第64話 サバゲー大会 エキシビションマッチ その5
「無駄弾は使えないな」
彼我、中町、皆口、大河、アルビアルの5人はゲーム開始直後、別行動を取っている。
独り言のように、言葉をつぶやいたのは彼我だった。
スタートの合図があってから1分ほど過ぎている。とりあえず、3階を見て回ろうという事で5人は、隊列を組み薄暗い廊下を移動していた。
今回のリボルバー戦の肝は残弾管理という部分だろう。各チームに配布されている弾が300発ずつ。一人が全部持つと考えれば多いかもしれないがさすがにそれは出来ない。単純に考えて16~17人で割ると一人17発前後。
これはさっきチーム内で話あった中で一人1発ずつ中町に渡すことになっているので中町は17+17で計34発現在持っている。
サバゲーにおいて34発でも少ないほうだ。
ライフル系のマガジン(弾倉)は400発入る物がある。それを何個かマガジンポーチにぶら下げて、撃ち合うのが一般的なサバゲーだ。
しかし、中町が使っていたスナイパーライフルL96はもともとマガジンに入る弾の量は少ない。
残弾の管理において中町はほかのメンバーとは違う感覚を持っていると彼我は考えていた。
だがそれを踏まえてもリアルカートリッジの不便さ(弾を込める事)も考えて、少し少ない気がする。
そしてもう一つの懸念が残弾に関わる話でブラフ(はったり)頭脳戦が含まれていることにある。
Aチームがクレイバーに作戦を立ててきたなら、盾役(弾を一つも持たず動く)チームを用意して、鍵を探させる。
そしてBチームに盾役を倒す為に弾を使わせる。
1発でキルが取れればいいが、弾を持たず応戦してこない事を知らないBチームのメンバーは少し離れた場所から撃つことになり、逃げるAチームの盾役メンバーに弾はどんどん使われる事になるだろう。
温存された弾を使ってAチームの主力部隊が、残弾が減ったBチームに襲いかかる事も考えられる。
勝つために主力の中町一人になんでも背負わせるのは間違いだと思う部分もあったが”それ”も見越して彼我は自分たちは別行動を取ると言ったのだ。
Aチームの主力部隊が襲ってきても、弾をできるだけ温存した自分たちが引き受けると。
彼我の意図をしっかり理解して、Bチームのメンバー全員が納得し、このリボルバー戦に挑んでいる。
レイジング・ブル(リボルバー)のシリンダーに込められる弾は6発。
リボルバーの最大の泣き所であるリロード(弾込め)。
6発撃ち尽くした後は自分でリロードをしないといけない為、その間隠れる場所を探して、リロードをしないとスキができる。
いかに中町でもリロード中に集中砲火されれば、キルを取られるだろう。
今までのゲームよりも難易度がかなり上がっている。
このゲームを考えたのは武田監督だろう。
意地悪そうな顔で笑っている武田の顔が浮かぶ。
(ふぅ。多くの事を瞬時に判断し、状況に合わせて適用させていかないといけない。サッカーの思考練習にはうってつけだな)
サッカーの試合中にも多くの状況から瞬時に的確に物事を判断していかないといけない。その思考回転が相手より劣っていれば、すぐにボールを取られてしまうだろう。
あと数か月もすれば海外の選手とやりあわないといけない。
まだ1年にも満たない自分たちがサッカー経験者とやりあうにはフィジカルも、思考も磨いていかないと負ける。
今回賞金が出ているとはいえ、遊びのようなイベントだが中身はかなり思考をフルに使うようひねってある。
(”タダ”で気持ちよく遊ばせてはくれないか)
彼我が考えていた事は、受け取り方の問題かもしれないがサバイバルゲームをしている選手たち全員、似たようなことを考えていた。
3階のスタート地点から少し離れた廊下で彼我は今回のMAPについて考える。
今回のゲームで使用されるフィールドは3階と4階。
さっきまで2階のフィールドで戦っていたので、全く新しいMAPとなっており急ぐにも、迷路のような薄暗い廊下を進まないといけない。
自分たちのような別働隊とAチームの部隊がいつ鉢合わせするかわからない。
緊張感はあるものの、すでに何試合か行ったおかげで高揚感のほうが強くなってアドレナリンが集中力を高めてくれる。
そのせいか慎重性がやや欠けていた。
「このまま進んでもいいんじゃねーか?」
「隠れるのには(敵が潜む)この角は怪しいけどな」
目の前に、そのまままっすぐに進む道と曲がれる道が見える。
彼我が先頭に立ち、次の大河と皆口が小声で意見を言い合う。4番目には中町。しんがりにはアルビアルがいる。
