第70話 サバゲー大会 トーナメント抽選会
話は倉石が強引なチーム編成を行う前に遡る。
FCレグルス内で行われているサバゲーの100万円をめぐるメインゲーム、トーナメント戦。
壮絶なエキシビジョンマッチのせいで軽症のけが人などの影響により、大会を運営する監督側から譲歩があり、チーム再編成を行ってもよいとのアナウンスがあった。
トーナメント戦が行われる前にFCレグルスの選手達はチームの再編成をする為に、熾烈な仲間同士での交渉戦を繰り広げていた。
そんな中、フロアーの一番目立たない机の上にハンドエアーガンを並べて、お気に入りのグロック26 アドバンスを上機嫌で拭き続ける男がいた。
名前を梯橋智明。
日本サッカー協会から派遣されたフリージャーナリストという表向きの顔とは裏腹に、FCレグルスの内情をサッカー協会にリークする為のスパイとして現在活動している。
初めは、サッカー協会が提示した金額に目がくらみ主義もなく、軽い気持ちで話を受けたのだが、FCレグルスの選手達が行った練習試合に疑念を抱き、これは誰かが仕組んだ自分を騙す為の悪戯だと思い込むほどの、17歳素人集団が行うにはあまりにも濃密な試合内容に納得がいかず、この施設の関係者が彼らに何かしらの不正行為、つまり薬投薬によるドーピングなどで身体向上をさせ、10代の若者に無理をさせて、強引なハードトレーニングをさせているとまで思い込むほどになっており、己が持つ正義の名の元に、それらの非情行為を暴露してやると息巻いていた。
彼がFCレグルスの施設にやってきて得た情報を、どうにか外部に届けようと様々な方法を用いてきたが、そのすべてがクラブ関係者に把握されており梯橋本人はその事に全く気がついていない。
むしろすべてがうまくいっており、そのうち起こるであろうFCレグルスに対するバッシングに心が躍る。
流した情報には全くの嘘の情報も含めており、非道を行っているクラブチームとして必ず制裁をする為にイタリア政府情報局が、この施設に嫌疑をかけてやってくる事を信じている。
梯橋が今、上機嫌なのはイタリア政府に情報局員がやってくると思い込んでいる事ではなく、さっき語られてベニートの過去の話を、このフロアーの至る所に仕掛けておいた盗聴器からたまたま拾って、録音できたからである。
ベニートとというまだ小さな英雄の過去はミステリアスで世間にはまだ出ていない。
今アルゼンチン国内はもとより世界からも旬な情報としておいしい(お金になる)。
そんな話はここに”たまたま”いたから聞けた話であり、その事は僥倖であった。
思わずさっきトイレに行った時、嬉しさのあまり何か自分の口から洩れてしまったが、誰も聞いていないはずだと特に気にする様子もない。
日本サッカー協会から派遣されて、自由がほぼなくストレスが溜まりっぱなしの毎日でようやく金に繋がる金の卵を見つけたのである。
これは日本サッカー協会ではなく、自分のつてで高く情報を買ってくれそうな編集部に持ち込んでやろうと考えて、その金額を想像するだけで上機嫌になってしまう。
そんな自分がやっている事を全く悪とは感じていない。
正義の名の元に報道をする義務が自分にはあると思い込んでいるからである。
その先にベニートととその家族に迷惑がかかろうとも知った事ではないし、後ろめたさなどは微塵も感じていなかった。
ジャーナリストは”情報”を売って生きていくものだと思っており、その情報が時に人を傷つけても、その事が目に見えない自分には関係のない話だと思っている。
だが、この施設に入る前に、契約した内容の中に関係者が渡した情報以外を外部に漏らす行為、選手達の過去を調べる事は禁止されている。
つまり、ベニートの過去を外部に漏らせば即クビ、もしくはイタリア政府当局に捕まるのは自分のはずなのだが、全くそんな事も考えていない。
”自分が捕まるわけがない”、”大丈夫まだバレてはいない”この施設の人間は馬鹿だから俺の考えに追いついてこれるはずがないと考えていた。
自分本位。
常に他人のことなど気にして生きていては、つまらないと考えている。
空気を読め?はぁ空気なんて見えるわけないだろ?馬鹿か?空中に文字が浮かび上がっているわけねーだろというのが梯橋の持論である。
そんな自分勝手な梯橋が他人の敵意ある視線に気が付くはずもなく、なんの不安もなく上機嫌でエアーガンの手入れをしていられる。
さらに言えば今行われている選手達の交渉戦に参加する必要もない。
