第69話 サバゲー大会 ブレイクタイム 倉石登 その2
ベニーーーーーーーーート!!?
まさに衝撃的だった。
目の前に、ベニート・ミロがいる。
本物だ。見間違えるわけがない。
でもどうして?!なんでいるの?マジか?マジなのか!
倉石が日本からイタリア領サルデーニャ島にある、FCレグルスのクラブチームハウス通称”監獄”にバスで降りた瞬間の出来事である。
見た限り多分、南米辺りの外人集団の中にベニート・ミロの横顔を見た。
そのまま外人集団はクラブハウスの中へと消えて行ったが倉石が受けた衝撃があまりにも凄まじく、隣にいた誰かに肩を叩かれるまで呆けていたほどだった。
もう感動でどうしようもなく、興奮のあまりベニートの名前を叫ぼうとするが声帯から声が出る事はなく、実際は頭の中でベニートの名前を連呼しているだけだった。
いや、ブツブツ何かを言っていたかもしれないが、声になっていない。
あまりの衝撃で自分がどのような状況になっているかを倉石自身認識できないでいた。
(オレの憧れのベニートがここにいる!?ひゃはーーー)
1年前、高校サッカーの試合の後にやってきたグリーンスーツの怪しいスカウトマンの話を聞き、倉石は来年クラブチームの選手となるために、FCレグルスの筆頭経営者である戸田橋の経営するスポーツジムに通った。
まずは身体を鍛える事から始めるということで、徹底的に基礎体力と反射神経、後スカウトマンが目を付けた感覚的に全体を見渡す能力を鍛えられた。
しかし、身体は鍛えたがサッカーの練習は一切行っておらず、あくまでも身体能力の向上を目的としたトレーニングだけだった。
フィジカルが弱いと海外でやっていくのは難しいとの事で、身体が出来上がっていく高校生のうちにフィジカルを作る為の種植えを行うという話をスカウトマンから説明されてはいたが、本当にボールを一切触る事なく1年を過ごした倉石は見違えるような身体を手に入れていた。
だがこれでも種植えをやっている成長過程の途中でこれから、サッカー選手として身体が芽吹いていくということらしい。
親もジムトレーナーをやっていたが、この施設で行われているトレーニングは理論、実績共に素晴らしく、今まで数多くの有名スポーツ選手のオフで付いてしまった贅肉をうまく利用し、その選手に適した肉体へと変貌させていた。
だが表に特にメディアには出る事がなく、知る人ぞ知るジムという事らしかった。
なぜならミーハーは不要だということ。
ここにくる選手は一流のアスリート。
集中した環境を提供できて一流の施設だということらしい。
初めは怪しんだ倉石だったが、ジム施設を歩いていると、テレビで見る野球選手や、サッカー選手、ゴルフプレイヤーまで数多くのスポーツ選手が談話いたり身体を鍛えたりしている。
驚かされるのは、日本人だけではなく、主に外国人選手が多くいる事である。
残念な事にこの施設では、サインをもらう事は厳禁となっており、見るだけしか出来ない。
話しかければ気さくに返事をしてくれると思われたが、各選手トレーニング中の集中力は、鬼気迫る物があり、本気で何かをつかもうとしている人たちにミーハーな気分で声をかけるのは違うと倉石は自重した。
そういった環境で、他の選手達に気合を注入されたかのように倉石も必死にトレーニングに打ち込んだ。
そのおかげで、引き締まった身体を手に入れ、心も身体も自信に満ち溢れイタリアに降り立ったわけだが、そんなものはベニートを見た瞬間に吹き飛んだ。
モデルのような体型で鍛え抜かれた身体。
顔はもちろんイケメンである。
次に漂ってくる香りは、男の自分でもどこのメーカーのコロンを使ってるのか聞いてみたいほどの質のいい香り。
そんな彼は友達がいなさそう。(小さくて一人ちょこちょことくっついている選手がいるが基本は一人)
本当に何をしても様になる。ご飯を食べている時も綺麗に食べる。お茶(麦茶)をしている時でも優雅な仕草。
常にベニートの行動を横目で見ながら、倉石は何を話しようか、どんな話題なら食いついてくれるのだろうかと考えていた。
ベニートにあった時の事を考えて、スカウトマンからイタリアに行くと聞かされているにも関わらず、アルゼンチンはスペイン語で話せるはずだと、1年身体を鍛える合間に語学も勉強し、普通に会話できる程度の会話力は身につけていた。
なのでベニートとのコミュニケーションは問題はないはずだったのだが。
未だに声をかけられていない。
問題なのは、2つ。
ベニートがあまりにも孤高という事。同じアルゼンチン人の選手でも声をかけるのを躊躇われるのに、異国の日本人が声をかけるなんてハードルがかなり高い。
そして本人も誰も近寄らせない雰囲気を持ち、ひたすらストイックにサッカーに打ち込む。
練習が終わっても、その孤高は変わらずシャワールームを出るとそのまま自室へと、誰とも会話をすることなく消えていく。
(おいおい。マジかよ。そんなのってありかよ)
もう一つの理由は倉石が空気をどこまでも深ヨミしていまう事にあった。
自分が声をかけて嫌われたらどうしようなど、負の状況を考えてしまい声をかける事ができない。
そんな倉石はベニートと出会って1週間話せないままでいた。
基本アルゼンチン人は気さくで陽気なヤツが多い。
倉石が一番初めに仲良くなったアルゼンチン人はそんなヤツだった。
マルニャ・アバスカル。
多分、言葉がわからなくても、どの国でも誰とでも仲良くなれると思わせる広角をそこまであげるかというような笑顔。
いつの間にか、よくご飯を一緒に食べる仲になっていた。
「ベニートっていつもあぁなのか?俺たち日本人がいるから嫌ってるとかないよな?」
「はぁ?ノボル。ベニートがほかの人間に興味を持つ事自体ない。なのでいつもあんな感じさ。俺たちだって声をかけるのに緊張するぜ」
「マルはこんなに手ぐせが悪いのにな」
さっきから倉石の皿に自分の嫌いな野菜をせっせと載せている。
本人は隠れてやっているっぽいが性格上、大雑把なのかかなり大胆に皿に盛ってくる。
倉石がため息をつきながら、抗議しようとすると歯が見えるぐらいの物凄い笑顔で無言で返してくる。
さらにため息が出た。
そんな状況の中、事件が起こる。
日本人がベニートに声をかけたのである。
衝撃的なニュースだった。
その日本人(勇者)の名前は・・・。倉石ではなく彼我大輔だった。
あれ俺じゃない?
