第68話 サバゲー大会 ブレイクタイム 倉石登 その1
倉石 登。
元3軍選手で現在”俺達野郎Aチーム”に置いてDMFを担当し、彼我大輔と左右は違うが同じポジションである。
DMFではあるが、器用な選手でフィールドに置いてどこにでも顔を出す選手で、パス、シュートもかなりの精度を誇る。
彼我が攻撃的なDMFだとすれば、倉石はオールマイティなDMFである。
二人が並んで試合をしたのがもう随分前のように思えるが、まだ数ヶ月前の話である。
今二人が同じチームで並んで試合をすれば、元1軍チームでも苦戦はま逃れないと思えるほど成長している。
本人は関東出身でありながら似非関西弁を話す。
どうも、お気に入りの芸人が関西人らしく、自分も前向きな気分を出していきたいと関西弁で話始めたのだがイントネーションがかなりおかしく違和感を感じさせる。
本人は実はそれを突っ込んでほしくてうずうずしているが、それも含めて倉石登だとクラブチームのメンバーは思っており誰もツッコミを入れようとはしない。
性格的に自分からがっついて前に出るほうではないが、今回強引にベニートと彼我のチームに関わった理由が彼にはあった。
BM団。
以前彼我を拉致し、裁判にかけようとしたFCレグルスにおける秘密結社のような集団である。
その正式名称は”ベニートミロ団”という。
ひねりもなければ、面白みもない名前だが倉石だけはしてやったり顔でこの名前を気に入っている。
なぜなら何を隠そう創設者がこの倉石登なのだ。
多くの選手達と交流があるGKの荒川 修司を誘い、秘密結社BM団を結成。
彼がなぜそこまでベニートに拘るのか。
話は遡り、中学の時の話である。
倉石がふと周りを見渡すと受験勉強に勤しむ同級生の姿が見えた。
自分はある程度勉強していれば、問題なく志望校へ行けるだろうと思っている。
事実、塾の定期テストでもA判定をもらっており、当日病気をしない限り問題ない。
志望校より上を目指そうとは考えていなかった倉石は周りのクラスメートがどうしてそこまで必死に何かをしようとするのかわからなかった。
(ある程度でいいじゃないか)
何をしてもある程度の事はできる。それ以上は専門家にでも任せていればいいじゃないか。と自分の評価を決めつけていた。
上に行けば行くほど、自分とは考えの違い想像もつかないような発想力と戦う事になる。
それが倉石には怖くて仕方なかった。
自分にない発想力に負けるのが嫌いだった。
負けない方法を考えた時に、同じ土俵に立たなければ戦う事はない。
それを思い至った時には、上を目指す事はなかった。
そんな、どこか燻った気持ちを抱えながら中学生活を送っていた倉石は有線放送のアルゼンチンユースの試合を目にする。
本当にたまたまTVをつけたのだが、これが彼の運命に大きく関わってくる。
初めは何も考えずだたぼぉ〜と見ていたサッカーの試合だったが、時間が立つごとに食い入るようにTV画面、いやある選手に目が釘付けになる。
ベニート・ミロ。
後半開始まで0対0だったアルゼンチンユース対フランスユースの試合はベニートが交代で入った事で”劇的”に変化する。
結果から見れば6対0。
サッカーはバスケットやラグビーのように点数が2点、4点とワンゴールで多くの点数が入るゲームではない。
前後半合わせて90分を戦ってようやく1点2点を競い合うのがサッカーというゲームだ。
11対11の人間がフィールドで戦略の試行錯誤、スタミナ配分、個人の運動量などが関わりようやくボールをゴールに叩き込む。
倉石の中ではそう認識していた。
ユースとは今後、その国の主力選手となっていくメンバーで構成された選りすぐりのはず。
フランスはワールドカップの常連で優勝も経験している国なのだ。
そのユースに対して6点差を付けて勝つなど、しかも後半戦45分だけで普通に考えればありえないことだった。
いやだからこそ興味のなかったサッカー中継に釘付けになったのかもしれないと倉石は思った。
その試合ですべてのゴールシーンに関わったのがベニート・ミロだった。
アニメの世界でもなく、現実世界でこれほど強烈にインパクトを残せる人間は世の中に何人いるのだろうか?
