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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
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第66話 サバゲー大会 ブレイクタイム 過去その1

 白熱したエキシビジョンマッチは、両チームの健闘で決着がつかないまま幕を閉じた。

 不満の声が出なかったわけではないが、この後の都合もあり引き分けとして扱われ、次のチーム戦に向けて各自その不満をぶつけるようにとの事だった。

 現在時刻は11時半。時間をかなり使っており、午前は予定を繰り上げて昼食となった。

 

 「みんな食べながらでいいから聞いてほしい」

 

 サバゲー会場に設置された仮設食堂はバイキング形式で、自分の好きな物を適当に手に取り木の長机の上で食べる。

 ベニートの回りにはAチームのチームメイトがチラチラと様子を伺いながら、隣に座りたそうにしているが、左からアビラ、ベニート、彼我という順番で並んでおり、割って入りこんでいける雰囲気ではない。

 そんな中、Bチームの監督武田がアヒルマイクを手に、何かを伝えるようだった。

 

 「午後からのチーム戦についてだが・・。エキシビジョンマッチで軽傷を負った者、精神的な理由により若干名棄権者が出る事になった。本来棄権した選手のいるチームは出場取り消しとなる所だが、そうした場合こちらの運営が無慈悲だと捉えられて今後の本職の練習に差し支える可能性もある。良好な関係を考えて、チームの再編成をこの昼休憩を使用して行ってもらっても構わない。その場合エントリーの方法は・・・」

 

 武田の話を聞きながら、アビラが申し訳なさそうにベニートを見る。

 

 「アニキすみません。こんなタイミングで言うのもなんですが、さっきのエキシビジョンマッチで少し足を挫いたようで」

 

 アビラが右足の付け根を見せると、かなり赤く腫れあがっておりどう見ても無理できる状態ではなかった。

 

 「バカ野郎。今すぐ医務室に行ってこい。チームの再編成ができるから、お前が心配する必要はない。今は無理をする時ではない」

 「アニキーーーー」

 「バカくっつくな。暑苦しい」

 

 思わずベニートの体に引っ付いて、喜びを表すアビラ。今まで自分に心配するような言葉をベニートからかけられた事がない。

 ベニートを敬愛するアビラがうれしさを爆発させたのは仕方のない事と言える。

 彼我がチームメイトのベレンゲル・ニッセンを呼んでアビラを医務室にまで運んでもらうように頼む。

 

 「すまん。ベレンゲル」

 「わかった。アビラは俺が医務室まで運ぶ。彼我これは貸しにしておく」

 「え?お、おい!」

 

 そのまま、彼我の呼び止めも聞かず、アビラを連れてベレンゲルが去っていく。

 ベレンゲル自体もさっきのエキシビジョンで何かあったようでチーム戦は棄権を申し出た選手の一人で、彼我はそれを知っていたのでベレンゲルに頼んだのだが借りにされて、釈然としないものがあったが、まぁ何とかなるかと席に着く。

 

 「ベニート。チーム戦どうする?」

 「お前はどうしたいのだ?チーム戦を棄権したいとは思わないのか?な、中町と戦う事になるんだぞ?」

 

 ベニートにしては歯切れの悪い聞き方をしてくるものだと彼我は思った。

 気を使うベニートがおかしくて、似合わないと言ってやる。

 

 「何に気を使っているのか知らないが、そんなベニートは似合わないぜ。いつものように俺様口調でいいじゃん」

 「だれが俺様だ」

 「そうそう。そんな感じ」

 「ふん。俺とて人だ。気を使う時はある。特にお前にはな」

 「はぁ?どこが?」

 「はぁ~。あまり自分の事を話すのは好きではないが、そうだな少し昔話をしてやろう」

 

 唐突にため息交じりにベニートが彼我に自分の昔話を始める。

 急に始まったベニートの過去に耳を傾け彼我は聞き入る。

 

