赤のジャケット、中町達は黄色のジャケットをBDUの上から着ける。
ジャケットは仲間の識別し、フレンドリーファイアー(味方撃ち)を防ぐためでもあるが、今回は狭いフィールドの為、そこまで必要性は感じないが規定ということで着用している。
なぜ必要性を感じないかというと、このフィールドでは相手の背後に回り込んでポジショニング出来る構造ではないためである。
まず待機部屋は1つの扉しかない。
その扉は出入り口で待機部屋を出ると、少し長い廊下がある。
そのまま進むとフィールドアウトするための扉があり、そのすぐそばの右手にメインフロアーに入る扉がある。
すでに待機場所で両チームのメンバーは臨戦態勢に入っていた。
聞こえるのは呼吸音だけ。
試合開始のブザーがなるのをただ待っていた。
そんな中、彼我はグローブ越しからでも伝わるエアーガンの冷たい感触を感じながら、右手の人差し指にかかるトリガーを世話しなくカチャカチャと”遊びの部分”まで引いたりして、落ち着かない気持ちを銃をもて遊ぶ事でまぎらわせていた。
(ここで勝たないと100万がなくなるし、豪華な部屋に引っ越しもできない。ただな~)
お金以上に引っ掛かる事があった。
中町葉柄。
なぜかさっきから彼我の頭の中でチラチラと中町の顔が思い浮かんで意識を試合に集中できない。
中町とエアーガンとはいえ銃口を向け合うのがどうもイメージとしてしっくり来ないからである。
仲間意識が高く、今まで隣にいるイメージを持っている相手に銃口を向けるのは正直気が引ける。
(再チーム編成の時に二人は絶対了承しなかっただろうけど、一緒のチームになったほうが確実に勝率は上がったし、俺の気持ちもこんなにもやっとしていないよな)
決して倉石がだめだとかいっているわけではない。
短い休憩の間だったが、どうしても彼我の中でこの中町に対する思いがくすぶっていた。
もうこの状況では考えても仕方のない。
やるしかないと気持ちを切り替えないといけないとわかってはいるのだが、どうしても”あのときどうしていればよかったのか”と後ろ向きに気持ちが動いてしまう。
「彼我、それ以上考えるのはやめろ。お前には俺だけで十分なはずだ・・・」
「ベ、ベニート?」
彼我の顔は保護マスクで覆われており、表情からは読み取る事が出来るわけがないのだが、ベニートは彼我の雰囲気だけで、彼の内情を察したのだ。
そんな事ができるベニートに驚かされて彼我は動揺を隠せない。
いやベニートにも本当のところは勘によるところがあったが、彼我の態度から見て、想像力を少し働かせれば、イージーな回答であったかもしれない。
ベニートから見て倉石が無理矢理チームに加わった時から、どこか彼我の心はここにあらずだった。
彼我が自分の事をないがしろにしているわけではないが、中町を含めれいればより高みを目指せた事はベニートにも理解できている。
しかし、それを認めれるだけの器をまだベニートは持ち合わせていない。
ベニートはようやく、彼我という心地よい場所を見つけたのだ。
彼がいたから最近では周りの選手たちもだんだんと話しかけてくるようになった。
彼我がここにいなかったら、自分はまだ孤高の選手でよくてアビラとしか話をしなかっただろう。
それはサッカー選手としてこれから大きな戦いの中で疲弊していく精神力が持つだろうか?
信頼できる仲間がいてこそ、精神的、肉体的、心技体が揃いサッカー人生に喜びを見いだせるに違いない。
それを気づかせてくれたのは彼我だとベニートは確信している。
それぐらい重要な精神的支えといっても過言ではない彼我を誰かにとられると思うとかなり辛い。
ベニートとしても今では一人がいいわけではない。
やはり誰かと飯を食い、笑い、なにかを分かち合う。
これを知ってしまったら過去の一人には戻れない。
そこには当然それを教えてくれた彼我がいてしかるべきであり、自分だけのそばにいて欲しいと思うのは自然な事だとベニートは考えている。
(彼我を誰かに渡すなど考える事ができるわけがない)
中町と組んで、最強のチームを目指しても良かった。
それは彼我が望んだ事だが、ベニートとという存在をアピールするには少しパンチにかける。
このトーナメントを勝ち抜き彼我の中にベニートに対する感謝の気持ちを植え付けなければならない。
(そう。俺がいたから優勝できたと彼我に植え付けなければ)
そうすれば彼我の中でもベニートに対する意識変化が起こり、より一層自分を必要としてくれるだろうと考える。
いまから撃ち合う相手が誰であれ、敵となった以上は戦うのみ。
それが彼我の心を惑わせている人物なら余計に力が入る。
(中町には悪いがこの私ベニート・ミロ一人だけで十分だということを知ってもらおう!)