このトーナメント戦に出場するに辺り、梯橋を監視する為のエージェントを付けての無条件での参加が決まっており、煩わし交渉に駆り出される必要がない。
そんな梯橋を睨みつけている少年がいた。
倉石登である。
ベニートの過去が本人の口から語られる最中、倉石はトイレに行っていた。
ふとトイレの個室から笑い声が聞こえてくる。
聞いた事がない野太い笑い声。
選手達の中で、こんな声で笑う奴の検討が付かなかった。
自分はとりあえず小便器の前に立ち用を足す。
「あのアルゼンチンの若くして英雄となるであろうベニートの過去がこんな所で手に入るとはな。行方をくらましてパパラッチが血眼になって探している今旬のサッカー業界では時の人じゃねーか。この俺様が聞いている事も知らずに馬鹿なやつだ。自分の過去をべらべらしゃべりやがって。これで金がいくら入ってくるか。100か200かそれ以上だろうな。くくく、楽しみだな!!」
(ベニートの過去?なんのことやねん)
ベニートが過去を語り始めた事を知らずにトイレに来ていた倉石が、興味のあるキーワードを口にする個室にいる誰かに声をかけようとしたとき、後ろから口を抑えられ身動きも取れなく拘束されてしまう。
(え?な、なんやねん?!)
そのまま、トイレを出て少しした所で解放される。
そこに立っていたのは自分たちを指導してくれている武田だった。
「武田監督?急に何するんですか?!」
「今聞いた話を忘れろ」
「はぁ?なんの話ですか?あのベニートがどうのって話ですか?」
武田は少し考えたように無精ひげが生えたアゴに左手をそっと置きひげをいじりながら考える。
1秒という短い時間ぐらいしか、思考していないが倉石の目を見て今から話す事は他言無用と言い話を始める。
「あのトイレで何かを言っていた奴は日本サッカー協会から派遣されたジャーナリストで、まぁぶっちゃけ嫌な奴だ」
「えらいすげーざっくりとした説明ですね。まぁ聞こえてきた内容も欲望まみれのドギツイ内容でしたけど」
「詳しくいうと、色々あるんだが面倒でな。ようはあいつはスパイで情報を売って生計を立てている」
ここまで聞いて倉石の頭の中で、さっきトイレで言っていた男が言っていた内容と繋がった。
ベニートを神に近い存在だと崇拝している倉石からすれば、個室男は悪であり断罪しなければならない存在という事になる。
さっきまで関西弁を話していた倉石の表情が引き締まり口調も変わっていた。
「それは粛清しないといけませんね。”我々”が」
「はぁ。・・・倉石お前がBM団の設立者という事は知っている。それでもあえて言う”あれ”に手を出すな」
「なぜです!?なんなゲスは粛清されても・・」
「なぜって大人の事情もあってな、それにお前が手を付けていいような相手じゃない。こっちで処理するから任せておけ。もしあいつにお前たちが怪我でもさせたら大変な事になる」
武田の言葉に、想像力を働かせ自分が起こそうとした未来について考えると倉石も気持ちを落ち着ける事ができた。
「確かに暴力はいけませんね。でも信じていいんでしょうね?」
「お前、俺を誰だと思ってるんだ」
「昔サッカー選手だった人」
「まぁ・・・・正解だが・・・。それでも俺を信じろ。なぁ!」
というやり取りがあり、武田は倉石を解放した。
倉石はフロアーに戻り、ベニートの過去がまだ語られていたので、このまま何もせずベニートに危害が加えられてからでは遅いと考え、倉石は自分でも驚く大胆な行動に出た。
チーム編成用紙を受け取り、自分の名前とベニート、ちょっと嫌々ながら彼我の名前を書いた。
倉石は決して今は彼我が嫌いなわけではない。
むしろ、彼の成長は認めているしサッカーをやる仲間として信頼も高い。
だがベニートの事になると話は別だった。
いまだに彼の第一親友の座を取られた事に何も感じないわけではない。
時間の経過とともに少しずつ折り合いをつけていったが、いまだに燻る火山のような気分だった。
倉石はベニート本人たちの承諾もないまま、武田に用紙を提出。
「さっきの話黙っておきますから、このままこの用紙の内容を受理してください」
「ふぅ。ま、いいだろう。しかし今回だけだぞ。次はないからな」
そして、ベニートが過去の話を終えるタイミングを見計らって、ベニート達の輪の中に入りまんまと自分がベニートのチームに加わったことを暴露する。
彼我は驚いた顔をしていたが、ベニートからは特に何か反応があったわけではなく、可もなく不可もなく受け入れられているようだった。
(お、俺ちょっとベニートに認められている?!)