 アルゼンチンのとある田舎生まれ。

 サッカー大国として、当たり前のようにサッカーに慣れ親しんだかというと、全くそんな事はない。

 むしろ逆だった。

 美術家の一家に生まれ、祖父は有名な画家だった。

 絵画展を開けば、飛ぶように売れる絵を描いた。

 今でも、フランス、イタリアの美術館には祖父の絵が展示されているという。

 祖父が他界し、父親も祖父同様に画家をやっていたが、全く売れなかった。

 巨額の祖父が残した貯蓄により、細々と父親は絵画を描いていたようだが、彼と結婚したベニートの母親がかなりの浪費家だったらしい。

 祖父の遺産の話を父から聞いた母親は猛アピールの末に結婚した。

 歳の差は20歳。父親45歳の時に母親は25歳だった。

 それから2児の子供を産む。

 ベニートとクリスティーナと言う妹らしい。

 二人の間には2歳しか離れていないが、物心ついて彼女の顔を見たのを覚えているのは両手で数え切れるほどだった。

 クリスティーナを連れてベニートが2歳の時、母親は祖父の遺産の半分を持ち逃げして行方をくらませたからだ。

 売れない画家だった父親は、そこから酒浸りになり酒乱になって暴れたらしい。

 ベニートは家ではハウスキーパーとして雇われていた女性に育てられたという。

 そんなある日5歳のベニートが描いた絵が、あまりに素晴らしくハウスキーパーの女性は父親にその絵を見せた。

 そこから、目の色を変えて父親はベニートに絵画について英才教育を始める。

 8歳で描いた絵を、父親の名前でコンクールに出品すると金賞を獲得。そこからうなぎ上りで父親の名前が売れ始めた。

 ベニートは父親の言いつけでわけもわからず、毎日絵を描き続けた。

 それから4年。

 富と名声を手に入れた父親の元にクリスティーナを連れた母親が帰ってくる。

 金の卵を産む息子を手に入れるためだと感じた父親は、ベニートを別荘へと移した。

 今まで育ててくれていたハウスキーパーの女性と二人で。

 海沿いの町で、有名なサッカークラブがあるという事だが、そもそもサッカーを見た事のないベニートには全く関心がなかった。

 キャンパスに向かって長時間、絵と向き合っていたので疲れがきたのか、ふと遠くにある海の潮が引いていく音が耳に聞こえたような気がした。

 ハウスキーパーに頼んで気晴らしに海を見に行きたいと頼むと嬉しそうにいいですよと返事があった。

 どこまでも続く大きな水溜まり。浜辺では複数の男性がボールを蹴っていた。

 ただ何となくそれを見ていたベニートは、ハウスキーパーがあれはサッカーだと教えてもらい、あれがサッカーだという事を初めて知った。

 ただボールを追いかけ奪い合い体をぶつけて激しくやりあう男性たち。

 そこには笑顔、喜びが溢れていた。

 

 (ただボールを追いかけるだけで、それほど面白いものなんだろうか?)

 

 初めて”何か”に疑問を持ち興味を惹かれた。

 今まで12年間生きてきて、回りを見れば油絵具と白いキャンパス。汚れてもいいように作業用の白いエプロン。

 すでに油のニオイが染みついた体が当たり前だった自分の体に、初めて潮の香が交じる。

 

 「あれをやってみたい」

 「サッカーですか?」

 「そう」

 「い、いけません!お体にもしもの事があったら大変です。さぁ戻りましょう」

 

 ハウスキーパーに手を引かれて家に戻る。

 それからはキャンパスに向かい、描いた絵は男たちがボールを取り合う激しい絵ばかり。

 こんなものを父親に見せればハウスキーパーが叱られると、子供ながらに知っていたベニートはこっそりと倉庫にしまう。

 ある日。

 

 「ベニーこれはなんだ?」

 

 父親が使う自分の愛称を耳にするが、それは父親がかなり不快な時に使う口調を含んだ質問だった。

 父親が手に取っているキャンパスには例の絵が描かれていた。

 

 「テレビでサッカーを見たんだ」

 「今日からテレビは禁止だ」

 「それではインスピレーションが沸いてこないよ。見てお父さん。これいいでしょ?」

 

 こうなる事を予想して、新しく絵を描いておいた。

 そこにえがかれたモノは、真っ赤で荒々しく馬にまたがる勇士の姿。そして勝利の歓喜を表現した絵だった。

 父親の喉が鳴る。

 

 「す、素晴らしい!!これをお前が描いたのか?」

 

 12歳の少年が描いたには、長い年月をかけて鮮麗された表現にさすがの父親も驚きを隠せない。

 

 「そうだよ。きっとテレビを見たからだと思うんだ。どんどん沸き立つインスピレーションのおかげで描けたんだ」

 「う、う~ん。決められた時間だけだ」

 「ありがとう。お父さん」

 

 父親は基本的に週末だけ別荘に顔を出す。

 しかしこの日は平日で、たぶん倉庫に隠していた絵を見つけたハウスキーパーが報告したのだろう。

 彼女は父親を好きだと感じていた。

 ただ花がなく、ただの一般人。母親は実は良家の娘だったらしい。

 あまり母親の取り巻く環境については知らない。

 週末に別荘に来た父親は勇士の絵が、驚くほどの値段で売れたと大喜びだった。

 それとは反してベニートの心に住み着いた疑問はだんだん膨れ上がっていった。

 

 (他人と体をぶつけるとどうなる?ニオイはどんな感じ?高揚感はあるのか?ボールを蹴る時痛いのかな?)

