第72話 サバゲー大会 トーナメント 一回戦 その2
彼我達が作戦について、口論をしていた時、同じタイミングで中町達も作戦について話し合おうとしていた。
中町達がいる場所はすでにサバゲ試合会場のフィールド内にある待機室。
試合開始時間まで少しあり、選手達がいてる休憩場で話し合ってもよかったはずなのだが、中町は荒川とアルビアルに挟まれる形でこの場所まで連れてこられて、オドオドするしかなかった。
(さっきから二人とも変だよ。目が笑ってない。怖いよ~)
中町から見た荒川とアルビアルの印象は今言った通り目がすわっており時折、殺人者のような狂喜に似た笑みを不気味に浮かべたりもするので、中町の中でさらに恐怖が増す。
まさかとは思うが自分がひどい目に合わされる可能性もなきにしもあらず。
もしそんな事になったら原因には全く見に覚えがないが、さっきから何も言わずに二人だけでアイコンタクトを取り合っているので、いつ行動を起こされてもおかしくはない。
逃げるにも身体のデカイ二人の間をすり抜ける自信はない。
そんな時、荒川がアルビアルの顔を見ながら発言する。
「じゃ取り敢えず俺は倉石を殺るわ」
「ではオレはダイスケをヤル」
淡々と自分の感情を押さえる様に荒川とアルビアルがそれぞれのターゲットを口にする。
どう攻めるかというより、二人は撃ち殺したい相手で頭の中が一杯のようだった。
今の二人の発言は、中町が何かをされるようではないと安堵感は出てくる内容だったが、あまりにも二人が殺伐としており逆に恐怖が増す。
(な、なに?この雰囲気。なんで二人はこんなに怒っているの?)
二人の雰囲気から、彼らが何かに怒っている事はわかるのだが、その理由までは銃選びに夢中になっていた中町には予想出来なかった。
怒りを荒川とアルビアルの二人が静かに溜めている理由は、ベニートと彼我を倉石に横から強奪されたと思っているからなのだが、そのやり取りを見ていない中町にはわからない。
そんな二人を見て恐ろしさはあるが、中町はとにかく話し合いがしたかった。
サバゲにおいて後ろを見ることなく特攻バーサーカーとなる中町はいつもなら自分をカバーしてくれる相方(彼我だったり、皆口だったり)がいるのだが、このままでは二人とも連携が取れるとは思えない精神状態にある。
連携が取れてこそ、心置きなく暴走出来る中町に取って現状は不安要素だらけだった。
中町は見た目にはわからないが大変負けず嫌いな所があり、このままではバラバラなチームワークのせいで負けてしまうと感じていた。
二人と強引にチームを組んだとは言え何も話合わないまま負けてしまうのは、あとでシコリが残りそうな気分だったので、今まで人生の中であまり仲裁をした事がなく得意ではないのだが必死に二人に落ち着いてと声をかける。
「ね、ねぇ。二人とも落ち着いて。何をそんなに興奮してるの?それより、まだ僕を誘った理由を聞いてないんだけど?」
中町からすれば、まず彼らがここまで殺気だっているのかよくわからない。
この理由がすっきりすれば2人の雰囲気もやらわいでチームワークを取れるかもしれない事ともう一つの疑問は自分がこの二人から選ばれた事を確認したかった。
二人とは特別親しい訳ではないし、彼我の隣にいるときに何度か話をしたことがある程度でプライベートではあまり接点がない。
サッカーの練習はポジションが違うのでサッカー練習場の中で多く語ることもない。
そんな二人が強引に迫ってきて、強面な表情でサイン(チーム編成申請書に)をさせられた。
何か裏がありそうで怖いし、ちゃんと自分を選んだ理由が聞いて納得したかった。
そんな中町の質問に荒川が、どこかバツの悪そうな顔するが意を決したように表情を変えて叫ぶ。
「…中町、俺には、いや俺達にはお前が必要なんだ!!」
ふーん。ふーんと鼻息の荒い荒川の説明にもなっていない説明に中町は荒川を睨みにつけながら顔を赤くしてお尻を押さえる。
「ぼ、僕が必要ってもしかしてそういう意味で?!ここはサバゲーフィールドでみんながモニターで見てるんだよ!?そんな中でとか物凄いマニアック過ぎるでしょ?!」