それから気がついたらベニートの事を調べまくっていた。
わかったのは、現在3部のとあるクラブチームで育成選手として活躍しているということだけ。
本来3部リーグの育成選手がユースメンバーに選ばれる事はないのかもしれないが、ベニートの動きを見るとそれは当たり前のように思える。
倉石にはベニートに感化されて、さすがに中学3年のこの時期にサッカーをやり始めるまでの勇気はなかった。
ただなぜか無性に身体は動かしたいと、親が経営するトレーニングジムに通ってとにかく走った。
今まで運動とはほぼ無縁の息子が、身体を動かしたいと言う。
親としてはあれこれ面倒を見てやりたくなるが、それは拒否された。
とにかく自分で、トレーニングメニューを決めて身体を動かしたい。
初めて自分で何か行動したいと思った時だったかもしれない。
そんな日々を暮らし受験は志望校に見事合格。
ふと中学生活最後の授業でもう一度周りを見渡した。
そこに見た景色はいつもと同じ。
だれも自分に強烈なインパクトを与えてくれるような人物はいない。
気がつけば頬を伝う暖かい物が流れていた。
涙が出た。
寂しさ。悔しさ。怒り。胸が詰まる思いだった。
10代特有の情緒不安定な感情制御のせいかもしれない。
だが倉石の頭の中に浮かんだ人物がそうではないと訴えている。
ベニートに会いたい。
恋と聞かれればそうだろうと思う。
男が男に恋をするのは変だろう。
自分は間違いなく女性好きであることはわかっている。
しかし、この胸に湧き上がってくる感情を言葉で表現するなら”恋”という言葉が一番しっくり来る。
会って何を話すのだろうか?
会ってよくある試合と普段の彼は全く違う人物だったらどうしようか?
複雑に絡み合う感情の中、ふと愛用しているタブレットの画面から衝撃的な内容が飛び込んでくる。
ベニートが所属しているクラブチームのホームページでベニートの退団が発表されたのだ。
本当に衝撃的だった。
まさかベニートが退団するなんて思っても見なかった。
そのまま、クラブチームに所属し、育成選手から登録選手になり、そのチームでキャリアを積んでからトップチームへの移籍。
どんどんキャリアアップさせてゆくゆくは国外ヨーロッパに行くと思っていた。
退団したなら次はどこに?まさかサッカーをやめるつもりなのか?
そんな馬鹿な。
あれほど、輝ける何かを持つ人間がいなくなるものか。
調べに調べた。
しかし全くベニートのその後の足取りが掴めなかった。
気がつけば春を迎え、高校生になっていた。
アニメであるような、強引なクラブ勧誘はなく、1年生歓迎イベントでクラブ紹介が合っただけ。
教室で行われる授業の風景は中学と同じ。
気がつけばサッカー部に入っていた。
今まで他人とチームワークを主体とした部活に入った事もなくすべてが手探り。
25人ほどいる部活だったが、主に活動しているのは11人ぐらい。
ほとんどが幽霊部員だった。
試合の時にだけ現れて、自分を試合に出せと主張してくる3年の先輩。
自分の彼女を試合に呼んでかっこいい所を見せるとか思っているんだろうなと、周りの目からもまるわかりだった。
主将も人数を集めないとサブメンバーも揃わないので、そんな輩を試合に加える必要があり、練習もしていないコンビネーションも何もない”サッカー”と呼んでいいのかわからない試合にため息が出て来る状態だった。
5月初めまでで3試合を行い結果はすべて惨敗。
かなりのハイペースで試合をしているが、監督が勝手に練習試合を知り合いに申し込んでいるらしい。
監督曰く”試合の中で成長するものがある”。
それは練習を積みバックボーンが出来上がってからだろうと思う。
この3試合、倉石のポジションはベンチウォーマー。
試合に出る事もなく5月下旬の試合。
