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監獄のクラブチーム  作者: 八尺瓊
1年目
59/77

第58話 中町物語 2

 俺の名前は大河たいが 智治ともはる。OMFとしてサッカーではトップ下をやる事が多い。つまり中町にパスを送る事がもっとも多いポジションと言っていい。それだけに俺は中町をいろんな場所でよく見かけた。

 気がつけば無意識的に目に入ってくるのである。

 これは心理学上仕方のないことだと、どこかの本で読んだことがある。

 例えば、ほしい車があったとして、さほど気にしていなかった時に比べると街中を走るほしい車がやたらと目に着く気がしているが、これは無意識に”意識している”からであるという説だった。

 本を読んだ事でよりいっそう中町に対して”意識を向けている”気がしている。

 そんな中町が目の前で、ベニートと彼我を取り合って、言い争っている。隣にいる皆口がまたやっているのかと、少しため息が混じった様なニュアンスで口にする。確かにまぁ見慣れたいつもの光景だったが、なぜか今日は、それを見てイライラする気持ちが喉まで来ていた。

 もう少し口論していたら脚があいつらの方へ向いていただろう。

 ベニートに口論で負けて、少し寂しそうに下を向く中町。それを見る周りの奴らからは残念だったなまたがんばれよと優しく声をかけているが、いてもたってもいられず、気がついたら中町の手を引いて、食堂の中に来ていた。

 中町を椅子に座らせるとその前に俺が座る。


 「大丈夫か?」

 「うん。平気だよ」


 平気そうじゃない笑顔で返事をする中町に怒鳴りつけそうになる。どこが平気なのかと。こいつにとって彼我という存在は、このクラブチームの中でどれほど大きい心のより所なのだろうか?

 皆口が気を利かせて、お茶が入ったコップを3つ用意してくれた。コップを置くと俺の横に皆口が座る。

 

 「ありがとう。頂くね」

 

 ピンク色の唇が、コップのフチに柔らかく接触する。お茶を口に含むために傾けられるコップ。

 映画のワンシーンのように絵になる。

 

 「ふぅー。ありがとう落ち着いたよ」

 「ん。それよりまたベニートとやりあったのかよ?」

 

 皆口が話しを蒸し返す。そのままそっとしておいてもいいはずなのだが、ちょっと困った顔をして中町が顔を右の方向へ横に向ける。

 そこは廊下になっていて、さっきまでベニートと彼我がいた場所だった。

 

 「”あの場所”がほしいんだよ。僕は欲張りだから独り占めしたくなっちゃうんだ」

 

 いやそうじゃないだろ?お前が望んでいるのは確かにあの場所だが、”独り占め”なんて望んでいないはずだ。あの場所さえ手に入ればお前は、満足するはずなんだよ。

 気がつけば俺は立ち上がり、大きな声で口走っていた。

 

 「じゃあ、俺達2人がお前の為に”あの場所”ってやつを用意してやるよ。今度のサバゲー優勝してな!」

 「おおぃ!!俺達って俺も入っているのか?」

 「なんだ?皆口、たまには中町に何かしてやってもいいんじゃないのか?ただ飯食わせてもらってるんだしよ」

 「うぅぅぅぅ。わかったよ!!!」

 

 きょっとんとする顔で目の前にいる俺達を見る中町。頭を掻き毟る皆口だったが、どこか嫌そうな風を装っているだけに見える。

 俺と皆口、そして中町はよくつるんでいる事が多い。個人練習で、コンビネーションの確認など特に、俺と中町は目で相手の動きにあわせてパスできるような息の合わせ方を目指しているといってもいい。

 練習も一緒にして、遊ぶのも一緒。じゃあ、彼我と俺達の違いはなんなのか?

 たぶん居心地の良さなんだろうな。

 正直言って友達度数なんて数値としてあらわすには難しい事だ。30点は嫌い、50点は普通、80点は好き。とそんなもんで人間関係は決まるものではない。

 例え嫌いな奴がいたとしても、交流しなければならない場合もあるし、逆にこっちが好きでも相手にしてもらえない事もある。

 人として曖昧な部分。

 俺と皆口は、どちらかといえば、中町と”友達でいよう”としているのだと思う。

 じゃあ彼我はどうかといえば、あいつの場合、”なんでも受け入れる”と言っていいのだろうか?ちょっと違う気もするが、あいつは無理にどうするかを考えず、ただありのままを受け入れているように思えるのである。

 その微妙なニュアンスの違いが、中町には感じてしまうらしく、彼我に頼ってしまうのだろう。

 じゃあ、何が俺達に中町との間に”友達でいよう”と感じてしまうのか?