そんな二人のやり取りを悔しそうに見つめる倉石。
(くそー彼我のやつ。まじで後ろから撃ってやろうか。なにベニートとイチャイチャついてんねん。俺のベニートにここまで思われていて何が不服やねん。それにさっきから全然ベニート俺を気にしてくれへんし)
完全に半べそをかいてちょっとすねている倉石をよそに、3秒前の合図からカウントが始まり試合開始のブザーがなる。
「彼我いくぞ!今は俺だけを見ろ!あとの事は勝ってから考えればいい」
「もう。わかったよ!今だけはお前だけみてるよ!」
「ちょい待ち!彼我!俺はお前に、げきおこぷんぷんまるやで!」
「はぁ?倉石。意味がわかんねーよ」
待機室を出て駆け出す3人はすぐにメインフロアーに入る扉を開ける。
ここでいきなり襲われる事はない。
相手チームも同じ長さの廊下を走ってメインフロアーを突っ切って、奇襲できる距離ではない。
「ここからは慎重にいく。いいんだな?倉石?」
先頭にいたベニートと倉石が位置を変えながら会話をする。
「あぁ。ここから狭い通路で何が起こるかわからん。俺にもしもの時があれば、よろしく頼むでベニート」
「任せておけ。まずお前になにか起こる前に俺が仕止める」
保護マスクのレンズ越しからでも見えるベニートの野性的な瞳に、倉石はきゅんきゅんしていた。
(やばい。これは男でも惚れるで)
ベニートを崇拝する倉石に取って、後ろを彼に守られているというだけでかなりのポイントが高い。
そこに加わる真剣な眼差しに神が降臨したかのような錯覚を覚える。
(あーはいはい。倉石のやつ。完全にベニートに参っているな。まぁ確かにイケメンで男気があって、野性的・・・。とりあえず爆発しねーかな)
彼我の中では、リア充を彷彿とさせるベニートにはときめきはない。
ネクラという訳ではないが、昔から彼我の中でリア充は敵となっている。
過去にフラれた女性が別の男子と歩いている所を見て泣きながら家に帰った記憶がよみがえるからだ。
パソコンが置かれた机の配列がそのまま通路になっているフィールドのせいで屈んだまま少しずつ移動する3人。
手に持っている銃はハンドガン。
ここまで狭いフロアーに長物のライフル銃など振り回す技量はない。
もうすぐ敵陣に繋がる通路が見えてくる。
(足音がまったく聞こえないよな~)
(相手も我々と同じようにゆっくり進んでいるのだろう)
(突っ込んでくるかと思ってたけどな)
倉石、ベニート、彼我の順で小声で会話する。
そろそろ相手に近づいているということでなにか物音が聞こえてきてもおかしくはない。
逆にそれが3人にはどこか不気味に感じていた。
(もう通路だ。どうする?)
(ダミー人形を投げろ)
(了解)
倉石が腰からダミー人形を手に取る。
本来ならサバゲーで、このような小道具は使用禁止である。
しかし、狭いフィールドにひとつだけなにか携帯してもいいということで、ベニートの提案でダミー人形を採用した。
もちろん運営には確認してもらっている。
倉石が手に取った人形。
くまの例の黄色いはちみつが大好きなあれだった。
(よし!投下)
通路にすぅっと投げ込むと銃声が聞こえてくる。
しかし、それ以外の音は聞こえてこない。
ということは・・。
「倉石、彼我突っ込むぞ!!」
おぉーーー。と3人は立ち上がり一気に通路へと突っ込む。
それに慌てたのだろう向こうの陣形で慌ててなにかを引きずる音が聞こえる。
倉石を先頭に三人はハンドガンの引き金を引きながら突っ込むが、相手からの応戦もありあまり前に進む事ができない。
自分たちが通路に突っ込んで3列目のの机が並ぶシマに倉石が身を隠し、2列目の右側にベニート、逆の左側に彼我が隠れる。
少し時間を戻してぬいぐるみを投げ込んだ瞬間の状況を彼我が推測すると、中町が腹這いでスパイパーライフルを構えており、物音をたてずに待ち構えていた。
そこに投げ込まれたぬいぐるみに反応して、中町が1発目を使用。
ぬいぐるみにきれいに着弾されて、そこからベニートの号令で通路を走る。
中町の2発目の装填は間に合わず、仲間に引きずられて退却。
彼我達3人がハンドガンを乱射してくるが、もう敵チームの一人がそれに応戦。
相手も焦っており弾が当たることはなかったがこれ以上3人が進むには危険と判断し、各自机の下に隠れる。
ここまでの流れを30秒で行い、残り時間はあと3分半。
この戦いは制限時間5分。
決着がつかない場合は両チーム失格となる。
しかし、確実にこれで中町達のチームは待ちを選択する事になる。
彼我達もファーストアタックを失敗に終わり、一人も倒せていない現状では残り時間も考えると特攻も考えざるえない状況になった。
粉砕覚悟で突っ込むが、相手がじれて突っ込んでくる所を返り討ちにするか。
選択するにはあまりにも時間は少なかった。
判断を迫らせていたが、3人は会話をするには少し離れすぎておりハンドサインだけの会話になっている。
倉石:どうする?突っ込むんか?