誤解された事に気づいてすぐに荒川が訂正する。
「ば、バカ野郎!俺にそんな男食の趣味はねーよ。あいつ(彼我)じゃあるまいし。俺は日焼けしたおしりの大きい日本人女性が好きなんだよ!それに、そんなここでやるとかそんなマニアックな趣味もないわ!!」
釈明するために、口から自分の女性の好みを言う荒川の顔が真剣だったので、自分を狙っていると言う勘違いからは抜け出したが、出来れば友人の赤裸々な女性の好みは聞きたくなかった。
言った本人もこの後どうしていいのかわからない様子でソワソワしている。
「オレノ好みは、ちっちゃいほうが…」
そこに沈黙を続けていたアルビアルが空気を読んで、自分の好みを口にするが二人はそ、そうかとそれ以上何も突っ込みを入れず黙るだけだった。
あんまりアルゼンチン選手から空気を読んで返しが返ってくる事がない。
それに驚いた二人が、戸惑って返事をしないだけなのだがアルビアルは自分の空気は読み間違いだったのかと少し気にしてしまう。
最近日本人選手達が使う言葉に”もっとお前、空気を読めよ”と言う言葉がある。
かなり頻繁に使われるフレーズだが、もちろん使っている相手は同じ日本人選手相手に限る。
日本人選手たちがアルゼンチン選手に、プレイに対して説明をする場合、かなり具体的に話し合いをして互いの理解を深める。
当然と言えば当然の話である。
日本人の友達、恋人、家族の間で例えばコップを取ってほしいと伝える場合、コップを見ながら”あれ”を取ってきてくれと伝えると伝わる場合がある。
それは長年の付き合いの中で培われた”あれ”に対する理解度が脳内変換されて答えが導き出されるわけだが、”あれ”に対してコップでない場合も存在する。
しかし日本人は、臨機応変にこの脳内変換をかなりの高確率で正確に読み取る事が出来る。
それは便利な脳内変換の訓練を日常から行っているとアルゼンチン選手達の間で噂になっていた。
基本が陽気で、失敗しても次が間違いなければオ~ケ~と、そんな空気読む事を必要としないアルゼンチン選手の中には、日本人はなんとなく相手の事を察する便利な能力が備わっている事が羨ましく思う時もある。
なぜなら女性と話をする時に、相手の事がわかればお付き合いしてくれる可能性が高くなるからである。
思春期の男子が抱く幻想とはほぼ女性に対してどうアプローチするかであり、もし日本人が持ち合わせる”空気を読む”能力があれば100戦全勝である。
実際はそんな簡単なモノではないのだが、特殊な能力に対する憧れは輝いて見えるものである。
周りのアルゼンチン選手がそんな幻想を抱く中、アルビアルは純粋に仲良くなった彼我の事が知りたいだけだった。
国の文化になんて彼我は興味なくアルビアル個人として仲良くなってくれるだろう。
実際彼我は日本人とアルゼンチン人の垣根なく接してくれている。
それは他の日本人選手達も同じなのだがアルビアルの中で特別になった彼我の言動にはかなり気になる事が多い。
自分が認めた相手の良いところを真似したくなるのは仕方のないことだと言える。
そこで最近彼我を相手にアルビアルは空気の読み方についてレクチャーを受けていた。
レクチャーされて、初めはなんて難解な事を平然とやっているんだとアルビアルは驚いた。
今までアルゼンチン選手たちが頂いていた幻想は、本当に幻想でしかなかったと思い知らされる。
そもそもにして”空気”が何かよくわからない。
天気や大気中の澱みは感じるが、たぶんそんな物理的な物ではないだろうと彼我のレクチャーでわかる。
そこで彼我にお前たちが言っている”空気”とはなんだと尋ねると、難しい顔をして、悩んだ後に相手から表情や態度を見ることなく喜怒哀楽を読み取る事だと教えてくれた。
そんなのは感情を表に出せばすぐわかることだし、表情や態度を見ずに喜怒哀楽を読み取るなんて日本人はエスパーかとアルビアルは言い返した。
確かに感情を内に秘める必要はあるが、ずっとそれを持ち続けることは心を痛めてしまう。そんなのはナンセンスだと伝える。