倉石はスペイン語を話せるので一番初めにベニートに声をかける日本人は自分だと思っていた。
しかも、その日本人がベニートに質問した内容に対して通訳を通してしっかり返事をしたとの情報も入ってきている。
この時の彼我とベニートの二人のやり取りは倉石は練習場にはおらず見ていない。
後でマルニャから聞かされた。
まずこの時、彼我って誰だよと多くの選手が思った。
まだこのクラブチームに来てから絡んだことがある選手を数えると片手か少し多いぐらいだった。
正直凹んだ。
ベニートのファーストコンタクトをどこの誰とも知らない日本人に取られて、倉石の中でよく知らない彼我は極悪人のような人相をイメージした。
それでも、物は考えようである。
(とりあえず、ベニートとコミュニケーションを取った彼我ってヤツを見に行くか)
彼我と同じコンタクト方法を取れば、ベニートは返事をしてくれるはずだと、その時の様子を倉石は聞きに行く。
部屋を中町から聞き出し、扉の前に立つとノックする。
「はい?空いてますよ」
イメージしていたドス黒い声色ではなく、10代特有の耳心地が優しい声だった。
扉を開けて部屋に入ると普通の少年がベットに座ってボールを足でコロコロ転がしていた。
どこにでもいる普通の高校生。
なんなら自分の学校にもこんな奴いたなと思える容姿。
特別感全くなしでこちらに顔を向けて、倉石の反応を待っている。
「普通だな」
彼我を見た第一声がこれだった。
今思うとかなり失礼な話ではあるが、すげーイケメンか、悪人面した男だと思って乗り込んだので拍子ぬけした。
「ほぼ初めてで物凄い挨拶だな。普通で悪かったな」
「あ、ごめん。他意はないんだ」
いや他意はある。
ベニートとと話しやがってと思う気持ち。
しかし目の前の少年が自分以上にベニートの事を知っているとは思えない。
雰囲気がサッカーをやっていた感じではなく、これから始める初心者的な感じがした。
さっきから足元で転がしているボールがまだぎこちなく動き、動作が馴染んでいない事がその証拠だろう。
「で、なに?」
急に部屋に入ってきて、普通発言をした倉石に対して、いちよう不機嫌な返事をしながら彼我は次の反応を待った。
(こいついいやつかもな)
倉石の中で彼我の評価が少し変わった。
急に入ってきた闖入者を、しかも暴言に近い言葉を吐いた自分を追い出さない彼我に対して倉石は良い奴と思った。
普通に考えれば出ていけと言われてもおかしくない。
むしろ自分だったら険悪な態度を取っているだろう。
彼我も不機嫌ながら、まだ話を聞く方向で待ってくれている。
「ベニートって知ってるか?」
「ベニート??いや誰だったっけ?ここにいる選手の名前か?」
ほら知らない。
それよりも自分が何かを訪ねた相手の名前も知らない事に倉石は怒りを覚えた。
「お前が何か聞いたアルゼンチン選手の名前だよ!!」
「あーあいつそんな名前だったんだ。覚えた。サンキュ」
馬鹿にされた気分だった。
一方的に怒っているのは自分だと自覚しているがそれでもこの怒りを抑える事ができない。
「お前みたいな奴にベニートの初めてを奪われるなんて絶対に許せない!」
「んん??何言ってるの?初めてって」
「彼我大輔って言ったな。絶対にベニートは渡さないから」
そのまま、部屋を飛び出し、涙目になりながら練習場に向かった。
そこにいたマルニャを捕まえてひたすら、気が落ち着くまで練習をした。
陽気なマルニャももうやめようよっと泣き顔になっていたのを覚えている。
うん。あれは今ではいい思い出だな。
倉石は過去を思い出しながら顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
あの時から、自分を変えようと関西弁を話し始めたきっかけだったり、まだまだベニートの事でやらかした失態だったりを思いだいて、穴があったら入りたいとつぶやいた。
今回強引にベニートと彼我のチームに入ったのは、ベニートとお近づきになりたいという気持ちが強いのだが、それよりも頭にくる状況を知ってしまったのでBM団の首領としては見逃すわけにはいかないと自分に気合を入れた。
倉石がふと武田監督と目を合わせる。
互いに視線がぶつかり今は黙っていろと言われたような気がした。
あそこに座ってるあの野郎は絶対ぶっ飛ばす。
倉石が武田から目をそらす先にいた人物はせっせと銃を磨いていた。