彼我と同じチームという事がアルビアルの精神安定剤となっており奇声も発せず、むしろ余裕のある態度で周囲を確認している。
本来アルビアルはサッカーの試合ではディフェンダーとして状況判断にたけており、このような何かを敏感に感じないといけない場面での判断力は彼の十八番といってもいい。
ただ精神面でもろい部分があった事でその能力が発揮できないだけだった。
「ダイスケ下がれ!」
何か異変を先に感じたのは、そのアルビアルだった。
その言葉に即座に彼我が反応するが、まさか曲がり角の床に寝そべって敵が待ち構えていたとは思っておらず、正面から敵がくるものだと思い込んでいた彼我は反応が遅れる。
「うぉマジか!?やっちまった?!」
まるでホラー映画のように、上半身と下半身の屈折部分なく起き上がる黒いマスク、黒いBDUを着た敵に銃口を向けられる。
(くそ、やられた・・・)
彼我は撃たれる事を覚悟して、痛みに耐えるために両目をしぼめる。
引き金は確かにひかれたが、出たのは弾ではなくガスが銃口から噴き漏れた。シューーーーーと白い煙を吐き終えると、最後に弾がぽろっとこぼれ落ちる。
誰もが微妙な空気になんとも言えない顔になる。
その中で一番早く動いた中町がごめんねと声をかけ、相手に向かって引き金を引く。
こちらは普通に弾が発射され、べったりと胸のあたりに赤い蛍光インクが付着する。
「くそーーーどうなってんだ?!」
キルを取られた相手は納得できていないのか、愚痴が廊下に響く。
顔がマスクで誰かわからないが、気の毒だが彼をこのまま放置して先に進む。
もしかしたら、今の声が聞こえて彼と同じ行動を取っている敵が集まってくる可能性がある。
彼と同じ黒で統一されたBDUだったら、この薄暗さではかなり弾を消費してしまうかもしれない。
彼我は全員を見渡し、次の行動を決める。
「Aチームも別働隊を使って待ち伏せしてるみたいだな。それに黒一色のBDUとかこの薄暗さでは見えにくすぎる。どうせ見えにくいなら4階へ行こう。まずは4階の出入り口を確保して味方の鍵集めしているメンバーを援護するほうがいいと思う」
4階から下に向かって撃つ弾より、上に向かって撃つ弾のほうが明らかに技術が必要で例えば隠れる場所もなく上から来る弾を避けながら、上に向かって階段の段差を気を付けながら弾を撃つとなると、プロでも厳しいと思われる。
下手な場所に当たれば本物の弾と違い、跳弾することもなく使用している蛍光カラー弾はどこかにぶつかってそのまま弾けるだろう。
「そうだな。4階の出入り口をAチームに抑えられると勝ち目はなさそうだしな」
皆口が彼我の考えを補足して、行動を確定させる。
4階へ行く階段は3か所あり、互いのチームの待機場所より少し移動した場所と、フロアーど真ん中に1か所。しかも階段は安全を考慮して、廊下より明かりが強い。黒いBDUの敵が来ても戦えると判断しての事だった。
行動指針が決まった所で、彼我たちがいる場所から4階に続く階段に近いのは自陣から少し離れた階段だったので、来た道を戻りつつそちらのほうへと向かって歩き出す。
さっきのような敵と出くわす可能性を考慮して慎重に移動しながら、さっきのガス漏れ現象について彼我が中町に尋ねる。
「ようへい。さっきのって」
「ん。なに聞こえないよ」
「ようへい!さっきの銃からガスが出た件なんだが」
「ん?足音で聞こえない~」
「ようへい。それわざとやってるだろ?」
「えへへ。わかっちゃった?」
名前を呼ばれる事にうれしくなった中町は、聞こえないふりで何度も名前を呼んでもらい気分がかなり向上していた。
彼我はこんな状況で何を考えているんだと思うが、うれしそうな中町を見ているとそれが言葉に出てこない。
とりあえず心の中でため息だけ吐いておいた。
そんな中町からうれしそうに現象について説明を受ける。
「さっきのあれは、ガス気圧の問題だね。今冬だから、ガス銃は気圧が低すぎてさっき見たいにガス漏れが起こるんだよ。電動銃だと関係ないんだけどね」
「じゃあ、俺らにも同じ事が起こるって事か?」
「あり得るね。対策としてグリップを手の温度でしっかり温めておいて。後連射しない事。ガスが抜けるときに一緒に銃全体を冷やしてしまうから連射すると、かなり冷たくなってガス漏れを起こすよ」
「マジか。それでこのカイロかよ」
中町の提案で、試合が始まる前にカイロを全員に配布された。
みんな寒さ対策だと思っていたが説明がなかったので、とりあえず開封してそのままズボンのお尻のポケットに突っ込んだままになっていた。