 

 無数に膨らむ疑問の数。

 ハウスキーパーが留守にした隙をついて思い切って外に出てみた。

 照り付ける太陽。

 胸を締め付ける砂交じりの空気のニオイ。

 居てもたってもいられず、舗装されていないアスファルトの道路を走り、ハウスキーパーが連れて行ってくれた海岸に向かう。

 男たちがボールを蹴りあっていた。

 

 「なんだお前?見ない顔だな」

 

 気が付くと男たちのそばまで来ていた。

 

 「それは楽しいのか?」

 「はぁ?楽しくなければやっていないさ」

 「僕も混ぜてほしい」

 「金はもっているのか?」

 「金?」

 

 アルゼンチンは貧困差が激しい土地でもあり、賭けサッカーを子供の頃からやっていることもある。

 

 「家に帰れば」

 「ふん。まぁいい。新顔だし今日は俺のおごりで参加させてやるよ」

 

 肌が焼けて黒く、身長170センチほどの青年が手招きする。

 

 「お前サッカーはやった事はあるのか?」

 「ない」

 「そうか。じゃあ簡単だアッチにいる奴らが敵だ。であいつらからボールを奪って、あのネットにボールを蹴り込めばいい」

 「わかった」

 

 テレビを見てサッカーのルールは知っていた。

 敵側にいる男性がやるぞ!と掛け声を出す。ボールを蹴った所で、ベニートは距離を詰めていた。かなり離れた場所にいたにも関わらず。

 初めて浜辺で走る少年の脚力ではない。

 浜辺で走る時に足を砂に取られて、うまく走る事が出来ないのだ。

 しかし、走り出して2歩で砂浜で走る方法のコツを掴む。

 

 (ふむ。なかなか厄介だけどいけるかな)

 

 ボールを持った相手は身体を使ったフェイントでベニートを抜き去ろうとするが、ボールが全く動いていない事にベニートは気が付いていた。

 

 (これは取っていいのかな?)

 

 簡単にボールを奪い、そのままディフェンスを交わして初ゴールを決める。

 

 (これでよかったのか?)

 

 「うぉーーー。お前本当に初めてかよ。なんだよ今の動き」

 

 男たちに囲まれて質問攻めにあっている所に、別のサングラスをした男性に声をかけられる。

 

 「君。名前は?」

 「知らない人に名前は教えるなと言われている」

 

 さっき全く知らない連中に交じってサッカーを始めた少年の言いぐさではないが、男性はそれを知らない。

 

 「おお、これはすまない。私はこういうものだ」

 

 名刺を差し出され名前とそこに書かれた役職を確認する。

 文字については、夜、独学で勉強しておいたので問題なく読めた。

 

 「おい。独学で勉強って」

 

 彼我がつい、話の間に入って質問をする。

 

 「そんなに難しい事じゃないだろう。本とやる気があれば誰でもできる」

 

 ベニートのマジ顔に、こいつは天才だなと彼我は改めて思い直す。

 

 「続きをいいか?」

 「あ、あぁ」

 

 彼の役職は、とあるクラブチームのスカウトだった。

 色んな地域にいき、埋もれた人材を発掘して回るのが彼の仕事らしい。

 お金のないクラブチームで、できるだけ宣伝費などはかけず人の足で見て回る。

 そこで目に入ったベニートに声をかけたのだが。

 

 「君はサッカーを初めてどれぐらいになる?」

 「さっき始めたばかりだよ」

 「ははは。冗談はよしてくれ。ここにいる連中は金がかかったサッカーをしていて、下手ではない」

 「そうなんだ。けど僕は本当の事を言っている」

 「・・・・」

 

 男性が回りの男たちを見る。

 首を傾げて、初めて見た顔だと返事する。

 

 「本当に名前を教えてもらっていいかい?」

 「ベニート」

 

 ファーストネームは名乗らないほうがよさそうだと、感じたので言わずにおいた。

 

 「ではベニート。ぜひ一度うちのクラブチームの練習に遊びに来ないか?」

 「家の習い事があるから無理かな」

 「まぁそう言わずに。これが地図だ。夜遅くまでやっているからいつでも来てくれて構わない」

 「わかった」

 

 男性が去っていくと男たちのボルテージがかなり跳ね上がる。

 

 「お前すげーじゃん!!ここいらでスカウトから声をかけられたのはアスティスだけだ」

 

 昔ここで一緒に遊んでいた少年がアスティスと言うらしいのだが、初めは弱小クラブにいたが、今ではかなり上位のクラブチームに移籍して活躍しているらしい。

 

 「ふーん。そろそろ戻らないといけない。楽しかった」

 「おう。お前ならいつでも歓迎してやるぜ」

 

 自分の口から”楽しかった”なんて言葉が出るとは思ってもみなかった。

 家に帰って2階にある自室にこっそり戻る。

 ハウスキーパーも帰ってきて、1階で買い物袋を整理しているようだった。

 

 (ほんの少しの時間だったけど、ボールを触る感触、相手の視線。ボールを奪い合う駆け引き)

 

 思い出すだけで、体が高揚しているのがわかる。

 ベットに横になり手にした名刺と地図を見て、夜どうやって抜け出すかと思案してみる。

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