第71話 サバゲー大会 トーナメント 一回戦 その1
エキシビションマッチの広いフィールドとは違い、トーナメントのゲームフィールドは小さなオフィス一室程度しかない場所で行われる。
ここで取る戦術は、単純に攻めるか、守るか。
制限時間は5分。
今回の特別ルールとして、制限時間内に両チームの同数のプレイヤーが残っていた場合、両チーム失格になる。
このルールがないと、陣地を構築しその中でじっと亀のように動かないほうが有利となる事が多い。
単純に動いているほうが、隙が多くなり移動した瞬間に撃たれる事になったりするからである。
守りに徹して壁に隠れながら、敵が動けば撃つ。
ギャラリーには面白味のない作戦だが、賞金がかかった戦いで勝ちを意識するならば非常に有効な作戦と言える。
ではそんな有効な作戦を両チームが取った場合、勝敗の動きはないだろう。
そこで、積極的な撃ち合いを促す為の両チーム失格という処置が必要だった。
特別ルールがなかったとしても1回戦は誰もが撃ちあいになると予想できた。
なぜならトーナメントマッチ一回戦のベニート、中町の両チームが亀のように頭を引っ込めておとなしくしているとは考えられない。
ベニートの好戦的な考えは、サッカースタイルからも伺えるし、中町は銃を持つと人が変わったように好戦的になる。
と言うことは開始初っぱなから、両チーム突撃し銃撃戦になることは予想ができた。
そんな中、ベニートチーム(チームリーダーは倉石で登録されているが誰もがベニートのチームだと思っている)で動きがあった。
「俺が前に出るわ」
倉石が前触れもなく提案をする。
急な話をしてきたので一瞬何を言っているのかわからずチームメイトの彼我は対応が遅れた。
(前に出るって死にに行きたいのか?)
彼我が1秒思考ののち、考え出した答えを口にする前に、ベニートが彼我より先に返事をする。
「倉石。貴様何を言っているのか、理解しているのか?」
その声色には、不快を示す感情が乗っていた。
ベニートからすれば、自分が先頭に立ち、力を示すのが当たり前だと思ってくいる節がある。
人の後ろで、誰かを盾にして生き残ろうとは考えていない。
盾にするぐらいなら、自分が前に出て皆殺しにすれば、解決だと本気で信じており、倉石の提案に不快感を見せたのだった。
だがそんなベニートの声色を感じる事もなく倉石の反応は違ったものだった。
「ベ、ベニートが俺の名前を…。くぅ。たまんねー!」
ベニートに自分の名前を呼ばれて悶えていた。
彼我はおでこに手を当てて、こいつはこいつでかなり重度のベニート病に侵されているなと心の中でそっと呟く。
悶え続ける倉石に速く説明をしろと言う視線でベニートが睨み付ける。
さすがに、突き刺さるベニートの視線に押されたのか、悶えるのをやめて少し冷静になった倉石が、咳払いをして説明を始める。
「こほん。ちょっと柄にもなく興奮してしまったわ。ごめんな。えーと、説明するとやな。今回のフィールドの特徴、もう二人は俺が言いたいことに気がついていると思うけど、テレビドラマとかでよくみるパソコンが置かれたオフィスをイメージして作られとるわな」
「いや倉石、作戦の説明ではなくお前の真意を聞いている」
細かな説明をしようとした倉石にベニートが割って話を止める。
倉石が説明しようとしていた事はさっき、運営のほうから今回のフィールドの下見をしていいとの事で、三人で確認中を行った。
そこには乱雑に置かれたパソコン。
しかし、パソコンは床に置かれている訳ではない。
荒廃したオフィスという設定らしいのだが、床にパソコンが置かれていると躓いて怪我をする可能性があるという配慮でパソコンは長机の上に置かれている。
つまり、パソコンが置かれた机と机の間が通路という事になる。
そしてその間を通れる道幅は一人分しかない。
大体腰までの高さしかない机の通路は下半身は何とか障害物のおかげで守れそうではあるのだが、剥き出しの上半身は狭い通路で逃げ道がなく守る物がない。
ではどうやって先に進むのか。
床に体をべったりつけて進む、匍匐前進が有効的だった。
しかし、移動性は失られ匍匐前進で進む事を逆手に取られて普通に相手が突っ込んできた場合、立っている相手選手から撃たれる事になる。
という事は一番前に立つ選手が今回のフィールドでは、死亡率が高いのである。
倉石が言いたい事は、自分が先に立ち肉の壁になる事。