「だってあそこで説明するとAチームのメンバーに聞こえてたかもしれないし。そのおかげで彼我がキルされずにすんだんだからいいじゃない」
彼我はどこか意地悪そうに笑う中町を見て、かわいい小悪魔をイメージしてしまった。
(くそ!こんなかわいい顔しやがって。こんな小悪魔顔のかわいい中町と関わりあうと、まずいかもしれないな。”発散”しないと体に悪い)
施設のローカルネットショップでは、なぜか男性向けの”例の商品”が置いていない。
16~17歳の健全な男子が”発散”できないのは拷問にも近い状況である。もやもや感が溜まり意味もなくイライラしたり、怒りっぽくなってしまう。
思春期には特に理性を制限する機能が十分ではない為、余計にもやもや感を通り越してイライラ感が強くなる。
最近の少年たちは性に対して、消極的だと何かで言われていたようだが、ここまで発散アイテムがないのは逆に妄想が肥大してしまい、理性のダムがいつ決壊してもおかしくない。
特にスポーツ選手は人一倍体力を必要とし鍛えられたスタミナは、時として毒にもなる。
夜になかなか寝付けず、困るのである。
何も”おかず”になるものがなく自家発電するのは、やり終わると”俺なんでこんな事してるんだろう”となかなかに切ないものを感じる。
そんな状況で、顔が中世的な中町と関わり続けるという事は”非常に困る”のである。
夢に出てくるならまだいい(最近実は中町は女だったという夢を何回も見て、最後にあの女の子が助けてくれる)。
実際に無意識に体が反応し始めたら”まずい”。もうそれは理性のダムが決壊している事を意味する。
そんな本人には深刻な内容を考えていた時、ふと彼我はおかしな事を思い出した。
(あれ?この間、中町がおかしな恰好をしていたような気がするけど)
このクラブチームに来てしばらくしてからの事である。
中町がおしゃれな服を着て、食堂から出て行った事があった。
どうもそこに違和感を覚える。
いつも自分たちと同じ500円セット(格安上下服)を着ているのに、あの時だけオシャンティな服装だった。
あれから、あんな中町は見かけないが、もしかして自分が見ていないだけで何度かあの服を着て何かをしているとすれば・・・。
「どうしたの?彼我」
「いや、今お前の事を考えていた」
「え?えぇ?!ど、どういう事」
「それは・・・」
気が付けば、4階に上がる階段付近まで来ている。
そこで彼我が中町にあの時の事を尋ねようとした時、パシュ、パシュとガスが抜ける銃声が聞こえる。
「どうやら、この近くでやりあっているみたいだな。どうする?」
「みんな助けにいくよ!」
皆口が銃声を聞いて次の行動を促す発言をしすぐに中町が答える。
動こうとした中町の肩を抑えて彼我は首を振り少し渋い顔をする。
「いや、このまま4階に行こう」
「どうして助けに行かないの?」
「・・・Aチームの奴らに頭(4階)を取られるほうが面倒だ。非情かもしれないけど、ここは我慢してくれ。後で絶対にチームのためになる」
「・・・わかった」
中町の顔が少し泣きそうになっている。もちろん彼我としても助けに行きたい。
しかし、自分たちは敵を少しでも敵を減らし、チームを有利に進めるための別働隊。
ここで仲間を助けに行っているいる間に4階の階段を抑えられれば勝利するのに厳しくなるだろう。
勝つために受け取った弾を無駄にするわけにはいかない。
そんな時、彼我の後ろに大きな影が伸びる。
「ダイスケ」
「どうしたアル?」
後ろにいたアルビアルが真剣な表情で彼我を見る。
「お前たちは先に4階に上がれ。俺があの銃声の所を見てくる」
「マジか?!でもいいのか?」
渋い顔をしていた彼我の心情をくみ取ったのかアルビアルが頷き自分が助けにいくという。
彼我は本当は中町の顔を見て、助けに行こうかと考えなおしつつあったが、5人全員で行くのは、非効率で本当は3人と2人に分けて行動しようかと考えていた。
自分たちの役目は多くの敵を倒すことにあり、すでにやりあっている戦闘でどうなるかわからない状況に突っ込んでいき、弾を無駄遣いすることにはない。
2人で仲間を助けに行って敵を倒せればそれはそれでいいし、やられても中町がいれば何とかなるだろうという判断だったが、アルビアルの真剣な目がこいつならやってくれると彼我の心に訴えかけてくる。根拠なく精神論だがそれに今回はかけてみた。
アルビアルはそっと大きな右手を差し出してくる。
「アル。これは・・・?」
アルビアルは彼我の右手を掴み自分の右手を重ねる。硬いリアルカートリッジが10発握り渡される。