 すべては、初めの先入観だろうと思う。

 中町はまず初めに、男としては”かわいい”顔をしている。だが女性らしいわけではない。女性らしいスタイルをしているわけでもない。むしろ、鍛えられた男の体だ。しかしスラっとしていて、女性モデルのような体型だ。細いようで、よく見ると骨太。

 中性的という言葉がしっくり来る。

 見た目がそんなわけで、印象も女性的な思考をしているのだろうと勝手に思い込んでしまったのである。

 そして、その印象を決定的に確定してしまったのが、中町の部屋だ。

 

 「さぁどうぞ」

 

 中町の案内で入った部屋は、ぬいぐるみで溢れかえっていた。

 俺と皆口はドン引きである。

 食事に誘われて手料理を食わせてくれるという事で部屋にお邪魔したのだが、すぐに帰りたくなった。

 しかし、そんなことをすれば傷つくと思って俺達は、夕飯をご馳走になった。

 すげーうまい料理だった。ご飯がどんどん進み、お釜にあった米はすべて平らげた。その後に出てきたデザートでさえ綺麗に完食。

 カウンターキッチンから聞こえるうれしそうな鼻歌交じりのエプロン姿の中町に、”嫁”という言葉が似合いすぎていた事をどうにか記憶から消したかった。

 ここまでくれば、”おねぇ系”を連想してしまうだろう。

 顔はかわいくて中性的で、料理が出来て、女の子みたいにぬいぐるみを集めていて、彼我にちょっかいを出している。

 だが違うのである。

 中町は”男”である。

 初めは間違った解釈をしてしまった為に、そう気がつくまでに時間がかかったが、中町の中では、ぬいぐるみを集める事も、鼻歌交じりで料理をする事も、すべてが”普通”なのである。

 

 かわいいぬいぐるみを男が集めて何が悪い?集める事はそれはおねぇなのか?否違う。

 おいしい料理を鼻歌まじりで手際よく作って何が悪い?それはおねぇなのか?否違う。

 かわいい顔をしている事はおねぇなのか?否違う。

 彼我という友達に一番と思われたいのはおねぇなのか?否違う。

 

 すべては俺達が勝手な妄想が作り上げた中町というおねぇ像。

 女ッ気がない、このクラブチームに潤いを求めた結果、顔がかわいい男子、中町を勝手に”女性”として扱おうとしたに過ぎない。

 テレビや雑誌で、最近出てきた”おねぇ”というイメージと勝手に結びつけていただけなのだ。

 なんて自分は馬鹿なんだ。

 その事に気がついたはいいが、一度結びついてしまった中町=女性というイメージが切り離しできず、つい腫れ物を扱ってしまうような気持ちで見てしまう。

 彼我は確かに中町をかわいい顔をしていると思っているようだが、中町を男として見ている。

 そう俺達と違う所はそこだと思う。どこか中町を女性的に扱おうとしている俺達と、彼我との間には決定的に違うのだ。

 中町としては、男として接してくれている彼我のほうが、いいに決まっている。女性じゃないのに女性として扱ってくる俺達は中町にとって異常な事だろう。

 逆に中町のかわいさは俺達にとって異常な事なのだ。

 この間にある溝は、お互い違うんだと認識しない限り埋まらないだろう。

 もうひとつ、中町が彼我を恋愛対象としてみていない根拠を語るとすれば、それこそ”男だから”だろう。

 男同士という意味ではなく、もっと直接的な話しをすれば、体を求めていないからである。

 男性の8割ぐらいだろうと思われるが、種を残す為に、性的欲求が必ず存在する。 生理現象を、性的欲求で吐き出したいのは10代で特に体を動かす俺達にとっては当たり前の事だ。

 これは普通なら女性に向けられるものだが、では男性に向けた場合を考えると俺は正直吐き気がする。

 しかし、中町の事を考えてあえて、思考してみたのだが、俺が中町だとして彼我に対して体を求めた場合、どれだけの意識エネルギーが必要なのだろうか?

 性同一障害の方などのパターンを抜きにして、男性が男性を愛する体を求めるには非常に大きなリスクである。

 ドラマなどでは、その当たりさらっと流されてくっついたりするが、そんな綺麗なものであるはずがない。

 心が伴っていない欲求に体は反応しない。逆に無理やりした場合それはトラウマになり、体が異常を訴え、正常に女性と行為に及ぶ事はできないだろうと思う。

 まして、これだけ選手達のコミュニティーが密集している場所で、男性を好きになり体を求めるとなると、う~んよくわからん。

 何がわからないのかというと、サッカーのチームメイトとしてどこまで一緒にプレイできるのか?いまどき珍しくもないという奴もいるだろう。しかし心のどこかでは納得していないはずである。

 陰口は中町の心を削っていく事だろう。今でも、少なからずそういった話はある。ここいらではっきりと中町は”おねぇ”とは違うと宣言できればいいと思っているがそれを皆口に2人の時に話しをしたら、違う切り口で返って来た。

 

 「ほっとけよ」

 「なんでだよ?!皆口お前も中町は”違う”ってわかっているんだろ?」

 「9割ぐらいそうだろ。けど中町自身が本当に否定をしていない状況で俺達が言う話じゃない」

 「だからなんで?」

 「中町も気がつかないといけないし、周りの奴らも気がつかないといけないと思うんだ。互いの中にある”普通”という認識にずれがあることに」

 「ぬいぐるみ好きとか料理好きとか、趣味なんて人それぞれじゃねーか」

 「俺達はそれに気がついてやれた。それは俺達が中町を知ろうとしたからだろ?友達として一緒にいたいと思ったからだろ?勝手に中町にイメージ植え付けている奴らに現実見せてもっと違った嫌なイメージを育てられるのは俺は嫌だ」

 「みなぐち・・・」

 「今はまだ俺達だけわかってやれればいいんじゃねーのか?そのうち気がつくだろうし、もう気がついている奴も中にはいると思うぜ」

 「・・・そうだな」

 

 そして思う。少しでも俺が勝手に、俺自身に植えつけた中町のイメージに対する懺悔を今回のサバゲーで出来れば、少しは中町は許してくれるのだろうかと。

 必ずどこかでお前の、イメージを変革させてやるさ。

 

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