そんな事は、倉石の説明を受ける前にフィールドの見学をしたので、ベニートも頭の中でも誰かを盾にする作戦は案の一つとして考えた。
しかし、ベニートには面白い作戦だとは思えず、どちらかと言えば仲間を盾にする事で気分が悪くなる不快な作戦だとすぐに脳内からすぐに破棄した。
その破棄した作戦を、もう一度倉石が掘り返したので、説明を求めたわけだが、倉石があえてベニートの言いたい事がわかった上でもう一度細かな説明を始める。
「まぁ聞きーな。確かに悠長に話をしてる時間はないわけやけども、しっかりイメージする必要があるねん。それに短い間で決着が付きそうなこの戦いに、どのみちやられ役は絶対に出るしな。じゃ無駄死ではもったいないやん。な。勝つためや。わかってーや。ベニート」
「お前の言っている事は理解できる、そして、勝つためには誰かを犠牲にするのは最善に近いだろう。しかし、失われるものが確実にある。それは”人間性”だ。勝つのはとても大事な事だ。しかし仲間を見殺しにして、勝つ事は・・・。俺はそこまで非情な男にはなりきれない」
ベニートが”らしからぬ”事を言う。
今まで、ベニートは勝つことが全てとまではいかなくても、9割は勝つことを意識して行動していたはず。
そして勝つことをもぎ取る力はこのクラブチームの選手の中でもダントツに高い素質を持つ。
ベニートの発言には確かに、彼我も首を傾げる部分があった。
倉石が志願して前に出てくれる事はありがたい。
でもそれは俺でもいいはずだと彼我が言う。
「じゃあその役は俺でもいいんじゃね?」
「あほか!なんでおいしい所をお前にやらなあかんねん。これ以上ベニートの前でカッコつけるな。それにな。俺の知ってるベニートは勝つためには手段を選ばない奴や!お前、そう彼我お前がベニートを変えたんや!」
倉石が彼我の提案に突っ込みを入れながら、さっき言ったベニートの言葉を否定する。
思ってもみなかったことを言われた彼我が自分の顔を指す。
「お、おれ?」
「そ、それは違う!私は何も変わってなどいない!」
焦って否定するベニートがちらっと彼我の顔を見て、何か言いたそうなのを横目にした事で倉石の中で何かが弾けた。
「彼我。いつもいつもお前がベニートの隣におるから、変な優しさが移ったんや!ベニートは孤高がカッコいいんや!!」
「倉石。それ本気で言ってるのか?」
急に彼我のトーンが変わり視線も冷たくなる。
そんな彼我に押された形の倉石が黙って口を尖らせる。
「なぁ倉石。お前の目の前にいる奴は誰なんだ?」
「そんなんベニートに決まってるやんけ」
「じゃお前が知ってる”孤高のベニート”と、目の前の”本物のベニート”の違いってなんだ?本人が唯一無二の存在だよな?」
「・・・。何がいいたいんや?」
「人には、好きな相手に対して理想を膨らませる事がある。けどさ、俺は会ったばっかりのベニートより、今のほうが人間臭くなって好きだぜ。これでさ、お前がいう変化によって、ベニートのサッカー能力が下がったなら言い分はわかるよ。そうじゃないだろ?変わってなにが悪いんだよ?今のベニートが唯一無二なんだよ。変わっちまっても人に迷惑をかける奴でなければ俺はそばにいてる。それに優しさは弱さじゃねーし。むしろもっと強くなるために必要なもんだと思うぜ。最後にまぁ、俺の親友はそこまで弱くねーよ!」
少し照れながら話をする彼我に二人は黙って聞いていた。
最後まで聞くと、ベニートは下を向き肩を震わせて、バッと顔を上げて耳を真っ赤にして彼我に向かって怒り始める。
「彼我、馬鹿!貴様はどこまで俺を喜ばせれば気がすむんだ!このバカ野郎!」
なぜか、物凄い勢いで訳のわからない事で怒り始めたベニートに、なんで怒るんだよ!俺今いい事言ったよな?と言い返す彼我に、倉石も彼我の横腹をつつきながら怒っていた。
「彼我!あんまり、ベニートを喜ばせるな!俺達が必死で、何かやろうとしてもお前が最後にかっさらっていく!もう、わかった!やっぱ俺が前に出るしかないな。止めんといてくれ。ベニート」
「ふん!もう、お前の好きにしろ倉石。お前がやられる前に、私がすべて終わらせてやろう」
不気味に笑う二人の目が完全に違う方向を向いていた。
一人残された彼我がやれやれとため息をつきながら、一番後ろのポジションにつく。
そして中町陣営でもこれと同じようなやり取りが行われていた。