まぁ確かにそうなんだがとアルビアルの言葉に理解は示すモノの彼我は言う。
日本人はあんまり感情を表に出す事を美徳としない。
こればっかりはその国のカラーだから説明するのは空気を読む事より難しいと説明された。
そんなやり取りを繰り返しながら、少しずつ彼我からアルビアルは空気の読み方についてレクチャーされ、今は何とか相手の表情からは空気が読めるようになってきた。
中町と荒川の顔を見る限り、今回はあえて空気を読まないのが正解のような気もする。
空気を読み続ける、空気をあえて読まない、この判断もかなり高度なやり取りでアルビアルにとってはまだ難しかった。
中町も荒川も驚いた顔をしたが、アルビアルが間違った話の流れで会話をしてきたことに対しては指摘はしてこない。
空気の読み方を間違えただけで、やり方としては正解だと言える。
(ふむ。ナカナカ。空気を読む事は難解だ。彼らの顔を見る限りあながちオレの空気読み間違いはしたが、やり方自体には問題はなかった。それならオ~ケ~だ。次に生かせばいい)
そこはポジティブなラテン系。
次に生かせばいいと前向きにとらえる。
「オレは言った。じゃ。次はナカマチの番だ。これはそういう女性の好みを話し合う話なんだろ?」
アルビアルが俺も言ったし荒川も言ったからと期待するように目を輝かせた顔で中町を見る。
「もう!!今暴露大会をやってる時じゃないからね!!そ、それにほら。ぼ、僕の好み何てどうだっていいじゃないか」
「いやいや。かなり俺は興味あるぞ」
「オレも興味ある。でなければ聞いたりしない」
アルビアルの話は確かにそうだ。
相手に興味のある話でなければ聞いたりしないだろう。
「そ、それより!僕を誘った理由のほうが聞きたいし!時間もないから!」
あぁ。そんな話だったなと荒川が口にする。
女性の好み話を聞くほうが面白くていいのだが、確かに時間もなく強引にチームに引き込んだので、経緯を説明する必要は感じる。
このまま、うやむやに説明放棄してもいいのだがそれではあまりに不誠実かなっと荒川は一旦アルビアルの顔を見て話をしてもいいかと促す。
「アラカワに任せる。まだ日本語で正確に伝える自信はない」
「わかった。中町、お前をチームに引っ張った理由は…」
荒川が話した理由は、簡単だった。
ようは倉石にベニートと彼我を強奪されたからであり、どうしても仕返しがしたかった。
そこで自分達を選ばなかった事をベニート、彼我、そしてにっくき倉石に後悔させるには勝つ事だった。
しかし、現状からベニートとサバゲーでやりあえるのは中町しかいないと感じた二人は無理やり彼をチームに入れたと話をした。
「と言う事なんだ。強引に引きこんですまないとは思っているが、どうしても俺達にはお前が必要なんだ!」
「なるほど。ようやくここでさっき言った”必要なんだ”に繋がるわけか。けどそれなら普通に誘ってくれれば良かったのに。二人して怖い顔で迫ってくるから。僕ドキドキしちゃったよ」
「はぁ?俺達は怖い顔なんてしてねーぞ?なぁアルビアル?」
「モチロンふつうだ」
中町はいやいや。長身の色黒男子二人に挟まれてるだけで、かなりの威圧感はあるし確かにあの時は鬼の形相だったと反論したいが、そんなやり取りをしている時間もそろそろなくなってきた。
本題の作戦会議をしないと、せっかくこんな思いをしてチームになったのに何もしないまま、負けてしまう。
「さっきの僕を無理やり引き込んだ件についての話は試合が終わってからじっくり話そう。今僕達がやらないといけないのはまずは作戦を考える事だよ」
後でじっくり話はするのかと二人の顔が曇る。
倉石が強引にベニート、彼我を引きいれたからといって、怒っているのは荒川とアルビアルだけであり、中町には関係のない話である。
ただ実際中町もチーム編成に迷っていたので強引に引き込んでもらってよかったと思っている部分もある。
そんな事は口には出さな中町に対して二人には怒ってるようにも見えるし、気にしていないようにも見える。
(ダイスケ。空気を読む。この能力を取得するのにオレは長い時間を必要としそうだ)