ここで試合に出れなければ、このまま”この部活”をやる意味が見つけられないとやめるつもりでいた。
よく親に最後まできちんとやりなさいと言われるが、本気でぶつかっていける部活ならやる意味があるが、こんな個人の意思が尊重される馬鹿げた部活に燃える物を感じろというのが無理な話だった。
だがそれも言い訳臭いと自分でも感じていた。
漫画みたいに自分から部活を変えてやるんだ!!と意気込むつもりがあるなら変えられるのかもしれないが、まず周りのチームメイトとの人間関係を構築して行かなければならないし、日本人はどうしても先に根回しをしておかないと自分の意見を通す事も難しい気質なので、まずは周りの環境を変える必要があった。
高校3年間をサッカーを真剣にやるには、まずそこからやっていくのかと思った時に心が折れた。
だからこの試合で部活生活最後にしようと考えていた。
試合当日。天気は曇り。午後から雨が降る予定だった。
試合が始まり、前半戦までベンチウォーマー。
後半戦が始まって2点取られてる状態。
勝つ見込みが薄い状況でフィールドで異変が起こる。
相手選手と漏れこんだFWのあのク○野郎の先輩が怪我。
負けている状態で怪我でもすれば名誉の負傷と考えなのかもしれないが、それに対してキャプテンが無駄な抗議で審判に寄り過ぎて退場宣告される。
10対11の最悪の状況で、新たにキャプテンマークを付けた2年の先輩がベンチに駆け寄ってくる。
「負け試合だ。3年先輩がもうだるいから交代したいと言ってきたんだが、誰か出たいヤツはいるか?」
倉石は速攻手を上げた。
「俺出ます」
「じゃあ、FWには俺が入るから、俺がいたボランチの位置に入るか?」
「了解です」
負け試合濃厚のやる気のなくなった3年の先輩と交代で入る事になり、ポツポツと降り出した雨も合って気分が落ちると自分では思っていたがフィールドに足を踏み出した瞬間、背中の辺りがゾワっとざわつきを感じる。
(なんだ今のは?)
視線?なのかよくわからないが、急に今までベンチでは感じた事のない何かを背中にひしひし感じる。
とにかく、ボールを追った。
正直、相手は上手いのか下手なのかよくわからない。
練習では、どこか本気になれないじゃれ合いのようなトレーニングだったので、相手の巧さを感じる基準がまだ出来上がっていない。
確かに相手の選手はボールを転がすテクニックはあるようだが、トラップが甘く足も遅く感じる。
これならいけるんじゃないかと身体を密着させての足だけのタックル。
ボールが転がり、身体をい入れ替えてボールを奪取すると、そのまま駆け上がるが、それでも視線を周りに向けながら味方の位置を確認する。
ディフェンダの視界からうまく消えた2年の先輩がゴール前に走り込んだので、ロングポールを彼の前に出すように蹴り込む。
それに合わせた先輩がゴールキーパーの股を抜いてゴールを決める。
わぁーと応援席から歓声が上がる。
雨でずぶ濡れになって、走ってボールを蹴って、気がつけば心臓がドキドキと鼓動が早くなる。
一心不乱にボールを追いかけた。最後まで走った。
結果は1対2のまま試合が終了。
試合内容はアシスト1だけだった。
退場を食らって一人減った状態で言うならば大健闘だろう。
ロッカールームでずぶ濡れの身体を拭き、ナイスボールとか周りから言われながら、軽く返事をしている。
まず悔しい。次に自分が腹立たしい。
負けた事に対する悔しさ。
負けてもいい笑顔で、いい試合したよなと声をかけてくるチームメイトに、何も言えない臆病な自分。
ベニート。俺は本物のサッカーがしたい・・・。
そんな気持ちが心を締め付けている時だった。
「初めまして。倉石 登君ですよね?」
練習試合の相手高校の門を出て、チームメンバーと分かれて一人になった所にグリーンのスーツを着て黒いサングラスをかけた怪しげな男に声をかけられた。