倉石は普段気難しいベニートが何も言わないまま、とりあえず自分を受け入れてくれているそんな態度に、自分の事を認めてもらっていると勘違いしてしまい、照れた顔を必死で真顔に保つことに神経を使って、自分はただ困っているみたいやったから手伝ったんやという態度を崩さなかった。
倉石よりも先に声をかけに来ていた荒川とアルビアルが横暴だと非難するが、ベニートが何も言わないので二人はどうする事も出来ずその場を去るしかなかった。
そんなやり取りの後、ベニートのチームに入れなかった荒川とアルビアルが打倒倉石を誓い、エアーガン置き場で鼻歌混じりに銃を眺めていた中町を両脇から抑えてテーブルまで移動。
「ちょ、ちょっとどうしたの?二人とも。鼻息が荒いんだけど!?」
「さぁ。中町これにサインするんだ」
アルビアルが一枚の用紙を突きつける。
ただのチーム再編成用の用紙なのだが、鬼気迫るアルビアルがどうしても悪徳商人に見えて仕方がない。
もともと体の線が細い中町は周りから見れば大柄な男二人に襲われているようにしか見えず、荒川とアルビアルは新しい何かに目覚めたんだなと周りから可愛そうな目で見られる事になった。
中町はなぜ二人が自分を強引に引き抜きにきたのか、全く説明もされずあれよあれよと用紙にサインさせられ提出。
ただ中町はベニートを敵だと認識しており、この二人が新しい仲間だという事に対しては心強さを感じてはいた。
FCレグルス33人の選手の中、エキシビジョン戦から棄権者は18人にものぼった。
残りは15人。1チーム3人編成で5チーム作れる事になる。
5チーム分の用紙が運営委員の元に届けられ、トーナメントの概要が武田から説明される。
「短い時間だったがよく話合ってチームを再編成した。これより100万円争奪のトーナメントを開始する。まずルール説明だが、エキシビジョンマッチと基本は同じだ」
カラーペイント弾を使用し撃たれればその場で死亡判定。
ただし、チームが勝ちぬけば次の試合で復活できる。
勝敗は、どちらかのチームの全滅かタイムアップ時生き残りが多いチームの勝ちとなる。
試合時間は5分。
1フロアで行い、短期決戦にて勝敗を決める。
それ以外はエキシビジョンマッチと同じルールにて試合が行われる。
簡単な説明だったが選手達にとっては十分理解できる内容だった。
この後、チームリーダーが抽選箱に入っているボールを手につかみ、書いてあるナンバーをもとにトーナメント表に書かれている同じナンバーの下にチーム名が書かれていく。
ベニート達チームリーダーは倉石となっており、抽選会の壇上に上がる。
そんな様子を見ながら隣にいるベニートに彼我が声をかける。
「新しいチームメイトは倉石でよかったのか?無理やり決められたのもあるけどさ」
「問題ない。あいつの動きは悪くない」
「珍しいな。お前が誰かを褒めるなんて」
「ふっ。嫉妬しているのか?お前よりは期待はしていないがな」
「その褒め方は微妙だな。俺としてはどう答えていいのかわからんわ」
倉石が手にしたボールを大きくかざすとと会場にどよめきが走った。
「中町のチームと当たったか」
すでに1回戦目のトーナメント表に書き込まれていた中町のチームの横に、自分たちのチームが書き込まれる。
ベニートがニヤリと細く笑みを浮かべ、戻ってきた倉石によくやったと声をかける。
チーム再編成からベニートに声をかけてもらっていなかった倉石が、いつも照れ隠しをするときにやる頬っぺたを内側に凹ませてなんでもないわという態度を取る。
彼我はそれを見ながら倉石嬉しそうだな~と思いつつ、中町チームのほうを見ると中町、荒川、アルビアルの3人から闘志のようなオーラを感じていた。
(あーこれは俺もしっかりやんねーとやばいかも。100万円と引っ越しかかってるし。それに一回戦で負けるわけにはいかねーよな)
1回戦目、一番初めの試合で早くも中町達と激突する事になった事に彼我も気持ちのギアをひとつあげるのだった。