第56話 夢と引越し
50人以上の10代後半の女の子達が水着で、プールを楽しんでいる。
ここにいる男は俺一人。
プールサイドに置かれている寝転がれる大きめの白いチェアに、両手を頭の上で組み横になりながら、女の子達の戯れを眺めている。
跳ねる水。躍動する女の子達。まさにパラダイスがそこにある。
「いい眺めだ」
周りにはシンガポールにあるマーライオン石像が複数並んでおり、口からは水が流れている。このプール施設は観光客を喜ばせる為、贅沢を尽くした趣向の作りになっていた。
チェアの横に置かれたテーブルにはトロピカルフルーツのジュースがあり、手を伸ばしストローを口にくわえる。口の中一杯に広がる南国の味。
「「ひがく~~~ん」」
ビーチバレーをしていた天使ちゃん達が俺の視線に気づいたようで、黄色い声を上げながらこっちに向かって手を振っている。
眉毛をへの字にし、男前の顔を作り上げると軽く手を振り彼女たちに答える。
「「きゃ~~~~」」
天使ちゃん達の黄色い声が上がり、俺は何もないようにチェアに腰を預ける。
(正直こんな日が来るなんて、マジた、溜まらんです)
ほとんどが俺好みの巨乳美人ちゃん達。グラビアアイドルより綺麗な天使ちゃんがこれだけの人数がいれば、目の保養になる。いや、それはあの天使ちゃん達に対して失礼に当たる。みんな俺のために集まってくれたわけだし。ここはしっかり対応して、高感度を上げる必要がある。
本当はびびってあの輪に入れずその事を隠す為に、こんなチェアに背中をあずけて寝てる場合か?彼我大輔!!
起き上がり、パーカーを脱ぎ捨てる。見よこの鍛えられ6つに割れた腹筋を。
立ち上がった俺を見てまた黄色い声が上がる。
「きゃ~~~~ひがさ~~んこっち」
「なに言ってるのよ!ひがっちはこっちで遊ぶの」
俺を取り合う天使ちゃん達。俺も罪作りな男になったものだ。ここは一旦みんなを落ち着ける必要があるな。
「みんな。かわいい~~~よ~~」
「きゃ~~~~」
今、鏡を見れば鼻の下を伸ばして締まりない顔の俺が情けなく映る事だろう。だが仕方ない事だ。クラブチームはサッカーをする為に鍛えられた細マッチョの男どもに囲まれた世界で女子率0だ。
今ここにいる男は俺一人。これだけの天使ちゃん達に囲まれている事に鼻の下を伸ばして、ほかの男にからかわれるのがいやで、心にもない言葉”別に~”とか言って硬派な自分を演じる必要はない。
そう俺は、硬派を装う必要なんてないないんだ!
「おれもまぜて~~~~」
まるで天使の羽が生えたように、軽やかに飛び跳ねながら彼女たちのもとへと向かっていく。
「待ってぇ彼我」
後ろから声をかけられる。この声には覚えがあるがここにはいないはずだ。だってここにいる男は俺だけのはず。
振り向くと、白いワンピースを着た女の子、いや俺の記憶している声からすれば男子がいるはずだった。
「中町か?どうしてここにいる、それにその格好?どうしたんだ?」
疑問ばかりが口から出る。こっちを中町が振り向くと、男にはあるはずのない物がしっかりと主張している。それは巨乳!!
いつも見ている中町のかわいらしい顔は、まだ男とわかるシュっとしたフェイスラインをしているが、しかし、今の中町は、柔らかそうな頬、つんとした鼻筋、ぷりぃっとしたピンクの唇。優しく引いた水色のアイライン。そして抱き心地のよさそうな女性的な少し皮下脂肪がのったボディ。どこからどう見ても女子!?それに超俺好みなんですけど!?