「俺がやられれば、”俺たち”の意味がなくなる。だからその前にこの弾をお前に預ける。これは俺たちの魂だ」
「アル。・・・だけどこれは預かるだけだからな。必ず4階で会おう!」
「・・・。もちろんだ。では行ってくる」
なんか無駄にカッコいいやり取りでいい雰囲気の二人に中町のほっぺたが膨らむ。
中町の隣でやり取りを見ていた皆口はフラグだなと少し悪そうな笑みを浮かべて思っていた。
皆口がそう思っても仕方ない。状況も悪くアルビアルが持っている残弾はリボルバーに装填されている分だけだったからだ。
つまり6発のみ。
いまだに聞こえる銃声は、どちらが優勢かわからない。
リボルバーを右手に構えて、走って移動していくアルビアルの背中はまるで映画のワンシーンで死んでいく者のように思えた。
アルビアルを見送り彼我が後ろを振り返る。
「アルが何とかしてくれる。上へ行こう」
彼我の言葉に、残りの3人が頷き、鉄でできた階段を上がっていく。
カンカンと靴底と鉄がぶつかり合い音を立てるができるだけ敵の存在を考慮して、音を立てないようにするが、そんな必要はなかった。
「やっぱりこっちに来たか」
4階の踊り場には荒川と後2人が立っていた。
「荒川。いたのかよ。慎重に上がって来て損した気分だぜ」
「そりゃいるだろうよ。お前らも来るとは思っていたが先にここを守るかでチームの動きが変わってくるからな。それと、まだ鍵は見つかっていないようだ」
「じゃあ俺たちは4階のほかの階段付近の敵を倒せば有利なりそうだな」
「難しいとは思うが頼んだぜ」
そっと左右を確認しながら、また4階の迷路のようなフロアの移動を開始する。
「ちょっと待て。彼我」
移動開始直後に大河が彼我を止める。
「どうした大河。腹でも痛いのか?」
「なんでお前は俺の扱いだけ粗いんだよ」
「そんな事はないと思うけどな。それで?」
「お前がしんがりをやれ」
大河の意図が分からず、彼我は首をかしげる。
自分がしんがりをやりたくないからではなく、大河は何か焦っているような印象を受ける。
「まぁ。俺がしんがりをやるのはいいけどさ。なんでなんだよ」
「俺が目立ってない」
「・・・。ん?もう一回言ってくれるか?」
「大事なことなので2回言わせるつもりだな。わかった。言ってやろう。”俺が目立ってない”」
大河の言葉に彼我を含め、中町、皆口も渋い顔をする。
「お前状況わかっていってるのか?これは勝つために・・」
「それも踏まえて、あえて言おう”俺は目立ちたい”」
大河の目は本気だった。
作戦もへったくれもなく自分主義な奴だとは思っていなかったと3人はこのとき思った。
確かに中町のよく遊ぶグループの中で存在感があるはずなのに影が薄い。
あんまり前に出て積極的に何かするイメージがない。
そんな奴が、声を震えわせて”目立ちたい”と言っている。
それで頑張れるなら問題ないかと彼我は先頭を大河に渡す。
先頭はグループの指示を出したりするポジッションで大河の願い”目立つ”という事が叶う場所でもある。
先頭を交代し、さぁ俺が指示を出して行動していくから着いてきな!的なドヤ顔をして3人がいる後ろを振り返った瞬間、大河の背中に何かが当たる感触と、少し前にパシュ!という音が聞こえていた。
大河は恐る恐る右手を背中に伸ばし、何度か腰のあたりをなぞって右手を確認する。
「・・・な、なんじゃこりゃ!!」
大河の右手にはべったりと赤色の蛍光ペイントがついていた。
3人は微妙な顔でドンマイというのがやっとだった。
こんなにも早く死ぬのはいやだーーーと叫んだ後、トボトボ両手を挙げて寂し気にヒットとつぶやきながら退場していく大河に、かまうことなく3人は目の前にいる何人かの敵と思われる人影に銃弾をぶち込む。
連射は出来るだけ避けながら間隔をあけてトリガーを引く。
敵側から連射で弾が飛んできた後、プシューーーーという音となんじゃこりゃーーー!!という悲鳴が聞こえてくる。
タイミングを見計らって中町が2人を見る。
「僕が突っ込むから援護よろしく」
「わかった」
右手にレイジングブルを構えて突っ込みながら何発か打ち込んだ中町の後を2人が追う。
そして、そこには蛍光ペイントに染まった敵が5人転がっていた。
「これで6人か」
「けどこっちも結構犠牲と弾を撃っちまったな」
大河に至っては目立ちたいといいながら1発も撃っていない。
その真実がいたたまれなく、3人は胸の前で十字を切る。
「さて、ここにいると銃声を聞きつけた奴らが集まってくる移動しよう」