ベニート:様子を見ても時間だけが過ぎる。ここはいくべきだ。
彼我:いくのはいいがタイミングがな。もうぬいぐるみないし。
携帯できるアイテムは各チーム一つだけ。
何が認められているかはわからず、中町達の切り札がどのようなものか想像もできない。
彼我がそっと通路を覗くと、すぐさま銃弾が近くをかすめていく。
中町のライフルだと思われるが、突っ込むのはこのタイミングではない。
もう向こうは3人で待ち構えている。
例え中町が一発撃ったからといって突っ込める状況ではない。
(やばいな。この状況から抜け出す方法が思い付かねー・・・。ってあれ?以外と行けるかも)
彼我は2人にハンドサインで合図を送る。
そこから合図を出して通路に突っ込むのではなく、隠れていた机から頭を出してそこからハンドガンを撃つ。
意表を突かれたのか、相手にどうも当たったらしく1人がヒットと声を出して退出していく。
そこから、彼我達に対応して銃撃戦が行われるが、頭を引っ込めて少し、時間がたつとまた頭を出して銃撃を行う。
名付けて”もぐら叩き作戦”
3人は頭を出すタイミングをずらして撃ち続ける。
なぜこれができるのか。
簡単な事で中町が腹這いになって構えていたから。
そこから狙えるのは足元か、胴体まで。
頭は狙えない。
つまり相手が彼我達の頭を狙えるのは2人だけでこっちは3人で撃ち合いができる。
数撃てばヒット率が上がるのは、簡単な計算式。
しかし、時間に追われて思考が停止しそうになった時に、これが閃けるのかは大きな違いだった。
だがこの作戦にも穴がある。
ハンドガンの特性上、マガジン(弾倉)の弾数は相手のライフルよりかなり少ない。
マガジンは持ってきているが短期決戦をイメージしていた為、そこまで多くは持ってきていない。
(やばいな。せっかく一人倒したのに。ここに来てまた突っ込むか悩む事になるなんて)
両チームの生存人数で勝敗は決まるのだがと彼我が考えていた時、ぱん!と銃声が響く。
「ヒット・・・」
倉石が立ち上がりそのまま通路を抜けて部屋を出ていく。
(まじかよ。倉石も警戒はしていたはず。何があったんだ・・?)
彼我のマスクが汗の蒸気で少し曇りはじめていた。
マスクの内部温度が上昇しており、蒸れて今すぐにでも外したい。
油断していたわけではない。
ベニートと彼我が新しいマガジンをセットしている時の事だった。
相手に自分たちのマガジン交換のタイミングを掴まれた事に驚愕する。
どうやって知ったのか?
こちら側は相手の情報が少なく、相手はこちら側の情報を少なからず持っている。
(ハンドガンを撃ちあいで見せすぎた?)
マガジンの装弾数は銃で変わる。
つまり、銃の形状で大体弾の数がわかるのだ。
相手に目がいい奴がいて、自分たちの銃で装弾数を把握し、撃ち尽くしのタイミングを掴まれた可能性が高い。
牽制してやる事ができず申し訳なく思うが、倉石をやった相手はすぐそばにいる。
今、セットしたマガジンで最後。
彼我の焦りが顔に出ていたが、マスクで見ることはできない。
残されたのは残弾25発と試合時間1分半だけだった。
ネタバレ:突っ込みがありそうなので、先にネタバレをひとつ。マガジンの装弾数が違うのには訳があります。彼我のチームが持っているハンドガンは今回ガバメントではないのであしからず。