今まで中町が男だった事なんて頭から綺麗に消えている。
(あぁ~いますぐに抱きしめたい)
のどに生唾が流れる。理性崩壊寸前でゴー!ゴー!と頭の中で叫んでいるがさすがに、同意を求めず抱きしめた後の、犯罪確定コースが頭をよぎる。
「彼我は女の子が好きなんだよね?」
「なんだよ急に。そんなの当たり前だろ?」
質問に即答し、中町の顔が少し陰りを見せ、一瞬空気が重くなるが、しっかり俺の目を見ると、柔らかそうな唇が開く。
「だから僕、神様に頼んで女の子にしてもらったよ・・・。ちゃんと彼我との子供が産める体にしてもらったの。これで好きになってくれる?」
下から覗き込むような仕草で、中町が聞いてくる。
やべー。心臓がバクバクいっている。頬を赤らめて必死に恥ずかしさを抑えて真剣に俺の事を思ってくれている中町の気持ちが伝わる。
こんな事言ってくれる女はもう一生現れないんじゃないか?足が勝手に中町へとゆっくり近づいていく。後ろで聞こえる50人以上の悲鳴を上げる声は今では擦れて、頭に入ってこない。
今は目の前にいる女の子をただ抱きしめて、お前だけだよと安心させてあげたい。
右手を伸ばして中町を引き寄せようとした所で、また後ろから声がかかる。
「それでいいのか?」
さっきから聞こえていた天使ちゃん達とは別の女の子の声が聞こえる。しかし、この口調は俺が一番知っているあいつのモノなのだが、聞こえてきた声は確かに女の子。混乱する頭でも、はっきりと耳に入ってくる声を確認したくて、後ろを振り向く。
黒い髪。腰まであるロングストレート。中町とは対象的に黒のワンピースから覗かせる肌は褐色。しかし想像していた人物ではなく、小柄で10代前半?中学生ぐらいだと思われる。まだ発展途中の胸は俺好みではないが、その顔は強烈なインパクトを放って一度見れば忘れられそうにない。
(か、かわいい~!!マジやばいんですけど)
しかし目が釣りあがり目力が半端ない。
ベニート?ではないな。しかし、少女からはいくつもの共通点を感じる。
少女は右手を腰に当て、少し怒った顔で俺を睨みつけながら口を動かす。
「そんなまがい物がいいのか?」
「ん?まがい物?」
「男が女になれるわけがないだろ」
「だってそれは神様が」
「よく見ろ」
後ろにいる中町を見る。中町の女性を形成していた肌が熱さで蝋燭が溶けるように流れていく。
「うぉ!?」
驚きのあまりに、後ろに飛びのく。俺に右手を伸ばし助けを求めるような眼差しを向ける中町。
(一体何が起きているんだ?)
目を見開いて驚く俺が見たものは、全裸の中町だった。もちろんあそこにはしっかりアレがついている。
少女から説明される。
「この世に神などいない。ただ愛されたくて、あの者はまがいものになったに過ぎない。彼我、しかし、お前がどうしてもあの者を愛したいというのであれば、それも仕方ない。愛の形は千差万別だからな」
全裸の体を両腕で抱え座り込む中町。まるでその姿を見てほしくないというように涙目になって目で訴えてくる。
愛について、俺が求めているものは男女の愛しかない。
今の中町の目から訴えてくるものはそれとは違うはずだ。
はっきりというべきだろう。
「すまない。中町俺は・・・」
「それ以上いっちゃいやだ」
「俺は」
「いやだって言っているの!」
すごい勢いで全裸の中町が俺に走ってくる。勢いも怖いが”アレ”がものすごい左右に揺れている。違う恐怖に顔が青ざめる。俺は心の叫びを口に出して必死に訴える。
「マジでこっちに来ないで!!」
「僕の愛を受け入れて!」
海パンしか穿いていない俺。全裸で迫ってくる中町。そしてなぜか動かない体。必死に体を動かそうする俺は叫ぶ。
「動けーーー!!俺の体、なぜ動かないぃぃ?!」
俺との距離がもう後、数歩と言うところで中町がジャンプ。俺の首元に飛び込んでくる。このままでは中町のアレが俺の腹当たりに。
「ぎゃーーーーーーー!!」
という所で、目が覚める。体が痛い。意識がだんだんと鮮明になっていく過程で、目が覚めた瞬間、体が跳ね起き、ベットを少し揺らした。”少しだけ”だ。跳ね起きたなら、もう少し大きく揺れてもおかしくない。
少ししか揺れなかった原因。それは左右から強い力で押さえつけられているから。
(押さえつけられている?!)
暗い部屋。明かりはほとんどないが、それでも薄っすら周りの状況は把握できる。 本当は確認したくはない。本能がやめておけと言っている。しかし左右から流れてくるいい香りに頭がさえてしまって気になって見てしまう。
右には、気持ちよさそうに俺の脚に自分の脚を絡ませて寝る中町。左には暗闇に溶け込みながら、ぴとっと俺にくっついて寝るベニート。
「ぎゃーーーーーーー!!」
大声を叫びながら、二人を跳ね除け必死でベットから転がり落ちるように這い出る。
「なん、なんな、なんなん、どういう?!」
混乱した頭が整理できない言葉を発していく。夢と相まって、とんでもない事が想像され、必死におしりを探ってみる。
特に違和感のない事に安堵するが、それとは違う疑問が湧いてくる。
なんで二人が隣で寝ているのか?
「お、おい!!起きろ!」
俺の声に反応して、もそもそと起き始める二人。ゆっくり、あまりにゆっくり起きてくる二人にイラつく。
「お前ら!!何でここで寝てるんだよ?!」
「眠いからに決まっているだろ?」
ベットの端に座り、まだ睡魔から開放されていないベニートが体を揺らしながら、気だるそうに答える。
(どうしてくれようか?!こいつはーーー!!)
怒りMAXで、頭の血管が切れそうだが、こいつがこの状態だとこのままでは話が進まない。
中町も起きてくる。夢であった全裸ではない。ほっとする反面、速く話が聞きたい俺は中町の肩を掴み激しく揺らす。
「中町どういうことなんだ?!」
「彼我、そ、そんな激しくされたら~出ちゃう」
揺らしすぎたようで、気持ち悪くなった中町はうぷっと口を押さえる。
「あ、悪い」
「ここはどこ?」
意識がはっきりしていないようなので、ちょっと待つ。
だんだんと、頭に血が回り始めたのだろう、顔から状況を把握できていく様子が伺える。
「ひ、彼我?!何で僕の部屋に?!」
「いや!お前が俺の部屋にいるんだって!」
「あれ?そうなの?・・・・。あ」
何かを思い出した中町の顔が暗闇でもわかるぐらい赤らめていく。俺と中町のやり取りを見て、ようやくエンジンがかかり始めたベニートが腕を上にあげ伸びをしながら答える。
「うぅ~~、俺が来た時にはもうそいつは、ここで寝ていたぞ。親友特権であるはずのホームステイを勝手に使用しよって」
「ぼ、僕は彼我とちょっと話がしたくて来てみたんだけど、もう寝ててあまりにも気持ちよさそうに寝ていたから、ちょっと僕も横になって見たら・・・」
「それって普通じゃあ、ありえないよな?」
「うん?そうか?たまに俺もやるが?」
「そうだよね?普通だよね」
ベニートの回答に、安心した中町が言葉を重ねる。
もちろん俺はこう答える。
「普通じゃねーから!!」
なんだこれ?俺がおかしいのか?それともこいつらの常識が壊れているのか?しかしはっきりさせておかなければならない事がある。
「お前ら、部屋の鍵はどうした?」
「普通に入ってこれたけど?」
「壊れているのではないのか?」
がっくりと、うな垂れる俺。以前勝手にベニートが入ってきた事に、警戒した俺は今日はしっかりと戸締りをしたはずなんだ。
忘れてない。しっかり指差し確認もしたもん・・・・。
なんで鍵壊れているんだよ。
「ところでさっきの話に戻るが、中町。お前はやってはいけない事をやった」
「やってはいけない事って?」
「さっきも言ったがホームステイは親友特権だ。俺だけに許された特権のはずだが?」
「そんな事ないよ!親友だろうが、友達だろうが、ベットに隙間があれば誰でも寝ていいはずなんだよ!」
「それに今日の試合ではっきりしたはずだ。もうお前は彼我にプライベートでは関わるな」
「今日の試合って、僕は後半戦は出てないし、出てたら結果は変わっていたはずだよ」
「それはあくまでも予想だ」
ベニートと中町の言い争いを聞きながら、今何時だと壁にかけられた時計を、暗闇の中何とか確認する。朝の4時か。
12時にベットに入って、そこからすぐに記憶がない。4時間熟睡したおかげなのか、体の調子はよさそうだ。
ってふざけるな!!あと2時間は寝れたはずなんだよーーーー!!
声を大にして言いたい。
しかし、言い争う2人の間に入る事はできなさそうだ。
もうあきらめて、これからどうしようかと思った時、ガチャっと扉を開ける音が聞こえる。ドキッっと心臓が跳ね上がる。
誰か入ってくる。
「お、おい、お前ら!!誰か入ってくるって」
暗い部屋にまっすぐ伸びる懐中電灯で照らしているのだろう明かりが部屋に向けられる。
「あ、あの~こんな所で何してるんですか?」
警備員のおじさん?
こんな所?何言ってる?勝手に人の部屋に入ってきてわけの分からん事を言うなよ。
「ここは俺の部屋ですけど?」
「えぇ?!元3軍の選手の方々は、昇格したという事で別の棟に引越しされたって聞きましたけど?」
「引越しした??」
目を丸くする俺。
警備員のおじさんの話では、2チーム制になった事で、元3軍チームメイトは昇格扱いで元1軍の部屋がある棟に引越ししているとの話で、俺はどうやらどこか話しの行き違いで、ここに住んでいたらしい。
無線で、警備員のおじさんが管理室の人に話しを聞いてくれている。
「わかりました。ではそのように伝えておきます」
どうやら話が終わったようだ。
「どうなりました?」
「現状維持ということで」
「なんでやねん!!!」
思わず関西のノリで突っ込んでしまった。だってそれはそうだろう?1軍の部屋って言ったら高級ホテルのスィートルームとほとんど変わらない待遇だ。
冷蔵庫には、勝手に飲み物が補充され、家電も必要最低限備え付けだ。
俺の部屋なんて、最近ギシギシと音が鳴り始めたベットと900円ほどで売っている本が入る2段式のカラーボックス。後、冷凍がない小さな冷蔵庫。
「俺がんばってる・・・・」
涙が溢れてくる。
そっと肩に手が置かれる。
「僕の部屋に来る?2つ部屋があるし、1つ使ってなくて開いてるんだけど一緒にどうかなぁ?」
中町の優しい笑みがそこにあった。そっと手を取りそうになるが、この手を取ってはいけないと本能が言っている。
しかしスィートルーム。ベットがふぁふぁ。
心が折れそうになる。もうこの手をとっちゃえよと。
「明日、監督に話をしてみろ。それでダメなら俺の部屋へ来い。親友特権発動だ。いいな」
ベニートの渋い声が俺の心を引き上げていく。こいつはノーマルな感じがするし、大丈夫だ。と本能が言っている。
頬を膨らませる中町をとりあえず置いておいて、この件はベニートの言うとおりにする方向で話が進み、警備員のおじさんが引き上げていく。
この部屋は明日までで、引き上げてほしいとの事だ。
俺の引越し、どうなるのかわからないが、なぜかいやな予感しかしなかった。